「……あれ?」
リュカは首を傾げた。宝箱の中は空だった。念のため蓋や底を調べてみるが、隠された仕掛けなどはない。
「殿下、何も……あれ?」
ヘンリーの部屋に戻ったリュカは、彼の姿がない事に気がついた。入り口のドアを開けると、そこにはパパスがいた。
「父様、殿下が来ませんでしたか?」
「おお、リュカ。殿下? こっちには来なかったぞ」
リュカの質問にパパスはそう答えた。
「あれ? おかしいです……殿下が部屋にいなくなっちゃって」
「なに?」
パパスは険しい顔になり、部屋に入ろうとした。その途端。
「こら、パパス! お前は部屋に入るなと言ったはずだぞ!」
ヘンリーの叱責の声が飛んできた。リュカが振り向くと、そこには何時の間にかヘンリーがいた。
ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~
第十話 攫われた王子
「これは失礼、殿下……リュカ、夢でも見たのか? ちゃんと殿下はいるではないか」
「あれっ?」
リュカはヘンリーの様子を見た。ニヤニヤと笑っているところを見ると、どこかに隠れて様子を見ていたのかもしれない。しかし、部屋の中に隠れられそうな場所はない。
「あの、殿下……」
リュカがまた近づくと、ヘンリーは聞いてきた。
「どうだ? 子分の証は見つかったか?」
リュカは首を横に振った。
「向こうの部屋には何もありませんでしたよ」
「何もない? 何も見つけられなかったって事は、お前は子分の資格無しって事だ。さ、早く帰れよ」
ヘンリーはそう言うと再びリュカに背を向けた。リュカは悲しくなった。なぜ、この王子はこんな意地悪を言うのだろう。本当は寂しいはずなのに。
「殿下、わたしは子分にはなれませんけど、お友達なら……」
リュカがそう言った途端、ヘンリーは激昂した。
「友達? 友達だって!? そんな奴は要らないんだよ! 早く帰れよ!! でないと、こうだ!!」
叫ぶや否や、ヘンリーの手が翻り、続いてリュカのスカートがふわりと翻った。
(え?)
リュカは一瞬何をされたのかわからなかったが、ヘンリーの馬鹿にしたような声に、今のが何だったのか悟った。
「け、ガキくせえパンツ。お子様には用はないんだよ」
悪ガキの大技、スカートめくりだった。
もしこれがビアンカだったら、ヘンリーに正拳突きか爆裂拳でも食らわしかねなかったし、ベラだったらギラの一発もお見舞いしたかもしれないが、リュカはどっちでもなかった。スカートをめくられたと気付いた瞬間、彼女の視界はぶわっとぼやけた。
「う……」
涙をぼろぼろとこぼしつつ、リュカは床にぺたんと座り込んだ。顔を手で覆い、そのまま泣き出してしまう。
「ひっく……ふえぇぇぇぇん」
さて、慌てたのはヘンリーである。スカートめくりなど城の侍女たちにはしょっちゅうやっていることなのだが、基本的に彼女たちは大人であり、しかも仕えるべき王族であるヘンリーにいたずらをされても、子供のすることだからと流してしまう。だから、ヘンリーはスカートめくりなど大した悪事ではない、と思っていた。
だから、リュカのように同年代の、それも君臣の関係がない相手にそういうイタズラをした時の反応がわからなかったのである。床に座り込んで泣きじゃくるリュカの姿に、ヘンリーはすっかりパニックを起こしてしまっていた。
「ば、バカ、泣くなよ!」
そう言っても、リュカは泣き止まない。流石に悪ガキとはいえ、ヘンリーも王族の一員。一応女性は大事にすべし、という騎士道精神は教えられている。ヘンリーは考え込んだ末、リュカの肩を掴んだ。
「あー、もうオレが悪かったよ! いい物を見せてやるから、泣き止めよ!」
「ぐすっ……いいもの?」
まだ涙を流しつつも反応するリュカ。ヘンリーは立ち上がると、さっきまで座っていた椅子を横にずらした。次の瞬間。
「わ……」
リュカは驚いた。それまで床としか見えなかったところが沈み込み、下に下りる階段になったのだ。
「凄い仕掛けだろ? これはオレしか知らない秘密の出口なんだ。こいつをお前に教えてやるよ。だから、泣き止めよ?」
そう言うと、ヘンリーは階段を下りていく。リュカは慌ててヘンリーの後を追いかけた。下につくと、待っていたヘンリーは今度は壁にかかった燭台を倒す。すると、階段はゆっくりと引き上げられていき、そこに何か仕掛けがあるとは思えない天井に戻った。
「……さっきは、これで下に降りていたんですね?」
「そういうこった」
ヘンリーは頷いた。
「さ、泣き止んだな。ほら、これで顔を拭けよ」
そう言いながら、ヘンリーは首に巻いていたスカーフをリュカに手渡してくる。リュカはそれを受け取り、ヘンリーを見てくすっと笑った。
「な、何だよ。さっきまで泣いてたくせに」
なぜかたじろぐヘンリーに、リュカは笑顔で答えた。
「ヘンリー殿下って、実は優しい方だって聞きましたけど……本当なんですね」
「ば、バカ言え」
リュカの言葉に、ヘンリーはそっぽを向いた。
「ともかく戻るぞ。いいか、ここの事はオレとお前だけの秘密だからな?」
「はい、殿下」
リュカが答えたときだった。突然、燭台の横のドアが開いた。そこからどやどやと屈強そうな、そして柄の悪そうな男たちがなだれ込んできた。
「ヘンリー王子だな?」
先頭の首領らしき男が言った。
「な、何だお前たちは!?」
叫ぶヘンリーに、男はニヤリと笑った。
「俺様は大盗賊カンダタ……まぁ、それはどうでもいい。悪いが一緒に来てもらうぜ?」
そう言うと、男はヘンリーの腹に固めた拳を叩き込んだ。
「うぐっ……かはっ!」
ヘンリーの目から光が失われる。気絶したヘンリーをカンダタが抱えあげるのを見て、呆然と事の成り行きを見ていたリュカは我に返った。
「ヘンリー殿下!」
飛び掛るリュカ。カンダタは開いているほうの腕を横に振るった。
「邪魔だ!」
リュカは吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。全身に激しい痛みが走り、息が詰まった。止まったはずの涙が溢れ、視界がぼやける。
「う……」
それでもリュカはよろよろとではあったが立ち上がり、ドアの向こうを見た。城のお堀をボートが進んでいくのが見えた。どうやら、それで逃げているらしい。
「父様に……知らせなきゃ」
リュカはふらつく足取りで城の中に戻ると、燭台を引いて隠し階段を出した。二階に上り、入り口のドアを開けた。
「おお、リュカ……リュカ? どうした!?」
ドアを開けて父の顔を見た瞬間、倒れこむリュカ。娘が傷ついている事を知り、パパスはリュカを抱き起こすと、慌ててホイミをかけた。全身の痛みが引き、リュカは目を開いた。
「父様……父様! 大変なの! 殿下が……ヘンリー王子様が人攫いに……!!」
「な、何だと!?」
パパスは驚きに目を見開いた。リュカを抱いたまま、パパスは部屋の中に飛び込んだ。階段を降り、ドアを開けて堀を見る。向こう岸にボートが着いているのを見て、パパスは言った。
「逃げたのはあっちの方向か……くそ、何と言う事だ」
「父様、ごめんなさい」
何時になく険しい父の表情に、リュカはヘンリーを守れなかった事を詫びた。パパスは首を横に振る。
「よい。王子を守るのはこの父の仕事。それを全うできなかったのは父の責任だ。ともかく、後を追うぞ。一刻も早く王子を奪還せねばならん」
パパスはこの事件を隠密裏に解決しなければならない、と悟っていた。この一件の黒幕は、間違いなくマリエル王妃だろう。その王妃はすでに城の中にかなり広範な派閥を築いている。
もし、パパスがエドワードに事の次第を報告すればどうなるか。おそらく救助隊が結成されるだろうが、黒幕のマリエルは間違いなくヘンリーを連れて行った先を知っている。即座に手の者を救助隊に加えて出発させ、ヘンリーを暗殺するか、別の場所に移してしまうだろう。そうなればもはや打つ手はない。
迅速に下手人の後を追い、ヘンリーを救出する。うまくすれば、証人を捕らえてマリエルの陰謀も明かせるかもしれない。パパスはリュカをしっかり抱きかかえ、足元で見上げていたプックルも片腕に抱えた。
「リュカ、プックル、しっかり掴まっているのだぞ」
言うなり、パパスはいったんバックステップし、そして駆け出した。
「ぬおおおぉぉぉっっ!」
「と、父様!?」
リュカが叫び、プックルがフギャー、と悲鳴のような鳴き声をあげる中、パパスは跳んだ。幅の広い堀。どう見ても向こう岸には届かない……と思ったのだが、パパスは堀の中ほどにあった木の杭に着地し、さらにもう一度ハイジャンプする。そして、犯人たちのボートに降り立つと、衝撃で沈み込んだボートが再び浮き上がる反動を利用して垂直に飛び、堀の石垣を蹴って対岸に降り立った。
「よし、リュカ、プックル、降りてくれ」
パパスは抱えていた娘と飼い猫? を地面に降ろし、しゃがみこんで周囲の様子を探った。そして、僅かな草の乱れを察知して、それが続いている方向を探る。
「よし……こっちか! 付いて来い、リュカ!」
「ま、待ってください、父様!」
父のスーパージャンプによるショックも覚めやらぬまま、リュカはパパスを追って走り出す。プックルも後に続く。父娘と一匹は人攫いを追い、深い森へ、そしてその向こうに続く山地へと分け入って行った。
(続く)
-あとがき-
ヘンリー君が確実にあちこちを敵に回したような気が(爆)。
次回、いよいよ幼年期最終章に突入です。