数日後、リュカとヘンリーは首尾良く城に潜り込む事に成功し、それぞれ情報収集をしていた。
ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~
第二十二話 兄と弟
「例の隠し階段なんだが、どうやら誰にも知られていないらしい。普通に二階へ行こうとしても、オレみたいな下っ端は通してもらえないんだが、あそこから二階に上がれば、警戒をかいくぐってデールに会いに行けそうだな。そっちは?」
兵士の姿で言うヘンリー。二人は夜の間に中庭の片隅で情報交換をするのが日課になっていた。
「うん……やっぱり、この城の中にはかなり魔物が入り込んでるみたい。それも怪しまれないような姿に化けてね。傭兵の半分は魔物だし、あの番犬なんてドラゴンキッズよ」
中庭をうろついている犬を見て、リュカが言う。
「お、おい……大丈夫かよ?」
たじろぐヘンリーに、リュカは笑顔で答えた。
「大丈夫。あの子は邪気払いで仲間になってくれたわ。コドラン、おいで!」
リュカが声をかけると、犬はハッハッと息を吐きながら駆け寄ってきたが、途中でふわっと浮き上がり、空中で金色の鱗を持つチビ竜に変身した。リュカが広げた手の中に収まり、犬のようにクンクンと鼻を鳴らし、尻尾を振って甘えてくる。
「ね?」
「……流石。恐れ入ったよ」
ヘンリーは感心し、ふと気付いたように言った。
「でも、武器が無いのにどうやって邪気払いをしたんだ?」
すると、リュカは履いているスカートを叩いた。すると、シャラシャラと音がする。
「中にチェーンクロスを仕込んであるのよ。長いスカートは動きにくいかな、と思ったけど、これはこれで便利ね」
そうか、とヘンリーは感心した。
「しかしまぁ、本当にやってみれば何とかなるもんだな……採用されるとは思わなかったぜ。自分の家に使用人として入り込むのも変な気持ちだが」
ヘンリーは数日前のことを思い出した。彼は兵士の試験を軽くパスして採用されていた。これでも教団に拉致されるまでは、正式に剣術を習っていた身である。だいぶ鈍ってはいたが、腕力だけの他の候補者と比べて抜きんでいたのは確かだった。
「リュカも良く採用されたよな」
ヘンリーが言うと、リュカはそうだよねぇ、と頷いた。
「まぁ、他の人たちは、魔物に化けている人用に変な料理を作らされたり、運ばされるのが嫌になったみたいだけど」
そう言うリュカは城の侍女として採用されていたのだった。黒いシックなワンピースと純白のエプロンの組み合わせと言う……いわゆるオーソドックスなメイドスタイルは、清楚なリュカの美貌に実に良く似合っていた。兵士として採用された翌日、メイド服姿で現れたリュカを見た瞬間、ヘンリーは槍を取り落としそうになったくらいである。
「あー、カエルとかヘビとかが食材だったりするのか? やっぱ」
「うん、後ネズミとかコウモリもかな」
ヘンリーの言葉にリュカは応じ、二人そろって溜息をつく。
「普通に食えるじゃん、と思う自分が悲しいね、オレは」
「同感……」
二人とも奴隷生活の間、足りない栄養をなんとか補おうと、ネズミやらヘビやらを捕まえて食べた経験があった。
「ま、ともかく城の様子はだいぶわかった。魔物だらけだとすると、むしろ昼にデールの所に行く方が簡単そうだな。明日の昼、やってみるか」
「うん、わかった」
二人は情報交換を終え、それぞれに与えられた宿舎に戻った。
そして翌日の昼、昼食を終えてリュカの仕事が一段落した所を見計らって、台所にヘンリーがやってきた。
「リュカ、いけるか?」
「ええ。次のお掃除はもうちょっと後だから。それまでに終わらせれば」
リュカの返事にヘンリーは苦笑する。
「デールの話を聞いたら、もう次の仕事なんてする必要は無いさ。よし、行こう」
二人は台所を抜け、奥の倉庫を抜けて、城壁直下の回廊に入り込んだ。正面には裏口の扉がある。十年前、ヘンリーが攫われた忌まわしい思い出のある場所だ。
「ここから始まったんだよな……」
ヘンリーはそう言うと、壁の燭台を倒した。長らく使われていなかったせいか、記憶にあるよりややぎこちない動きで隠し階段が降りてくる。二人は顔を見合わせ、頷くと階段を登った。
「懐かしいな。オレの部屋だ……あの頃と変わっていない」
ヘンリーは辺りを見回した。どうやら失踪後に新たにこの部屋を使う人間はいなかったらしい。
「っと、懐かしがってばかりはいられないな。行こう、リュカ」
「うん」
二人は階段を隠すと部屋を出て、回廊を三階への階段に向けて歩いて行った。遠くに一階から登ってくる相手を警戒している兵士がいたが、ヘンリーはそれにあっかんべーをする。リュカは思わず笑いそうになったが、それをこらえて三階への階段を登った。
「ん? なんじゃ、お前たちは」
玉座の間に入ると、玉座に座るデールの前に立っていた、大臣らしい人物が声をかけてきた。十年前のロペスではない。ヘンリーの方を向くと、彼は小声で言った。
「十年前に、マリエルがどこからか連れてきたデズモンって男だ」
リュカは大臣の方を改めて向いた。意識を集中させると、明らかに人間ではない邪気を感じる。魔物だ。それもかなり強い。リュカはヘンリーにだけ見えるように、指を一本立てて合図した。あれは魔物、と。
ヘンリーは頷き、一歩前へ進み出た。
「申し上げます。陛下に直接言上の儀、これあり」
デズモンは眉をつり上げた。
「なんじゃと? 陛下への言上はわしが取り次ぐ事になっている。無礼は許さんぞ」
すると、ヘンリーは頭を下げ、しかしにやりと笑った。
「しかし、親分は子分の言う事に従うものなれば、直言の栄誉を賜りたく」
「は? なんじゃと?」
訳のわからない事を言うヘンリーに目を白黒させるデズモンだったが、それまで無気力な様子だったデールは、はっとしたように身を起こし、ヘンリーの顔を見た。そして。
「直言差し許す。デズモン、しばし下がっておれ」
「はっ? しかし……」
デールが見せた自分の意思に、デズモンは不満そうな声を上げたが、重ねて退出を命じられると、渋々退出して行った。それを確認し、デールは立ち上がるとヘンリーのところに歩いてきた。
「兄上……兄上ですね? 生きておられたのですね……!」
涙を溢れさせるデールの頭を撫で、ヘンリーは答えた。
「ああ。随分長い間、留守にして済まなかったな」
その声は優しく、確かにこの兄弟は母は違えども仲は良かったのだな、と納得させた。
「しかし、何があったのですか? この十年間、一体何を……」
問いかけるデールに、ヘンリーは首を横に振った。
「今は時間が無い。その話は後でしてやる。それより、お前に聞きたい事があるんだが、いいか?」
「はい、何なりと」
頷くデールに、ヘンリーは単刀直入に聞いた。
「お前の母親……大后は偽者かもしれん。心当たりは無いか?」
「え? 兄上、一体何を……?」
デールは首を傾げた。
「どんな事でもいい。母親に不審感を抱いた事はないか?」
ヘンリーは重ねて言った。デールはしばらく考え込み、そう言えば、と前置きして話し始めた。
「母上は、以前は僕には優しかったのに、最近は僕を疎んじてすらおられるようです。何でも大臣のデズモンと決めてしまい、私のところには顔も見せません。権力を握って人が変わるとは良く聞きますが、母上はあまりに変わりすぎです」
そうか、とヘンリーは頷き、この二つ年下の異母弟が、思いがけずしっかりした物の見方をしている事に満足した。甘やかされて育ったわけではないらしい。
「なるほど、良くわかった。オレの方でも大后が偽者じゃないかと言う予感はあったんだが、お前まで薄々とではあっても思っていたとなると、この仮説に確信が持てるな」
ヘンリーの言葉に、リュカが首をひねる。
「問題は、どうやって相手が魔物か、正体を暴く事ね……わたしだったら人間と魔物の区別は付くけど、相手が正体を明かしてくれないことには」
「そうだよなぁ」
考え込むリュカとヘンリーに、デールが助け舟を出した。
「あの、僕に心当たりありますよ、そういう魔力を持った品……ラーの鏡と言うのをご存知ですか?」
「ラーの鏡? あのカジノで景品になってる綺麗な鏡か?」
デールの言葉に、ヘンリーがボケた答えをする。デールは苦笑した。
「あれはレプリカですよ。本物は、真実の姿を映し出し、邪悪な変身魔術も解除できるという至宝。それがどうやらオラクルベリーの南の島にある、神の塔と呼ばれる塔に保管してあるそうなのです」
「なんだって?」
ヘンリーが驚いた表情を見せた。
「そんなものがあるなら、大后の正体を暴くにはピッタリだ。でも、お前なんでそんな事知ってるんだ?」
デールは苦い笑みを浮かべた。
「飾り物の王など暇なだけですからね。書庫の本を片端から読み漁っていたんです。その中に、ラーの鏡に関する伝承を記した本がありました。何代か前の王の日記です」
そう言うと、デールはガウンのポケットから鍵を取り出した。
「その日記の中にもありますが、この城の地下には、塔の近くへ出る旅の扉があります。この鍵で、書庫と旅の扉を封印してある部屋へ入れるはずです。持って行ってください、兄上」
ヘンリーはデールから鍵を受け取った。しげしげと眺め、溜息をつく。
「思い出したよ。子供の頃、どうしても入れない区画があったのを。今になってそこへ入るとはな」
ヘンリーは鍵をポケットに仕舞い、デールに手を差し出した。
「それじゃ行ってくるよ、デール。城の事は頼んだ」
「承知しました、兄上!」
デールは気迫のこもった声で返事をする。少年が王へと成長した、第一歩だった。
「よし、行くぞリュカ。鏡を手に入れて大后の正体を暴いてやる」
「うん!」
リュカも頷き、二人は走り出した。また隠し階段から一階まで降り、地下室に入ると、書庫から古びた日記を持ち出し、旅の扉の部屋を開けた。
「これが旅の扉……」
初めて見るそれに、リュカは感嘆の声を漏らす。一見渦巻く水面にも見える虹色の光が、井戸のような縦穴に満たされているのだ。
「えーと……本当に飛び込んでも大丈夫なんだよね?」
ちょっと腰の引けたリュカに、ヘンリーは言った。
「行くしかないだろ。1、2、3で飛び込むからな。いくぞ。1、2、3!」
「え? きゃーっ!?」
ヘンリーに手を引かれ、旅の扉に飛び込むリュカ。全身が光になったような感覚とともに、二人は遠く離れた南の島へと転送されていった。
(続く)
-あとがき-
と言うことで、メイドリュカ祭り開始です。安直ですみません。でも王道は大事ですよね!
この話のどこが王道だと言うツッコミは受け付けます。