サンタローズの洞窟はモンスターも出るが、スライムなどの弱いものばかりで、脅威になるほどの強いモンスターはいない。だから洞窟も恐れる対象ではなく、貯蔵庫などとして活用されていた。
ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~
第二話 サンタローズの洞窟
「父様、こんなところに薬草があるんですか?」
父の後をランタンを持って歩きながら、リュカは言う。冬暖かく、夏は涼しい洞窟は、川が流れ出るが故の湿気さえなければ、かなり快適な空間だ。実際酒の貯蔵庫などとしては活用されている。
「薬草と言うか、きのこの類のようだが。ともかく、それがあればビアンカの父の病を治せるそうだ。最下層の方に生えているそうだが……」
話しつつ、パパスは油断無くあたりに気を配り、立ちはだかる魔物がいれば、抜く手も見せずに次々に斬り倒していく。リュカはひのきの棒でパパスが討ちもらした相手を殴るだけなので、それほどの苦戦はしていない。彼女も父と共に数年間旅をしていたので、スライム程度なら十分あしらえる程度の腕はあるのだ。
はっきり言ってしまえば、今のリュカのほうが二歳年上でも実戦経験はないビアンカよりは強いだろう。
ともかく、父娘は順調に洞窟の奥へ進んで行き、そろそろ件のキノコが生えると言う区域に近づいてきた。ちょっとした広間のようになった場所で、岩が転がっている。まだ父娘がサンタローズに来る以前、大きな落盤があったとかでしばらく立ち入り禁止になっていた。
「父様、立て札があります」
リュカが指差す先には、確かに立て札があり、その向こうは黒い闇に包まれていた。床が抜け落ちて下層に落下した跡のようだ。
「ふむ……リュカ、読めるか?」
パパスはリュカに立て札の文面を見せた。彼女は最近読み書きを習い始めたばかりで、まだ難しい言葉は知らない。しかし、この時はあまり問題なく読む事ができた。
「えっと……あしもとにちゅうい……?」
「うむ、良く読めたな」
パパスは笑顔でリュカの頭を撫でた。照れたように赤くなるリュカだったが、急にその表情が真剣なものになった。
「……!」
「リュカ? どうしたんだ?」
娘の様子が変わった事に、パパスも真剣な表情になる。リュカはすぐには答えず、しばらく辺りを見回していたが、すっと床の抜けた方を指差して言った。
「父様、誰かの声が聞こえます」
「声だと?」
パパスは目を閉じ、耳に神経を集中する。そして聞いた。誰かの弱々しい声を。
「……すけ……たす……助けて……くれ……」
パパスは目を開いた。穴に近寄り、大声で叫ぶ。
「誰かいるのか!? 助けに来たぞ!!」
声が反響して洞窟内をこだまし、それが消えた頃に、今度ははっきりと声が聞こえた。
「ここだ……頼む、助けてくれ……」
パパスは頷くと、近くの岩にロープを結びつけ、床の穴に垂らした。
「リュカ、見張りを頼む」
「はい、父様」
娘の返事に送られ、パパスは手馴れた様子でロープを降りていった。そして、十分後。ロープが揺れ、パパスが背中に誰かを背負った状態でロープを登ってきた。
「リュカ、荷物の中から薬草を出しておいてくれ。あと、お前のひのきの棒を貸してくれ」
「わかりました、父様」
リュカは穴の淵にランタンを置き、荷物の中から薬草と包帯を取り出した。その間に、パパスはロープを登りきっていた。背中に担いだ男を降ろし、娘が差し出した薬草と包帯、ひのきの棒を受け取る。
「親方、今手当てをする。痛むがこらえろよ」
「うう……済まんな、パパス殿」
男は行方不明の薬師の親方だった。キノコを探しに来て、足を滑らせて転落し、足の骨を折って動けなくなっていたという。パパスはひのきの棒を添え木にして親方の足を手早く治療した。
「これでよし。二ヶ月もすれば骨もくっつくだろう。それにしても、災難だったな親方」
「ああ。慣れた場所だと思って油断したよ。俺もトシだな……それにしても、パパス殿が帰ってきてたとは。おかげで助かったよ」
親方は頷き、そこでリュカが差し出した水筒を受け取った。
「お、済まんな……リュカちゃんか。大きくなったなぁ」
親方は水を飲みながら、開いた方の手でリュカの頭を撫でる。見た目は無骨だが、薬師をしているだけに気は優しく、子供好きな男だった。
「くすぐったいです、親方さん」
リュカは照れ笑いを浮かべたが、そこで親方が真面目な顔になった。
「そうだ、娘で思い出したが……ダンカンのかみさんが娘連れで来てたろう? 会ったか?」
「ああ。それでお前さんを探しに来たんだが……キノコは手に入ったのか?」
パパスの問いに親方は頷いた。
「いや、今年は妙に寒いせいか不作でな。見つけた事は見つけたんだが、狭い隙間の中で俺には取れなかったんで、別の場所を探してる間に落っこちちまった」
そこまで言って、親方はいい事を思いついた、と言うようにリュカを見た。
「そうだ、俺は無理でもリュカちゃんならその隙間に入れるかもしれん。手伝ってくれないか?」
「え、わたしがですか? わたしで良ければお手伝いしますけど……」
リュカは戸惑いつつも、親方の指図に従って、岩の亀裂の間に入っていった。決して大柄とは言えず身体も細いリュカでもところどころつっかえる程の狭い隙間で、親方が入れなかったのも無理は無い。
それでも、なんとか目的のキノコを取って来て親方に渡すと、彼は大きく頷いた。
「よし、これだ! これで薬が作れる。パパス殿、済まんが村まで頼む」
「わかった」
パパスは親方を背中に担ぐと、リュカがランタンを持つのを待って歩き始めた。が、そこへ数匹のスライムが姿を現す。パパスは親方を担いでおり、リュカは素手。親方は焦ったように言った。
「パパス殿、どうするんだ!?」
パパスは冷静に答える。
「まぁ落ち着け、親方。リュカ」
「はい、父様……バギ!」
リュカは父に促され、スライムたちに手を向けて鋭く呪文を唱えた。放たれた真空の刃がスライムたちに襲い掛かり、一瞬で蹴散らすのを見て、親方は目を丸くした。
「なんとまぁ……リュカちゃん、その歳でそんな呪文が使えるのかい」
照れるリュカを見て、パパスが目を細めながら言った。
「私も驚いたんだがね。これも血筋かな」
「あー、はいはい」
パパスの言葉を親馬鹿の自慢と取った親方が、茶化すように言う。ともかく、三人は無事にサンタローズ村への帰還を果たした。
(続く)
-あとがき-
女の子主人公ですが、原作の男主人公と較べると攻撃力とHPが低く、その代わり魔法が得意という設定です。
男主人公はVIで言うとパラディンですが、女主人公は賢者寄りの僧侶と言う感じですかね。