ジェイル・スカリエッティの率いる違法研究者集団、『結社』が設立されてから三年。
その間に繰り広げられた管理局との激突は一進一退のものであった。
決起の日もそうだが、それ以降に彼らが狙ったのは、決まって管理局と関係のある施設のみ。
大規模な戦闘は多くはない。しかし、ガジェットに対抗できる魔導師を使い潰さなければならない状況に、ミッドチルダ地上部隊は徐々にだが疲弊していった。
一握りのストライカー級魔導師が戦闘機人にぶつけられることによって一方的な戦いにこそなってはいないが、それにより、数少ない優秀な魔導師たちも消耗する。
それを無視することのできなかった聖王教会はミッドチルダ地上部隊へ人材を派遣して、崩壊寸前だった地上部隊は持ち堪えることができた。
聖王教会が肩入れした理由には、彼らが聖遺物と呼んでいる古代ベルカの遺産を『結社』が使用していることに起因するのだが――閑話休題。
聖王教会の協力により持ち直し、悪い言い方をすれば泥沼化した戦いは、三年目にしてようやく動き出す。
混乱していた局内人事を海の三提督が纏め、海のミッドチルダへの介入が行われ始めたからだ。
海に所属する魔導師がミッドチルダへと派遣され、その中でも最も注目された動きは、『結社』対策部隊とも言える存在だろうか。
部隊所属は海。しかし、実際に部隊が活動するのはミッドチルダの地上なので、部隊長は陸の者に。
海、聖王教会との橋渡しを行うのは、両方と縁の深いエスティマ・スクライア。彼を中心として、新たな部隊が設立された。
――『結社』の戦力の要とも言える戦闘機人に対抗するための部隊。
――『結社』の使う古代遺物を回収するための部隊。
――『結社』によって乱されたミッドチルダの秩序を回復するための部隊。
通称、機動六課。
物語は、部隊が動き始める場面から開始される。
あの日――『結社』などという違法研究組織が産声を上げた日。
まさかお祭りの最後があんな惨劇で締められると思った人はいなかっただろう。
私だって、そんな人の中の一人だった。
戦技披露会を見た後、入隊を目指している空隊の隊舎を見学に行って。
自分が歩こうとしている道がどういうものなのかをもう一度確かめて、また明日から頑張ろうと決意して。
そうして――その時だ。見学に行った部隊の隊舎が、ガジェットドローンと呼ばれる機械兵器に襲われたのは。
運が悪かったのは、避難場所らしい避難場所が近くになかったことだろうか。
やむを得ず隊舎の中に大勢の民間人を匿って、局員の人たちはガジェットとの交戦を開始した。
けれど――局員になって初めて知ったのだが――ガジェットの狙いは局の施設や魔導師。そこに匿われている私たちにも、ガジェットの攻撃が飛んできたのだ。
狙ったもの自体は隊舎なのだろうけれど、そんなことをされれば中にいた私たちがどうなるかだなんて考えるまでもない。
ガジェットに搭載された質量兵器によって外壁が吹き飛ばされ、弾け飛んだ破片がたくさんの人を飲み込む。
運良く無事だった私は壁に生まれた亀裂から空を見上げると、黒煙がたなびく夜空には、いくつもの魔力光と、ガジェットのライトが瞬いていた。
その光景に漠然と、ああ終わりか、なんて子供心に思った。
魔導師が射撃魔法を放っても、ガジェットに当たった瞬間に歪み、煙のように掻き消える。そんな光景が、ずっと繰り返されているのだ。
諦めも何もない。なんとかしようと思うよりも早く、目の前の現実が押し付けられる。
終わるときはあっさりと終わるものなんだと、無力な子供でしかない自分は痛感して――
だからこそ、その時、空を引き裂いて現れた存在に目を奪われた。
重い黒煙を薄いヴェールに変え、燦然と輝くサンライトイエローの光を撒き散らしながら、空隊の魔導師たちが手こずっていたガジェットを駆逐してゆく。
それぞれ片手に握った槍とハルバードで突き、引き裂き、二丁拳銃のように砲撃や射撃を連射して。
雨のように降り注ぐレーザーを曲芸機動で悉く避け、次々とガジェットを撃墜してゆく。
そんな圧倒的な――そう、魔力資質を持つ者ならば誰もが憧れる、ストライカー級魔導師の姿に。
心を折られるかもしれなかった出来事は、一瞬で憧れへと移り変わった。
兄のように――あの魔導師のようになりたいと。
自分には分不相応な願いかもしれないけれど、しかしいつまでも色褪せない願いが、この日、胸の奥に刻まれたのだ。
……その出来事から三年後の今、だからこそ私はランク昇格試験のあと、あの人の話を聞いて、その場で頷いたのかもしれない。
リリカル in wonder
ゆっくりと流れる外の風景をぼんやりと眺めながら、胸元のリングペンダントを片手で擦っていた。
元々良い物ではなかったからだろうか。メッキが所々剥げて、見た目が随分と古ぼけてしまっている。
しかし、そのざらついた表面の感触が心地よい。
そんなことを考えていると、ふと視界の隅に、真新しい局の制服を着た一団を見付けた。
新人だろうか。雑談を交わしながら道行く彼らは、笑みを浮かべている。疲れている様子もない。
これから配属される部隊でやっていく気が充分にあるのだろう。
頼もしいと考えるべきか、どうなのか。
「兄さん、どうしたの?」
「ん?」
振り返ると、そこには車のハンドルを握って前を向いたままのフェイトがいた。
少し前までは慣れない運転が酷く危なっかしかったけれど、今はそうでもない。
運転しながら気軽に話すぐらいの余裕はできたようだ。
「や、まだ局の窓口が空く時間でもないのに制服着た連中がいてさ。
あいつら新人かな、って思ったんだ」
「そんな時期だからね。なのはのところは春っていうらしいよ、この季節」
「ああ。ミッドチルダは四季がないようなもんだから、春って言われてもあまり実感湧かないけどな」
「うん」
車がインターチェンジへと登り、外を流れていた風景が壁に閉ざされる。
フェイトと同じく前を向くと、ステレオの上部にある時計へと目を向けた。
時刻は八時。部隊の皆が集まるまでは、まだ充分に余裕がある。
その前に男子寮へ寄って、荷開きでもするか。
愛しの我が家ともしばらくお別れ――とは言っても、あまり寂しくは思わない。
シグナムが家を出て行ってから、もう二年ぐらい経った。最近は寝床としてしか使っていなかったせいか、愛着が薄れている。
それでも解約せずに部屋を残している辺り、まだ未練があるのだろうか。酷い金の無駄だ。
どうだろう、と苦笑して、シートに体重を預けた。
道路を覆っていた壁が開けると同時に、運河を跨ぐ大橋へと差し掛かる。
もう湾岸地区か。六課の隊舎まで、そう長くは掛からないだろう。
「ねぇ、兄さん。マリンガーデンって知ってる? ここから伸びるアクアラインの先にある場所なんだけど」
「ああ、知ってるよ。遊園地やらショッピングモールやらが集まった、巨大レジャー施設。
このご時世に……ってわけでもないか。一般市民からすれば、『結社』と管理局の小競り合いなんて興味も薄いだろうし」
「すぐネガティブに入っちゃ駄目だよ、もう。
……それでね、そのマリンガーデンなんだけど、海底トンネルの近くに遺跡が発見されたんだって。
その調査でユーノが呼ばれて、こっちに来てるみたい。
もし時間に余裕があったら、皆でご飯食べようよ」
「ん、悪くないな」
と、返しつつ、何かが頭に引っ掛かる。
はて、なんだったか。
何か大事なことのような気もするが。
……あー、そうか。
「けど、俺もキャロも時間が取れるかどうか分からないぞ。
俺は俺で、今日から部隊運営始めました、って挨拶して回らないとだし。
キャロも教導が始まるからなぁ。
ユーノだって無限書庫での仕事があるから、あまりこっちにもいられないだろう」
そう。
使われていなかった無限書庫は、最近になったようやく使われるようになったのだ。
『結社』の使うロストロギアや、AMFへの効率的な対抗手段。それらを掘り起こすために、管理局本局が俺を通してスクライアへと依頼を行ったのだ。
それに、キャロ。
確かなのはは、初日から教導を始めていたはず。
基礎の固め直しとはいえ、楽じゃないだろう。
……まだすっきりしないが、そんなところか。何か忘れている気がするのは、きっと業務の何かだろう。
俺の言葉にフェイトは唇を尖らせると、そっか、と短く返した。
「みんな忙しいのは分かるけど……やっぱり集まりたいな。家族なんだし」
「そうだな。……最初の一月はドタバタしているだろうけど、それを過ぎたら集まることもできるさ。
それに、フェイトだって暇なわけじゃないだろう?」
「そうだけど……」
「頼むよ、寮母さん」
「補佐だもん。……嘱託も兼任だけど」
「なのはの手伝いも、な」
「分かってます!」
いいもんいいもん、と拗ねた様子のフェイトは車線を変えると、スピードを上げる。
法定速度は守るように。一応、執務官が隣にいるんですよ?
まぁ、執務官業はしばらくお休み。今日から部隊長。それも三佐なんて肩書きがくっつくんだけどさ。
まだ着慣れていない制服のせいか、肩に力が入ってしまう。
リラックスしなきゃ、と肩を動かしてみるけれど、変な動きをして誰かに笑われていないか心配になって、思わず俯いてしまったり。
き、緊張します。
こうやってじっとしていることに慣れていないからかもしれない。
他の人はどうなんだろう、と見上げてみると、皆さんは――正規の局員さんたちは、背筋を伸ばして神妙な顔をしていた。
うう……やっぱり私と違う。やっぱり管理局の学校でこういう時の対応とかを、みっちりと仕込まれるものなのかなぁ。
そう思うと、今の私の態度が余計に変じゃないか気になりだした。
『キャロ、どうしたの?』
『エリオくん』
不意に届いた念話は、エリオくんから。
なんだろう、と思って隣の彼を見ると、不思議そうな顔で私を見ていた。
『なんだか居心地が悪そうだけど』
『うん……こういう時、どうすれば良いのか分からなくて』
『こういう時?……ああ』
エリオくんは首を傾げたけれど、すぐに納得がいったというように頷いた。
『何かの式とかの場合、ってことだよね』
『うん』
『あはは……最初は僕もそうだったけど、あんまり真面目に考えなくても良いんだ。
皆も神妙な顔をしているけれど、実際は念話でお喋りしてたりするし』
『……え?』
『あ、でも、話が始まったらちゃんと聞かなきゃだよ』
『うん。けど、そうなんだ』
なんだか意外。局員の人は真面目なものだと思っていたけれど。
けど、そんなものかもしれない。いつも肩肘張っていたら疲れちゃうし。
なんて思っていると、
『けど、人それぞれかな』
『え?』
『訓練校の教官や兄さんなんかは、念話が使えるからって――って言うんだ。
ほどよい緊張感は持っておくべきだ、って。
だから、念話を使って暇潰しする人もいれば、そうでない人もいると思う』
『そっか。……エリオくんは?』
『ん?』
『エリオくんはどっちなの?』
『僕は――』
そこまで言った時だ。
廊下の奥から、男の人がゆっくりと歩いてきた。
陸士の制服を着て、その襟元に金色の髪の毛が垂れている。フェイトさんと同じで、癖のないストレート。
頬は少しだけ痩けているけれど、それでも貧相な感じがしないのは、制服の上からでも分かる引き締まった身体のせいか。
生気の宿った赤い瞳も、この人の凜とした印象を出すのに一役買っているかもしれない。
エスティマさんに続いて、私の所属する小隊の隊長――八神さんや、なのはさんがやってくる。
「機動六課の課長。そして、この本部隊舎の総部隊長、エスティマ・スクライアです」
エスティマさん。アルザスであった災害に居合わせて、部族の皆を助けてくれた人。
今言ったようにここの部隊長でもあるのだけれど、私にとってはお兄さんでもある人。
あまり一緒にいたことがないから、実感がないけれど――それでもお兄さんなのだと思うのは、ユーノさんやフェイトさんがエスティマさんのことを良く口にしていたからかもしれない。
……あ、お話を聞かないと。
周りの人が拍手を始めたので、慌てて私も合わせる。
「平和と法の守護者。事件に立ち向かい、人々を守ってゆくことが我々の使命であり、成すべきことです。
実績と実力に溢れた指揮官陣。若く可能性に溢れたフォワード陣。
それぞれ、優れた専門技術の持ち主のメカニックやバックヤードスタッフ。
全員が一丸となって、事件に立ち向かってゆきましょう」
再び拍手を返して、式は終わり。
エスティマさんは私たちとは別の部隊――交替部隊の人たち――の皆さんと一緒に。私たち新人のフォワード陣は、顔合わせに。
エリオくんは知っているけれど、他の人は全然知らない。上手く話せるか自信がないなぁ。
ティアナ・ランスターさんと、スバル・ナカジマさん。……名前は間違っていないはず。ちゃんと覚えてる。
ちら、とその二人の方を見て、小さく頷く。
おさげの人の方がランスターさん。もう片方がナカジマさん。うん、完璧だ。
ユーノさん、フェイトさん、アルフさん。キャロは頑張ります。
先生に鍛えられた魔法の力、生かして見せます。
「全員が一丸となって、事件に立ち向かってゆきましょう――だっはっは! 似合わねー!」
「うるせーですよヴァイスさん。ああいうのが似合わないって、身に染みて分かってますから」
「あー!? 聞こえねーぞ!?」
「んなこたぁ分かってんだよこのシスコンが!」
「耳元で叫ぶな!」
ヘリのローター音が響き渡る屋上で、三文芝居中。
交替部隊との打ち合わせを済ませたあとに向かったのは、ヘリポートの置かれている隊舎の屋上だ。
俺たちの様子を目にして溜息を吐くのは、六課所属のヘリパイロット。ヴァイスさんの後輩でもある、アルト。
どうやらヴァイスさんは、後輩の様子見も兼ねて六課にきたようだ。
ちなみに、溜息を吐いているのはアルトだけではない。三課から引き続き俺の補佐官をやっている、シャーリーも。
本来ならばフォワード陣の訓練がすぐに開始されるのだろうが、彼女が俺に付き合うから、しばらくはミーティングをするらしい。
シャーリーはバインダーを小脇に抱えたまま、腕時計に目を落とす。
「二人とも、時間に余裕がないんですから遊んでる場合じゃないですよー!」
「あいよ! けど、このヘリなら本部までそう時間はかからねーぞ!」
「それでも余裕を持って行動したいんですー!」
大声でやりとりをしながら、一同はヘリへと搭乗する。
なんでヴァイスさんまで乗っているのか……って話だが、本局に行った後は空隊にも挨拶に行くのだし丁度良いか。
後部座席に乗り込むと、アルトがヘリを浮上させる。
ぐっと身を起こしたヘリの動きに、シートに座ったヴァイスさんは楽しそうな声を上げた。
「やっぱ良いなぁ、この機体は。流石新型だ」
「ヘリ好きですねぇ」
「おう。武装隊に入るのは決めてたが、それでも魔導師かヘリパイかで、かなり迷ったしなぁ……ま、随分前の話だけどよ」
「その時にパイロットの方を選んでいたら、エース級魔導師にもならなかったんですねぇ」
「そうだな。まぁ、今は今で満足してらぁなぁ」
意外そうにヴァイスさんの話を聞くシャーリー。
本当の分岐点はそこじゃなかったわけだが、口にする必要もないさ。
「おいエスティマ。ところで、六課のことなんだけどよ」
「はい」
「本当に上手く動けんのか? 陸、海、聖、と三つ揃った――と聞こえは良いが、実際そんな良いもんじゃねぇだろ?」
「そこはそれ。ぶっちゃけるとほぼ俺の身内部隊みたいなものなので、部隊内で問題らしい問題は起きないでしょう。多分。
……問題は、他の部隊との連携でしょうね」
「やっぱそうか。オメーに隊舎を助けられたこともあるし、ウチは割と好意的なんだがなぁ」
「そうでない部隊もありますよ。ま、海が介入するのが遅れて、なんで今更、って感情が陸に溢れてますからね」
六課の所属は本局扱い。そこの部隊長を俺が勤めると決まった時、一悶着あったと聞いている。
そりゃここ数年、三課は陸の切り札扱いされてたからなぁ。切り札の割にはバンバン使われていたけれど。
それを一時的にとはいえ本局へ所属を移すのだから、中将を始めとした人たちもいい顔はしないさ。
……海が介入しなければ『結社』と決着をつけることなんてまず不可能なのだが、それはそれか。
自分たちの縄張りは自分たちで、といった感覚は抜けきれないのだろう。
どこの部隊も、それなりの修羅場を経験しているだろうし。
「気持ちは分からなくもねぇけど、もう手段を選んでる場合でもねぇのになぁ。
ま、本格的な地獄を見てるのは一握りのエース級魔導師だけだから仕方ねぇのかもしれねぇが。
ガジェットの相手なんざ、まだ良いじゃねぇかよ。
戦闘機人を前にしたら、そんな甘っちょろいこと言ってらんねぇぜ」
「戦闘機人に並の部隊をぶつけたら壊滅するでしょうに。甘いことすら言えなくなります」
「そうだけどよ。……ったく、俺らばっか割喰ってる気がするぜ。
で? 本当にやれんのか? なのはさんとかフェイトちゃんの腕を疑うわけじゃねぇが、魔力リミッターがあるんだろ?」
「ご心配なく。いくつか逃げ道を用意したんで」
「なら良いけどよ」
憮然とした表情で腕を組むヴァイスさん。
どうやらこの人さえも、フラストレーションが溜まっているようだ。
……戦闘機人に当てられる一握りの魔導師は、本当に地獄を見ているからなぁ。
無力感や取り返しの付かない怪我で、リタイアした人だって少なくない。
戦闘機人に対してオーバーSランクならば一人で。AAAならば二人。AAの場合は連携の取れた者が三人。
それが陸で考えられている、対戦闘機人戦の理想的な構図。
もっとも、これは本当に理想。実際はこれ以下の戦力でなんとかしなければならないのだ。
……ナンバーズType-R。レリックを搭載した、新型の戦闘機人。
三課の頃に奴らとは何度も戦ったが、それでも捕らえることはできなかった。
後先考えなければ一体や二体は削れたんだろうが……俺やはやてがダウンしたら、陸の主力が抜けて面倒なことになっただろうし。
それを躊躇していたら今度は奴らも経験積んで、今ではオーバーSランクですら拮抗している有様だ。
相手との相性次第、ってところもあるんだが。
本当、泥沼な戦い。これからは少しでもマシになれば良いんだけれど。
「あ、あのー……」
考え事をしていると、アルトが遠慮がちに声を上げた。
「なんだよアルト」
「先輩。……身内部隊だとか逃げ道だとか、今の話って……」
「おう」
「口にしない方が良いんですかね?」
「三佐殿が何考えてるか分からねーが、まー言い触らさない方が良いわなぁ」
「うわー! 私は何も聞いてないー!」
あ、この人、俺が三佐だって分かってたんだ。
あまりにもな態度だったから忘れてるんだと思っていた。
――人は痛みを知らなければならない。
動物は成長する過程で、痛みがどういうものかを理解する。生きること、狩ることの意味を身体で覚え、忘れない。
しかし、人はどうだろうか。
痛みを知っているかどうか、と聞けば、知っている、と答える者が大半だろう。
むしろ、知らないと口にした者がいるならば、笑い者になるか、常識を疑うような目で見られるのではないか。
だがしかし、そうではない。
人は、忘れる生き物なのだ。たとえ心や身を削る痛みを経験したところで、時間の経過と共にそれを忘却の彼方へとやってしまう。
だからこそ人は生きることができるのだ、と言うものもいるだろう。
だが違う。それでは駄目だ、と男は考える。
忘れ得ない痛みがあるからこそ、人は分別というものを覚える。
心を締め付ける苦しみがあるからこそ、越えてはいけない一線があるのだと初めて分かる。
だのに、それを知らない者が多い……だからこそ、どの世界からも争いがなくならないのだ。
理性で分からせようと言葉を尽くすなど、もはや手緩い。
人間は自分たちが思っているほど、利口ではない。
だからこそ、誰かが、痛みというものを本能に刻んでやらなければならないのだ。
自らの中心に据える信念を再確認して、男は小さく頷く。
薄暗い通路を一歩一歩踏み締めながら、目的の場所へと急ぐ。
バラバラに、それぞれの理想を追い求めていた同士たちを一つにまとめ上げた人物の元へ。
「……ここか」
扉の上部に取り付けられたプレートに刻まれた名前を目にして、彼は深く息を吸い込む。
……ここが私の始まりだ。
彼と手を結ぶことを切っ掛けにして、いずれは祖国にも……。
夢が少しずつ現実になろうとしている今、彼はまるで夢の中にいるような心地だった。
ボタンを押して彼の秘書である女に一言告げると、間を置かず扉が開く。
部屋の中には壁に沿って並んだ培養ポッドと、巨大なデスクがある。
机の上で腕を組んでいた男――ジェイル・スカリエッティは男を目にすると、猫のように黄色の目を細めた。
「長旅ご苦労様。海の監視網をよく潜り抜けて来られたね。
やっと顔を合わせることができた。歓迎するよ、同士」
「いえ。私もこうやって顔を合わせることができ、光栄です」
「畏まらなくても良い。そんな大層な立場にいるわけでもないからねぇ、私も。
私としても、君と会えたのは光栄さ。
活動家としての君の名前は良く耳にするよ――トレディア・グラーゼ」
活動家として――考古学者としての自分のことを言わないか。
分かっているのか、違うのか。
「それで? 何か大切な用事があるからこそ、私の元へときたのだろう?
早速、用件を聞こうじゃないか」
「はい」
言うべきことを頭の中でもう一度整理する。
……大丈夫だ。上手くやれる。これが私の第一歩となるのだ。
そしてそれは、祖国再生の第一歩にも繋がるだろう。
男――初老の男性、トレディア・グラーゼは、唾を飲み込むとスカリエッティを見据え、口を開いた。
「私の発見したロストロギアについては資料の通りに。
それの制御ユニットであるイクスヴェリアの捜索に協力して頂きたい」
大雑把な機動六課の人員配置
ロングアーチ
00 非公開
01 エスティマ・スクライア
02 フェイト・T・スクライア(嘱託)
03~交替部隊の皆様
スターズ小隊
01 高町なのは
02 八神ヴィータ
03 スバル・ナカジマ
04 ティアナ・ランスター
イェーガー小隊
01 八神はやて
02 リインフォースⅡ
03 エリオ・M・ハラオウン
04 キャロ・スクライア(嘱託)
出向
シャッハ・ヌエラ
ヴェロッサ・アコース
医療チーム
高町シャマル
先端技術医療センターの皆様+エスティマの専属医
捜査犬
ザフィーラ号
主な連携部隊
108陸士部隊
首都航空隊
民間への捜査協力
無限書庫でのロストロギア資料捜索をスクライアへ依頼