船員たちと別れを惜しみつつビスタ港で下船した父娘は、サンタローズへ向かう草原の道を北へ歩いていた。何やら娘の様子が暗い事に気づいたパパスは、どうしたのだろうと案じ、娘に問いかけた。
「リュカ、何かあったのか?」
「え?」
リュカは顔を上げた。
「さっきから何やら暗い表情で考え込んでいるようだが……久しぶりにサンタローズに帰るのが嬉しくないのか?」
「あ、いいえ……そんな事はないです」
リュカは父の懸念を否定した。
「では、どうしたのだ?」
重ねての問いかけに、リュカは思い切って尋ねた。
「あの……父様、わたしは女の子に見えませんか?」
ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~
第一話 帰郷
「え?」
娘の思わぬ質問に、きょとんとするパパス。そこでリュカは船員の一人が自分が男の子だと思っていた事を話した。
「う、うーむ……それは格好のせいだと思うが」
パパスは言った。旅の間、パパスはリュカに男物の服を着せ、髪の毛はターバンの中に隠して、短い髪のように見せていた。別にパパスに倒錯した趣味があるわけではなく、ただ単に旅の利便性を考えての事である。そうでなくともかわいらしい子供、特に女の子を狙う不届きな人攫いがいるという噂は良く聞く。用心に越した事はない。
「そうでしょうか……女の子らしい格好をしたら、ちゃんと女の子に見えますか?」
まだ疑っているらしいリュカに、パパスは頷く。
「もちろん。リュカはかわいい女の子だとも。そうだな。今度はしばらくサンタローズに落ち着くつもりだから、お前にもかわいい服を買ってやろう」
「ありがとうございます、父様」
リュカはようやく笑顔になった。パパスは安心しつつ、リュカもそろそろ女の子らしい感性に目覚めてくる年頃か、と感慨深いものがあった。
「あ、父様。村が見えます。あれがサンタローズですね?」
そんな事を考えていると、リュカがパパスの手を引いて前方を指差した。
「ああ。懐かしいな」
パパスは目を細めた。素朴で穏やかな土地柄と、気の置けない付き合いが出来る村人たち。サンタローズは今では第二の故郷とも言うべき土地だった。
「お帰りなさいませ! 旦那様、お嬢様! このサンチョ、お二人のお帰りを一日千秋の思いでお待ちしておりました!」
歓迎する村人に揉まれつつ帰宅した父娘を出迎えたのは、父の従者で留守番役でもあるサンチョだった。小太りの愛嬌ある外見の男で、見た目はパパスと幾つも違わないように見えるが、実はこれでまだ二十代だったりする。
一見鈍重そうな外見だが、なかなか武芸に長けており、槍術や斧を得意とする他、簡単な魔法も使うことが出来る。また、細かな気遣いも利き、料理をはじめとして家事全般を得意とする。旅立つ前はリュカの子守をしてくれてもいた。リュカにとっては年の離れた兄……ちょっと無理があるかもしれないが……と言うべき人物である。
「うむ、留守番ご苦労だった」
「ただいま、サンチョさん」
父娘はそれぞれにサンチョに帰還の挨拶をする。
「なんの。このサンチョ、旦那様とお嬢様のためなら、苦労などとは思いませぬ。お二人に会えないことは辛いですが」
「ハハハハハ、まぁ、しばらくはこの村に腰を落ち着けるつもりだ。よろしく頼むぞ」
「はい」
そうやって、二人が会話を始めたとき、階段の上から足音が聞こえた。リュカとパパスが見上げると、金髪を二本のみつあみにくくった、活発そうな印象の少女が立っていた。リュカよりはいくらか年上だろうか。彼女は笑顔で挨拶をした。
「お久しぶりです、パパスおじさん」
「え? 君は誰かな?」
村人にこんな少女はいなかったはずだ、と訝るパパスに、少女の背後から現れた女性が答えた。
「あたしの娘だよ、パパス」
女性を見たパパスは笑顔を浮かべた。
「おお、ディーナさん! ダンカンのおかみさんか! 久しぶりだな!! するとこの娘はビアンカか」
「はい、パパスおじさん」
少女――ビアンカはにっこり笑い、ついで視線をリュカに向けた。
「リュカ、あたしのこと覚えてる? と言っても無理かな……前に会ったのはリュカが四歳の時だし」
リュカは首を横に振った。
「ううん……なんとなく覚えてるよ、ビアンカお姉さん」
はっきりと覚えてはいないのだが、確かに太陽の様に明るい少女と遊んだ記憶が、朧げながらあった。そう答えると、ビアンカの笑顔がますます明るいものとなった。
「本当に? 嬉しい! ねぇ、また遊ぼうよ。アリーナ姫ごっこでもする? もちろんあたしがアリーナ姫で、リュカは……クリフトかな?」
「あ、アリーナ姫ごっこ?」
リュカが戸惑うと、ディーナが済まなそうな表情で言った。
「ああ、ごめんねリュカちゃん。この娘ったら最近天空の勇者の話を見て、すっかりはまっちゃってねぇ」
天空の勇者伝説――この世界では、比較的ポピュラーなおとぎ話の一つである。五百年ほど前、ある魔族の王が世界を征服するという野望に取り付かれ、人間を滅ぼそうとした事があったという。
それを食い止めたのが、天空人の血を引く勇者とその仲間……導かれし者たち。様々な理由で旅立った彼らは、数奇な運命の元に出会い、魔王とその配下の魔物たちとの壮絶な戦いを繰り広げた末、魔王を討ち取って世界に平和をもたらした、と言うのである。
しかし、勇者は魔王を倒した後に姿を消し、その行方は知れなかったと言う。一説では天空界に帰ったとも、別の世界へ旅立ったとも言われる。
ビアンカが名を出したアリーナ姫は、導かれし者たちの一人。サントハイムと言う国の王女だったが、武道を志し、エンドールと言う国の武術大会に出場して優勝。その名を天下に轟かせた。それほどの豪の者でありながら、その容姿はたおやかにして可憐。美神と武神の加護を共に授かったと言われる美しい少女だったと言う。
時が流れ、今はサントハイムもエンドールも滅びて別の国に取って代わられたが、猛き美姫アリーナは多くの少女たちの憧れる存在だった。
クリフト……大神官クリフトも導かれし者の一人で、サントハイムの神官だった。アリーナ姫への忠誠と思慕、神への信仰との間で苦しみつつ、その宿命を全うしたと伝えられる。サントハイムが滅亡した事で記録が失われ、二人の恋がどのような結末を迎えたのかについては知られていない。
「ほう、天空の勇者伝説か……ビアンカがアリーナ姫で、リュカがクリフトなら、私はブライかな? サンチョはトルネコで良いと思うが」
「旦那様、それはあんまりです」
パパスの言葉にサンチョがしかめ面をし、ビアンカは笑い転げた。
「パパスおじさんは戦士ライアン様だと思いますよ。サンチョさんはその通りですね」
ブライ、トルネコ、ライアンも導かれし者たちである。ブライはクリフトと共にアリーナに仕えた大魔法使いで、トルネコは大商人。勇者一行のムードメーカー兼コミックリリーフの役割が定着している。ライアンはバトランドと言う国の戦士で、その剣腕天下に並びなし、と称された達人だった。
この他に爆炎の踊り娘マーニャ、運命を見通す者ミネアの二人……彼女らは姉妹だった……が勇者と並んで戦った導かれし七人であるが、いずれも勇者同様その後の人生は判然としていない。彼らの末裔と名乗る王族や名家、生誕の地や終焉の地を名乗る場所は数十では利かないが、どれも怪しいものである。そのため、この伝説自体が今では実在かどうかも怪しい、とされている。
もっとも、そんな夢のない話は子供には関係がない。結局アリーナ姫ごっこにつき合わされ、偉そうに胸を張るビアンカと、その前に控えるリュカの様子を苦笑と共に見やりながら、パパスはディーナに尋ねた。
「ところで、今日はどうしてサンタローズに? ダンカンは元気かね?」
「それが、亭主が病気で倒れちまってねぇ。この村に薬を貰いに来たのは良いけど、今度は薬師の親方が洞窟から帰ってこなくて」
ディーナは答えた。彼女は夫のダンカンと隣町のアルカパで宿屋を営んでいる。それなりに繁盛しているだけに忙しく、ダンカンは過労もあって倒れてしまったらしい。
「ふむ……それは心配だ。親方はいつ洞窟に入った?」
表情を改めるパパスに、ディーナは二日前だ、と答えた。
「わかった。私が行って様子を見てこよう。何かあったのかもしれん」
そう言って一度外した剣を背負いなおすパパスに、ディーナが慌てたように言う。
「わ、悪いよパパス。あんた旅から帰ってきたばかりだろう?」
「やせても枯れてもこのパパス、旅の疲れ程度たいした事はない。村の洞窟を探ってくるくらいは造作も無いよ……と言う事で、ちょっと行って来るぞサンチョ。夕飯までには帰る」
「承知しました、旦那様」
サンチョが丁重に頭を下げ、パパスは家の外に出るとビアンカに振り回されているリュカに声をかけた。
「リュカ、父さんは洞窟に行くが、ついてくるか?」
「どうしたんですか? 父様」
駆け寄ってきた娘に、パパスは事情を話し、修行がてら付いて来るかと尋ねた。リュカが頷いたのは言うまでもない。しかし。
「そういう事なら、私も行っていいですか? パパスおじさん」
ビアンカまでが同行を申し出たのは意外だった。
「ビアンカが? それは危ないから駄目だ」
当然のことながら、パパスはビアンカの頼みを一蹴した。しかし。
「えー、でもリュカちゃんは連れて行くじゃないですか! 私だって、武術の練習もしてるし、弱いモンスターくらい、こう、えい、やあっ! とやっつけられます!」
アリーナに憧れるだけあって、ビアンカは武術が好きらしい。掛け声と共に突きや蹴りを放つ様は、八歳の少女にしては様になっている。しかし、パパスは認めない。
「リュカは私と旅をする以上、ある程度強くなってもらわねばならん。ビアンカはそうではないだろう。大人しくお母さんと待っていなさい」
それでもビアンカは引かない。結局、ディーナを呼んでビアンカを押さえてもらっている間に、父娘は洞窟に入った。
(続く)
-あとがき-
第一話です。本格的な冒険の始まりです。
一番の変更点はビアンカの設定。この話ではIVのアリーナみたいな武闘家タイプのキャラとなっています。
というのも、初めてVのキャラ絵を見たときに、絶対ビアンカは武闘家だと思ってたんですよね……同志はいませんか?
いませんかそうですか。