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No.7187の一覧
[0] のび太 VS ゴルゴ13[かるめん ](2009/03/14 12:42)
[1] のび太 VS ゴルゴ13 ACT2[かるめん ](2009/03/14 12:44)
[2] のび太 VS ゴルゴ13 ACT3[かるめん ](2009/03/26 23:25)
[3] のび太 VS ゴルゴ13 ACT4[かるめん ](2009/03/26 23:28)
[4] のび太 VS ゴルゴ13 ACT5[かるめん ](2009/03/26 23:24)
[5] のび太 VS ゴルゴ13 ACT6[かるめん ](2009/03/30 01:22)
[6] のび太 VS ゴルゴ13 ACT7[かるめん ](2009/04/06 01:48)
[7] のび太 VS ゴルゴ13 ACT8[かるめん ](2009/04/14 00:27)
[8] のび太 VS ゴルゴ13 ACT9[かるめん ](2009/04/24 01:18)
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[7187] のび太 VS ゴルゴ13 ACT7
Name: かるめん ◆6f070b47 ID:53a6a4cf 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/04/06 01:48
その夜、モルグシティは薄い膜のような静寂に覆われていた。
酒場から喧騒は絶え、通りに人影はなく、馬用の水飲みは底まで乾ききっている。
埃の浮いた家々の窓は暗く沈黙し、街を照らすのは澄んだ光を投げかけている天の星々だけだった。

月光の下に浮かぶ建物の影の中から、恐る恐る顔を突き出している男がいた。
男の目は赤く充血し、あごに浮いた無精ひげと、削げた頬が消耗した顔を際立たせている。
ほんの数時間前に、群狼のような無法者どもを引き連れて、この街に押し入った時の威厳はもう欠片も残っていない。

今、男は狼どもの頭ではなく、逃げ回る一匹の怯えた兎でしかなかった。
三十人以上いた男の群れは、たった一人のハンターによって、すで全滅していた。
これだけでも受け入れがたいと言うのに、その狩人はまだ一人も男の仲間を殺していない。
敵は邪悪なピューマが小動物をいたぶるように、俺たちをなぶっている!
その認識が、男の心臓を恐怖と屈辱で絞り上げる。

これ以上、静寂の中で待ち続けることにはもう耐えられなかった。
男は最後の勇気を振り絞って、月明かりに照らされた通りの中に飛び出した。
男の右手は拳銃を握りしめ、左手は身なりの良い服を着た少女、逃走の途中で見つけた市長の娘の手が握られていた。

「出てきやがれ、くそったれ! 早く出てこねえと、このあまっ子の頭をぶち抜くぜ!」

怯えの混じった恫喝の声が、夜の大気に木霊する。
その声に応えるように、高い口笛の音がさびれた保安官事務所の影から飛び出した。
夜の闇を切り取ったように黒いカウボーイブーツが埃っぽい通りを踏みしめる。

ついに姿を現した狩人は、意外に若かった。
長い黒髪に縁取られた剽悍な顔の中で、黒豹のような瞳がじっと男を見据えている。
男は緊張にのどをごくりと鳴らし、人質の体に回された腕に力を込める。

「て、てめえは一体、何物なんだ」
「俺か? 俺はノーバディ・ノーウェアさ。ただのノーバディと呼んでくれてもいいぜ」
「誰でもない、どこにもいない(ノーバディ・ノーウェア)だと。ふざけた野郎だ。良いか。このあまっ子にまだ息をさせたかったら、その銃を捨てな! それから馬を持ってこい。俺はこのくそったれな街から出るんだ!」

口から唾をとばしながら、男はより強く人質に銃口を押しつける。
しかし、若い狩人は恐れる様子もなく、口元に呆れたような笑いを浮かべて首を横に振った。

「で、お別れのあいさつの代わりに、俺たち二人の頭を撃つんだろ? よしなよ、旦那(アミーゴ)。生まれたての子牛だって、そんな手には引っ掛からない。それより、俺と賭けをしないか?」
「賭けだとっ!?」
「そうさ。今から四つ数えた後に、このコインを放り投げる。表が出たら、あんたの汚い手を、裏が出たら、その不細工な足を撃ち抜く、ていうのはどうだい?」

狩人の言葉は、男の頭にめまいを呼び起こした。
さすがに、すんなりと街から出してもらえるとは思っていなかったが、ここまで取りつく島もないとは想像もしなかった。
焦る男をあざ笑うように、狩人はぴかぴかのコインを見せつけながら、カウントを始める。

「いくぜ。一つ!」

顔中を汗まみれにしながら、男は歯を食いしばる。
事ここにいたっては、もはや選択肢は一つしか残されていない。

「二ぁつ!」

人質を楯にして、狩人が銃を抜く前に撃ち殺す!
男は、あの少年が闇できた稲妻のように、影から影へと駆け抜け、仲間たちを打ち倒すのを見てきた。
しかし、今少年の銃は腰のホルスターにおさまり、利き手はコインを掲げている。

「三ぃつ!」

くそ、やってやる、やってやるとも、俺だって岩狼のロッキーと言われた男だ、三十人のアウトローたちを手足みたいに使っていたんだ、こっちを舐めているあの餓鬼の目と目の間に新しいケツの穴をこさえて……

男の意識が余さず、目の前にいる狩人の方に向いたその時だった。
乾ききった馬用の水桶の中から、カウボーイの出で立ちをした少女がいきなり起き上がった。
手に持ったパチンコで男の顔を正確に狙い撃った。

顔に激痛が走り、思わず銃を持った右手で顔を庇ってしまった。
人質の頭から銃口がそれた瞬間、狩人の手がコインから離れて腰の愛銃、コルトSAAへと向かう。
銃声が家の窓を震わせ、そのコンマ一秒後に男の叫び声と鳴き声が上がった。

混乱と痛みで頭を半ば真っ白に染められながら、男は地面の上をのたうち回る。
なぜだ! なぜなのだ!
銃声は一発しか聞こえなかったのに、なぜ俺の手と足が両方撃ち抜かれているのだ!
みじめな男の姿を若干憐みのこもった眼差しで見ながら、狩人が言った。

「すまんね。旦那(アミーゴ)。つい、両方撃っちまったよ。でも、まあ、このコインじゃ表裏も関係ないから、悪く思わないでくれ」

手に持ったコインを倒れている男の上に投げかける。
その硬貨の中央は、銃声が一発に聞こえるほどの神速で放たれた二発の弾丸によって綺麗に撃ち抜かれていた。


 ****


東の空から赤い夜明けの光が忍び寄る。
モルグシティの存続をかけた長い夜は、ようやく終わりを迎えようとしていた。
報酬の金を受け取り、旅の荷物を馬に乗せている少年に、市長の娘が語りかける。

「どうしても行ってしまうの、ノーバディ。お父さまは貴方を普通の二倍の報酬で保安官として雇う、と言っていたわ。もし、貴方が望んでいるなら、将来の市長だって……」
「そいつは破格の申し出だな、レディ。しかし……」

ちらりと隣の相棒の方に視線を向けた。
男装の少女、ドラーニャはすでに出発の準備を終えて、あさっての方を見ている。
よく見ると、朝日に赤く染まったその頬が拗ねたように膨らんでいるのがわかった。
ノーバディは口の端を微かに歪めると、

「俺も、相棒も根っからの風来坊なんだ。風が吹いたら、どこかへ行きたくなるような奴に市長はおろか、保安官だって勤まらんさ」
「なら、せめてこれからどこへ行くのか。それだけでも教えてください!」
「悪いが、レディ。そいつこそ、誰にもわかりゃしない(ノーバディ・ノウズ)、って奴だぜ」

流れるような動作で、少年は馬上の人となった。
飼い主の服と同じように真っ黒な馬の腹に拍車をかけて走り出す。
追いつ追われつ、競い合うように二つの騎影は、白み始めた朝日の彼方へと姿を消した。

どこからともなく聞こえ始める口笛とギターの音色。
二人を見送る少女の背中にかぶさるようにスタッフロールが流れ始めた。


THE END


(―――1980年、ジョナサン・ムーン監督『モルグシティの決闘』のラストシーンより)



さて、今回ピックアップする人物は、三十人の無法者を一人も殺さずに倒したことで有名な『モルグシティの英雄』です。
今でこそ、知らぬ者はいない『モルグシティのガンマン』ですが、一昔前までは西部開拓時代のマニアが最強の銃使いを語る時だけ名の上がるマイナーな人物にすぎませんでした。
この実名も分からぬ人物を一躍全米のヒーローに押し上げたのが、80年代にサラ・コネリーが書いたベストセラー『無名英雄伝』とそれを原作にした映画『モルグシティの決闘』です。

『無名英雄伝』の中でサラ・コネリーは、『モルグシティの英雄』をインディアンと白人の混血児とし、母を捨てた父を恥じて名前を捨て、ノーバディ・ノーウェアと名乗っていると設定しました。
現在この設定は、ノーバディの相棒、男装の美少女、ドラーニャ・ドラニコワと一緒に、あたかも史実のように受け取られています。
しかし、当時の資料には彼のガンマンが「一人も殺さずに三十人を倒したこと」、「白人離れした容貌の持ち主で、ノーで始まる発音しづらい名前をしていたこと」、「ドラで始まるこれまた発音の難しい女の相棒がいたこと」しか書かれておりません。
(資料の中には、ガンマンの年齢が十歳前後だったとするものもあり、これはモルグシティの三十人捕縛の信憑性に疑問を挟む研究者の論拠にもなっています)

サラ女史のベストセラー以来、この謎に包まれた英雄の存在は作家たちの創造性をいたく刺激し、ここに「ノーマン」、「ノードン」、「ノービス」と作品によって名前も性格も変わる異例のキャラクターが誕生しました。
この状態はしばらくの間続きましたが、1990年代にモルグシティが観光客誘致のために、無名の英雄の銅像を建てようとした時に大きな問題の種になりました。
銅像の上に刻む名前をめぐって、街の住人が『ノーバディ派』、『ノーマン派』、『ノービス派』など別れて論争をはじめたのです。
言葉による争いは、血の気の多い西部の男たちの拳を使った喧嘩に発展し、最後には怪我人が出るほどの騒ぎになりました。

事態を重く見た市長は、住民たちを教会に集め、老神父の見守る前でこの論争にケリをつけさせました。
一晩かけた話し合いに末に、モルグシティの住民は彼らの街の英雄にまったく新しい名前を付けることでついに合意に達しました。
その名前こそ、ガンマンの愛銃にして、西部開拓時代を代表する名銃コルトSAAの異名―――


―――『平和をもたらすもの(ピースメーカー)』だったのです。


(―――ジョン・レイン『知られざる伝説のガンマンたちの真実』民明書房より)




  のび太 VS ゴルゴ13 

    ACT7「銃痕」




立体映像を映すホロスクリーンの看板にまたノイズが走った。
スクリーンに見入っていた要人警護官のサイトーは思わず、ちっと舌を鳴らした。
今日一日、微妙な気分だと言うのに、お気に入りの映画のラストシーンぐらい最後まで見せてくれてもいいじゃないか、そう思ってため息をついた。

ちらっと万能車両(MUV)のフロントガラスから視線をはずして横を見た。
ノイズで消えしまった英雄と違って、サイトーを不機嫌にしている原因は、今も変わらず助手席に腰をおろしていた。
サイトーの隣りに座っているその人物は、若くして伝説の領域に上り詰めたヒーロー、のはずだった。

今ままで、耳にした噂が正しいのならば……。
その男は小学生を卒業する前にすでに暗殺者の頂点、かの『G』と互角に渡り合ったことがあるという。
そして、中学校を卒業した後、一人でアメリカに赴き、千倍もの競争率を勝ち抜いて、ボディガード界の最高峰であった『イージスの楯』こと楯雁人の弟子となった。
二十歳で『イージスの楯』の元を独立した後の活躍は、護衛官を目指す若者なら知らない者はいない。

人工知能の権威だったテンマ博士、再生医療の天才であるウェスト医師、アフリカの聖女と呼ばれたシスターテレスなどなど。
彼が守り通した人物は、誰でも聞いたことのある有名人だけでも両手両足に歯の数を足してもたりず、名のない人々に至っては、もはや数え切れない。
かつて『G』は、一発の弾丸によって幾度も歴史の潮流を変えたという。
それと同じように彼は、一つの命を守るごとに歴史に影響を与え続けてきたと言ってもいいだろう。

しかも、彼が守ってきたのはクライアントの命ばかりではない。
護り屋の師である楯雁人と同じように、彼もまたクライアントを狙って襲い掛かる襲撃者たちを一人も殺さずに捕え続けたのだ。
ショックガンが発明されるまで、人を殺すための武器を使って、誰も殺さないという奇跡を繰り返してきた男は、何時しか有名なモルグシティの英雄と同じ二つ名で呼ばれるようになった。

すなわち、『ピースメーカー』と―――。

そんな雲上人が、助手を募集している。
それも地球連邦議会で演説中の日本国総理の護衛という考えられる限り最高の花舞台で。
『ピースメーカー』に憧れてSPの職についたサイト―は、一も二もなくこのチャンスに飛びついた。
そして、厳しい試験をパスして、念願の席に腰を下した、はずなのだが……。

「いいか。今日という今日は帰るのが遅れたら、承知しねえからな!」
「ああ、わかってるよ、ノビスケ。僕がしずかとの結婚記念日を無断ですっぽかすわけがないだろ?」
「そんなこと言って……俺の誕生日にどうどうと午前様しやがったのはどこのどいつだ?」
「はぁい、それはこの僕でーす」
「胸を張って言うんじゃねえバカ! はたくぞ、こらぁ!」

さっきから、ペーパーコンピューター(紙並みの厚さまで軽量化されたPC。折りたたんで携帯できる)で通信している中年男と長年憧れてきた英雄のイメージが、どうしても重ならない。
小学生ぐらいの男の子にぺこぺこ頭を下げている姿を見ていると、思わずしっかりしろ、とどなりつけたくなってくる。

「いや、叩かれるのはしょうがないとしてさ。せめてグローブはめて殴ってくれないかな? 最近、成長したせいか、お前のパンチが結構痛いんだよ」
「いやだね! タケシおじさん直伝の愛の拳は手加減なしだぜ!」
「とほほほ……あ、そうだ。ノビスケ、ちょっと頼みごとがあるんだけど」
「言ってみろよ」
「しずかに愛しているって伝えてくれないかな?(きら☆)」
「てめえで直接言え、馬鹿オヤジ!!」

叩きつけるようにインターネット電話を断ち切る音が響いて、少年の顔がディスプレーから消えた。
少年と話していた男は軽く肩をすくめて、申し訳なさそうにこっちの方を見た。
再生医療や人工義眼が発達した現代では無用の長物となり果てたはずの黒縁の眼鏡をぶら下げたその顔は、どう見ても一世代前のうだつの上がらないサラリーマンだ。

「いやあ、情けないところを見せちゃったね」
「はあ……」
「反抗期に入ったせいか、息子が最近、生意気なことばかり言うようになっちゃってさ。でも、あの子も昔はそりゃ可愛かったんだよ」
「はぁ……」
「ほら、見てこの動画。まだ、二歳になったばかりのノビスケだ。小さな拳で僕の足をぽかぽか殴っているのがまた可愛くて可愛くて……」
「…………」

あんた、そんな頃から息子に殴られてきたのか!
なんだか、話を聞けば聞くほど不安になってくる。
ひょっとしたら、自分は英雄の影武者の相手をしているんじゃないだろうか?
ついに我慢できなくなったサイーは、『ピースメーカー』の話に割り込んだ。

「あ、あのすみません、『ピースメーカー』?」
「あ、それって僕のこと?」

俺の隣に座っているのは、あんただけだよ!
運転をかなぐり捨てて、突っ込みを入れたくなる衝動をなんとか押し殺した。
そんなサイトーの気持ちも知らずに、助手席の男は締まりのない顔でへらへら笑う。

「ははは、ごめんごめん。もともと自分でつけた名前じゃないせいか、今だにその大げさなニックネームで呼ばれるのは慣れなくてねえ」
「『ピースメーカー』、実は俺、貴方に憧れて、ボディガード業界に入ったんですよ」
「あ、そいつは光栄だけど、やめた方がいいな」
「え、どうしてですか?」
「ノビスケには内緒だけど、僕は子供のころ、テストじゃたいてい零点を取って、マラソンじゃ必ずビリになってた。要するに落ちこぼれで、とても他の人に憧れてもらうような奴じゃなかったんだ」

さあ、衝撃の事実が明らかになったぞ。
でも、目の前にいる男の顔を見ていると、ちっとも衝撃的に思えないのは何故なんだろな。
だんだん皮肉な気持ちになってくるのを感じながら、サイトーはずっと気になっていたことを聞いた。

「謙遜しないでください。貴方は子供のころ、あの『G』と一回引き分けたんでしょ?」
「あ、それただのデマだよ」
「デマなんですか!!」

さすがにこれは予想外だった!
憧れてきた根拠がいきなり否定された!!
おかげで、MUVの思考制御をおもいっきりミスってしまった。
もし、MUVに搭載されている電子頭脳がとっさ進路を補正しなければ、軽い事故ぐらい起こしていたかもしれない。

「そう。雁人さんは人のプライバシーを漏らすような人じゃないから、アナちゃんかちひろ先輩から広まったんだと思うけど、君の聞いた噂はでたらめだよ。確かに僕は子供のころ、一度だけ『G』に遭遇したことがある。ただし、互角に渡り合ったというのは嘘。実際は武器でも、位置取りでも僕が圧倒的に有利だったのに、ほぼ一方的に負けたんだ」
「で、でも、よくあの『G』に遭遇して生き延びましたね」
「僕を倒した後で、ものすごい敵が彼の前に現れてね。気絶している子供にかまっているどころじゃなくなったんだよ。僕と『G』をライバルみたいに考えている人がいるけど、多分彼は25年前にあった子供のことなんか忘れてるんじゃないかな?」
「はあ、そうだったんすか……」

胸の中に残っていた最後の期待を溜息といっしょに吐き出した。
結局、現実なんてこんなものなのかもしれない。
きっと今まで聞いた『ピースメーカー』の伝説の大半も、人の口から口に伝わるうちに大げさに脚色されたデマだったのだろう。
『ピースメーカー』と総理は幼馴染であったというし、今回の護衛の仕事も、実力を見込まれたというよりも、コネで選ばれたのかも。
すっかり気落ちしたサイトーの肩を、彼の英雄だった(過去形)男がぽんぽんと叩いた。

「あ、サイトーくん。次はこっちへ行ってくれないかな?」
「これって、ストリップ劇場に見えるんですが……」
「うん、ストリップ劇場だね。悪いけど、なるべく裏道を通って、行ってくれないかな? ほら、さっきの電話でもわかるとおり、僕も一応妻も子供もいる身だからさ」
「ストリップを見に行ったことがわかると、奥さんに殺されるんですか?」
「いや、もっと悪い。口をきいてくれなくなるんだよ」

少しでも会話を明るくしようとジョークを言ったら、真顔でみっともない答えを返されてしまった。
もはや諦めの境地に達したサイトーはそれ以降、一切口をきかずに車の運転に集中した。
しかし、とうのストリップ劇場に到着した後、『ピースメーカー』は何故か一歩も車の外に出なかった。
劇場の看板に映っている女の子のおっぱいを小一時間眺めた後、次の目的地を指定した。

言われるままに走り続けて辿り着いたのは、建築途中の超有名テーマパーク、ニューネズミランド。
ニューネズミランドの建築現場をぐるぐると回りながら、『ピースメーカー』は始めて都会にきたお上りさんみたいにあっちこっちに視線を巡らせる。
この人、総理大臣の護衛はただの口実で、単に観光をしに来ただけじゃないのだろうか?
ますます無駄な時間を過ごしている気分になって、サイトーは今頃同僚の護衛官たちが充実した時間を過ごしている総理大臣の演説場の方向を羨ましそうに眺める。
しかし、ここまで遠くに来てしまうと、総理が演説を行う大都市はもう地平線の彼方だ。
目を眇めても、視界に入るのは恐竜の骨格みたいな建築中のアトラクションばかり。

その時、ふと既視感(デジャヴュ)が頭をよぎった。
ニューネズミランドの建築スケジュールを知らせる立体映像の看板にノイズが走った。
確か、ここに来るまで何度か同じ光景を見たことがあるような……。

「……気づいたようだね」

静かだが、よく通る声が耳に飛び込んだ。
振り返ると、ペーパーコンピューターを広げた『ピースメーカー』がこっちの方を見ていた。
息子と話していた時とは、別人のような鋭いまなざしに心臓が思いっきり飛び跳ねるのを感じた。

「気づいたって、ノイズのことですか」
「そう、僕たちが今まで寄った場所の看板に、皆似たようなノイズがあったよね?」
「そうですけど、別にホロスクリーンのノイズなんて珍しいものじゃないでしょ」
「でも、ピカピカの新品のスクリーンにノイズが走るのはちょっと珍しいんじゃないかな? 僕が調べた限りじゃ、ノイズのあった立体映写機は全部ここ一週間のうちに交換したものばかりだよ」
「それは……」

舌が口の中に張り付いて、言葉が喉の奥で詰まった。
突然、人が変わったような『ピースメーカー』の振る舞いに戸惑いが隠すのがやっとで、どうやって返事をしていいものか分からない。

「これは僕も含めて、ショックガンの開発に携わったほんの数人しか知らないことだけど……ショックガンの光線は立体映像を作る時の磁場で曲がる事があるんだ。看板に使うぐらいの出力があれば、鏡みたいに射線を反射させることもできる。ところで、僕のバイザーにはあらゆる電磁波を感知する機能がついている。それで集めたデータをこのシミュレーターに入れてみると……」

眼鏡型のバイザーのフレームに手をかけ、細い糸のようなケーブルを引きだし、膝の上のPCにつなげる。
ペーパーコンピューターのディスプレーの上に都市の立体地図が浮かび上がる。
ところどころに点在する光の点は今まで、ノイズが確認された地点だろうか。
その点と点をつなぐように赤い線が走る。
ビリヤードの弾みたいに線は、点の間を跳ね返りながら、少しずつ前に進み、最後に辿り着いたのは……。

「総理の演説台じゃないですか!」
「どんぴしゃりって奴だね。僕の悪い予感が当たったようだ」
「で、でも、ショックガンじゃ人は殺せないんじゃ!!」
「出力の低いハンドガンタイプのやつはね。だが、狙撃用のライフル型のショックガンは、リミッターさえ外せば標的の動きだけじゃなくて、呼吸や心臓、脳波まで止めることができる。証拠も残さずに、自然死に見せかけて暗殺をするのに絶好の武器なのさ」

一瞬、頭が真っ白になった。
それから、怒涛のように『ピースメーカー』が口にしたことの重大さが脳の中に雪崩れ込んだ。
総理大臣の護衛のために費やされた何日もの準備、何時間もの会議。
護衛官たちは莫大な労力を費やして狙撃地点を測り、それを一つ一つ潰してきた。

しかし、『ピースメーカー』の言ったことが正しいのなら、それらがすべて無駄だったことになる。
いや、それだけじゃない!
ここまで自在に射線を捻じ曲げ、地平線の彼方にいる相手まで狙い撃てるのなら、スナイパーの概念そのものがひっくり返りかねない。

今、自分は間違いなく歴史の転換点にいる。
ほんの些細なミスが、これからの世界の命運を変えてしまうかもしれない。
その認識に、心臓は口から飛び出しそうになり、胃袋は鉛よりも重く深く沈む。
プレッシャーに耐えきれなくなったサイトーは、思わず重圧の原因そのものを否定しようとした。

「ふ、不可能だ! ほんの1秒足らずの時間で点滅するノイズに合わせて、光線をビリヤードみたいに反射させて、おまけに遠くにいる相手を狙撃するなんて。そんなことできっこない!」
「不可能ってほどじゃないさ。げんに君の目の前にできる奴が一人いる。ってことは、どこかほかのところもう一人いると考えた方がいい。実を言うと、僕はその誰かさんに心当たりがあるんだよね……」
「そ、その人ってもしかして―――」

その後は、恐ろしくてとても口にできなかった。
いきなり、『ピースメーカー』の目つきが変わった。
ただでさえ鋭く尖っていた視線が、獲物を狙う鷹のような剣呑な光を帯びる。
視線をフロントガラスに据えたまま、サイトーの肩に指を食いこませた。

「急いで、この車を建物の陰に隠して。スピードを落とすんじゃない! なるべく自然な動きで角を曲がるんだ!」
「な、なんですか! まさか、彼を見つけたんですか?」
「違う―――」

『ピースメーカー』が深刻な顔で首を横に振る。



「―――彼が僕たちを見つけたんだ!」



その言葉を理解する暇こそあらば、MUVのすべての窓がショックパルスの青い光に包まれた!
まず車体の外に備え付けられた各種センサーが一斉に破壊された。
続いて通信機器が沈黙し、運転席にあった各種メーターが狂ったように意味のないデータを吐き出す。
運転を補助するためにあった電子頭脳も電波の断末魔をあげて、ただの鉄の箱になり果てる。

完全にコントロールを失った万能車両が、暴走を始めた。
回る、視界も、車体も、何かもが。
周りの風景が解けるように輪郭を失い、コンクリートの灰色が急接近する。
だが、車と操縦用のケーブルでつながっていたサイトーは、流れ込む激痛に絶叫するのが精一杯。
とてもじゃないが、車体のコントロールを取り戻している余裕などなかった。

その時、力強い腕が後頭部から生えたケーブルを引き抜いた。
途切れなく流れ込んでいた衝撃の津波がやっと途切れた。
純白に染まっていく視界の中で、サイトーは自分の体を押し抜け、手動運転用のレバーとハンドルに飛びつく『ピースメーカー』の姿を見た。



***



あとがきのやうなもの

キエタ♪
キエタ♪
書イテイタ原稿ガ綺麗ニキエタ♪

……失礼。
コツコツ執筆をつづけていたEX=GENEの原稿を信じられないようなミスで消してしまい、ちょっと呆然としております。
ううう、話したいことがいっぱいあったはずなのに、ショックのせいで全部忘れちゃったよ!
というわけで今回は余計なことは言わずに、『ピースメーカー』になったのび太のお師匠さんである護り屋『イージスの楯』についてちょっと説明しておきます。

・名前
『イージスの楯』楯雁人

・原作
七月鏡一原作、藤原芳秀作画。『闇のイージス』

・設定
闇の世界に生きるフリーランスの最強ボディガード。
銃や刃物を使わずに、右手の義手だけでテロリストや暗殺者と渡り合う無茶な人。
どのぐらい無茶かと言うとこの人、義手で超音速のマシンガンの弾丸を弾いたりします。
殺気が見えるという設定はあるけど、どうみても完全に人間を超えた身体能力の持ち主。
義手さえ付けていれば、範馬勇次郎とも殴りあえるんじゃないんだろうか、この人。
回を重ねるごとに敵もますますエスカレートし、しまいにはロボット兵士やプレデター(宇宙人じゃなくて無人偵察機の方)とも闘っていました。
言ってみればボディガード版ゴルゴ、もしくはブラックジャック。
作中では、のび太はこの人の弟子となる事で、突出した才能を悪用されることを防ぎ、闇の世界で生き抜く知恵を手に入れました。
ちなみに、無事弟子入りするまでに間に、他の候補生と一緒に波乱万丈の冒険を経験することになるのですが、それはまた別の物語(プロット)です(w)
(作者の時間と体力的に書く予定のないお話です)


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