大后と大臣が共に魔物と入れ替わり、国を乗っ取ろうとしていた……と言う事実はラインハットの国中に広がり、二人の悪政によって苦しめられていた人々は大いに喜んだ。二人によって牢に放り込まれたり、強制労働に従事させられていた人々も、全て釈放され、死んでしまっていた場合は名誉回復と家族への補償が行われた。
もちろん、ヘンリー王子誘拐の実行犯とされ、第一級の謀反人とされていたサンタローズの戦士パパスも、その対象だった。
ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~
第二十七話 ラインハット騒乱始末記
「そう……天国のパパスさんも、喜んでいらっしゃるでしょうね」
サンタローズを訪れたリュカから、ヘンリーとの冒険の顛末を聞かされたシスター・レナはそう言って目尻を拭った。パパスに恋慕にも似た感情を寄せていた彼女にとって、極悪人扱いされていたパパスの名誉が回復されたのは、ここ数年で一番の良い知らせだった。
「いえ、父様のことですから、きっとまだまだだ、って言うと思いますよ」
リュカはそう言って微笑み、真剣な表情に戻って続けた。
「確かに、父様を陥れた人たちは成敗しましたけど、父様を殺したあのゲマと言う魔族は、まだ何処にいるのかもわかりません……それに、光の教団。あれを放置してはおけません」
「そうね」
シスター・レナは頷いた。
「今度の事で、光の教団の布教役はどこかに逃げたみたいだけど……今度は何を企むかわからないものね」
「ええ。まだ奴隷として酷使されている人たちも多いでしょうし……」
あの苦しい日々を思い出したのか、暗い表情になるリュカ。シスター・レナは立ち上がると、そっとリュカを抱きしめた。
「シスター?」
戸惑うリュカに、シスター・レナは優しく諭すように言った。
「あなたが使命感を持っている事はわかるわ。でも、そうやって何もかも抱え込もうとしてはダメよ。あなたには、その重みを分けて背負ってくれる、多くの仲間がいるのだから」
「……はい」
リュカはヘンリーやスラリン、ブラウン、コドラン、ピエール、ホイミンの顔を順番に思い出していく。かけがえのない、大事な仲間たち。でも……
その頃、ラインハット上では「まだまだ」と言っている人物がもう一人いた。
「王位を継ぐ気はない? 何故ですか、兄上」
デールはヘンリーの言葉に戸惑った声をあげていた。兄が帰還した以上、自分は王位を返上し、兄にそれを返すのが筋だと思ったのに、ヘンリーは拒否したのである。
「よしてくれ。オレは王なんてガラじゃないよ。王は今までどおりお前で良いさ。まぁ、オレを王にと思っていた父上には悪いが」
ヘンリーが言うと、デールは頭を振った。
「ガラじゃないのはボクも同じです。結局、ボクは偽大后とデズモン大臣の暴走を止められなかった。そんなボクに、王の資格はありません」
だから、あの陰謀を暴き、偽大后とデズモンを討ち取ったヘンリーこそ、王に相応しいのだ、と力説するデール。一通り意見を聞いたうえで、ヘンリーは答えた。
「そりゃ仕方ないだろ。話して説得できる相手じゃないし、武力で討つしかないだろ、アレは……でも、これからは再建の時代だ。その時代に相応しいのはお前の方だよ、デール」
言って、ヘンリーは一冊のノートを取り出した。それを見て、デールが表情を変える。
「それは、ボクの……」
「ああ、悪いけど書庫の中を歩き回っている最中に見つけて、読ませてもらった」
ヘンリーは頷いた。そのノートには、現在の政治を憂い、今どんな政策が必要か、何処を改革すればいいか、というデールなりの思案がびっしりと書き連ねてあった。
「良いんじゃないか、これを実行すれば。幸い、国民は悪かったのはお前じゃなくて、偽大后とデズモンの野郎だって知ってる。お前が王を続けても、誰も文句は言わんさ」
デールは助けを求めるように視線を動かした。その先にはマリエルがいた。本物の母が生きていた事を知ったデールが、修道院に早馬を飛ばして呼び寄せたのである。
「……私は何も言いませんよ、デール」
マリエルは穏やかな微笑を浮かべて言った。
「私はもう大后ではなく、海辺の修道院のシスター・マリエル……今後は己の分を守り、亡き先王陛下のご冥福と、あなたたち兄弟の幸せを祈って生きていきます」
孤立無援になったデールは、溜息をついて言った。
「……わかりました。王位を継いでくれとは申しません。ですが、せめて国に残ってボクを助けてはくれませんか?」
ヘンリーはそれにも首を横に振った。
「悪いが、それもできない」
デールも、このヘンリーの全拒否には流石に声を荒げた。
「何故ですか! この国は、兄上を必要としているんですよ!! それなのに、見捨てて行かれるのですか!?」
ヘンリーは苦笑いを浮かべた。
「見捨てるわけじゃないが、国より大事な物があるんでな」
デールはその答えを聞いて、思い当たる事があった。
「……あの女性ですか? 確か、リュカさん……」
デールが聞くと、ヘンリーは頷いた。
「ああ。あいつの親父さんは、オレのせいで死んだようなもんだからな……だから、オレはその親父さんに誓った。一生かけて、あいつを守り抜くって。まだまだ、先は長いさ」
デールは溜息をつき、ソファに身を沈めた。
「ずるいですよ、兄上……死者との誓いを破れなどと、言える筈がないでしょう」
ヘンリーは笑って立ち上がった。
「ま、わがままな兄貴を持った不運だ。諦めてくれよ」
「仕方がないですね。子分は親分の言う事を聞くものですから」
デールも立ち上がり、兄弟は固く握手を交わした。その様子を、マリエルは優しい微笑と共に見ていた。
翌朝、サンタローズで一泊して帰ってきたリュカは、馬車を預けてあった宿屋に向かった。馬車に近づくと、留守番を頼んでいたピエールが出迎えた。
「リュカ様、お帰りですか」
「うん、ピエール……そろそろ、出発しようか」
リュカは言いながら、城に目を向けた。ようやく家族と再会できたヘンリー。ひょっとしたら、次の王様になったり、大臣か宰相として王様の弟を助けるのかもしれない。いずれにせよ、もうヘンリーには旅をする目的はないはずだ。
本当は、一言挨拶をして立ち去るべきなのかもしれないが、今ヘンリーに会って、別れを告げたら、きっと泣き出してしまいそうな気がする。だから、黙って……
「勝手に行こうとするなんて、水臭いじゃないか?」
その声に、リュカは驚いて振り向いた。そこにはしっかり旅支度を整えたヘンリーが立っていた。
「へ、ヘンリー……その格好は?」
問うリュカに、ヘンリーはつかつかと歩み寄ってくると、彼女の頭をポンポンと叩いた。
「ばぁか。お前みたいなやつ、放っておけるわけないだろう? オレも一緒に行くよ」
リュカはしばらく呆然としていたが、ヘンリーの言葉の意味を理解すると、涙が溢れてきた。
「……ありがとう、ヘンリー」
「なに、良いって事よ。お前はオレの子分だからな。親分としては見捨てるわけにはいかんさ」
涙声のリュカの頭を撫でながら、ヘンリーは相変わらず泣き虫だな、と微笑ましく思っていた。しかし。
「ヘンリー、貴様! リュカ様を泣かせたな!! 許せん、決闘だ!!」
ピエールは叫ぶや否や、ヘンリーの顔面に何かを投げつけた。小ぶりだが、硬く頑丈なそれ……鉄の鎧の小手部分が直撃し、ヘンリーはのけぞった。
「ごわっ!? ピエールてめぇ、投げるなら手袋だろ!! 小手は反則だろうが小手は!!」
真っ赤になった鼻を手で押さえながら怒鳴るヘンリー。ピエールは嘲笑するように、剥き出しになった手をヘンリーに向け、人差し指をくいくいっと曲げ伸ばしする。
「貴様ごときに礼を尽くす必要はない。悔しければかかって来い」
「言いやがったなこの野郎、泣かす!」
ヘンリーはピエールに飛び掛り、乱闘が始まった。
「あー、もう二人ともいい加減にしなさーい!!」
リュカの叫び声。最終的に二人の乱闘は、リュカの命令で割って入ったブラウンの大木槌一発ずつでKOされるまで続く事になる。
そして今、一行は西の大陸へ向かう船の上にいた。
「流石に、こうでかい船だと揺れも少ないな。あの樽は酷いモンだったが……」
遠ざかる北の大陸を見ながら、ヘンリーが言った。
「今考えると、良く生きて辿り着けたと思うよね」
リュカが見つめる先には、海辺の修道院が霞んで見えていた。今日もシスター・アガサは祈りを捧げ、テレズはみんなのおっかさんとして働いているのだろう。フローラはもう故郷に帰っただろうか?
「ああ……ところで、西の大陸に着いたら、何処へ向かうんだ?」
ヘンリーの質問にリュカは答えた。
「うん、船の着く場所はポートセルミって言う港町なんだけど、そこから西へ進んで、サラボナって言う街を目指すつもり。そこがフローラの故郷なんだって」
西の大陸にはいくつかの都市国家があり、特にポートセルミ、ルラフェン、サラボナが大きな街として知られている。
「ああ、修道院にいた娘か。確かリュカと仲が良かったよな……わざわざその娘を訪ねるためだけに行くわけじゃないんだろう?」
ヘンリーは言った。もちろん、フローラに会うのもリュカの目的ではある。しかし、もっと大きな目標が彼女にはあった。
「うん。フローラに聞いたんだけど、彼女の家の家宝が、天空の盾らしいの」
「なんだって?」
ヘンリーは驚いた。求めている天空の装備の一つが、まさかそんな所にあるとは……
「フローラの家は、導かれし者たちの一人、大商人トルネコの子孫らしいの。トルネコが勇者から天空の盾を預けられて、それ以来ずっと家宝として大事にしてきたんだって」
「へぇ……」
リュカの説明に感心するヘンリー。世に数多ある勇者と仲間たちの伝承だが、家宝の存在からすると、相当信憑性の高い部類ではありそうだ。
「確かに一度立ち寄る価値はあるが、家宝ともなるとおいそれとは売ってはくれんだろうな」
「そうね……今、わたし達の手持ちのお金は五千ゴールドくらいだし。何かお金の稼げる仕事があればいいんだけど」
旅を続けるにも元手は必要だ。五千ゴールドと言うとかなりの大金だが、二ヶ月も宿屋に泊まれば無くなってしまう程度の額とも言える。いずれにせよ、冒険者らしい仕事を引き受けてお金を稼ぐ必要はあるのだった。
「ま、ポートセルミは港町で景気は良いそうだ。そこで少し稼いでいく事にしよう」
「そうだね」
そんな会話の最中に、北の大陸はもう見えなくなっていた。見渡しても三百六十度全てが海と空……リュカはともかく、ヘンリーや仲間たちにとっては初めての経験だった。最初ははしゃいでいたのだが……
三日後、船はポートセルミに入港した。桟橋一個のビスタと異なり、石積みの本格的な防波堤と複数の桟橋を備える、大きな港町である。防波堤の上には灯台も設置され、港内には十数隻の船が憩っていた。
「大きな港町ね。って、ヘンリー、大丈夫?」
リュカは横でまだ蒼い顔をしているヘンリーに尋ねた。陸が見えなくなり、本格的に外海に出た途端、船酔いが襲い掛かってきたのである。二日目など、ほとんど何も胃に入らない状態だった。
「ああ……陸が見えてきたからだいぶ平気だ……早く上陸したいな」
同感、と言いたげなのはブラウン。もともと大地と関係の深い妖精だけに、海の上では全くダメな状態だった。浮いていられるホイミンとコドランは全く平気。スラリンとピエールも全く平気だった。
「ふ……未熟者め。それでリュカ様を守ろうとは片腹痛し」
言いたい放題のピエールだが、今の所ヘンリーは反撃反論する元気はないらしく、言いっ放しにさせていた。船を降りたら泣かすとは誓っていたが。
しかし、まずは揺れない地面の上で腹ごしらえ、と酒場を訪れた一行は、そこで事件に巻き込まれたのだった。
(続く)
-あとがき-
ヘンリーはリュカと旅立つ道を選びます。彼にとっては、国を元に戻そうと言うよりリュカと一緒にいて守る、という誓いのほうが古くて強いので。
それにしてもピエールが動かしやすいです。