プロローグ 1
火の国、木の葉隠れの里。
五の隠れ里のうち最大勢力といわれているその里は、普段は人がたくさん出歩き、活発に活動している。
先の大戦で勝利をおさめた火の国は五大国中、環境も豊かで自然も豊富に存在する。
その、森に囲まれた里が、今は見る影もなくなってしまっていた。
いたるところに倒れたまま動かない死体が散乱し、死臭と血臭が充満している。
五体満足の死体も少ない。
建物もほとんどが倒壊し、煙が上がっている場所もある。
だが、里の中にはそれをどうにかしようとする人影は見当たらない。
生きている里人の姿も無い。
時折、遠くのほうから破壊音と人の叫ぶ声が響いてくるほかは、この里は無音に包まれていた。
それは突然の出来事だった。
いつものように朝を向かえ、いつものように人々の日常が始まるはずだった。
それを疑うものなど存在しなかった。
確かに時折他里の者が襲撃に来ることはあったが、そんなことはまれであったし、国境警備隊のものがきちんと対処していた。
だがその日常は一瞬の閃光と轟音のうちにもろくも崩れ去った。
九尾。
妖魔の中でも最強の力を持つといわれる尾獣。
その中でも九つの尾をもつ、尾獣のなかでもおそらく一番力を持っているとされる九尾。
それが襲撃してきたのだ。
なぜ襲撃してきたのかはわからない。
だが今、この火の里が追い込まれているのは確かだ。
忍びが総出で対処しているが、全く効果が無い。
尾を一振りするたびに多くの忍びの命が消えていく。
だが彼らは後には引かない。
待っているのだ。この窮地を救ってくれる英雄を。
希望を。
四代目火影を――
「四代目が来るまで足止めをかけろ!!」
生き残っている忍びの一人が声を荒げる。
周りにいるものも全身ずたぼろで立っているのがやっとのものがほとんどだ。
無傷の者はいない。
もう一度九尾に足止めをかけようと足に力をこめたとき、彼らの後方から歓喜の声が上がった。
「火影様が来られたぞ!!」
皆いっせいにその声の方向を向く。
すると巨大な蛙の上に立つ、金色の髪の毛を持った青年の姿が見えた。
四代目火影、波風ミナトだ。
「火影様…!」
「四代目!」
「ここは引いて! 後は僕がする!!」
凛とした声が響く。
低すぎず高すぎず、耳に心地よい声。
「しかし四代目…!」
「大丈夫。僕がなんとかするから。君たちは引いて。」
こんな窮地には似合わない、落ち着いた声だ。
戦う力のほとんど残っていなかった彼らは、足手まといになるのではと、それ以上いうのは止め、火影のいうとおり素直に引いた。
立てないものに肩をかし、即急にその場から退散する。
時折ちらちらと巨大な蛙のうえに立つ四代目火影の姿を確認しながら彼らは遠ざかっていった。
九尾の狐と退治する四代目火影の凛々しい背中が徐々に小さくなっていく。
それが、生きている四代目火影の目撃された最後の姿だった。
彼らを見送り、ミナトは溜め息を吐いた。
大丈夫、なんて大口を彼らにたたきはしたが、はっきり言って九尾をどうこうすることなどできはしない。
アレは人間ごときにどうこうできるものではないのだ。
「…どうしよう…?」
思わず本音がポツリと漏れる。
それを聞き、頭に四代目を乗せていた大ガマは焦る。
「おいぃ!? 何か策があったんじゃねぇんかいな!!」
口寄せを受けて当たり前のように九尾の前まで来てしまったが、それは四代目の落ち着いた様子で何か策があるのかと思っていたが…
無いの!!?
一瞬九尾に対峙していることすら忘れてうろたえる。
「…だっ大丈夫だよ!…………………………………今から考えるから。」
「沈黙ながっ!! ほんとじゃろうなぁ!!?」
「ほっ、ほらぁっ! 九尾攻めてくるから集中してよ!!」
バシバシとガマの頭を叩く四代目。
巨大蛙、ガマブン太はしぶしぶ目の前の九尾に集中することにした。
◇◇◇
結論。
敵うわきゃない。
ただでさえ巨体、戦いづらいというのに、その力の強さといったら…
「反則だよね…」
「ぐちってるヒマはないぞ、四代目!」
かろうじて致命傷は避けているものの、勝負はもう見えているようなものだ。
こちらはぼろぼろなのに、向こうには傷一つない。
四代目の脳裏に一つだけ策がひらめく。
実は最初から手段の中には入れていたが、気が進まず、策から省いていたのだ。
屍鬼封尽
死神と契約を交わし、相手の魂を抜き取る術。
契約を交わしたものは、死神の胃の中にひきずりこまれ、一生戦い続け、苦しまなければならない。
開放されることも無い。
また、魂を死神によって抜き取られた相手も同じ道を行く。
ただ一つ、九尾にコレをするには問題がある。
いくら死神とはいえ、尾獣の魂は取り込めないのだ。
人間的に言えば、食あたりをおこすようなものだろうか?
だから、魂を抜き取ったらその魂は別の場所に封印しなければならない。
だがどこに?
九尾は尾獣のなかでも最強レベル。
九尾の魂を丸ごと封印するとなれば、その器は、九尾よりも容量が大きくなければならない。
そんなもの、居ない。居る訳ない。
それに死神の腹の中に入るなんてなんだかぞっとしない。
いっとくが、四代目は極めて健全な精神構造をしているのだ。
まあ、忍びで四代目になるくらいなんだから、大量殺人してますが。
それでも忍びの中では健全な方だ。
そんな、死神の中で永久に苦しみ続けるなんて…私、マゾヒズムじゃありませんから!! 残念!
しかしそんな甘いことは言ってられない。
自分は四代目火影。
里の、忍びたちの長。
大黒柱。
彼らを守ることが自分の仕事で至上命題。
どんなことをしても里を守ると、火影の名前をついだときに誓ったのだ。
初代、二代目、三代目のぼひょ…ゲフンゴフン、火影岩に。
(注、三代目は生きてます)
ならば今、自分がすることは――
「屍鬼封尽をする。」
「なんじゃと!? あの術は――」
「うん、わかってる。でも…他に方法、無いし。」
「ぬ…」
「お願い、ブン太。力を貸してくれ。僕1人の力では術がかけれない。一瞬、一瞬だけでいいから、九尾の動きを止めて。」
「………簡単に言ってくれるな。」
「うん。」
「わしには牙も爪もないんじゃぞ?」
「…うん。でも、ブン太ならできるでしょ?」
「ガハハハハ! その通りじゃ!! ミナト…その目ん玉よーくひん剥いてワシの勇姿、見とけよぉ!!」
高笑いを一つすると、四代目火影を載せた巨大蛙は無謀ともいえる突撃を開始した。
これが自分の最後の戦いとなるだろう。
ブン太の頭の上でミナトはそう思った。
成功しても、失敗してもこれが最後の戦いだ。
だがミナトは笑いがこみ上げてくるのを感じた。
このような危機的状況の中で、何を、と思う。
ついに頭に異常をきたしたか、とも思うが、笑いを止めることはできなかった。
こんな時でも自分についてきてくれる仲間がいる。
それが心底頼もしく、そして嬉しかった。
「ああ!行こう!!!」
咆哮を上げる九尾に急接近をする。
今から命を散らすというのに、四代目は不思議と恐怖を感じなかった。
次の瞬間、空気が爆ぜた。
続く。