「おじいさん、ここでどんな修行を?」
リュカが聞くと、ザナックは指をちっちっち、と振った。
「おじいさんではない。修行の間はお師匠様と呼べ」
「は、はい、お師匠様」
リュカが言い直すと、ザナックは満足げにうむと頷き、着ていたローブの下から何かを取り出した。
「さて、修行に当たって授けるものがある。これをお前さんの武器として使ってもらおう」
リュカはそれを受け取った。細い鎖の先に分銅を付けた、金属製の鞭……チェーンクロスだった。
「……鞭ですか」
三ヶ月前、監督官に散々に鞭でなぶられ、瀕死の重傷を負ったリュカとしては、鞭にはあまり良い感情がない。しかし。
「まぁ、刃物の付いてない、相手に致命傷を与えにくい武器なら何でもいいんじゃが、あいにくここにはそれしか無くての。使いにくかったり、気に入らなかったりしたら、別の武器にすると良いじゃろう」
そう言うと、ザナックはリュカがチェーンクロスを持つのを待って、口笛を吹いた。すると、鉄格子の向こうに何かが現れた。
「ブラウニーじゃ。お前さんにはこいつと戦ってもらおう」
ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~
第十八話 開眼
「え?」
リュカは鉄格子の向こうの魔物、ブラウニーを見た。妖精の一種で小人族の仲間であるブラウニーは、見かけによらぬ腕力の持ち主だ。木槌や石斧などを武器として使い、一般人なら一発で瀕死にいたるほどの打撃を振るう。もちろん、リュカほどの実力ならそう怖い相手ではないが……
「ただし、攻撃呪文を使うのは禁止じゃ。そのチェーンクロスのみで、相手の邪気を討つのじゃ」
「邪気?」
聞き返すリュカに、ザナックは頷く。
「そうじゃ。お主の目は聖母の目。心を凝らして見れば、相手の邪気が見えるはず。魔物の肉体ではなく、邪なる心のみを打つ。そうすれば、魔物はおぬしに従うであろう。まずはこのブラウニーを従わせてみよ」
そう言うと、ザナックは壁のボタンを押した。鉄格子が開き、ブラウニーが木槌を構えてリュカに近寄ってきた。
「こ、心を凝らして見れば……って!?」
リュカはブラウニーの攻撃を間一髪かわした。それでも一生懸命相手をじっと見るが、邪気らしきものは何も見えない。リュカが何も攻撃してこないと見て、ブラウニーが木槌を振り回して迫って来た。
「何をしておるんじゃ。ただ見るだけなら誰にでもできる。相手の気持ちを見るのだ!」
「そんな事言われても……!」
リュカは木槌を振り回すブラウニーに追いかけられ、逃げ惑うばかりだ。ザナックは溜息をついた。
「こればかりは、口で教えきれることではないからのぅ……仕方が無い」
ザナックは持っていた樫の杖を放り投げた。それは回転しながら飛び、リュカの足を絡め取った。
「きゃあっ!?」
リュカが転んだのを見て、ブラウニーが木槌を振り上げてジャンプする。振り向いたリュカの頭を砕こうと言う勢いで。
「もうダメ……!?」
やられる、と思った瞬間、リュカの視界に映る光景がスローモーションになった。
「……!?」
リュカは目を見張った。ブラウニーがゆっくりと宙を飛んでくる。その姿に重なるように、黒い炎のようなものが見える。ゆらゆらと蠢くそれは、時として何かの顔のような形を取り、リュカを殺気に満ちた目で睨んでいるかのようだった。
(あれが……邪気!?)
リュカは確信した。ふわふわもこもこの身体を持ち、愛らしい姿のブラウニーを狂わせ、人を襲う魔物にしているのは、そいつなのだと。
「やあっ!」
リュカは上半身を起こしながら捻り、右手に握ったままのチェーンクロスを、思い切り振りぬいた。気合のこもった分銅が邪気の真ん中を薙ぎ払い、それはリュカにしか聞こえない断末魔を挙げて消え去った。同時に視界が元に戻り、ブラウニーも弾き飛ばされ、床をぽんぽんと跳ねるようにして壁際まで転がっていく。
「……やった……の?」
見つめるリュカの前で、しばらくじっとしていたブラウニーはむくっと起き上がると、木槌を背中に背負った。てくてくと愛らしい足取りでリュカの傍まで来ると、黒目がちな瞳をリュカにむけ、じっと見つめてくる。何も語りはしないが、それは「仲間にしてください」と言っている様に見えた。
「よ、よろしくね?」
リュカが手を差し伸べてみると、ブラウニーは握手を求めるように、木槌を振り回している事が信じられないような、小さな手でリュカの手を握り、ぺこりと頭を下げた。
「……お見事!」
その時、ザナックが叫んだ。リュカの傍にしゃがみこみ、その手を取って押し戴くようにして、頭を垂れた。
「あ、あの、お師匠様?」
ザナックの行動に戸惑うリュカに、ザナックは首を横に振った。
「やはり、そなたは真の魔物使いであった……もはやワシの教えることは何もない。そなたは自分の力に目覚めたのだ」
言うザナックの目から、涙が溢れる。
「そなたなら、いずれ人と魔物が分け隔てなく暮らせる世の中を作れるであろう。もし、多くの魔物たちが仲間となり、連れて歩き切れなくなった時は、ワシの所へ来い。ワシがその魔物たちの面倒を見よう」
真情のこもったザナックの言葉に、リュカは彼の手を握り返して頷いた。
「お師匠様……ありがとうございます」
その時だった。
「おーい、装備買って帰ったぞ。まだ修行中か?」
ヘンリーが帰ってきて、修行の部屋の戸をあけた。そして絶句。
「……なっ!?」
ヘンリーのいる角度から見ると、床に倒れたリュカに、ザナックがのしかかっているように見えたのだ。彼は買ってきたばかりの鋼鉄の剣をすらりと抜いた。
「やっぱりセクハラじゃねぇかこのクソジジィ! 斬る!!」
「どわあっ!? ご、誤解じゃ!!」
「ちょっと、やめてヘンリー!!」
騒ぎは、頭に血が上ったヘンリーが、リュカのチェーンクロスで足を絡め取られ、転んで頭を打つまで続いた。
「あー、そのなんだ。済まなかったな、爺さん」
頭にたんこぶを作ったヘンリーが、素直じゃない態度ながらも謝罪する。
「ま、大事にならんかったからよしとしよう」
ザナックは言った。目の前にいるリュカとヘンリーの二人は、買ってきた装備を整えて、何時でも旅立てるだけの準備が出来ていた。
リュカはザナックに貰ったチェーンクロスに、絹のローブを羽織っている。ヘンリーは鋼鉄の剣と鉄の鎧。どこにでもいそうな冒険者の姿だ。
その左右にはスラリンと、ブラウンと名付けられたさっきのブラウニーが控えている。二匹ともザナックに餞別を貰っており、スラリンはスライムの服に石の牙、ブラウンは大木槌と鎖かたびらを装備している。
「で、お主ら、とりあえずどこを目指すんじゃ?」
問いかけるザナックに、リュカが答えた。
「北の、サンタローズとアルパカに行くつもりです。サンタローズはわたしの故郷ですし、アルパカには知り合いの家族がいるので、まずは無事を伝えようかと」
「そうか……では、こっちに付いてきなさい」
ザナックはリュカの答えを聞いて立ち上がった。
「ん? なんだい爺さん」
ヘンリーが聞くが、ザナックはまぁ待て、と言いながら部屋の端に行き、リュカたちが入ってきたのと別のドアを開けて、二人を手招きした。リュカとヘンリーは入ってみて、そこにあったものに驚いた。
「これは……」
「馬車? なんて立派な……」
そこにあったのは、がっしりとした台車に幌をかぶせた、一台の馬車だった。その横でこれまた立派な体格の白馬がゆっくりと干草を食んでいる。
「ワシが魔物集めに使っていた馬車じゃ。今は使っておらぬゆえ、お前たちにこれをやろう」
ザナックの言葉に、ヘンリーが驚いた。
「お、おい……どう見ても一万ゴールドはするぞ、この馬と馬車なら。それをくれるって言うのか?」
「うむ、魔物を連れての旅じゃ。もはや邪気を失ったとはいえ、普通の人間には悪い魔物との区別は付かぬからな、これに乗せて旅をすると良いじゃろう」
リュカは首を横に振った。
「そんな……貰えませんよ。お師匠様。どうして、そんなにわたしたちに良くしてくれるんですか?」
リュカに特別な力があり、それをザナックが重要視しているのだとしても、武器や馬車を見返りなしにくれるというのは、あまりにも申し訳ない。だから辞退しようとしたリュカだったが、ザナックは頑なだった。
「ワシがやりたいからやるんじゃ。良いから持って行け」
かなりな時間、リュカとザナックは貰わない、やる、の押し問答をした挙句、結局リュカが根負けしたように言った。
「わかりました……でも、馬車はお借りするだけです。いずれお返しします」
「なんでもええぞ、持って行ってくれるならな」
それまでの押し問答で、ちょっと険悪な雰囲気になっていた二人だったが、ふっとリュカが笑顔を見せた。思わずその笑顔に釘付けにされたザナックに、リュカは言った。
「……ありがとうございました、お師匠様!」
「うむ……達者でな」
ザナックは答えた。それ以上、会話はなかった。リュカとヘンリーがスラリンとブラウンを乗せた馬車を引いて通路を去っていき、そのガタコトという車輪の音が聞こえなくなると、ザナックは戸棚から何かを取り出した。
「……一族の面汚しになったワシも、これで少しは償えたじゃろうか?」
複雑な文様を織り込んだ、故郷の民俗衣装。彼がこの服を捨て、外の世界へ飛び出してから、どれだけの月日が流れただろう。
ザナックの故郷は、魔物使いの能力を密かに伝える一族の聖地だった。そこでゴーレムなどの強大な魔物を手足のように従える長老を見て、自分もそうなりたいと憧れた。
だが……ザナックには僅かな素質しかなかった。長老のようにはどうしてもなれず、己の力不足を認めることも出来ず、ただ焦りが空回りする中、何時しかザナックは友としたかったはずの魔物たちを憎み、容赦なく打ち据え、叩き伏せ、無理やり言う事を聞かせる、紛い物の魔物使いに成り果てていた。
人生の終わりが近づいた今、ようやくザナックは己の罪に向き合えるようになった。そして、いかなる天の配剤か、真の魔物使いの素質を秘めた少女を、この手で導くことが出来た。
「そう悪くはない人生じゃったな。あとは、あの娘の行く先を、この目で見届けるとしよう」
ザナックはそう呟き、服を戸棚にしまいこんで、鍵をかけた。振り向いたとき、既に彼は街の変人・モンスター爺さんに戻っていた。
(続く)
-あとがき-
モンスター爺さんの過去に関する妄想。爺さんが憧れた長老は、たぶんマーサの祖母とか母親の代でしょう。
それと仲間モンスター二匹目はブラウニーです。特技が無いので使いにくいとか言われがちなブラウニーですが、私は可愛いので好きです。ブラウンも多分最後までくっついてくるはず。