ポートセルミから南へ半日。一行はカボチ村への道を進んでいた。
最初、馬車の中にスライムやドラゴンキッズがいるのを見て肝を潰したペッカだったが、それが全部リュカの言う事を聞く仲間だと知ると、魔物への恐怖よりも好奇心が勝ったらしい。
「ひえー、大したもんだなや、お嬢ちゃん。あんたは魔物使いってやつだか?」
リュカが答えるより早く、ヘンリーは言った。
「ああ、リュカはオラクルベリーのカジノの魔物使いから、直接魔物使いの方法を教わって、天才少女と言われたんだ」
「へぇ、オラ初めて見ただ」
ペッカの遠慮ない視線に顔を赤らめつつ、リュカはヘンリーに言った。
「ヘンリー……あんな言われ方すると恥ずかしいよ」
「別に恥ずかしい事はないだろ。実際魔物使いなんて凄い才能だろう」
ヘンリーは事も無げに答え、ピエールとマーリンがうんうん、と頷いた。
そんな会話をしながら森の中の道を抜けると、そこには「鄙びた」と言う表現が相応しい光景が広がっていた。小さな池を中心に、数十軒の木造の家屋や家畜小屋が立ち並び、野菜畑や麦畑が作られている。リュカは思わず立ち止まっていた。
「……どうした? リュカ」
ヘンリーが振り返って聞いてきた。
「うん……ちょっとサンタローズを思い出しちゃって」
リュカは答えた。建物は石造りが多かったが、サンタローズにもこんな平和でのどかな時代は確かにあったのだ。デールが村の再建に力を貸してくれる事になっていたが、またあんな時代が戻ってくるだろうか?
「どんな魔物かわからないけど、確実に退治しなきゃね」
「ああ、そうだな」
決意を新たに、リュカたちは村の門を潜った。
ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~
第二十九話 カボチ村の怪物
「まずは村長の家さ案内するだ。詳しい事は村長に聞いてくんろ」
ペッカに案内されて、リュカとヘンリーは村の中の道を歩いていた。仲間たちは場所ごと村の入り口に待機してもらっている。
歩いていて、ヘンリーは微妙に居心地の悪さを感じた。村人の中に、あからさまな警戒の目で彼とリュカを見ている者達が、何人かいたのだ。どうも完全に歓迎されてはいないらしい。
(マーリンの爺さんが言ってたのはこれか?)
ヘンリーが思った時、ペッカが立ち止まった。別の農夫が行く手を遮っていたのだ。
「ペッカ、本当に他所者を連れてきただか」
その農夫は敵愾心むき出しの口調で言った。言葉はペッカに向けているが、顔はリュカとヘンリーを交互に睨みつけている。
「カモン、お前まだ反対だって言ってるだか」
呆れたようにペッカが言う。カモンと呼ばれた相手の農夫は吐き捨てるように答えた。
「当たり前でねぇか。この村の事を他所者に頼むなんて、礼金だけふんだくられて逃げられるのがオチでねぇか。お前も村長もヤキが回ったとしか思えねぇ。おまけに、何だその、連れてきた奴は。若造に娘っ子でねぇか。そんな奴らに化けもん退治なんかできるわけねぇべ」
「カモン!」
ペッカは怒声をあげたが、カモンはふんと鼻を鳴らすと、あぜ道を歩いて立ち去っていった。ペッカは振り向くと頭を下げてきた。
「すまねぇな。あいつ、自分たちで化けもんを退治すべきだと言い張っててな。悪い奴ではねぇんだが、どうも頑固でいけねぇ」
「い、いえいえ! 気にしてませんから!」
リュカが手を振った。ヘンリーはリュカを見てこのお人よしめ、と思ったものの、とりあえずは何も言わなかった。
気を取り直したペッカに案内され、二人は村長の家に着いた。村長は初老の人のよさそうな男性で、リュカとヘンリーが挨拶すると相好を綻ばせた。
「あんたたちが化けもん退治を引き受けてくだすったお人か。まことにすまんこってすだ」
そう言いながら頭を下げてくる。そこでヘンリーが聞いた。
「さっそくだけど、その化けもんってのはどんな奴なんだ?」
「おお、そうだったべな。何しろ夜しか来ねぇんで、はっきり姿を見た者はおらんのですが、トラのような、オオカミのような、おっとろしい姿形をしてるのは間違いねぇだ」
はっきり姿を見た人がいないのに、トラかオオカミみたいな化け物だと何故わかるんだろう? とリュカもヘンリーも思ったが、口には出さなかった。
「そいつがどこをねぐらにしてるかはわかんねぇだども、西のほうから来るのは間違いねぇ。頼む、あやつば退治してけれ」
ヘンリーは少し考え込み、村長に言った。
「わかった。じゃあ、どこか寝る場所に案内してくれ」
村長ははぁ? と言う表情になった。
「……なんでだ? 退治しに行くんでねぇのか?」
不審そうに聞いてくる村長に、ヘンリーは計画を話した。
「闇雲に西のほうに行っても、そう簡単には相手は見つからんだろ……それより、夜この村に来た所で迎え撃つ方が確実だ。だから、夜までちょっと仮眠させてもらう」
そこでリュカが提案した。
「それなら、落とし穴でも掘ったらどうかな? 上手く落とせれば簡単に捕まえられると思うけど」
「グッドアイデアだ。村長さん、まだ荒らされてない畑に落とし穴を作れないか?」
リュカの提案にヘンリーが乗ると、村長も明るい表情になった。
「なるほど。そったら事は考えた事もなかったが、上手く行けば面白れぇだな。やってみっか」
そこで、村長は村人を集めて、落とし穴作りを手伝ってくれるよう持ちかけたのだが、大反対したのはあのカモンだった。
「落とし穴作り? バカ言うでねぇ。そんな子供だましで化けもんが捕まるなら苦労はしねぇ」
問答無用の拒否に、さすがにリュカもカチンと来た。
「やりもしないうちからダメと決め付ける事はないじゃないですか」
リュカが言うと、カモンは鼻で笑った。
「ああ? おめぇみてぇな娘っ子に何がわかる。何もんかしらねぇが、いい年こいた娘っ子が嫁もいかねぇでフラフラ旅をしてるなんぞ碌なモンじゃねぇ。とっとと家に帰れ」
あまりの暴言にリュカは呆然とした。いくら相手が自分の事情を知らないとは言え、家族も家もない彼女には残酷な言葉だった。
「……帰れる場所があるなら……わたしだってそうしたいです……」
リュカは小声で言うと、目に滲んできた涙を拭った。その肩をヘンリーが慰めるように抱く。これには流石にカモンに非難の視線が集中した。
「な、なんだ。泣けば良いってモンでねぇべ。これだから娘っ子は。ともかくオラはそんなことは手伝わねぇ。おめぇらで勝手にやれ」
そう言うと、カモンはどこかに行ってしまった。村長はリュカに頭を下げた。
「済まんな、娘さん。あいつ昔ポートセルミの商人に騙されたことがあってな。それ以来他所もんが大嫌いになってしまったんだ。わしの顔に免じて許してけれ」
リュカは涙を拭いて答えた。
「いえ……良いんです。それより、手伝ってくれる方はいませんか?」
美少女のお願いに、主に独身の若者数人が名乗りを上げた。が、カモンはあれで結構な実力者であるらしく、それ以外に手伝ってくれる人はいなかった。カモンの事がなくても、元々排他的な村なのだ。
「これじゃあ落とし穴を一個掘るのが精一杯だな。そこにヤマを張って待ち構えるか……」
ヘンリーはそう言って、村人と共に落とし穴掘りをした。そこで活躍したのがブラウンで、最初は魔物が手伝いに来たと驚いた村人も、ブラウンが二人分以上に仕事をするのを見て、目を丸くした。
「これは驚いたなや。あんなちっこい身体で、何であんな力さ出るんだ?」
「それより、魔物使いってのは凄いんだなや。あんな魔物を使うなんてたいしたもんだ」
ヘンリーも、元奴隷だけあって力仕事では負けていない。彼が大きな石を軽々と運ぶのを見て、農家のおばさんが感心したように言った。
「あんた、若くて育ちもよさそうなのに、大したもんだなや。ヤクザもんみたいな仕事してないで、百姓になったほうが向いてるんでねぇか?」
「ははは、ありがとよ、おばちゃん。まぁそのうちにな」
ヘンリーはリュカを守って旅をするつもりだが、無事にリュカが母親を見つけることが出来た後は、どうするのかは決めていない。既にラインハットの王子と言う身分は捨てたつもりだし、こういう田舎でのんびり暮らすのも悪くはないかもしれない、とちょっと思った。だが、本当は……
(ま、先の話だよな……)
ヘンリーはその先の言葉を飲み込んだ。今はそれを考えても仕方がない。
ともかく、大きな獣でも落ちるくらいの大きさと深さの落とし穴を掘り終えると、化け物がやってくる真夜中まで、リュカとヘンリーは仮眠をして待つ事にした。
そして、深夜……リュカとヘンリーはペッカに起こされて、例の畑が見える小屋の影で様子を見ていた。村人たちは鎌や鍬を武器代わりに用意し、中にはちょっとした狩に使うショートボウを用意した気の利く人もいた。
「さて、来るかねぇ、化け物」
まだ眠そうに目を擦りながら言うヘンリー。
「来てくれると良いんだけどね……」
リュカが応じる。彼女は相手が来ても逃げたときに備え、村の西口近くに馬車を置いて、仲間たちに退路を封じる役目を任せていた。ピエールやスラリンは張り切っていたが、さてどうなるか。
「……ん?」
しばらく会話が途切れ、月が少し西に傾いた頃、畑の一角で何かが動いた。
「……ヘンリー」
「……ん、来たか?」
大神殿の地下の奴隷部屋で、蝋燭や松明を頼りに暮らしていた二人は、かなり夜目が利く。月明かりだけを頼りに、その何者かを視認していた。
それは四足で歩く大きな生き物で、確かにトラやオオカミを思わせるシルエットを持っている。暗くて身体の細部まではわからないが、どうやら件の化け物で間違いないようだ。そいつは忍び足で畑ににじりよっていく。
(しめた、落とし穴のある畑だ)
ヘンリーはほくそ笑んだ。穴は大人の背丈の倍近い深さがある。落ちたらそう簡単には抜け出せないはずだ。そう考えている間に、化け物は落とし穴の上に踏み込んだ。
「よし……何ぃ!?」
一瞬身体を沈みこませた化け物だったが、そいつは驚いた事にまだ硬い地面の上にあった後ろ足だけで跳んだ。それまで影にあって見えなかった身体が、跳躍の頂点で月光を浴びて全身の細部が見える。黄色い毛皮に黒い斑点、赤いたてがみ。
「キラーパンサーだと!? ヤバイ、皆手を出すな! 素人の手に負える相手じゃない!!」
ヘンリーは怒鳴った。相手が落ちたと思って、早まって飛び出した村人たちが、ヘンリーの声に立ち止まる。その前にキラーパンサーは空中でしなやかに身を躍らせ、着地した。
「ひいっ!?」
まともにキラーパンサーに睨まれ、村人たちは息を呑み、緊張の糸が切れた。恐怖が逆に「やらなければやられる」と言う攻撃的な防衛本能に転化され、彼らは手にした獲物を振り上げた。
「ちくしょう、化けもんが何だ! ぶっ殺してやるだ!!」
駆け出した村人たちに、リュカとヘンリーが慌てて飛び出したその時、キラーパンサーは凄まじい雄叫びを放った。
「ー―――――――――――――――――!!」
「!?」
物理的な衝撃さえ伴っているのではないか、と思わせるそれをまともに食らって、村人たちが硬直する。ヘンリーもそうだった。脂汗が流れ、心臓がキュッと縮むような悪寒が胸から全身に走り、身体を動かす事ができない。
(や、やられる!?)
今の自分たちは、かかしも同然だ。簡単にキラーパンサーは自分たちを爪と牙で引き裂くだろう。ヘンリーがそう思った時、飛び出した影が二つあった。
リュカと、協力しないと言っていたはずのカモンだった。カモンは手に草刈り用の大鎌を持ち、キラーパンサーに切りかかろうとしていた。
「くたばれ、化け物!」
一方、リュカはカモンを止めようとしているのか、しきりに「あぶない! ダメです!」と叫んでいたが、カモンは無視して大鎌を振り下ろした。しかし。
「ぎゃあっ!?」
カモンが後ろにもんどりうって倒れた。キラーパンサーが前足の一撃で鎌を叩き折り、その勢いでカモンをも吹き飛ばしたのである。しかし、折れた鎌はキラーパンサーの肩に浅く傷を作っていた。ヤバイ、とヘンリーは思った。手負いの獣ほど凶暴なものはない。
ところが、キラーパンサーはそれ以上誰も攻撃しようとせず、もと来た方向に走り去った。意表を突かれたのか、退路を閉じるはずのピエールたちの展開が間に合わず、キラーパンサーは夜の闇の中に消えていった。
(続く)
-あとがき-
田舎モノっぽい会話は難しいです……何処訛りなんだ。