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No.7187の一覧
[0] のび太 VS ゴルゴ13[かるめん ](2009/03/14 12:42)
[1] のび太 VS ゴルゴ13 ACT2[かるめん ](2009/03/14 12:44)
[2] のび太 VS ゴルゴ13 ACT3[かるめん ](2009/03/26 23:25)
[3] のび太 VS ゴルゴ13 ACT4[かるめん ](2009/03/26 23:28)
[4] のび太 VS ゴルゴ13 ACT5[かるめん ](2009/03/26 23:24)
[5] のび太 VS ゴルゴ13 ACT6[かるめん ](2009/03/30 01:22)
[6] のび太 VS ゴルゴ13 ACT7[かるめん ](2009/04/06 01:48)
[7] のび太 VS ゴルゴ13 ACT8[かるめん ](2009/04/14 00:27)
[8] のび太 VS ゴルゴ13 ACT9[かるめん ](2009/04/24 01:18)
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[7187] のび太 VS ゴルゴ13 ACT8
Name: かるめん ◆6f070b47 ID:53a6a4cf 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/04/14 00:27
二度目の震災から不死鳥のごとく復活を果たした現代の魔都、ニュートーキョー。
300メートル級の高層建築物の中で、ひときわ人目を引く豪奢な巨楼ホテルギャラクシー。
江戸時代から続く老舗高級旅館の一階層は、今日たった一人の男のためにまるごと貸し切られていた。

下界の喧騒を光ごと締め出した薄暗い部屋の中で、男は疲れた体を柔らかな革製のソファーに沈めた。
何度も推敲を繰り返した演説の原稿用紙には目もくれずに、ディスプレーの画像に見入る。
『パーソン・オブ・ザイヤー』として、タイムズの表紙を飾った端正な横顔をホロスクリーンの映像が極色彩に染め上げた。

男が見ていたのは、デジタル保存されたアルバム。
生まれおちてから35年の間、渡り歩いてきた彼の人生の記録であった。
男の指が黒檀の机の表面に触れるたびに、センサーが肌の下の電気信号を読み取る。
懐かしい記憶が、走馬燈のような画像の連なりとなって、目の前を駆け抜けていく。

17年前、飛び級でマサチューセッツ工科大学を首席卒業。まだ18歳だった。
16年前、優秀な成績で第一期火星コロニーの研究者に選ばれる。疑うこと知らぬその笑顔。
14年前、火星コロニー最悪の気密事故、『レッドスター事件』ただ一人の生存者となる。

過去をさかのぼる指が止まった。
救出された青年の顔にもはや無邪気な表情はない。
画面の中から、死人のように無表情な眼差しが現在の彼を見つめていた。
舌で口の中を舐め、想起で乾いた粘膜にうるおいを与える。
再び、映像と記憶が動き出した。

12年前、リハビリの途中で、ロックフォード財閥当主の一人娘、アナと出会う。
10年前、アナ・ロックフォードと結婚、二人の結婚式で合衆国の大統領と握手した。
8年前、財閥のブレーンとなる。歴史の裏で世を動かしてきた巨人の仲間入りを成し遂げる。
5年前、30歳で祖国日本に帰国、衆議院選に出馬。圧倒的な支持率で当選を果たした。
2年前、新世紀最大の奇跡と呼ばれる政界の大変動、史上初30代の総理が誕生。
1年前、13年来の悲願だった地球連邦議会の発足が決まった。

記録は現在にいたってついに途絶え、思い出は一巡して、少年時代に戻る。
画面から政財界の綺羅星のごとき面々が姿を消し、代わりに無邪気な子供たちの顔が並ぶ。
ようやく男の口元に微笑みが浮かび始めたその時、軽快な機械音が物思いを妨げた。

『失礼いたします、総理。ご友人がたのチェックが終了いたしました』
「ご苦労。すぐに彼らをこの部屋にお通ししなさい」

一瞬かいま見えた素顔は、また政治家の仮面の下に消えた。
疲労の色を隠し切ったシャープな動作で、男が立ち上った。

「やあ、剛田社長、骨川CEO。よく来てくれたね」

世界で最もセクシーな政治家。
ロックフォード財閥の影の当主。
そして、『魔王(シャイタン)』―――
彼を愛する者、憎む者から、いくつもの名で呼ばれるその男。
内閣総理大臣、出来杉英才は懐かしい顔ぶれににっこりと笑いかけた。



  のび太 VS ゴルゴ13 

    ACT8「排莢」



流体金属の扉が退くと同時に、体型も服装も対照的な二人の男が室内に入ってきた。
先頭を行くのは、逞しい体を黒い和服に包んだ巨漢、剛田タケシ。
農業自由化の波に乗って、高品質の農産物を提供するベンチャー企業、剛田商事を起業。
日本の食物自給率を80%まで引き上げた立役者として、知らぬ者はいない名物社長である。

その剛田タケシの影から、彼よりも二回り小柄な人物が姿を現した。
高級スーツを着込み、流行の最先端をゆく奇抜なヘアスタイルをした男の名は骨川スネ夫。
第二次関東大震災で倒産の辛酸を舐めながら、東京とともに復活を成し遂げた苦労人。
早い段階から、テンマ博士の人工知能や機械義肢に投資し、今や世界に冠たる骨川グループの長として剛田タケシとは別の意味で有名なカリスマ経営者だ。

二人は半ば駆け足で、事務机の前に立つ出来杉総理のもとに歩み寄った。
タケシが身を乗り出すように、熱心な口調で話し始める。

「大変なことになったぞ、総理。スネ夫の部下がとんでもねえ情報を拾ってきたぜ」
「出来杉総理、どうか落ち着いて聞いていただきたい。さきほど、コード『G』が貴方の御命を狙っているという情報を手に入りました。CIAとMI6からヘッドハンティングしたスタッフの検討によれば、この情報の信憑性は約88%。至急、今日のスケジュールの練り直しを進言いたします」

コード『G』、かつて政財界のドンたちがその名を耳にするたびに何度顔を青ざめたことか。
彼らにとって、それは核兵器と同格の切り札にして、核兵器以上の災厄であった。

「なるほど、私の調査室はまたしても、君のリサーチ会社に後れを取ったわけだ。これは、骨川CEOの言うとおり、一度調査室のメンバーの見直しをする必要がありそうだね。しかし、スケジュールの変更を聞き入れるわけにはいかない。演説は予定通り、本日午後16時きっかり行うこととする」

死神の代名詞とも言うべき名前を聞いても、若き宰相は少し顔色を変えなかった。
落ち着き払った顔には、達観したような笑みすら浮かんでいた。
予想を超えた回答に、百戦錬磨の経営者であるスネ夫すら言葉を失った。

「スネ夫の言うことを聞いていなかったのか、総理! 凄腕の殺し屋があんたの命を狙っているんだよ! なのに、スケジュールを変えないってのはどういうわけだ!」

絶句したスネ夫の代わりに、タケシが顔を真っ赤にして総理に詰め寄った。
中学時代から空手で鍛えた拳を叩きつけられた机が鈍い抗議の悲鳴を上げた。
出来杉総理は、少し困ったような顔でタケシが殴りつけたところを見た後、

「剛田社長、君が私のことを心配してくれるのは嬉しい。しかし、私は一国の首相として1億人を超える国民の生活を守り、地球連邦会議の責任者として60億の地球の住民と相対しなければならない男だ。もし、私が凄腕とはいえ、たった1人の人間に怖気ついたことがわかったら、今まで私に従ってきた人々はどう思うだろうか? それに、今朝も3ダース近い数の脅迫状が届いているんだ。命を脅かされるたびに、いちいちスケジュールを変えていては、政治家としての私は死んだも同然だ」

理路整然とした総理の返答に、今度はタケシが言葉を失う番だった。
その時、気を取り直したスネ夫が、タケシの巨体を押しのけるように前に出た。

「お言葉ですが、総理。貴方は『G』のことを良くご存じないようだ。最盛期より仕事の数は半分に減ったという調査報告があるものの、あの男の成功率は依然として99%台をキープしております。この数字は決して、侮っていい数ではありません!」
「骨川CEO、君は私がロックフォード財閥の人間だということを忘れているようだな。ゴルゴ13の噂なら、もう妻の実家から耳にタコができるほど聞かされているよ」

ロックフォード財閥は、20世紀において世界最大規模を誇った経済団体であった。
だが、資本による世界制覇を目前にして、ロックフォードは大きな挫折を味わった。
三代目当主だったデビット、実質的な四代目当主であったローランスが、立て続けにゴルゴの銃弾に倒れたのだ。
さらに財閥の頭脳であったグレジンジャーが怪死、心労で一族の大長老マックロイまでもが息を引き取った。

その間に、財閥の影で喘いでいたロスチャイルド家や華僑たちが一斉に息を吹き返した。
大黒柱を失ったロックフォードは、彼らによってその財産を次々に蚕食されていった。
続く半世紀はロックフォード財閥にとって、まさに屈辱と凋落の時代であった。
世界の資本の七割を手にしていたという資産は、坂道を転がり落ちるように減少を続けた。
極東の国から、一人の若き天才を影の当主として招き入れるまでは……。
今、ようやく立ち直り始めたとはいえ、出来杉の義理の祖父であるデビット・ジュニアをはじめ、一族の苦難を記憶している老人たちにとってゴルゴの名は最大の禁忌あり、不吉の象徴でもあった。

「もし、貴方がのび太の腕を当てにしているのなら、それは大きな間違いですよ。おそらく総理も耳にしている、子供ののび太がゴルゴと互角に戦ったという噂は……」
「ただのデマなんだろ? ボディガードとクライアントとして、私たちは結構、長い付き合いなんだ。最初に、彼に身辺警護を依頼した時に言われたよ。『出来杉、僕は大抵の者から君を守ることができる。しかし、あの男、ゴルゴ13が来たときは、覚悟を決めてほしい』とね」
「そこまで分かっていながら、何故……」
「理由はさっき剛田社長に言ったとおりだ。それに日本の内閣も、地球連邦議会も私一人で動いているわけじゃない。たとえ、私がデビット・ロックフォードと同じようにゴルゴの凶弾に倒れたとしても、流されたその血が同志たちの結束をさらに固いものにかえるだろう」

それは違う、とスネ夫は思った。
生まれたばかりの地球連邦議会を成り立たせているのは、出来杉英才というカリスマと彼の背景であるロックフォード財閥の莫大な力だ。
今、出来杉が亡くなれば、ロックフォード家は政治から手を引き、中心人物を失った地球連邦議会は再び烏合の衆と化すだろう。
やっと国境や宗教の壁を乗り越え、真の意味での地球共同体が出来上がろうとしている時に、こんな躓きは決して許されない。

一体、どうすれば総理の考えを改めることができるのか。
二人の男が苦悩に歯をかみしめたその時だった。
出来杉総理が突然、政治家の仮面を外し、まるで子供のように無邪気な笑顔を二人に向けた。

「こんなことを言うと、怒られるかもしれないが、実を言うと私は今、初めて遠足に出かける子供のように胸を高鳴らせているのだよ」

困惑に首を傾げる二人の幼馴染の肩に手を乗せる。
まるで秘密を打ち明ける子供のように声を潜めて話し始めた。

「子供の頃のことを覚えているかい? 君たちはドラえもんと一緒に、夏休みが来るたびに冒険の旅に出かけていただろ。実を言うと、私がずっと君たちが妬ましくてたまらなかったんだ。そのくせ、君たちの冒険の自慢話を聞くたびに、僕はあんな危ないことをするほど軽率じゃないと自分に言い聞かせていた。まるで、イソップ童話に出てくる酸っぱい葡萄とキツネみたいにね」

突然の打ち明け話にどう返答をしてよいものか分からずに顔を見合わせるタケシとスネ夫。
出来杉は二人の顔を交互に見た後に、

「結局、私には失敗をする勇気がなかったんだ。でも、年を取って……だんだん私にもわかってきた。人には時に負けると分かっていながら、やらなくちゃいけない時があるんだ。ちょうど、今のようにね。ドラえもんとしずちゃんがいないのは、残念だけど、今ここにはあの頃の冒険者のメンバーがそろっている。二人とも、私に力を貸してほしい。あの頃、君たちが子供の身で大きな危険を乗り越えたように、私にもこの危地を受け入れ、乗り越えていく力を与えてくれないか」

出来杉の言葉が脳裏にしみわたっていくに従って、タケシの目に涙が浮かび始めた。
出来杉が差し出された手を、痛いほど強く握り返した。

「そ、総理、俺はあんたを勘違いしていた。てっきり、偉くなって人が変わったとばかり」
「総理なんて他人行儀な呼び名は勘弁してくれ。また、昔のように出来杉と呼んでてくれないか」

子供時代の友情を温め合う二人の感激に水を差すように、咳払いの声が響き渡った。

「申し訳ありませんが、総理。今のは、とても一国の首相とは思えないお言葉ですな。貴方もいい年をした大人でしょう。友情ごっこも結構ですが、希望的な観測と感傷だけでは、どうにもならないことがあることぐらいよくご存じでしょう」
「す、スネ夫、てめえ、命をかけた俺たちの冒険を、友情を否定すんのかよ!」

掴みかかろうとするタケシの手をスネ夫が紙一重の差で何とか回避した。
なおも詰め寄ろうとする巨漢を出来杉が肩を掴んで押しとどめた。

「待ちなさい、タケシくん。骨川CEOには何かお考えがあるようだ」
「総理の仰るとおり。私が言っているのは、勇ましい言葉には常にその言葉に釣り合う力が必要だということだ。こんなこともあろうかと、骨川グループの系列の警備会社から、精鋭部隊を50人連れてきました。ぜひ、総理のSPに加えてください。
それから、『負けるのが分かっていながら』なんて気の弱いことを言わないでください。僕たちは、どんな冒険に参加した時もあきらめずに粘り、最後まで戦い、必ず勝ってきた。だから、僕たちの冒険に参加をするのなら、貴方にも必ず生きて帰ってきてもらいますよ。そうだろ、ジャイアン?」

にやっと笑って、気障なウィンクを送る。
年齢を重ねた古キツネの顔の下から、ちょっと気取った少年の顔が覗く。
怒りに赤く染まったジャイアンの目がまた涙に潤み始めた。

「スネ夫、心の友よ……」

25年間の時間を取り戻すように、かつて子供だった男たちは堅く堅く握手を交わす。
だが、顔で笑い合いながらも、スネ夫は心の中にわだかまる黒い不安を振りきれずにいた。
彼が総理の護衛のために連れてきたのは、米軍海兵隊やSAS出身のツワモノばかり。
しかし、精鋭部隊如きで止められるぐらいなら、ゴルゴ13は伝説になっていない。
あの悪魔に対抗できるのは、同じように人でありながら、人間以上の力を手に入れた者しかいない。

(頼むぞ、のび太。本当に、頼りになるのはお前一人だけだからな)

今はどこにいるのか。
行方もわからない友人に向かって、祈るように語りかけた。



■   ■   ■



目覚めて体を起こそうとした途端、頭から尾てい骨まで凄まじい痛みが駆け抜けた。
体中が溶けた鉛を詰め込まれたように重く、鈍く、そして痛い。
カラカラに乾いた口の中を舐めてみると、味わったことのないようないやな味がした。

ぼやけた視覚から伝わる情報から、辛うじてアトラクション施設の隙間にできた狭い空間の中にいることがわかった。
右に首を回すと、すりがねに掛けられた大根のように万能車両が半ばコンクリートの壁に埋まっているのが見えた。

「やあ、気がついたようだね。無理をしない方がいいよ。間接的にとはいえ、君はショックガンの攻撃を受けたんだ。後半日は動けないよ」

左側から投げかけられた柔らかな言葉。
聞き覚えてのある声を耳にした時、今までの記憶が芋づる式に蘇った。
自分の名前は、サイトー。
職業は総理大臣の身辺護衛官で、護り屋『ピースメーカー』の助手として一緒に街を巡り、そして……
突然、記憶と一緒に覚醒した強烈な後悔の念に、体が指先まで真っ赤に染まった。

「君には、悪いことをしちゃったな。あんな風に反射鏡のあるところを一つ一つ巡っていたら、そりゃ『こっちは貴方の仕掛けに気づいたので、撃ってください』、と言っているようなもんだよね。君の車も壁にぶつけて、壊しちゃったし、まいったな。僕の報酬で修理できるかな……」
「ちが……う……『ピースメーカー』。あの時、俺が……貴方の言うとおり……裏道を使っていれば、こんなことには」

『ピースメーカー』に裏道をつかってストリップ劇場に行くように言われた時。
意地悪な気分になったサイトーは、こちらの方が近い、と言ってわざと表街道を使って目的地に向かった。
今にして思えば、あれは狙撃を警戒していた『ピースメーカー』の思惑を無駄にするものでしかなかった。

反射狙撃を見破った時、自分達は確かにゴルゴに対して有利に立っていた。
しかし、一人の馬鹿のせいで、この優位があっさり逆転した。
おまけに、当の本人は現在、地面に寝転がっているだけでまったく役に立たないと来る。

「は、やく……総理に、連絡を……あの反射狙撃は、知らないと……ふ、せげない」
「僕も同じことを考えたけど、残念ながら最初の狙撃でこっちの通信機器は全滅。君が寝ている間に調べたけど、この工事現場にある緊急電話は全部破壊されていたよ。携帯電話が普及しすぎるのも困ったものだよね。総理の演説は後10分で始まるのに、この近くで15分以内にたどり着ける民家も、電話ボックスもないんだもん。でも、まあ……こっちなら5分で準備が終わる」

『ピースメーカー』の最後の言葉で、目を覆っていた最後の霧が晴れた。
その時、視界に入った光景に、サイトーは思わず全身の痛みも忘れて声を上げた。

「な、何をしているんです、か!」
「言っただろ? 反射狙撃ができるのは、ゴルゴ一人じゃないんだ。今から、10分後に彼はホロスクリーンを反射鏡に、演説台に立つ総理を狙い撃つ。その前に僕が反射鏡を利用して、彼より早くショックガンを撃ちこめば暗殺を阻止することができる」

愛用のショックガンに狙撃用に改造しながら、『ピースメーカー』は気軽に答えた。
馬鹿か素人ならその自信に満ちた表情で誤魔化せたかもしれない。
だが、サイトーは馬鹿かもしれないが、素人ではなかった。
さんざん練習を繰り返したはずの敵を相手に、ぶっつけ本番で反射狙撃を挑む。
それは、蟻地獄の中で、蟻が巣の主をねじ伏せようとするのと同じぐらい無謀なことではないか?

「危険すぎ、ます。反射鏡になる、看板を破壊した方が安全です」
「そうしたいのは山々だけど、僕の手持ちの武器であの頑丈な看板を壊せるものがない。あの看板は鉄骨で補強してあるんだ。ショックガンじゃ何時までかかるか、分からないよ」
「工事現場にある大型の強化外骨格を使えば……」
「ここ最近強化外骨格を使った犯罪が多発しているせいか、ここの現場の外骨格は全部、指紋認証式になっていたよ。システムをクラッキングして動かす方法はあるけど、道具は全部さっきの狙撃で逝かれちゃってね」
「くっ……!」
「それに強化外骨格があったとしても、あの看板を壊せたかどうか怪しいと思うよ。ちらっと見かけたんだが、看板の根元にあった不自然な黒い箱。あれは多分、戦車に使われている自動レーザー迎撃装置『Trophy system』だ」

完璧すぎるゴルゴの備えが、サイトーの口から言葉を奪い取った。
水も漏らさぬ構えとは、まさにこのことである。
『Trophy system』は一定以上の速度で接近するものをレーザーで自動的に破壊する装置だ。
例え、超音速のミサイルといえども、今あの看板を破壊することはできない。
『Trophy system』を突破できるのは、同じ光線を放つショックガンしかない。
それでも、あきらめきれずに、サイトーは再び『ピースメーカー』に問いかけた。

「具体的な勝算は、おあり、なのですか?」
「うーん……普通に打ち合うだけなら、五割ってところかな? 今回は僕が彼のテリトリーに足を踏み入れないといけないから、半分の二割五分。あ、でも、これは25年前のゴルゴのデータだから、実際はもっと低いかもね」

それはつまり、7割か8割以上の確率で負けるということだ。
だが、『ピースメーカー』の顔には、死地に赴く男の恐れや緊張感はない。
まるで、息子の運動会に参加する父親のような気軽さで戦いに、或いは死に向かう準備を整えている。

やはり、自分があこがれ、仰ぎつづけた人は本物の英雄だった。
しかし、いやだからこそ、彼をここで失うわけにはいかない。
もし、一日の内に出来杉総理と『ピースメーカー』が同時に失われたら、人類の被る損失は計り知れない。
護衛官として恥ずべき行為と知りつつも、サイトーは『ピースメーカー』のコートの裾をつかんで彼を引きとめようとした。

「や、やめて、ください。ここで、出ていけば、犬死にです。貴方を失わけには……」
「驚いたな。間接的にショックパルスを浴びたとはいえ、ショックガンに撃たれてここまで動ける人間を見るのは久しぶりだ」

服をつかまれた『ピースメーカー』は気を悪くした様子もなく、いたずら好きな子供を見るような優しい眼でサイトーを見降ろした。
長距離狙撃のロングレンズバレルを取り出し、かちゃかちゃと銃に取りつけていく。

「君は優しい人なんだね、サイトーくん。首相の演説までまだ時間があるから、少しだけ話をしていこうか。僕が子供時代、ひどい落ちこぼれだったことは覚えている? その頃、近所にはいじめっ子がいた。そいつは体が大きくて、皆にジャイアンと呼ばれていた。悪い奴だったよ。いちゃもんをつけては僕たちを殴って、漫画やおもちゃを勝手に持っていった。『お前らのものは俺のもの、俺のものは俺のもの』とか言いながらね。そいつの歌がまた酷くてさ」

いじめっ子の話をしているはずなのに……。
『ピースメーカー』の顔には不思議と怒りや無念さはなかった。
ようやく完成した狙撃ライフル型のショックガンを膝の上に乗せてまた話し始める。

「でも、ある時……僕たちは一人の友達を故郷に送り届けるために、長い旅に出たんだ。旅の途中で、僕は一度だけジャイアンの命を助けたことがあった。その後で、僕たちは酷い選択をすることになった。友達を見捨てるか、アジア大陸と同じぐらいの距離を歩くかを選ばなくちゃいけなかった。僕は歩きたかったけど、皆疲れ切っていた。その時、いじめっ子だったジャイアンが言ったのさ。『こいつは俺の命を助けてくれた。だから、俺はこいつと一緒に歩く』とね。あの言葉にはどれだけ勇気づけられたことか……」

『ピースメーカー』が狙撃用ライフルの方を向いていた顔を上げる。
彼の視線を追おうとして、サイトーは彼が総理の演説台の方を見ていることに気がついた。

「今、あそこに僕の助けを求めている友だちがいる。25年前に、僕が願っていたように、一緒に歩いてほしいと願っている仲間がいる。勝てるかどうかは問題じゃない……僕は行かなくちゃいけないんだ」

コートを掴んでいた指から力が抜けていくのがわかった。
言葉や理性を超えた感覚で、サイトーは理解した。
『ピースメーカー』を止めることはできない、誰にも、たぶん彼自身にさえも。
なぜなら、ここで何もせずに留まり続けることは護り屋としての彼が死ぬことを意味するからだ。

最後にサイトーは少年時代から、渇望し続けた英雄の顔を瞼に焼き付けようとした。
しかし、突然雲間から差し込んだ一筋の陽光が『ピースメーカー』の姿を包み込み、彼の姿は淡い光の中に溶かしこんだ。
畏怖の念に打たれながら、乾いた喉の奥から、なんとか別れの言葉を絞り出した。

「もうお邪魔、しません。どうか、どうかご武運を……」
「心配しなくても、大丈夫だよ。僕には25年間、ずっと護ってくれたお守りがあるんだ」

右手でライフルを掴み、空いた左手で腰のあたりをぽんぽんと叩く。
静かに立ち上がり、ゆっくりと歩き出す。
日の光が作るトンネルの中を通り、今決戦の地へと。


***


あとがきのやうなもの


さあ、この作品も残すところ、あと二話か、三話になりました。
(エピローグに一話使うか、二話使うか。まだ迷っているんです)
ACT9で二人の戦いに幕が下り、ACT10でいろいろな謎に決着がつく予定です。
大人になったジャイアンたちの設定を並べようかとも思いましたが、
とある理由により、それは最終回に譲ることにしました。

では、みなさま、来週またお会いいたしましょう!


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