翌朝、シスター・アガサ、テレズ、フローラに見送られ、リュカとヘンリーにシスター・マリアを含めた三人は、南の島に向けて出発した。
「元々、ラーの鏡は神様が持っていた秘宝だそうです」
道々、シスター・マリアは修道院に伝わる伝承を語った。
「かつて、魔王が世界を支配せんとした時、勇者たちは何度魔王に戦いを挑んでも、あやかしの術のために魔王を倒すことが出来なかったとか。そこで、勇者たちはラーの鏡を手に入れ、あやかしの術を破り魔王を打ち倒したと伝えられています」
「それって、天空の勇者ですか?」
リュカが勇者と言う言葉に反応して尋ねた。しかし、シスター・マリアは首を横に振った。
「いいえ。天空の勇者と導かれし者たちの伝説よりも、さらにずっと古い時代の話だと聞いています」
「そうですか……」
リュカは残念に思った。いくらかなりと天空の勇者に関わり合いそうな情報が欲しかったのだが。
そんな会話も、南の島に渡り、塔が見えてきた頃には止まっていた。特にシスター・マリアは傍から見てもガチガチなのがわかるほど緊張している。
(まぁ……無理も無いか)
リュカは思ったが、彼女にはどうしてやる事もできない。そのまま歩き続け、旅の扉がある祠を過ぎて、いよいよ塔まであと少し、と言う所まで来た時、それは現れた。
ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~
第二十四話 聖地の守護者
突然、道の脇の茂みがガサガサと音を立てた。ヘンリーが咄嗟に剣を抜き、シスター・マリアを庇うように前に出る。リュカもまとめて持っていたチェーンクロスをじゃらりと地面に垂らし、戦闘準備をしたところで、茂みを割って一騎のスライムナイトが出てきた。
スライムナイトはブラウニーと同じような小人型の妖精で、普通のスライムより二回り以上大きく緑色をしている、騎乗用に品種改良されたスライムを放牧して暮らす種族だ。身体は小さいが俊敏で剣術に優れ、魔法もかなり使いこなせるという手強い連中である。そのスライムナイトは剣を抜き、ビシッと擬音がしそうなキビキビした動作で剣を抜いて、三人に突きつけた。
「我が名はピエール。これより先は神の聖地なれば、通る事罷りならぬ。引き返すが良い」
驚いた事に、ピエールと名乗ったスライムナイトはそう堂々と渋い声で宣言した。リュカはピエールからはほとんど邪気が伝わってこない事に気づいて驚いた。そんな魔物が普通にいるものなのか……
とは言え、ここで引き返す事はできない。ヘンリーは剣を構えてピエールに突きつけた。
「引き返せという頼みは聞けない。お前を倒してでも押し通る」
ほう、とピエールは頭全体を覆う兜の下で溜息にも似た感嘆の声を漏らした。
「ならばそれがしのする事は一つ、お主らを討つ!」
ピエールは脚を微妙に動かし、乗騎のスライムに合図を送る。それに応じ、スライムは予想外の速度で跳ねた。
「くっ!」
ヘンリーはその一撃を捌き、逆に斬りかかるが、ピエールは巧みにスライムをバックステップさせて、その一撃に空を切らせた。
「やるな!」
「お主こそ!」
ヘンリーとピエールはお互いの技量を讃えつつ、再び向かい合うと、剣を交えた。ヘンリーのほうがリーチとパワーで勝っているが、剣の技量の方はピエールが上らしい。ヘンリーの方が押され気味だった。
「埒が明かないか……リュカ!」
十数合斬りあった所で、ヘンリーは合図しつつ、後ろに飛びのいてピエールとの間合いを開けた。同時にリュカが手を天に掲げる。
「わかってる! バギっ!!」
真空の刃を含む竜巻がピエールに迫る。が、ピエールも歴戦の強者であり、慌てることなく対処した。
「イオ!」
爆発呪文を唱え、爆風でバギをかき消した。激しい土煙が上がり、しばし辺りの視界を覆い隠す。
「なんだと!?」
バギを食らったピエールに止めを刺す、と言う作戦を崩され、土煙で目潰しを食らったヘンリーの胴に、激しい衝撃が走った。ピエールの一撃を食らったのだ。もんどりうって転がったヘンリーの喉元に、ピエールが剣を突きつける。
「終わりだな」
「くっ!」
冷たい声で最期を告げるピエールに歯噛みしたヘンリーだったが、次の瞬間、ピエールは盾で防護の姿勢をとった。が、驚いた事にピエールは防御の姿勢ごと吹き飛ばされた。リュカの振るったチェーンクロスが、彼女の細腕からは信じられないほどの威力を持ってピエールを襲ったのである。会心の一撃だった。
「ヘンリー! 大丈夫!?」
叫ぶリュカの表情は、泣きそうながらも絶対にヘンリーを守る、と言う意思に溢れていた。
「ああ、済まない! 大丈夫だ!!」
起き上がったヘンリーだったが、その時にはピエールも起き上がっていた。自分にホイミをかけてダメージを相殺したらしい。
「ち、しぶといな……」
舌打ちしたヘンリーだったが、次の瞬間、ピエールが飛ばしたホイミが、彼の傷を癒していた。
「なに? どういうつもりだ、お前」
意外な展開に戸惑うヘンリーに、ピエールは腰に剣を収めて答えた。
「仲間の為にそれほどまでに必死になれる者は、悪人ではあるまい。それがしの負けだ」
そして、ピエールはさらに意外な行動に出た。リュカの前に跪き、騎士としての礼を取ったのである。
「それがしの一族は、この聖地の番人をして幾百年。もし、聖地の宝を手にする資格のある者が現れたら、その方に剣を捧げようと思っておりました。リュカ様と仰いましたな。どうか、それがしを臣下の端くれにでもお加えくだされ」
「ええっ!?」
リュカは驚いた。しかし、ピエールは真剣な様子である。考えた末に、リュカは答えた。
「わたしはそんな偉い身分じゃないから、臣下とかはいらないわ」
「なんですと!?」
断られるとは思っていなかったのか、驚愕の叫びを発するピエール。しかし、リュカの言葉には続きがあった。
「だから、友達とか仲間なら……いいよ」
それを聞いて、ピエールは一瞬固まり、それからがばと地に伏した。
「何ともったいないお言葉……! このピエール、リュカ様に永遠の忠誠を誓いまする」
それを聞いて、ヘンリーは呆れたように言った。
「根本的にリュカの言葉の意味が判ってないようだが……」
すると、ピエールは怒りの気配を発しながら剣を抜いた。
「何だと? 貴様こそ軟弱者の分際で、リュカ様を呼び捨てにするとは何たる無礼。手討ちにしてくれる」
「なにぃ? もう一度やるかこの野郎」
睨みあうヘンリーとピエール。そこへ、リュカが割って入った。
「二人とも、ケンカしちゃダメ!」
リュカの叱責に、思わず直立不動のヘンリーとピエール。
「あ、ああ」
「申し訳ございませぬ」
そこで、リュカは微笑んだ。
「じゃあ、仲直りの握手ね?」
「「え」」
ヘンリーとピエールの戸惑いの声がユニゾンした。かなり不本意ではある……が、リュカには逆らえない。渋々二人は握手した。その様子を見ていたシスター・マリアが微笑みながら言った。
「リュカさんは凄い人ですね。人にも魔物にも平等に接する事ができるなんて……あなたのような方を、聖母のような、と言うのかもしれません。私も……あの子を……」
「え?」
シスター・マリアの言葉に、リュカとヘンリーが反応する。一瞬、シスター・マリアの記憶が蘇ったかに見えたのだ。しかし。
「……う」
シスター・マリアは言葉を続ける事ができず、頭を押さえ、苦痛の表情を見せた。よろける所を、ヘンリーが支える。
「大丈夫か? シスター・マリア」
「……ええ、大丈夫です。ちょっと頭が痛くなっただけで……」
口では大丈夫と言うものの、まだ少し顔が青い。リュカとヘンリーは、自分たちも戦いの疲れがあることだし、と少し休憩する事にした。そこらの岩に腰掛け、テレズが持たせてくれた弁当を食べながら、塔を見上げる。上部は二つの塔に分かれ、最上階同士を結ぶ橋がかかっているように見える、複雑な構造の建物だ。
「言い伝えでは、中には神への信仰を試されるような試練が幾つか用意されているそうですな」
ピエールが言った。
「その第一歩が、入り口の扉って事か」
ヘンリーが言う。すると、シスター・マリアが顔を上げて言った。
「そうですね……必ず、必ず皆さんの為に入り口を開いて見せます。それが、私の贖罪なのですから」
リュカとヘンリーは顔を見合わせる。シスター・マリアの罪とは何なのだろう。もし彼女がマリエルなら、やはりヘンリーを攫わせた事の罪なのだろうか?
わからぬまま、ピエールを加えて四人となった一行は、塔の前まで歩いてきた。遠目にはわからなかったが、確かにこの塔、神の至宝を収めるのに相応しい外見ではあった。青灰色の岩で出来た壁面は繊細な彫刻で彩られ、塔自体が一つの芸術品と言えた。
「こりゃ見事なもんだな……」
ヘンリーが思わず呆けたような口調で言う。しばらく塔に見とれていた一行だったが、すぐに目的を思い出した。何時までも見物しているわけには行かない。
「でも……扉はどこ?」
リュカは言った。そう、ぐるっと周りを一周してみても、扉らしきものがどこにも見当たらないのである。
「さすがは神様が試練のために作った塔だ。一筋縄じゃいかないってことか」
感心したような、呆れたような口調で言うヘンリー。その時、シスター・マリアが進み出た。
「……本当に、私の祈りは神に通じるのでしょうか」
シスター・マリアはそう言ったが、覚悟を決めたようにその場に跪き、両手を合わせた。リュカとヘンリー、ピエールは少し離れてその様子を見守った。
(神よ……私は許しを求めてあなたに祈ってきました。ですが、今は違う事を祈りましょう。自分の道を行く二人の若者のために、どうか道をお示しください)
シスター・マリアがそう念じた時だった。
「……!」
全員が息を呑んだ。シスター・マリアが祈る正面の壁が光を放ち、それが消えた後に、重厚な黒檀の扉が出現したのである。
「扉が……出た」
ヘンリーがポツリと言い、シスター・マリアは目を開いて、そこに映った光景に、思わず涙を流していた。
「神よ……感謝いたします」
その横にリュカは立った。ひょっとしたら、シスター・マリアは憎むべき相手なのかもしれない。でも、今は彼女の思いが神に通じたことを、共に喜びたい気分だった。
「良かったですね、シスター・マリア」
声をかけられたシスター・マリアは、まだ涙の浮かんだ目で、それでも笑顔を見せて、はいと答えた。
「よし、行くか……」
武器を構え直し、ヘンリーが先頭を切る。一行は出現した扉を開け、塔の中に踏み込んでいった。
-あとがき-
頼りになる男、ピエールさん登場の巻。メイドリュカ祭りは依然継続中です。
今回のリュカは久しぶりに主人公っぽかったかも。