「私からも、あなたに聞きたい事があります。あなたはヘンリーさんと仰いましたね。ラインハットの第一王子、ヘンリー殿下。そうではありませんか?」
シスター・レナの言葉に場がざわめいた。が、ヘンリーは動ずる事無く頷いた。
「その通りだ、シスター。オレがラインハットの第一王子、ヘンリーだ」
それを聞いた村人の間から、殺意と怒りの声が湧き起こった。
ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~
第二十話 騎士の誓い
「お前が! お前のせいでワシらの村が、家族が!!」
「パパスさんが死んだのもお前のせいじゃないか! どの面下げて来た!!」
「死ね! 死んで詫びろ! でなければ殺してやる!!」
殺気立つ村人の前に、慌ててリュカが立ちはだかった。
「待って、みんな! わたしの話を聞いて!!」
リュカがヘンリーを庇うのを見て、村人たちは戸惑いの表情を見せた。
「な、なんでリュカちゃんがそいつを庇うんじゃ?」
リュカは答えた。
「ヘンリーも……ヘンリーも被害者なの。わたしと一緒に教団の奴隷にされて……もしヘンリーがいなかったら、わたし、きっと十年間も耐えられなかった。きっと死んでた……ヘンリーがいたから、わたしは生き延びてこられたの」
「……それはオレも同じだよ、リュカ。お前がいたから、オレは生きてこられたんだ」
そう言うと、ヘンリーはリュカを脇によけて、村人たちと向かい合った。そして、厳かな声で言った。
「とは言え、オレにはラインハット王族の一人として、今のこの国の酷い現状を招いた責任がある。サンタローズの村人の皆さん……誠に済まなかった。例えあなた達がオレを復讐の刃にかけたとしても、オレは文句は言わない」
そして、深々と頭を下げた。村人たちは仰天した。王族が、こんなに率直に頭を下げてくるとは思わなかったのだ。
「ただ、オレの命を、もう少しオレに預けてもらえないだろうか。責任を果たすために、時間が欲しい」
村人の前で、ヘンリーは今度は頭を上げて、堂々と態度で言った。普段は陽気で明るくて、悪く言えば軽薄とさえいえる人物だと思っていたヘンリーが、王者の風格さえ漂う立ち居振る舞いを見せた事に、リュカは驚いた。
(十年間、悲しんでばかりだったわたしは、成長していなかった……その間に、ヘンリーのほうがずっと大人になってたんだ)
ヘンリーを眩しそうに見えるリュカ。一方、村人を代表してシスター・レナが尋ねた。
「責任……? 何をするつもりなのですか?」
その問いに、ヘンリーはすぐには答えず、剣を抜くと、それを顔の前で垂直に立てた。
「我、ラインハット第一王子ハインリッヒ・フォン・ラインハットは、騎士としてサンタローズの民に……全てのラインハットの民に誓約する。王国を蝕む奸物を打ち倒し、人々が安心して暮らせる国を取り戻すと」
剣をさらに高く天に掲げ、そして斜めに振り下ろす。
「天よ、神よ、照覧あれ。我が誓いはここにあり」
それは、古来より騎士が立てる誓いの言葉だった。ただ、普通は忠誠を誓う相手は王である。それを、ヘンリーは国民であると言い換えたのだ。
一瞬の沈黙があり、シスター・レナが口を開いた。
「騎士ヘンリー、神はあなたの誓約を確かにお聞きになりました。あなたの剣に常に神のご加護がありますように」
それを聞いて、リュカは笑顔を見せた。
「シスター・レナ!」
「わかりましたよ、リュカ。あなたが認める人ですもの。ヘンリー殿下、今も個人的にはあなたを……ラインハットの国をお恨みします。ですが、今は忘れましょう。あなたの誓いを見届けるまで。皆さんも……構いませんよね?」
シスター・レナの言葉に、村人たちは顔を見合わせ、頷いた。
「リュカちゃんとシスターが言うなら……」
と言う声が聞こえ、長老格の老人が一歩進み出た。
「殿下、どうかお願いします。ワシらが安心して暮らせる世の中を……どうか」
ヘンリーは頷いた。
「ああ、必ずやって見せる」
力強く頷くヘンリーに、リュカが言った。
「ヘンリー、わたしにも手伝わせて」
「え?」
戸惑うヘンリーに、リュカは言葉を続ける。
「ヘンリーは、わたしの母様探しを手伝ってくれるんでしょう? だから、わたしも手伝いたいの。ヘンリーの戦いを。母様探しはその後で良い」
ヘンリーは笑顔を見せた。
「……ありがとう、リュカ。お前が手伝ってくれるなら千人、いや、一万人の味方を得た思いだよ」
二人は固く握手を交わした。そこへ、シスター・レナが声をかけてきた。
「それで、これからどうするの?」
その質問にリュカは答えた。
「ヘンリーと一緒にラインハットには行くと思うけど、その前にアルパカに足を伸ばしてみようと思います。ビアンカお姉さんにも無事を伝えたいですし」
それを聞いて、シスター・レナは顔を曇らせた。
「そう、やっぱり……あなたとビアンカちゃんは仲が良かったものね。でも……」
「何か……ビアンカお姉さんにあったんですか?」
不吉な予感を覚えて聞いたリュカに、シスター・レナは首を縦に振った。
「やっぱりあれ以来お父様のダンカンさんの病状が思わしくなくて、七年ほど前にお母様の実家があるという西の大陸の方に引っ越して行かれたのよ。病気に良く効く温泉があるとかで」
「そう……なんですか……それで、西の大陸のどこに?」
リュカは表情を沈ませつつ聞いたが、シスター・レナはその質問には首を横に振った。
「さぁ、そこまでは……」
無言で落ち込むリュカの肩を、ヘンリーが慰めるように叩いた。
「大丈夫だよ、リュカ。西の大陸ならそう遠くはない。きっとまた会えるさ、そのビアンカって人にも」
「うん……そうだね。ヘンリーの事が済んだら、行ってみよう。西の大陸へ」
リュカは頷いた。そこへ、別の村人が何かの包みを持ってリュカの方に寄って来た。洞窟から流れ出す川のボート小屋の管理をしていた老人だった。
「リュカちゃん、あんたに渡すものがあるんじゃ」
「え? なんでしょうか?」
聞き返すリュカに、老人は長い包みと黄色く変色した封筒を手渡した。
「ワシらが洞窟の奥に逃げ込んだ時に、偶然パパスさんの秘密の部屋を見つけたんじゃ」
「父様の秘密の部屋?」
そんなものがあったんですか、と問い返すリュカに、老人は頷いた。
「リュカちゃんが帰ってきてからしばらくの間、パパスさんがボートで洞窟の奥に入って行ってた頃があるじゃろう? それはそこにあった品でのう。ワシが持ち出して預かっていたんじゃ」
リュカは封筒を裏返してみた。封蝋が解かれていないそれには、「愛しいわが子リュカへ」とパパスの字で書いてあった。
「リュカちゃんあての手紙じゃ。思えば、パパスさんはその頃何かを予感しておったのかもしれんのう」
リュカは封蝋を剥がし、手紙を取り出した。
「愛しいわが子リュカへ
この手紙を読んでいるということは、おそらく私はもうお前の傍にはいないのだろう。
もう知っているかもしれないが、お前の母であり、我が妻であるマーサは生きている。私たち親子の旅は、マーサを救い出すための旅だったのだ。
マーサは古き神秘の力を受け継ぐ血族の一人であり、その力は魔界にも通じるものだった。それに目をつけた何者かにより、マーサは連れ去られたのだ。それが何者か、私はまだ確証を掴んではいない。だが、おそらくという見当は付いている。それは、魔族の王とでも言うべき存在であろう。
リュカよ、天空の血を引く勇者を探すのだ。
かつて、魔界に赴き魔王を倒した天空の勇者の血筋を引く者以外に、再び魔界へ赴きマーサをさらった邪悪を倒せる者はいない。
私は天空の勇者の子孫と、勇者が身に付けていた天空の装備を探して世界中を旅し、ようやく天空の剣だけは見つけることが出来た。しかし、未だ他の防具は見つからぬ。
リュカよ、天空の勇者と残る防具を探し出し、お前の母マーサを救い出すのだ。
どうか、頼んだぞ
誰よりもお前を愛する、父より」
手紙を読み終えたリュカは涙をこぼし、手紙を抱きしめた。
「父様……!」
言葉でしか聞くことが出来なかった、父パパスの遺志を、この手紙は伝えていた。母と自分に対する愛情が手紙から伝わってくるような気がした。
しばらく手紙を抱いて父の思いを感じ取り、リュカは再びそれを丁寧にたたんで、封筒に入れてバッグにしまいこんだ。そして、もう一つの長い包みを手に取る。手紙の内容からして、これは……と思いながら、リュカは上等の絹布で出来た包みを解いていった。そして。
「これが、天空の剣……!」
包みを解いた後に現れたそれを見て、リュカは圧倒されたように言い、村人たちもどよめいた。
それは、柄と鍔の部分をドラゴンの意匠で統一し、刀身自体も先端部が翼を広げた竜のような形をした、一振りの美しい剣だった。竜の鱗のような、緑がかった銀色の刀身には曇りも傷もなく、周囲の光景を鏡のように写し出している。
それは邪悪に対する勇者の静かな怒りを表すかのように、冷たい冴え冴えとした光であり、一振りするだけであらゆる邪悪な魔力を霧散させそうな力強さに満ちていた。リュカは柄を握り、もっと良く全体を見ようと思った。
「……あれ?」
しかし、柄を握った途端、剣はまるで空間それ自体に固定されているかのように、ピクリとも動かなかった。どれほど力を入れても動かない。
「どうした?」
ヘンリーが様子がおかしい事に気づいて尋ねてきたので、リュカは剣から手を離した。すると、剣は普通に動かせるようになった。どうも、刀身などを持っている状態では、普通に動くようだ。
「選ばれた勇者でなければ持てない、と言うのは本当みたい。ヘンリー、やってみて」
「ああ」
ヘンリーはリュカから剣を受け取り、柄を持って構えようとしたが……
「うお、なんだこれ。重くてうごかねぇ」
呪われた武器のように、天空の剣は重くて動かず、装備すら出来ない。ヘンリーはリュカに剣を返した。
「なるほど……確かに本物みたいだな。驚いた。ただのおとぎ話だと思っていたのにな……。ともかく、これは持って行くことにしよう。勇者の子孫らしき人を見つけたら、これを装備してもらって、出来たら勇者だ」
「そうね」
リュカは天空の剣に綺麗に絹布を巻きなおし、道具袋にしまいこんだ。例え装備できなくても、これは大事な父の形見。肌身離さず持っておこうと心に誓った。
「それじゃあ、もう二人とも今日はお休みなさい。また旅にでるのでしょう?」
シスター・レナの言葉にリュカとヘンリーは頷いた。そう、パパスの遺言を果たす旅はともかくとして、明日からはヘンリーのラインハット奪還のための旅が始まる。少しでも休んで鋭気を養わなければ。
故郷での一夜が更けていこうとしていた。
(つづく)
-あとがき-
リュカはレベルが上がった! リュカのヒロイン度が+1された!
ヘンリーはレベルが上がった! ヘンリーの主人公度が+1された!
と言う与太はさておき……二度目の洞窟探検とかはオミットしました。描写がめんどいので。
ヘンリーの本名は捏造です。本当はどういうフルネームか知りません。
次回からラインハット奪還編です。