「あ、ああ……」
リュカは震える声と共に膝を付いた。
「ど、どうして……?」
何かに取り付かれたように言う彼女の周囲に広がるのは、一面の瓦礫の山と、林立する無数の墓標。
「どうして……?」
嫁とのトボけた掛け合いで村人を苦笑させていたシモン爺さんの家も。
「どうして……?」
ベラと出会った、この規模の村にしては立派だった酒場兼宿屋も。
「どうして……!?」
村のシンボルだった、尖塔のついた教会も。
「どうして!?」
そして、父と共に暮らした懐かしい家も。全てが破壊され、焼き尽くされていた。
「どうしてええぇぇぇっっ!?」
かつてサンタローズと呼ばれた、滅びた村の中心で、リュカは悲痛な慟哭をあげ続けていた。
ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~
第十九話 消えた故郷
モンスター爺さんことザナック老人から魔物使いの秘儀と馬車を受け継ぎ、オラクルベリーを出たリュカとヘンリーは、街道を北に向かった。道は大陸との間の橋を渡ったところで、ラインハット本領へ続く川の関所に向かって東に折れ、その先は谷間を通ってサンタローズへ向かう。十年前、リュカがパパスと共にビスタ港から歩いた道だった。
「お前のそれだけど、毎回成功するってわけでもないんだな」
ヘンリーが言うのは、リュカの魔物使いの秘儀……邪気の討ち払いである。
「ううん。邪気自体は払ってるんだけど、どの魔物も人間になつく、って言うわけじゃないみたい」
リュカは言った。精神を集中し、魔物が纏っている邪気を見る事は出来るようになったし、それを払うのももう問題ないが、そうやって邪気を無くした魔物の大半は、もう襲っては来ないものの、その場でどこかに去ってしまう。結局、まだ仲間になっているのはスラリンとブラウンの二匹だけである。
「そうか。でも、便利な力だよな。あの二匹もがんばってくれてるし」
ヘンリーが言うと、馬車の中にいたブラウンが照れたように手を振った。リュカにはとても持てないような大木槌をぶん回すとは思えない可愛い仕草で、思わず和む二人だった。
しかし、和んだ空気はそう長くは続かなかった。
「おかしいな……そろそろサンタローズが見えてきてもいい頃なのに」
それから一時間ほど進んだ所で、リュカは首を傾げた。サンタローズのシンボルと言えば、宿屋と教会。どちらもサンタローズ自体が小高い丘の上にあることもあって、かなり遠くから見える建物である。十年前はもっと早い時点でその二つが見えていた。
「お前の故郷だっけ。綺麗な村なんだってな?」
ヘンリーの問いに、リュカは笑顔で頷く。
「うん。それに、村の人たちはみんな優しくて、いい人ばかりで……みんな元気かな」
リュカはそう言いながら、ある人のことを考えていた。十年前、長旅に出ていたリュカとパパスを待っていてくれたあの人を。サンチョの事を。
サンチョの事だから、きっとずっと待っていたに違いない。会ったら謝らなきゃいけない。心配かけてごめんなさい、と。そして、辛い事を伝えなくてはならないだろう。
パパスがもう、この世にはいないと言う事を。
父の死を考えると、今もリュカの胸は締め付けられるように痛くなる。村の人たちも悲しむだろう。みんな、パパスの事をあれだけ慕ってくれていたのだから……
「ん、あれか? サンタローズの村って……でも、なんだか様子がおかしいぞ」
追憶に沈むリュカを、ヘンリーの声が現実に引き上げた。リュカはようやく見えてきた村の様子を見て、言葉を失った。もはや、そこは村ではなかった。
墓地だった。
「リュカ……」
突っ伏して泣きじゃくる彼女を前に、ヘンリーはどう声をかけていいのかわからなかった。
(くそ、情けねぇ。泣いている女の子一人慰められないなんて)
男としては忸怩たる思いではあったが、家族を失い、故郷もまた失った悲しみなど、どんな言葉をかけてやれば癒せるのだろう。そもそも、そんな深い傷が癒える事などあるのだろうか?
「リュカ、とにかく一度……」
ここを離れよう、と言おうとした時、背後に気配を感じてヘンリーは振り向いた。
「……リュカ? まさか……リュカなの? パパスさんの娘の」
その気配の主は、ヘンリーを見てはいなかった。泣いているリュカに視線を向けている。その声を聞いて、リュカは顔を上げた。
「……シスター・レナ?」
リュカの問いかけに、その人物……サンタローズ教会のシスター・レナは目を見開き、大粒の涙をこぼしながら、リュカに駆け寄った。
「ああ……やっぱり! 生きていたのね、リュカ。良かった。本当に良かった……!」
「シスターも……無事だったんですね……良かった……!」
リュカとシスター・レナは抱き合い、お互いの無事を喜び合った。その様子を見ていたヘンリーは、二人が落ち着いた所を見計らって、声をかけた。
「済まないが、シスター。事情を聞かせてもらえないか?」
「……あなたは?」
見知らぬ人を警戒するシスター・レナに、リュカが説明する。
「この人はヘンリー。わたしをずっと助けてくれていた人なの」
「まぁ……ヘンリー……さん?」
ヘンリーは帽子を取ってお辞儀をした。
「ええ……どうぞよろしく」
シスター・レナは自分も挨拶しながらも、何か引っかかるのか、首を捻っていた。
「ヘンリー……どこかで聞いた名前ね」
リュカとヘンリーが案内されたのは教会だった。尖塔は倒れ、半分方崩れ去って、外見的には廃墟と化してはいたが、屋根を葺きなおし、生き残った村人たちが共同で生活する場となっていた。
「皆さん、大変です! リュカが、リュカが帰ってきましたよ!!」
教会に入るなり、大声で叫ぶシスター・レナ。神の僕にしては慎みが足りないが、彼女は十年前もパパスとリュカが帰ってきたときに「パパスさんが帰ってきた! わーい!」と叫んで、村人たちを苦笑させた事がある。もともとそういう性格なので、堅苦しい僧侶よりも親しみやすい人と皆には思われていた。
ともあれ、シスター・レナの大声に、教会の中にいた住人たちが三々五々出てくる。その人数は二十人ほどだろうか。かつては三百人以上の村人がいたと言うのに、今はこれがサンタローズの住人の全てだった。
「リュカ……? パパスさんとこのリュカちゃんか?」
「ああ、確かにリュカちゃんの面影がある。本当にリュカちゃんか!」
「リュカちゃん、生きていたのか……! 皆心配したぞ」
リュカに十年前のあの小さな少女の姿を確かに見て取り、住民たちがざわめく。多くは老人で、この村を捨てられなかった人々だった。彼らはリュカを取り囲み、しきりに懐かしがる。涙を流す人もいた。リュカも思わずもらい泣きして、心配かけてすみません、と言う。その光景を、ヘンリーは少し離れた所から見ていた。
「とりあえず、積もる話は後にして、歓迎の準備をしましょう」
シスター・レナの言葉に一同は頷き、十年ぶりに帰ってきたリュカを歓迎するためのささやかな宴が開かれる事になった。
その夜、もとは礼拝堂だった部分を改装した集会所に、村人全員とリュカ、ヘンリーが集まっていた。まずはシスター・レナが口火を切る。
「リュカ、十年間どうしていたの? パパスさんは……?」
それを受けて、リュカはこの十年間を回想しながら、事情を話し始めた。ラインハット王にパパスが呼び出された事。ヘンリー王子のお守を命じられた事。そのヘンリーが誘拐され、助けに行った事。しかし、行った先の遺跡で魔族に襲われ、パパスが死んだ事。そこまで行くと、村人たちの間に粛然とした空気が流れた。
「あのパパスさんが……」
「地獄の帝王でもやっつけてしまいそうなくらい、強かったのにのう……」
そう言いながら、村人たちは心から慕っていた英傑の死を惜しみ、涙した。シスター・レナも憧れの人の死を知り、大粒の涙をボロボロとこぼしていた。
「わたしが……あの時人質になんてならなければ」
リュカも俯き、床に涙をこぼしていた。それを聞いて、シスター・レナは涙を拭ってリュカの肩を抱いた。
「自分を責めてはダメよ、リュカ。どうしようもなかったのよ。パパスさんもあなたを恨んだり怒ったりはしていないわ」
そう言ってシスター・レナはリュカを慰めながら、辛いだろうけど、先をと促した。リュカも涙を拭き、話を続ける。光の教団の奴隷にされていた事を話すと、村人たちの間から怒りの声が湧き起こった。
「光の教団じゃと? 最近ラインハットの国教になったあれか!!」
「胡散臭い連中だと思っていたが、やはりな!!」
ラインハットと聞いて、人の輪から外れた所にいたヘンリーはぴくっと眉を動かしたが、それに気付いた人間はいなかった。
「国教、って?」
リュカが意味がわからず聞くと、シスター・レナも怒りを隠せない表情で言った。
「国の認めた宗教と言うことよ。この村はもう滅びたと思われているから、光の教団は来なかったけど、アルパカではラインハット城から派遣されてきた、光の教団の司祭が街の人たちに改宗をせまっているみたい」
シスター・レナの言葉に続けて、村人たちは怒りの言葉を口々に言う。
「まったく、あんな大后の薦める宗教だから碌なモンじゃないと思っていたが、やっぱりそうだったな」
「リュカちゃんを攫ったような邪悪な連中が光の教団とは笑わせるわ」
収まらぬ怒りの声を断ち切ったのは、それまで黙って話を聞いていたヘンリーだった。
「今までの話を聞くに、この村を襲って滅茶苦茶にしたのは、ラインハットの兵だな。違うか?」
老人の一人が頷き、大声で叫んだ。
「そうじゃ! あいつら、パパス殿を謀反人と言いおった」
それは、パパスがリュカを連れてラインハットに向かってから、一週間後の事だった。突然五百人近いラインハットの兵士がサンタローズに押し寄せ、その隊長は王国の公文書を示して叫んだ。
「上意である。第一王子ヘンリー殿下を不埒にもかどわかした謀反人、パパスの行方を捜しておる。王の命により、この村を捜索する! もしパパスを匿っているのなら、早々に申し出よ。さもなくば一村全て叛徒と見做し、討伐する!!」
一方的かつ高圧的な隊長の言葉に、教会の神父が進み出て言った。
「お待ちください。何かの間違いです。パパス殿が謀反など……」
次の瞬間、神父は隊長が突き出した槍に貫かれ、物言わぬ屍に成り果てた。隊長は手を振り回し、兵に合図した。
「パパスを擁護したという事は、この村は叛徒の巣だ! 焼き払い、皆殺しにせよ!!」
あまりの事に唖然としていた村人は、襲い掛かった兵士たちによって次々に殺された。兵士たちは最初から村を滅ぼすために来ていたのだ、と悟るのにそう時間はかからなかった。村人たちは必死に逃げたが、多くが逃げ切れず、殺されていった。
兵士たちはさらに火をつけた松明を片端から建物に投げ込み、焼き討ちした。井戸には毒が投げ込まれ、畑には塩が撒かれた。
シスター・レナは怒りと悲しみに震える声で、当時の様子を回想した。村人たちも思い出したのか、おうおうと泣く声が聞こえた。
「あの……サンチョさんは? サンチョさんはどうなったんですか?」
リュカは聞いた。まさか、もう……?
「サンチョさんは……ただ一人で、村を襲ってきた兵士と戦ってくださいました。私達が逃げ延びる事ができたのは、サンチョさんのおかげです」
シスター・レナは答えた。
「私や助かった人の多くは、サンチョさんが戦っている間に洞窟の奥へ逃げ込んだ人たちです。流石にそこまでは兵士も追ってきませんでした……三日間、洞窟の奥に隠れ通して……出てきた私たちが見たのは、跡形もなく破壊され尽くした村でした。三日前まで、一緒に暮らしていた人たちがみんな屍になっていて……ただ、サンチョさんの死体はありませんでした。きっと、生きていると信じています」
シスター・レナの言葉に、リュカはそうですね、と頷いた。サンチョはパパスも認める実力者だったのだ。きっと、生き延びて父様とわたしを探しに行ったに違いない、と思う。
シスター・レナは話を続けた。それから生き残った人々は、死者を埋葬し、比較的破壊の少なかった教会周辺を整備し、なんとか塩を洗い流していくらか畑を蘇らせた。それでも実りは不満足なもので、飢えは恒常的なものだった。
そこまで話した所で、シスター・レナはヘンリーに向かって言った。
「私からも、あなたに聞きたい事があります。あなたはヘンリーさんと仰いましたね。ラインハットの第一王子、ヘンリー殿下。そうではありませんか?」
(続く)
-あとがき-
青年期編で最初にサンタローズに戻ってきた時って、凄いショックでしたよね?
その感じが少しでも出てれば幸いです。