記憶を取り戻し、自分の罪に震えるマリエル。その姿をしばし見ていたリュカは、優しい声で言った。
「……立ってください、マリエルさん」
「え?」
まだ涙を流しつつも、マリエルは顔を上げた。
「わたしたちも苦しみましたが、あなたも負けないくらい苦しみました。だから……それでおあいこです」
リュカは微笑んで手を差し出した。続いてヘンリーも手を差し伸べる。
「ああ。あんたも……被害者みたいなもんじゃないか。憎むべきは魔族。とりわけデズモンの野郎だ」
マリエルは首を横に振った。
「例え操られていたと言っても、やはり私の心に隙があって、あなたを除きたいと……そう思っていたからなのですよ? 私を……私を殺して罰を与えようとは思わないのですか?」
マリエルはそう言った。死をもって贖罪したい。そう願うように。しかし、ヘンリーは剣に手をかけようともせず、こう答えた。
「オレに……二度も母親を失えと言うのですか、義母上」
それを聞いて、マリエルははっとしたような顔になり、そして再びボロボロと涙を流し始めた。
「さぁ、行きましょう。その鏡で奸物どもの正体を暴き、国を元に戻すために」
再度、ヘンリーは手を差し伸べる。リュカもまた。
「デール殿下も、本当のお母様のお帰りをお待ちですよ」
マリエルは頷き、二人の手を取って立ち上がった。
ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~
第二十六話 ラインハットの解放
三人が塔を出て、旅の扉の祠まで来た時、思いもかけない人物がそこに立っているのに、ヘンリーが気がついた。川の関所にいた、ヘンリーの幼馴染みの兵士、トムだった。
「ヘンリー殿下! お待ちしておりました!!」
「あれ? トム、トムじゃないか。お前、関所の番じゃなかったのか?」
声をかけたヘンリーは、トムの顔に浮かぶ切迫した気配を感じ、声を潜めた。
「オレたちがここにいるのを知っているのは、デールだけだ……あいつに何かあったのか?」
トムは頷いた。
「はい。デール陛下は逮捕され、死刑を宣告されました」
その言葉を聞いて、顔を蒼白にしたマリエルがふらふらと倒れこみそうになり、慌ててリュカとピエールが身体を支えた。一方ヘンリーはなんだと、と叫び、トムの肩を掴んだ。
「どう言う事だ、トム! 何があった!?」
「お、落ち着いてください、殿下」
がっくんがっくんと身体を揺さぶられ、トムが目を回しそうになる。どうにかヘンリーに手を離してもらい、トムは説明を続けた。
「要するに、大后とデズモン大臣が組んでクーデターを起こしたんです。元々、大后・大臣系の派閥が圧倒的に多数派ですから、クーデターを鎮圧する事もできず……私は王よりここにヘンリー殿下がいると聞かされ、この事を伝えるように、と」
「そうか……しくじった。奴ら、オレ達とデールの話を聞いてやがったな」
ヘンリーはぎりっと唇を噛んだ。そして。
「トム、今の大后は偽者だ。大臣のデズモンともども、魔物が人に化けて城に入り込んでいるんだ」
「なんと……!?」
トムは驚愕の表情を見せたが、嘘だとは言わなかった。やはり長くラインハットに仕えているだけに、二人がどこか異様だと気付いてはいたのだろう。そこでヘンリーはニヤリと笑って見せた。
「安心しろ。奴らの化けの皮をひっぺがす手段はあるんだ。急ぎ城へ戻ろう」
「承知しました!」
トムも頷く。ヘンリーの言う事ならと、万全の信頼を置いているのだろう。
「よし、リュカ、行こう。トムは義母上を修道院まで送って行ってくれ」
「義母上……まさか、このシスターが本物の大后さま……!?」
驚くトムに、マリエルが頭を下げた。
「よろしくお願いします、トム殿……どうかお気遣い無く。今の私はただのマリエルです」
「い、いえ、こちらこそ!」
硬くなっているトムを苦笑で見ながら、リュカはピエールとホイミンに言った。
「これから決戦よ。よろしくお願いね、ピエール、ホイミン」
「は、お任せください」
ピエールが力強く胸をたたき、ホイミンも触手をくるくると回して了解のサインをする。そして一行が旅の扉に入る前、マリエルがヘンリーを呼び止めた。
「ちょっと待ってください、ヘンリー。これを受け取ってくれますか?」
そう言うと、マリエルは首から提げていたペンダントを外し、ヘンリーに手渡した。
「義母上、これは?」
ヘンリーは受け取ったペンダントを顔の前にかざして見た。青い宝石のようなものが嵌まっている。
「それは、命の石と言う不思議な宝玉の欠片です。嫁ぐ私に両親が送ってくれたものですが、九年前、デズモンに斬られた時、その石が砕け散って身代わりになってくれたお陰で、致命傷にならず助かったのです。私にはもう何も出来ませんが、せめてお守り代わりと思ってそれを……」
マリエルの説明に、ヘンリーはもう一度ペンダントを見た後、それを首にかけた。
「心づくしをありがとうございます、義母上」
ヘンリーは頭を下げ、再び顔を上げたときには、死地に赴く戦士の厳しい表情になっていた。
ラインハット城門前の広場では、兵士たちに強制的に集められた人々が、不安そうな表情でたたずんでいた。と言うのも、広場には断頭台が据えられ、哀れな犠牲者の血を吸うのを待ち構えていたのである。
一体、どれだけの人が殺されるのか? この先もこんな地獄のような日々は続くのか? 暗い表情の人々であったが、囚人が引っ立てられてくると、彼らは驚愕の表情を見せた。それは現在の王、デールだったからである。
デールは上半身を縛り上げられ、兵士たちに小突かれながら歩いていた。彼らの表情に、王に対する敬意などこれっぽっちも無い。
(ボクはこの程度の存在か……兄上くらい行動力があれば、運命は変わったのかもしれないな)
飾り物の地位を嘆きはしても、覆そうとしなかった。自業自得だとデールは自嘲した。
デールが断頭台の下に引き据えられた所で、大后とデズモンが演台の上に登り、デズモンが巻物を広げた。
「聞け、皆の者! ここにいるデールは王でありながら、このラインハット王国を光の神の名の下、世界を支配する偉大なる帝国にせんとの志を理解せず、あまつさえ叛逆者と手を結んだ! 王でありながら売国の徒に成り果てたのだ!! その罪万死に値する! よって、死罪に……」
デズモンがデールの罪状を読み上げ、判決を伝えようとしたその瞬間だった。
「異議あり!!」
デズモンの声を越える、しかし凛とした声が広場に響き渡った。
「な、何奴?」
驚くデズモンの前で、人垣を掻き分けて兵士とメイド、それにスライムナイトとホイミスライムと言う異様な集団が現れる。
「何じゃこいつらは! 衛兵、取り押さえよ! いや、斬り捨てい!!」
大后が叫び、衛兵がわらわらと現れる。その時、兵士は兜を脱ぎ捨てた。その下から、デールそっくりの草色の髪を持つ青年の顔が現れる。
「控えよ、者ども! 我こそは先王エドワードが一子、ラインハット王国王太子、ヘンリーである!!」
ヘンリーは威厳を込めた声で宣言し、思わず衛兵たちが動きを止めた。国民たちが大きくどよめく。
「ヘンリー? 行方不明になったあの、第一王子の?」
そんな声が聞こえる中、ヘンリーはデズモンを指差した。
「そこのデズモンの奸計により、私は城より拉致され、奴隷として辛酸の限りを舐める日々を送ってきた。しかし、ラインハットよ、私は帰ってきた! デズモンと大后の正体を暴き、この国に正しき政をもたらすために! リュカ!」
リュカはヘンリーの言葉に頷き、袋からラーの鏡を取り出すと、頭上に掲げた。
「太陽神ラーの名の下に、まやかしよ、退け!!」
リュカが掲げた鏡に太陽の光が反射し、デズモンと大后を照らし出した。次の瞬間。
「ぐわあっ!? こ、これは……我が魔力が!」
デズモンが悲鳴を上げ、その姿が見る見る変わっていく。人間から、豚面の魔族の姿へ。大后もまたモシャスを解除され、ただのエンプーサに戻った。
そればかりか、衛兵のかなりの数が魔物に変わる。たちまち辺りは大騒ぎになった。
「おのれ、ラーの鏡だと! 貴様、十年をかけたこの国の乗っ取りを良くも……!!」
唸り声を上げるデズモンに、ヘンリーは抜刀しつつ彼らしく啖呵を切った。
「やかましいや外道! 十年前の借りと、大事な家族を傷つけてくれたお返しは、てめぇの命で払ってもらうぜ!!」
叫ぶなりデズモン目掛けて突進するヘンリー。リュカは頷き、仲間たちに声をかけた。
「スラリン、ブラウン! デール陛下を守って! ピエールとホイミンは魔物の兵士をやっつけて!!」
身体の小ささを生かし、人ごみを抜けてきたスラリンとブラウンが、デールを襲おうとした骸骨兵を蹴散らす。ピエールは「承知!」と叫び、やはり魔物の群れに吶喊する。その頭上を守りながら、仲間にホイミを飛ばすホイミン。そこへ、助けられたデールが号令を発した。
「何をしている、ラインハットの兵士たちよ! 今こそ戦うときぞ!!」
その叫びを聞いて、我に返った兵士たちが、周囲の魔物に斬りかかり、あるいは逃げ惑う人々の避難を誘導し始めた。そして、リュカはヘンリーを支援する位置に付けて、戦いを見守る。
ヘンリーはデズモンと互角以上に戦っており、その切っ先はデズモンの身体にいくつもの傷をつけていた。
「ぐぬ、おのれ若造!」
「大した事ねぇなオッサン、ピエールの剣の方が鋭かったぞ!」
焦るデズモンに、ヘンリーがからかう様に言いながら剣を繰り出した。それを何とか回避し、デズモンは距離を取って手を天に差し上げた。
「調子に乗るなよ小僧! 黒焦げにしてくれる!!」
デズモンの手に炎の玉が出現する。おそらくメラミだろう。すると、ヘンリーは偽大后だったエンプーサを捕まえ、思い切り投げつけた。
「な、何だと!? ぐわあっ!!」
火の玉にエンプーサが飛び込み、デズモンの手の中でメラミが暴発した。火達磨になったそれ目掛けて、リュカが必殺の呪文を放つ。
「バギマっ!!」
バギよりもはるかに巨大な真空の刃を含む竜巻がデズモンを直撃した。風と吹き出した血で炎が掻き消されるが、同時にデズモンの五体も跡形なく粉砕され、荒れ狂う風の中に飛び散った。断末魔の悲鳴さえ残さぬ最期だった。
ヘンリーは振り返り、リュカとハイタッチを交わした。
「……やったね、ヘンリー」
「ああ、でも、これで終わりじゃないからな」
そう言葉を交わすと、ヘンリーは演台に登った。周囲では魔物兵たちが既にラインハットの正規兵と、リュカの仲間たちによって制圧され、全滅していた。兵と民の視線を集めつつ、ヘンリーは剣を天に掲げて宣言した。
「たったいま、ラインハットは正しき道に立ち返った!」
わあっ、という歓声が街を揺るがした。
(続く)
-あとがき-
ラインハット編、終了……いや、もうちょっと続きますが。メイドリュカ祭りとヘンリー主人公祭りは終わります(笑)。
デズモンは原作では普通の人でしたが、名前と言い設定と言い、どう見ても悪役だろ常考、なキャラだったので悪役にしました(酷)。