家に帰った親方は早速薬作りに取り掛かり、明日にはできると言う事で、ディーナとビアンカを安堵させた。そして翌日。
「パパス、本当にありがとう。あんたが親方を助けてくれなかったら、あたしたちはここで足止めを食らったままだったよ」
出来上がった薬の包みを抱えて礼を言うディーナに、パパスはいやいや、と手を振った。
「ダンカンには昔世話になったからな。この位はお安い御用だよ……そうだ。女の二人旅は危ない。アルカパまで送っていこう」
パパスはそう言うと、部屋の壁にかけてあった剣を手に取った。
「え? そこまでしてもらっちゃ悪いよ」
ディーナは言った。ここサンタローズからアルカパまでは、峠を越えて半日ほどの距離があり、道も整備されていてさほど危険と言うわけではない。しかし。
「良いじゃないか。久しぶりにダンカンの顔も見たいしな。リュカ、お前も来るか?」
横でビアンカと別れを惜しんでいたリュカに、パパスは声をかけた。
「――」
リュカが口を開きかけたところへ、押しかぶせるようにビアンカが口を挟んできた。
「それが良いわよ! リュカも良いよね? もっと一緒に遊びたいし」
一人っ子のビアンカにとって、リュカは妹のようなものだ。お姉さんぶる良い機会でもあり、ビアンカはもっとリュカと一緒にいたかった。リュカとしても異存は無い。
「はい、ビアンカお姉さん。父様、わたしも一緒に行きます」
娘が頷くのを見て、パパスはサンチョに声をかけた。
「……と言うことだ。明日には帰ってくるが、留守を頼む」
「承知しました。行ってらっしゃいませ、旦那様、お嬢様。ディーナ様とビアンカ様もお元気で」
サンチョは丁重に頭を下げ、四人を送り出した。そのまま村の入り口まで来たとき、パパスはおお、そうだ、と言いながら道具袋から何かを取り出し、リュカに差し出した。
「これは……ブーメランですか?」
娘の言葉にパパスは頷いた。
「うむ。お前のひのきの棒は、親方の添え木にしてしまったからな。代わりにそれをお前にやろう」
「……はい! ありがとうございます、父様!」
リュカはぱっと明るい笑顔を浮かべた。今日の彼女は昨日まではターバンの中に入れていた髪の毛を、全部外に出している。背中の半分ほどの長さがある艶やかな黒髪はビアンカが羨ましがるほどで、この姿ではもうリュカは男の子には見えない。
笑顔で歩くリュカは、すれ違う旅人が思わず振り向くほどの美しい少女だった。
ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~
第三話 レヌールの古城
途中何度か魔物の群れに遭遇したが、パパスとリュカがあっさりと撃退し、四人は夕方にはアルカパの町にたどり着いていた。練習した武術の腕を披露し損ねたビアンカは、ちょっと不機嫌だったが。
それはともかく、アルカパは数十年前まではレヌールという小さな国の一部だった町で、レヌール城とラインハットを結ぶ街道の中間地点として栄えた。しかし、レヌール王国は後継者が無く断絶し、今はラインハットに併合されている。城は放棄され、今は訪れるものも無い廃墟と化したが、アルカパ自体は旧レヌールの中心地として、今もそれなりに賑やかな町だ。
そのアルカパにあるだけあって、ダンカンの宿……つまりビアンカの家は、なかなかに豪華な宿だった。昔は王族も泊まるほどの格式があったというから当然ではある。
「おお、パパス! パパスじゃないか! 帰っていたのか?」
ダンカンは訪れた旧友の顔を見るや、病気を忘れたように起き上がろうとした。
「ダンカン、久しぶりだ。そう無理をするな。寝たままでいいぞ」
パパスはダンカンの肩を押さえて、ベッドに寝かせた。
「済まんな。どうだ、旅のほうは。また話を聞かせてくれよ」
「うむ」
男同士の会話が始まる。それを見たビアンカはリュカに声をかけた。
「大人同士の話は退屈よね。遊びに行きましょ、リュカ」
「はい、ビアンカお姉さん」
リュカは頷き、宿の外に出る。しばらく店に並んでいるものを見たり、花畑を見たりして遊んでいるうちに、リュカはあるものに気がついた。
「ビアンカお姉さん、あれ……何をしてるんでしょう?」
「なに?」
リュカが指差した方向をビアンカが見ると、町の外れにある池、その小島の上で、数人の子供たちが何かをしていた。何かを取り囲んで、囃し立てながら小突き回している。
「何だこいつ、変な猫ー」
「ほらほら、ニャーって鳴いてみろよ」
子供たちは何か小さな生き物を苛めているようだった。次の瞬間、ビアンカが飛び出して行った。
「こらー! あんたたち何してるのよ!」
「げっ、宿屋のビアンカ!」
子供たちが驚いて後ずさる。そこへ、出遅れたリュカもやってきて、子供たちが抱えている生き物を見た。
「……猫……じゃないよね、どう見ても」
赤いたてがみに長い牙。黄色い毛皮には黒いCの字のような模様が点在している。こんな猫がいるわけが無い……が、リュカにも猫でない事がわかっただけで、その生き物が何なのかまではわからなかった。しかし、小突き回されてぐったりしている猫? の様子はいかにも哀れで、リュカは涙を浮かべて言った。
「こんな可愛い子をいじめるなんて、ひどいです……」
「そうよ。放してあげなさい。かわいそうでしょう?」
リュカは悲しげに、ビアンカは責めるように。タイプは違えども、飛び切りの美少女二人の非難の視線に、いじめっ子の少年たちは少なからず動揺した。特にリュカの涙は効果抜群だった。
いじめっ子たちは顔を見合わせ、ひそひそと相談を始めた。せっかく捕まえてきた動物をただでやるのは惜しいが、ここで断ったら後が怖そうだ。特にビアンカの怒りが。そこで彼らは言った。
「でも、ただじゃあげられないな」
「そうだ、レヌール城のお化けを退治してきたら、こいつをやるよ!」
いじめっ子たちの言葉に、今度はリュカとビアンカが顔を見合わせた。
「レヌール城のお化け?」
首を傾げるリュカに、ビアンカが事情を説明した。
「昔のお城に、お化けが出るって言う噂があるの。誰もいないはずのお城なのに、明かりがついてたり笑い声が聞こえてきたりするんだって」
そう言ってから、ビアンカはいじめっ子たちを見た。
「よし、じゃあそのお化け退治、確かに引き受けたわ。その代わり、必ずその子は放してあげなさいよ?」
「ちょっと、ビアンカお姉さん……」
安請け合いするビアンカにリュカがツッコミを入れようとしたが、その前にいじめっ子たちが頷いていた。
「よーし。じゃあ、約束だ」
そう言うと、いじめっ子たちは猫? を抱いたまま去って行った。リュカが咎めるようにビアンカを見ると、彼女はやる気満々だった。
「よーし、腕が鳴るわねー。日頃の稽古の成果を見せてあげる」
その目には炎が見えるような気がして、リュカは諦めた。これは止められない。となると……
「仕方ないですね。わたしも手伝います、ビアンカお姉さん」
「本当に? リュカが一緒なら怖いものなしね!」
ビアンカは笑った。確かにホイミやバギなどの魔法も使えるリュカなら、ビアンカよりも強いくらいだろう。
「じゃあ、今夜お父さんたちが寝静まった頃迎えに行くわ。今日は早く寝て夜に備えるわよ」
「はい」
二人の少女はお小遣いを出し合って薬草やその他の道具を買い込み、宿に帰っていった。
そして、数時間後……リュカとビアンカは親たちが寝静まるのを見計らい、こっそりと街を抜け出した。川に沿って北へ向かう事しばし。暗闇の中、二人はレヌール城の前にたどり着いた。
「ここがレヌール城……」
「流石に不気味な雰囲気ね」
リュカとビアンカは建物を見上げてひそひそと話し合っていた。特に明かりや人の声は聞こえないが、町を抜け出して進んでくるうちに空が暗くなり、時々稲光が光る。その光によって浮かび上がったレヌール城は、まさに廃墟だった。
「……」
強気のビアンカもさすがに雰囲気に飲まれたようだったが、すぐに気を取り直した。
「ま、いつまでも見てても仕方ないわ。とにかく前進あるのみよ! 行きましょ、リュカ」
「はい、ビアンカお姉さん」
リュカもいつでも使えるようにブーメランを取り出し、右手に構えてビアンカに続く。とりあえず玄関の扉に手をかけてみたが、どうやら鍵がかかっているらしく、扉はびくともしなかった。
「ここからは入れないか……」
思案するビアンカ。その裾をリュカは引っ張った。
「ビアンカお姉さん、あそこから上に上がれませんか?」
リュカが指差したのは、城の右手の壁に取り付けられた梯子だった。非常口か何かなのかもしれない。その先はベランダに繋がり、そこから階段を上っていけば塔の入り口から中に入れそうだった。
「……行けそうね。あそこから入りましょう」
二人は玄関を離れ、梯子を登り始めた。幸い鉄製の梯子はまだまだ頑丈で、壊れる気配は無い。時々瞬く稲光に照らされながら、二人は梯子を登り終えた。次に塔に続く階段を登り始める。リュカは何か出ないか、とやや緊張の面持ちで上っていく。いくらかなりとも冒険慣れしている自分が、しっかりビアンカを守らなければ。
すると、突然ビアンカが言った。
「リュカって、かわいいパンツはいてるのね」
「!」
リュカはとっさにお尻を押さえた。さっきの梯子も彼女が先頭で登っていったので、思い切り服の中が見えていたらしい。
「……み、見ました?」
見られた事がはっきりしているのに、そんな事を聞くのもなんだが、顔を真っ赤にしてお尻を押さえているリュカの姿は、ビアンカにはストライクだったようだ。
「あーもう、リュカってばかわいいわね~。本当にリュカが妹だったら良いのに」
そう言うと、ビアンカはリュカを抱きしめた。
「きゃっ……ビアンカお姉さん、こんな時にふざけちゃ駄目です!」
何しろ階段の途中だ。落ちたらと思うと気が気ではない。すると、ビアンカは言った。
「ちょっとは落ち着いた? リュカ」
「……!」
リュカははっとした。さっきまでの緊張が、少し薄れていた。
「大丈夫。お化けなんて、大した事ないよ。簡単にやっつけられるわ」
「……はい」
リュカは頷いた。そして、階段を登りきったところで、別の階段が下に続いている事に気がついた。塔の入り口は開いているが、どっちに進むべきか?
「ビアンカお姉さん、どっちへ……」
進みますか? と聞こうとしたその時。
リュカの視界は暗闇に覆われた。
(続く)
-あとがき-
ビアンカとの最初の冒険です。
子供だと、なかなか主人公の女の子っぽさが出せませんね……