道を間違えて知らない所へ辿り着いた。
怖かった、先に何があるのかが分からなかった。
何もかもが手探りで、足掻いても誰も助けてくれるわけでもなくて、
知らないうちに泣いていた。
狂った歯車の上で
もう慣れた視線、白く、冷たく、決して近寄らせない里人達の視線。
その中を歩く、怖かった。
所々から聞こえてくる呪詛、なんでこんなことになってしまったのかなんて何度も、何度も考えた。
一度も答えなんて出てきやしないし誰も教えてくれない。
この里でのオレの立場なんてそこらでオレへの呪詛を吐いている糞共のペット以下だろう。
気が向いたら殴って蹴って、それでいてなんの罪にも囚われない。
過去に誰か、覚えたくもないから忘れた奴から吐き捨てられた言葉がいい具合に脳に残っている。
四代目、四代目、四代目………
訳が分からない。何故、四代目を英雄視するのかが分からない。
二日前に里人達に袋叩きされて出来た怪我した箇所は訳の分からない力で既に直っている、その筈なのに疼いて止まらない。
四代目というフレーズが脳を過ぎる度に心臓を中心に何かの衝動が走る。
憎悪が止まらない、怒りが止まらない、殺したくて止まらない。
「まだ、だ……欲情してんじゃねぇよ」
熱く発熱する心臓を押さえつけて、視界がチリチリと星が瞬く、酸素が欲しいと肺が躍動する。
オレが殺意を抱くたびにこの心臓は踊り狂う。
まるで自分の波長とオレが一致した事を嬉しがる様に。
里の奴らがよくオレに向かって吐き捨てる言葉をオレ自身が口にした。
「この、クソ狐」
ドクン、と一回の鼓動、奴の嘲笑だと思った。
「今、戻りました」
今日一日くらい夕日を見てから帰ろうと思っていたが久しぶりに先生が帰ってくるということでそれを中止して新しい我が家へと戻った。
夕日はいい、すべてを燃やすようで、それとは別に暖かく包んでくれそうで、そして決して手が届かない。
「早かったね、てっきり今日は夜に来るものだと思っていたよ」
家の中ではめがねを掛けた温厚そうな青年が椅子に座って本を読んでいる。
自分の家に勝手に人が入って寛いでいる、というのに怒りは沸いてこない、というよりも沸くはずもない。
「まるで台風みたいな表現ですね」
そういってナルトは自分用のコーヒーを作りお湯を入れて椅子に座る。
口調と体が合っていなく、椅子が高すぎるため座るのに四苦八苦する。
それを見ていた青年、カブトは小さく笑って
「子供用のテーブル、買ってこようか?」
「結構です」
頑固だなぁ、とおいしそうにコーヒーを飲んだ。
任務中に一人の忍びが死んだ。
その報告に遺族は泣き悲しんだ。
誰のせいだ? と誰かが言った。
事故だったのだろうが、誰かに責任を押し付けるという行為は己の胸に溜めた怒りを解消するためには必要であった。
遺族の者達は考えた。生贄を、己等の怒りをぶつける相手を。同じ隊の忍び、事故の切っ掛けを作った者、他国の忍び………そして見つけた。
反抗してきても皆が己達を正当と扱ってくれる生贄を。どんなにこちらに非があったとしてもあちらが罪を背負うであろう生贄を。
そして生贄への執行はすぐさま行われた。
少年が路地を通ったらすぐに角材で殴った、そして見せてもらった死んだ家族と同じように腹に穴を開け、背中をズタズタにした。
あの子が味わった痛みを味わえ、このくそ狐。そう言って去った。
この里ではこの少年へのそういった干渉は掟によって禁止されている。大通りで堂々としては低確率だとしてもこちらに罪を被せられるかもしれない、そういった危惧から路地という場所を選ばせた。
その家族は知っていた、その少年が何をしたという訳でもなく、ただ一生懸命生きているという事を。
しかし、この里に流れる空気がそうさせた。
日常茶飯事とは言わない、それでも何度も目にした風景、一方的に殴られる少年。そして何も言うことのない大人達。大人の言うことをそのまま覚え、少年に暴行する少年達。
すべての者でないにしても多くのものは少年を恨んでいた。
数年前に起きた九尾の事件、それからすべてが変わっていった。
金の毛を纏った化け物と金の髪を靡かせた英雄、そして同じ日に生まれた金糸の少年。
英雄を連想させる反面、化け物を連想させてしまう少年、悩ませてしまう。
どちらなのだろう、と。
上の者達はなにも言わない、そして少年の頬には狐の髭そっくりな傷が残っている、そして誰かの仮想が里を覆っていった。
噂は創造を誇大化させる、そして誰かが少年に暴行していくうちに考えが固定していく。
そして英雄という選択肢は消えた。
自分の殺意と憎悪に胸を押さえて意思のままに行動してしまうのを抑えている少年、止まらない、そして心の炎は大きくなっていく。
炎はやがて少年の心という小さな容器から溢れ出してしまうだろう。そして全てを燃やし尽くす。
炎は何かを糧にしなくては燃え続ける事は出来ない、木や空気、そして少年の心を燃やして炎は焚き続ける。そして消える、糧を失くして、心を燃やし尽くして。
その炎の熱に苦しむ少年を見ていた青年は面白いものを見たかのように笑いながら、笑い過ぎてずれた眼鏡を直し少年の耳に聞こえる程度にそっと言った。
「いい眼だ。壊れきっている眼をしている」
少年は振り向く、また殴られるのかと思い。
拳は振り下されてこない、疑問に満ちた目で近寄る青年を見やる。
「君は既に壊れている、随分と我慢したんだね」
血が流れている部分に手を添えて治療する。
「あ……」
暖かい、と言いたかった。だが言ったこともなく初めての言葉に言い損ねる。
「君の持った感情に間違いなんてない」
微力ながら溢れている殺気の事を言っているのだろう、しかし少年は心臓を圧迫している黒い衝動なのだと思った。
「己を騙してまで他人が作った道を歩くのかい?」
何がなんだか分からなかった。
だが言っていることの根元は分かった。
首を横に振る。
それを見て青年は笑った。邪悪な、そして陰湿な笑みだった。それでいて本心から喜んでいた。
「ならば、僕は心から応援しよう、君の外れた道を、君の作った道をね」
そして少年、ナルトの道は決まった。
先には何も無く全てが闇で、その全てを手探りで見つけていく道。