大きな街だけあって、ポートセルミの酒場は宿屋と劇場を併設した、かなり大きなものだった。さっそく空いているテーブルを確保して、ウェイトレスを呼び止めようとすると、少し離れた席で騒ぎが起きた。
ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~
第二十八話 辺境の村からの依頼人
「だから、俺たちがその頼みを聞いてやろうって言ってるのに、何が不満なんだ? おとっつあんよ」
「いらねぇだ! どうもあんたらは信用ならねぇ!」
何やら兵士くずれらしい連中と、農夫らしき中年男性が言い争いをしている。男性のほうは腕にしっかりと皮袋を抱いていて、何か大事なものを持っているらしい。
「何してるのかな?」
リュカがそっちを見て言うと、ヘンリーが首を傾げた。
「あいつら、どこかで見たような……」
ヘンリーの視線は兵士崩れのほうに向いていた。その間にも言い争いはエスカレートして、だんだん不穏な雰囲気になっていく。
「強情なおとっつあんだな! さっさとその金を寄越せってんだよ!」
「そしたら俺たちが魔物を退治してやるからよ」
どうやら、連中の狙いは農夫の持っている皮袋の中のお金のようだ。かなりずっしりした感じで、相当な額がありそうだ。
「嫌だ! これは村のみんなが村のために少しずつ出したもんだ!」
農夫は必死に抵抗しているが、相手は五人。どう考えても無事ではすまないだろう。その時、ヘンリーがポンと手を打った。
「思い出した。あいつら、ラインハットで大臣と偽大后が雇っていた自称傭兵だ。ずいぶんと柄の悪い連中だったが……クビんなったあとここに流れてきてたのか」
さらに、リュカも気づいた。
「ヘンリー、あの人たちたぶん人間じゃない。魔物だよ」
兵士崩れの身体に、濃い邪気がまとわり付いている。ヘンリーはやれやれ、と立ち上がった。
「あんなゴロツキでも、元うちの兵士だ。不始末の尻拭いはオレがやらねばなるまいよ」
「おじさんがやられるのを、見て見ぬ振りもできないしね。ピエール、ブラウン、お願い」
リュカは仲間に声をかけた。比較的人型に近いこの二匹は、街中で行動する時には良く連れている。ピエールは剣を抜いて一振りした。
「むろん、大勢で一人を脅すような騎士道精神に欠ける輩は、それがしが成敗しましょうぞ」
ブラウンも無言で大木槌を握り締める。用意ができた所でヘンリーが割り込んだ。
「はいはい、そこまでだ、アンタ等」
兵士崩れの視線が一斉にヘンリーを向く。
「何だてめぇは。俺たちとやろうってのか?」
ヘンリーはその言葉に、やれやれと肩をすくめて見せる。
「やだねぇ、芸の無い脅し文句は。おっと、オレの挑発も芸が無いかな」
あからさまな嘲笑に、兵士崩れたちの顔が真っ赤になった。同時に顔が狼のように変形する。
「山賊ウルフ……このあたりに多い野蛮な獣人ですな。力だけはありますが、それがしの敵ではありません」
ピエールが相手の正体を看破して見せた。が、その言葉にいきり立った山賊ウルフたちのリーダーは、剣を抜いてリュカたちに襲い掛かった。
「この小生意気なクソガキどもめ! その鼻っ柱を叩き折ってやる!!」
が、そう言った直後、無言でブラウンが振るった大木槌がそいつの顔面を直撃。リーダーは鼻血で宙に弧を描きつつ、酒場の外に飛んでいった。
「お、おかしら!?」
動揺する残り四匹に対し、まずピエールが首筋を剣の腹の部分で殴り飛ばし、やはり酒場の外に放り出した。続いてヘンリーがボディブローで相手の身体をくの字に折り、顔面にパンチ一発で吹っ飛ばす。リュカはチェーンクロスで四匹目の足をからめとり、床に引きずり倒した。そいつが鎖を解こうともがいていると、突然五匹目が手にしていた杖で、そいつの腹を一突きして、悶絶させた。
「何してんだ、お前? そいつ仲間だろう?」
ヘンリーが非難するように言うと、そいつは被っていたフードを払った。そこから現れたのは、山賊ウルフではなく、骸骨の上に皮を貼ったような、痩せこけた老人の顔だった。その耳が鋭く尖っている。
「あなたは……魔族?」
リュカが聞くと、その老人は頷いた。
「いかにも、ワシは魔族じゃ。しかし、誤解せんで欲しいな、お嬢さん。ワシらのように人間の世界に帰化している魔族は、人間を隣人とは思っていても敵とは思っておらん」
それを聞いて、ヘンリーが不愉快そうに言った。
「なら、なんで魔物の、それも悪党の仲間なんてしてるんだ?」
魔族は愉快そうに笑った。
「そういうが若いの、人間にも隣人同士争う連中はおるし、悪党もおるじゃろうが。違うかね?」
む、とヘンリーが言葉に詰まった。
「ほほう、無理やり言い返してこない辺り、見所はありそうじゃのう……まぁ、それはいいとして、ワシはこやつらに魔法使いとして雇われていたが、あまりにこやつらの志が低いので、そろそろ縁を切りたいと思っておったところじゃ。お主らと揉め事になったのは、ちょうどいい頃合じゃったよ」
そう言う魔族の老人は、確かに魔導師のローブに魔封じの杖、といういでたちで、円熟した魔法使いらしい風格を漂わせていた。彼はリュカとヘンリーを交互に見て、ふむ、と声を漏らすと、予想外の発言をした。
「見たところ、そちらのお嬢さんはかなりの大望を抱いているようじゃのう……どうじゃ、ワシを仲間にしてみんか? こう見えてもギラ系とヒャド系、二つの呪文を扱う事には長けておるぞ。決して損はさせぬ」
「ええっ!?」
「おい爺さん、勝手な事言うなよ」
リュカは驚き、ヘンリーはツッコミを入れたが、老人は動じなかった。
「まぁ、仲間にするしないは自由じゃ。だが、ワシの方がお嬢さんを気に入ったのでな、できればはいと言って欲しいのう」
リュカはちょっとだけ考え込んだが、すぐに首を縦に振った。
「では、お願いします。お爺さん」
ほ、と老人が歓迎の笑みを浮かべるが、ヘンリーはリュカに抗議するように言った。
「おいおい、大丈夫かよリュカ?」
リュカは笑顔で頷いた。
「うん。お爺さん、悪い人じゃなさそうだし……それに、今仲間にギラやヒャドの使える人はいないもの。凄く助かると思うよ」
確かに、リュカはバギ系、ヘンリーはメラ系とイオ系は使えるものの、ギラもヒャドも使えない。他の仲間ではピエールがイオを使えるが、あとは攻撃呪文自体使えなかったりする。
「ち、しょうがねぇなぁ……おい爺さん、リュカの言う事だから従うが、ちゃんと仕事しろよ? でないと速攻で追い出すぜ」
ヘンリーの諦めたような言葉に、老人は笑顔で頷いた。
「なに、失望はさせんよ。ワシの名はマーリン。リュカ殿といったかな、お嬢さん。よろしく頼む」
「ええ。よろしくね」
マーリンが杖を掲げて挨拶し、リュカが応じる。その時、叩きのめされた山賊ウルフたちがよろよろと起き上がった。
「じ、ジジイ……何勝手な事してんだ、テメェ」
鼻血を流しながらも言うリーダーに、マーリンが飄々と言う。
「ワシが仕えるに足る器量を見せなんだお主に、何も言われる筋合いは無いぞ。文句があるなら承るが、今のお前さんたちなら、ベギラマかヒャダルコ一発であの世行きになりそうじゃが、試してみるかね?」
ぐ、と山賊ウルフのリーダーは唸り、子分たちを連れて逃げ出した。
「ちくしょう、覚えてろよ!」
と捨て台詞を残すのは忘れなかったが。
「やれやれ、逃げるときまで小者だな」
ヘンリーが苦笑した時、さっきまで絡まれていた農夫が近寄ってきた。
「いんやー、驚いたな。あんたらめちゃくちゃ強いでねぇか。しかも、魔物まで言う事を聞かせるとは、たいしたもんだ」
「……ワシは魔物ではないんじゃが」
マーリンが小声で言ったが、農夫は気にしなかった。
「うん、あんたらなら信用できそうだな。どうかオラの話を聞いてくんろ」
農夫が頭を下げてくるのを見て、リュカとヘンリーは顔を見合わせた。
「……とりあえず、わたしたちこれからご飯にしますから、良かったらご一緒にどうぞ。その時にお話を聞きますから」
リュカが答えると、農夫は大喜びで顔を上げた。
「おお、そうだか!? いんやー、ありがてぇだ」
話を聞くというのを、どうも既に依頼を引き受ける、と言う方向に受け取っているようで、どうも断りづらいなぁ、とリュカは思った、
ともあれ、元のテーブルに移動してそれぞれ料理を注文した所で、農夫は話を切り出した。
「オラはカボチ村のペッカと言うモンだ。実は、最近村の畑を化けもんが荒らすようになって、困っているだ。それで、皆で金を出し合って、強い人に化けもん退治をお願いしようと言う事になっただ」
ペッカは一息にそこまで言った。
「カボチ村?」
当然、西の大陸に来るのが初めてなヘンリーは首を捻った。
「確か、この街の南の方じゃなかったかな……? わたしも十年前の話だから、良く覚えてないんだけど」
リュカが言う。彼女は十年前、パパスとの旅でポートセルミに立ち寄った事があり、ごく限られた範囲ではあるが、この辺の地理についても知識があった。
「おおー、良く知っとるだな、娘さん。そのカボチ村だ。ともかく、そう言う事情でこの街まで来た訳だ……どうか、引き受けてもらえんだか? このままじゃ、オラたちはみんな飢え死にするしかねぇだ……」
思ったより深刻な状況のようだ。リュカはヘンリーに言った。
「わたしとしては、助けてあげたいんだけど……どうかな?」
ヘンリーは指を立てて左右に振りつつ答えた。
「気持ちはわかるが、とりあえずこういう時は報酬を聞くのがセオリーだぜ。なぁ、ペッカさん、報酬はいくらなんだ?」
相手の強さにもよるが、まぁ千ゴールドも貰えれば上等かな、と思っていたヘンリーだったが、次の答えに彼はぶっ飛んだ。
「三千ゴールドだ」
「さんっ……!?」
舌を噛みそうになるヘンリー。そりゃ悪党に目をつけられるはずだ。が、何とか平静を取り戻して答えた。
「まぁ……それなら文句は無いな」
リュカは笑顔で頷いた。
「いいのね? それじゃあ、ペッカさん、そのご依頼、お受けします」
ペッカは飛び上がらんばかりに喜んだ。
「おお、引き受けてくださるだか!? ほんにありがてぇ!!」
何度も頭を下げるペッカに、リュカは照れくさそうに笑いながら答えた。
「いえいえ……それより、今日はもう夜になりますから、明日の朝に出発しましょう。いいですか?」
ペッカは頷いた。
「ああ、それでかまわねぇだ。よろしく頼んます」
その様子を見て、ピエールは感銘を受けたように言った。
「うむ、流石はリュカ様。庶人のぶしつけな願いにも、笑顔で答えられるとは……」
一方、ヘンリーはマーリンが難しい顔をしているのに気がついた。
「どうしたんだ? 爺さん」
「ん? ああ、ワシは昔カボチ村に行ったことがあってな」
マーリンが顔を上げて答える。
「そうなのか? なんか嫌な事でもあったのか?」
ヘンリーはさらに質問を投げた。明らかにマーリンが嫌そうな表情をしていたからだ。
「うむ……正直、あまり愉快な所ではなかったな。リュカ殿が行くと決めたからにはワシも行くが、最悪大ゲンカになる事は覚悟しておいた方が良いぞ」
「おいおい、マジかよ?」
ヘンリーはマーリンに「愉快ではなかった」理由を聞こうとしたが、思い出すのも嫌なのか、マーリンはそれ以上何も言おうとはしなかった。
翌日、一行はカボチ村に向けて出発したが、マーリンの顔は晴れないままだった。
(続く)
-あとがき-
魔法使いのマーリン登場。敵の時はヒャドを使うのに、味方になると使わないのは納得行かないので、この世界のマーリンはヒャド系も使えます。
そのため、ネーレウスの出番はありません(爆)。
次回からカボチ村のエピソードです。