「無理だ! 無理だ! 無茶苦茶だ! そんなの絶対にできっこない!」
獣の雄たけびのようなドラ声に工房の壁が震え、作業台の上の金属粉が宙に舞う。
デイブ・ジュニアこと、D・Jは名匠デイブに才能を見出され、彼の後継者となった。
養父の死とともに、彼の工房と技術を引き付き、今では古典的な火薬式ライフル以外にもレーザーガンやハンドミサイルのような最新の兵器の改造も手掛けている。
北米随一のガンスミスとして、彼の名声は世界に鳴り響いていた。
だが、現実のD・Jは名匠のイメージとはかけ離れたゴリラのような大男であった。
身長210cm、体重120kgの巨体が恐ろしげな工具を振り回すさまは、どう見ても血に飢えたバイキングにしか見えない。
裏社会の常連客たちも、D・Jが一度機嫌を損ねて暴れ出せば、尻に帆をかけて彼の工房から退散するしかない。
だが、今日D・Jいつもの3割増しで荒れ狂っていると言うに、彼が追い出そうとしている男はその場から一歩も動く様子を見せなかった。
男は今では希少品となったトルコ製の葉巻に火をつけ、香り高い煙と一緒に言葉を吐き出した。
「お前の養父デイブは俺のどんな依頼にも完璧に応えた。そして、デイブはお前を後継者に選んだ」
「オヤジはもうろくしてたのさ。あんたに言われるままに無茶を重ねて、過労死しちまった! だが、俺は親父とは違う。 ノーと言える男なんだ! 良いか。ご自慢の耳も最近遠くなったみたいだから、もう一度言うがね。あんたの依頼は無茶苦茶だ! ショックガンはS&Mの虎の子で、ブラックボックスの塊だ。俺もハンドガンタイプのものしかお目にかかったことはない。それを狙撃用のライフルに改造した上で、出力を五倍に上げろだ? あんたが言っているのは、リンゴを見たこともない男にリンゴの木を書けと……」
「心配は無用だ。リンゴの実ならここにある」
様々な形の改造銃が並び、ガンオイルで汚れた作業台の上に革製の高級カバンを乗せた。
カバンに施された指紋や暗号など数種類の鍵を解除し、蓋を開けて中身を外気に晒す。
まるで宝石のようにベルベッドに乗せられた『それ』を目にした途端、D・Jは蛇髪の魔女ゴルゴンに魅入られた犠牲者のように凍りついた。
「な、なんだ、これは……」
「見ての通り、ハンドガンタイプのショックガンだ」
「それはわかる。わかるが、これはあまりにも……」
「気になるのなら、直に触ってみると良い」
音を立てて息と唾をのみ込み、カバンの中におさめられたショックガンを手に取った。
剛毛の生えた太い指が、その外見からは想像もつかない繊細さで銃の表面を撫でまわす。
「……小さい。小さすぎる。それになんて軽いんだ。まるで羽毛を持っているみてえだ。最新型のショックガンだってデザードイーグルぐらいの大きさがあるのに、こいつはまるでデリンジャーだ。それにこの亀裂から覗く部品の精密さと言ったら!」
もっと良く中身を覗こうと顔を近づけた時であった。
強化樹脂でできた銃身の一部が削り取られていることに気づいて、D・Jはうめき声をあげた。
「製造会社とロットが削られている! 誰なんだ、この芸術品を作ったやつは。そいつは最低でも俺たちの技術の百年先を行っている。こんな芸当ができるのは、遠い星からやってきたエイリアンか」
「或いは、遠い未来からやってきた時間旅行者か……どちらにしても、それは俺にとってもう意味のないものだ。もし、今回の依頼を引き受けるなら、その銃も報酬に付け加えよう」
「く、くれるのか! こいつがどれほどの値打ちものか分からないあんたじゃないだろ。そんなことしたら、今度のクライアントがどれほどの金持ちか知らないが、仕事は確実に赤字……いや、あんたは金のために仕事をする男じゃなかったな」
「そう言うことだ。断るなら、早くしてくれ。急いで、次のガンスミスを探す必要がある」
D・Jの髭面が怒りと屈辱で真っ赤に染まった。
男の依頼は不条理なものだということは分かっていた。
しかし、同時にその無茶な依頼をこなせる人間は自分以外いないという自負もあった。
そして、今彼の手中にある信じがたいオーバーテクノロジーの固まり。
これを手放せと言うのは、銃職人にとって片腕を切り落とせと言っているようなものだ。
もう一度手に持ったショックガンをじっくり眺めた。
再び顔をあげた時、D・Jの目には職人と芸術家だけが持つ狂気じみた熱が宿っていた。
「たしか、三日で仕上げろと言ったな。やってみようじゃねえか」
のび太 VS ゴルゴ13
ACT9「硝煙」
出木杉総理が演説に立つまであと五分と少し。
五分後にホロスクリーンにノイズが走った時が、勝負の分かれ目となるだろう。
デイブ・ジュニアが不眠不休で仕上げた銃を持ちながら、ゴルゴはじっと機会を待つ。
D・Jはたった三日で、ゴルゴの無茶な要求をすべて満たしてくれた。
とはいえ、彼が夜を徹してつくった逸品にも欠点がないわけではなかった。
もともと構造の良くわからないショックガンを無理に改造したせいで、ゴルゴが手に持っている銃はライフルと言うよりもロケット砲と言っていいサイズまで巨大化した。
もはや、人間の腕力で振り回せる武器ではないが、ゴルゴは他の装備でこの疵を補った。
ハガクレコーポの最新作、強化装甲服『零(サイファー)』。
ほとんど一枚の布と同じ厚さの素材の中に仕込まれたカーボンナノファイバーの人造筋肉は、装着者の筋力を最大で3倍まで増幅してくれる。
一着でベンツのSクラスが三台買えるというこの高価なスーツを着込むことで、ゴルゴは巨大なショックガンを普通のライフルと同じように扱うことを可能にした。
しかし、強化服が補ってくれるのは腕力だけだ。
スナイパーにとって最も重要な反射速度や精密さの衰えまではサポートしてくれない。
ゴルゴの体は何年も前に最盛期を通り越し、遠い昔に下り坂に差し掛かっていた。
今まさに肉体的に絶頂期にあるピースメーカーと真っ向から戦えるコンディションではないことは、彼自身が一番良く分かっている。
だが、時間はただでゴルゴの身体をすり減らしてきたわけではない。
彼の肉体から奪い去った以上の報酬、すなわち経験と老獪さをゴルゴに支払っていた。
立体映像の看板の周りに仕掛けられた四つのカメラ。
そこから送られてくる画像を見ながら、男は考えた。
はたして、ピースメーカーは気づいているだろうか。
立体映像の反射鏡を発見したことから、この建築中のテーマパークにやってくるまで。
すべてがゴルゴの用意した計画通りに動いていることに。
その若者の名声がゴルゴの耳に届いたのは20年も前のことだった。
曰く、不沈艦イージスの弟子。
曰く、不殺伝説を受け継ぐもの。
曰く、不敗で最強のボディガード。
伝え聞く数え切れない噂、そんなものはゴルゴにとって、ただの言葉でしかなかった。
実際に、その若者と相対することになるまでは。
過去にゴルゴ13の標的とピースメーカーの依頼人が重なったことが一度だけあった。
始めて、その青年を障害として捉えた時の違和感をゴルゴはしっかり覚えている。
暗殺とは、実行する前の準備と手回しがすべてと言っても良い仕事だ。
なのにこちらが打つ手、打つ手、ことごとく先手を取られる。
まるで心を読まれているみたいに、付け入る隙が全く見当たらなかった。
かつてゴルゴ自身がもっとも自分を知っていると認めた男、猟官バニングス。
彼ですら、ここまでゴルゴの行動を読み取ることができたかどうか。
幸い、依頼の期限に余裕があったので、その時ゴルゴは標的とピースメーカーの契約が切れるのを待ってから仕事を果たした。
プロにとって危険に動じない根性は重要だが、余計なリスクを犯さない賢明さはそれ以上に大事だ。
しかし、二週間前に舞い込んだ依頼は、『演説台に立つ日本国総理大臣を一言も許さずに撃ち殺せ』というものだった。
時間的な余裕は皆無、総理を護衛するピースメーカーとの激突はもはや不可避であった。
狙撃を成功させるためには、ピースメーカーを倒してから、総理を撃つしかない。
そのことがわかった時、ゴルゴの中で取るべき手段は定まっていた。
最初に相対することになった時、ゴルゴはすでにピースメーカーの背景を調べていた。
その結果、彼が何者なのか漠然と悟った。
自分たちが始めて戦うわけじゃないこともわかっていた。
建築中のホテルで少年を見逃した時から25年。
それから、ゴルゴは無為に時間を重ねてきたわけではない。
いつか自分の体が衰えても、五分以上の条件で戦えるような策を練り続けてきたのだ。
総理狙撃の下準備として、反射鏡代わりのホロスクリーンを街中に仕掛けた。
それから人を雇って、襲撃を匂わす脅迫状を総理官邸に大量に送り付けた。
ボディガードの中で、ピースメーカーだけがゴルゴの意図に気づいた。
が、少ない証拠では確信までには至らず、襲撃で手いっぱいの仲間たちを持ち場から外すこともできない。
止むを得ず彼は、たった一人の助手を連れて、反射狙撃の可能性を探りに出かけ……
そして、今ピースメーカーはゴルゴが用意した死のアトラクションの真ん中にいる。
演説開始まで残り5秒を切った。
最初の狙撃で、ピースメーカーから逃げるための脚と助けを呼ぶための声を奪った。
しかし、あの獣の鋭い目と牙は、おそらく健在だ。
先手を取ることには成功したが、この程度の優位など一瞬の油断で簡単に逆転する。
これから先の戦いは、0.1秒の集中力を競う勝負となるだろう。
全身を緊張させ、また脱力させる。
胸一杯に酸素を吸い込んで、代わりに余計な熱や力み、感情を体の外に追い出した。
決定的なその時に備え、ゴルゴはゆるゆると影を呼吸しながら、自分を闇に溶かしていく。
■ ■ ■
出木杉総理が演説に立つまであと五分と少し。
五分後にホロスクリーンにノイズの走る一瞬が、勝負の時だ。
アトラクション施設の影に身を顰めながら、のび太は手鏡で外の様子を窺った。
最新のアイテムに比べて、この手の小道具は使いづらいが、電子機器が使用できない環境では大いに役に立つ。
とくに敵の狙撃で、視界を確保するための浮遊カメラが全滅した今、その有難さが骨身に染みる。
立体映像の看板の周りには小型カメラが四つ、お互いの死角を補うように仕掛けてあった。
あのカメラを通して、ゴルゴは遠方から自分たちを覗き見ているのだろうか?
のび太は、カメラの向こうで自分の様子を探っているゴルゴの姿を想像しようとした。
この四半世紀、彼の後を追いかけ、残った微かな情報を舐めるように一つ一つ集めてきた。
今では生きている人間の中で、自分ほど彼詳しい者はいないと断言する自信がある。
それでも、年老いたゴルゴの顔を思い描こうとしても何故か上手くいかなかった。
目を閉じれば、瞼の裏に浮かぶのは、常に自分の前に立ちふさがった若々しい彼の姿であった。
はたして、ゴルゴは自分のように、大昔に打ち負かした一人の少年のことをまだ覚えているのだろうか?
ホロスクリーンにノイズが走るまで残り三分。
はっきりと見えない敵の姿を一先ず、意識の端に追いやり、のび太はいつも颯爽としていた友の姿を思い出そうとした。
「出木杉、君が政治家になってから、僕たちずいぶんと無理を重ねてきたよな。でも、僕はもうお前を守ってやれないかもしれない……だから、これからはもっと身の周りの安全に気を配るんだぞ」
話したいことはまだあったが、残された時間は少ない。
のび太は地平線から目を逸らし、右手に視線を向けた。
鍛えに鍛えた結果、子供の時より倍近く太くなった手首に金属製のリストバンドが巻きついていた。
クァール猫のウィルスに侵されたコアチップの洗浄に出かける前に、サポートAIは抜け殻となった自分の体を思い出の品としてのび太に与えた。
心臓部を失った『デンジャーシミュレーター』は、もはやオーバーテクノロジーの産物ではなくなったが、それでも普通よりも高性能な立体映像機として役に立った。
リストバンドのタッチパネルを操作し、中に記録されている画像を呼び出す。
最初に虚空に浮かびあがったのは、結婚して以来別居している年老いた両親。
今まで生きてきた六十年以上の年月は、二人の顔に無数の痕跡(しわ)を刻みこんでいた。
のび助の頭はすっかり薄くなり、玉子の髪もすっかり白くなってしまった。
しかし、二人は子供の頃と少しも変わらない慈しみに満ちた目でのび太を見上げている。
「お父さん、お母さん……今までずっと黙っていたけど、僕は危険な仕事していたんだ。だまして、ごめんね。でも、本当のことを知ってもどうか僕を恨まないでほしい。僕は貴方たちに誇りに思ってもらえるような息子になりたくって、この道を選んだのだから」
父と母の映像は解けるように消え去り、代わりに現れたのは極端に体型の違う二人の男。
何度も背中と命を預け合い、今では友人以上の存在となった幼馴染たちであった。
「ジャイアン、いつもノビスケとしずかの面倒を見てくれてありがとう。君は何時でも最高に頼りになるガキ大将だったよ。スネ夫、いつも僕の仕事を助けてくれてありがとう。子供の頃の君は世界で一番、いやみなやつだったけど、大人になった君は世界で一番、格好いい男だったよ」
心の中に別れの余韻を残し、蜃気楼のように消えていく友の姿。
二人と入れ替わるように、のび太が最も愛する者たちの姿が映し出される。
彼女たちのために、たくさんの、たくさんの言葉を用意していた。
だが、いざこうして向かい合ってみると、のび太はあれ程考え抜いたはずのセリフが一つして口から出てこないことに気づいた。
「ノビスケ、しずか……何度もこんな場面を想像していたはずなのに。この期に及んでも、僕は君たちにどうやって言葉をかければいいのか分からない。ただこれだけは、わかってくれ。君たちにとって僕は良い夫や父親じゃなかったかもしれない。でも、僕にとって君たちは何時でも、最高の家族だったよ」
心臓を刃物で抉られるような痛みに耐えながら、愛する妻と子の映像を消した。
ついに、リストバンドの中に記録されている画像もこれで最後だ。
『彼』の姿を呼び起こすのは、ノビスケやしずかに別れを告げるのと同じくらい辛かった。
浮かび上がる立体映像は、この時代で『彼』の実在を証明する最後の資料だ。
他の記録は歴史に影響を与える恐れがあるとして、すべて焼き尽くされてしまった。
自分をネコ型と言い張る耳のない青いロボットと眼鏡をかけた小さなやせっぽちの少年。
二人は海へ行き、山へ行き、空を飛び、宇宙を旅し、冒険に出かけた。
二人は共に笑い、泣き、喧嘩をしては、何度も仲直りをした。
二人は、友達だった。
辛い時も、楽しい時も、悲しい時も、嬉しい時も、一緒にいた時も、別れた後も。
ずっとずっと友達だった……。
「ドラえもん……久しぶりだね。覚えているかい? 未来に帰る前に、君は自分の力で、僕を変えられなかったと嘆いていたね。でも、あれは間違いだよ。君と一緒にでかけた冒険が、今まで僕を生かしてくれたんだ。君が教えてくれた優しさが、僕にこの道を歩き続ける力を与えてくれたんだ。25年前、僕は彼(ゴルゴ)を止められなかった。今日も一人だけじゃ、彼を止められないかもしれない。だから、一緒に行こう。今度は、二人で彼を止めに行くんだ」
そして、また何度も『彼』に向かって言ったあの言葉を口にする。
今度はすがるためではなく、新しい力を得るために。
「たすけて、ドラえもん」
演説開始まで残り1秒、時は来た。
瞼を閉じて、脳の奥にまどろむヒュプノスの力を呼び起こす。
昔と違い、のび太は正確に自分の能力を把握し、完璧に操れるようになっていった。
脳の潜在能力を使った後に、気絶するという弱点もほぼ克服している。
ただ銃を構え、狙い、命中させる一つの部品となるために。
集中の妨げになる痛覚を眠らせた。
死にたくないという恐怖を眠らせた。
生き残りたいという執着を眠らせた。
喜怒哀楽、すべての感情を無に還し……。
最後に愛する人たちの面影を見た後、それも無意識の闇の中にしまい込んだ。
ホロスクリーンに反射狙撃用のノイズが走る一秒前。
のび太は狙撃用のショックガンを構えて、今まで隠れていた物陰から飛び出した。
眠れる脳の潜在能力を開放し、封印されていた肉体のリミッターをすべて解除する。
未来も身体も顧みずに、疾走するその姿は人と言うよりも、すでに一発の弾丸。
ホロスクリーンの周りに配置されていた四つのカメラが一斉に火花を吹いて沈黙した。
カメラの向こうでは、一瞬ですべての視界が消失してしまったように見えたことだろう。
一つの標的を狙って撃つまでのタイムラグ、わずか0.03秒。
全盛期のゴルゴをも超えたスピードで、のび太は看板に向かってショックガンを構え―――
次の瞬間、予想もしなかった方向、真横から飛んできた青い光がのび太の右腕を直撃した。
■ ■ ■
出された全ての問題に正解した故に、ピースメーカーは敗北した。
ゴルゴ13は反射狙撃で総理を狙い撃とうとしている。それは、正しい。
テーマパークにあった看板こそ、すべての反射鏡の要である。それは、正しい。
ゴルゴの狙撃を阻むためには、彼よりも早く射撃を当てるしかない。これも、正しい。
だが、一つだけピースメーカーが間違っていたことがある。
銃の射線を自在に変えられることだけが、反射狙撃の長所ではない。
真に恐ろしいのは、スナイパーにとって、命と同じぐらい大切な間合い、距離感覚を奪うこと
のび太が予想していたように、ゴルゴ13は、はるかな遠方に身を潜めていたのではなく……
最初からテーマパークの中にいたのだ!
カメラを仕掛けているから、ゴルゴが身近にいるはずはないという推測。
加齢で衰えた肉体で、自分に中、近距離戦を挑むはずがないという憶測。
二つの心理的な死角に隠れて、ゴルゴは敵が最も無防備になる一瞬を狙い撃った。
この場合、ピースメーカーがどれほど速く動こうと関係はない。
むしろ、ホロスクリーンのノイズに完璧に同調すればするほど、カウンタースナイプが容易になる。
青い焼き串のような光線の直撃を受けて、ピースメーカーがアトラクション施設の壁に叩きつけられる。
通常の五倍のパワーのショックパルスを浴びれば、生身の人間は痛みを感じる暇もなく即死する。
戦国時代の長槍のようなライフルを、遠心力とスーツのパワーを生かして約90度回転させる。
計算していたとおりのタイミングで、銃口の先に光線を捻じ曲げるためのノイズが現れた。
あとはこの引金に軽く触れるだけで、地平線の彼方にいる出木杉総理の心臓が停止する。
準備に二週間かかった大仕事の仕上げをしようとした、その時
―――ゾクッ!!
氷の刃を背筋につきたてられたような戦慄に襲われた。
首をわずかに曲げて、自分が撃ち倒した男を見た時、ゴルゴは信じがたい光景を目にした。
■ ■ ■
右手の皮膚は炭化し、筋肉は焼き切れて、下の骨まで黒こげになっていた。
砕け散った金属の破片は、服とその下にある肉体をズタズタに切り裂いた。
ショックパルスの反射光を浴びた左目の視力はもう完全に失われている。
しかし、のび太はまだ立っていた。
しかし、のび太はまだ動いていた。
右半身を灼熱のやすりで擦られたような姿になりながら、まだ倒れていなかった。
物陰から飛び出す一瞬前、のび太は『シミュレーター』の設定をいじっていた。
ちょうど、四つのカメラを壊して、ホロスクリーンを狙い撃つ瞬間に立体映像を立ち上げるように。
自分が撃たれた時に備えて、電磁波のバリアーを張っておいたのだ。
光線に耐え切れずに『シミュレーター』は爆発し、余波を浴びたのび太の体は満身創痍となった。
しかし、ショックガンの真の脅威。
サイボーグや遺伝子改造人間を一撃で沈黙させるストッピングパワーはすべて防ぐことができた。
限りなく引き伸ばされた時間の中で、砕かれた金属の破片と立体映像の断片が光り輝く雪のように傷ついた男の身体に降り注ぐ。
父母への深い敬意、朋友との命をかけた絆、家族に対する限りない愛情。
忘れることのできない思いで、捨てることができなかった執着。
ゴルゴ13が強さのために削ぎ落としたすべてが、のび太の命を守ったのだ。
のび太の『左腕』が、自分の筋肉や血管を引きちぎるほどの速さで閃く!
それは、一人の少年のたわいない夢から始まった……。
『じゃあ、聞くけどさ。のび太くんは将来、どんな仕事につきたいと思っているんだい?』
『そりゃ、もちろん……正義のガンマン! 二丁拳銃を使って、悪ものをばったばったとやっつけるんだ!!』
二丁拳銃、一発の銃弾に命をかけるプロなら、笑って見向きもしないその技術を極限まで鍛えぬいた。
すべては、将来あの『男』と再戦した時に、一つでも多くの切り札をのこすため。
そして、今少年の想いは現実となる!
のび太の指が、左の腰のホルスターに納まっていた銃把を掴んだ。
その武器こそは、振り返ったゴルゴ13がわが目を疑った原因だった。
S&W38口径リボルバー。
あのホテルの戦いで、クァール猫に破壊されたゴルゴの愛銃をのび太は回収していた。
タイム風呂敷で直した後、自分のお守り(サブウェポン)として持ち歩いた。
長い戦いの歴史で傷つき、見る影もなく改造された往年の名銃。
そのシリンダーの中には、ショックパルスと同じ効果を持つショック弾が計六発。
主人の号令を待つ忠実な猟犬のように、解放の時をいまやおそしと待ち続けている。
奇しくも、この時、二人の立場は位置と武器を入れ替えた過去の決闘の再現。
物干し竿のようなショックガンを振り回して、背後の敵に向き直ろうとするゴルゴ。
小さなリボルバーを神速のスピードで引き抜き、照準を定めたのび太。
25年間離れていた二人の男を、六発の銃声が繋いだ。
砕け散る立体映像のかけらは、太陽の光を浴びて虹色に渦巻く。
眠りの神の加護が遠ざかるに従って、ゆっくりと痛みが戻ってきた。
肉体を貫く灼熱を通して、男は自分が撃たれたことを悟った。
手に残る重い感触を通して、誰かを撃ったことを思い出した。
傾いていく世界。
倒れていく身体。
空から降り注ぐ陽光が目を眩ませる。
遥かな高みで、飛び続ける一羽の鳥を見た。
白い翼の音を聞きながら、
思い出は、過去へとさかのぼる……。
***
あとがきのやうなもの
終わりました。
正確的には、エピローグがまだ残っていますが、ゴルゴとのび太の戦いはここで幕を閉じました。
自分の中で書きたかったすべてのものを吐き出したかと言えば、ちょっと疑問は残りますが、とりあえず今の自分の力で表現できるものはすべて書いたと……思います。
後は、読者のみなさんに、私の作品が受け入れてもらえるかどうか、どきどきしながら、待つのみです(・ω・)
追伸;
ごめんなさい。
作者がいきなり海外(ていうか香港)に出かけることになったため、
今までどおりの一週間に一度の更新を維持することが難しくなりました。
次回の投稿は、日曜日の夜にできないかもしれません。
でも、なるべく早く更新するように努力しますので、
どうかどうか、ご容赦よろしくお願いします(平伏)