ポートセルミで一泊し、リュカたちは本来の目的地であるサラボナへ向けて出発した。森と山地に挟まれた平原の中の道を進んでいくと、木々の向こうに何やら白い煙が湧き上がっているのが見えた。
「なんだろ。火事?」
リュカが言うと、隣で手綱を握っていたヘンリーが首を横に振った。
「いや、そんな感じじゃないな……白一色の煙だし。でも、焚き火にしちゃ煙の量が多いなぁ」
その時、煙が湧いている方向から風が吹いてきた。その途端に、何か不思議な芳香と言うか、刺激が鼻の奥に感じられた。
「わ、何これ?」
戸惑うリュカ。その時、荷台からマーリンが出てきた。
「ほう、これは魔力の抽出実験をしているようじゃな」
「なんだい、そりゃ?」
聞き慣れない言葉に疑問を発したヘンリーに、マーリンは生徒を前にした教師のような態度で語り始めた。
「文字通り、魔力を持った鉱物や植物を特殊な薬品で煮込んで、魔力の塊を取り出す実験じゃよ。例えば、爆弾岩の欠片からはイオ系の魔力が抽出できるとかじゃな。魔法薬を作ったり、新しい魔法を生み出したりするには、必須の実験じゃ」
そう言って、マーリンは煙の立ち昇る方向を見た。
「あれは、ルラフェンの街の方向じゃな。なにやら面白いことをしているようじゃのう」
魔法使いらしく、マーリンは実験の内容に興味津々のようだ。リュカはヘンリーのほうを見た。
「ちょっと寄って行ってみようか? もうすぐ日も暮れるし」
「うーん……まぁいいか。オレも興味が無いわけじゃない」
ヘンリーは頷いた。あまり使わないが、彼もいくらかの魔法は使えるし、子供の頃は小難しい政治や普通の勉強は投げても、剣術や魔法の訓練には熱心だった。ヘンリーは手綱を引き、馬車をルラフェンへの街道に乗り入れていった。
ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~
第三十一話 ルラフェンの錬金術師
西の大陸の三大都市のひとつ、ルラフェンは丘陵地帯を切り開いて作った街である。魔物や敵の襲撃に備え、丘を切り崩して分厚く頑丈な土塁を築き、あるいは斜面を切り立った崖のように作り変え、巨大な城塞のようになった街だ。
昔、魔物の大群に襲撃されてもビクともしなかったと言うが、なるほど、確かにここを攻めるのは大変だろうなぁ、とリュカは迷子になりながら思っていた。
何しろ、丘を階段状に切り崩して街区を作っているので、地形がやたら複雑なのである。件の煙を吐いている家はすぐ近くに見えているのだが、そこへ通じる道がどうしても見当たらない。住民に聞いてみても、ここに住み慣れている人特有の説明なので、さっぱりイメージが湧かなかった。
「ああ、あの家かい? あそこなら、三段丘の二段目へ行って、そこの大通りを左に行った所で……」
といった具合である。そもそも三段丘がわからない。うろうろしている間に戦士らしき人に会ったので、道を聞いてみたら、「私が知りたい……」と泣きそうな顔で言われた。
残念ながら、リュカにもその戦士の行きたい所がわからなかったので、別れてそれなりに大きな通りまで戻ってきたのだが、さてどっちへ行ったものか……
「ん? リュカ、これ行き先じゃないか?」
ヘンリーに呼ばれ、リュカは彼が見ている張り紙の所に駆け寄って行った。それにはなかなかの達筆で、こう書いてあった。
「魔法研究の助手募集。希望者はこの角を北へ ベネット」
確かにそれらしい。しかし、問題がある。件の煙を吐く家はここから南にあるのだ。
「どうしようか? ヘンリー」
「……まぁ、信じて北に行ってみようか」
リュカとヘンリー、それにマーリンと言う三人組は、張り紙を信じて北へ向かった。道は市街地の中を複雑に曲がりくねって伸び、突き当たりは階段だった。それを下っていくと、今度は丘の中腹を突っ切る緩やかな下り坂。その突き当たりに、丘を貫いているらしいトンネルの入り口があった。
「えーと、これ今どっちに向かってる?」
何度も曲がって、すっかり方向感覚が混乱したリュカが言った。彼女は決して方向音痴ではないのだが、限度と言うものがある。
「太陽があの位置じゃから、南には向かっとるな」
マーリンが天を見上げながら答えた。
「よし、じゃここを抜けていこう。これで何も無かったらキレるぜ、オレ……」
ヘンリーもうんざりした様子で言い、三人はトンネルに入った。数分でそれを抜けると、いきなり目の前に煙を吐く家があった。
「うわ、ビンゴだったよ」
リュカが驚いた。まだ続きがあると思っていたので、嬉しい誤算だ。
「しかし、何と言うかこのムズムズする感じは嫌だなぁ」
ヘンリーは鼻を擦った。周囲は煙の刺激臭で満ちている。ここに来るまでに会った町の人が、揃って文句を言っていたが、良くわかる状況だ。
「ま、入ってみようぞ……ごめん、ベネット殿はご在宅かな」
マーリンがうずうずした様子で扉をノックした……が、返事が無い。
「誰も出てこないね」
一分ほど待ってリュカが言った。
「そのベネットって人、窒息して中でただの屍になってるんじゃないのか?」
ヘンリーはまぜっかえすように答え、マーリンはもう一度ノックした。やはり返事が無い。
「……」
まさか本当に死んでるのでは? と不安になった三人は、顔を見合わせ、意を決して扉を開けることにした。
「ベネットさんとやら、入るぜ?」
念のため声をかけると、ヘンリーは扉を開いた。途端に、濃密な白い煙が扉の隙間から吹き出してきた。
「~~~~!?」
「○△□×!?」
「#$%&!?」
その煙の刺激に、三人は身体を折って咳き込んだ。そこへ怒鳴り声が飛んできた。
「こりゃ! 扉を開けるでない! この実験は光が禁物なんじゃ!!」
そう言って出て来たのは、ローブを着込んだ魔法使い風の老人だった。涙目になりつつリュカが顔を上げると、老人はさらに言葉を続けた。
「なんじゃお主ら。見かけん顔じゃが、お主らも煙いとか臭いとか文句を付けに来たのか?」
リュカは首を横に振った。
「いえ……魔法の実験……けほっ、と言う事で、ちょっと、けほっ、見せてもらおうかとけほっ」
咳交じりのわかりにくい答えだったが、老人はほほう、とリュカたちを見た。
「見学希望か。それは感心な心がけじゃ。まぁ、入りなさい」
老人に促され、三人は家の中に入った。幸い白煙は全て外に出て薄れたらしく、呼吸や会話に支障はなさそうだ。部屋の中には正体不明の石や生物の身体の一部らしきものを漬け込んだビンなどが並べられた棚があり、中央には薄い白煙を立ち上らせる大きな壷があった。
「さて、自己紹介をしておこう。ワシは錬金術師のベネット。失われた古代の魔法を復活させる研究をしておる」
「ほう、古代の魔法とな」
マーリンが興味津々、と言った表情で身を乗り出した。
「うむ。今は……あ」
ベネットは何かに気付いたように、中央の壷に駆け寄ると脚立を登って、中身を覗き込んだ。
「……やはり、光が当たった事でダメになってしもうたか」
さっきヘンリーがドアを開けたことで、実験が失敗してしまったらしい。リュカは謝った。
「ごめんなさい、ベネットさん」
「ん? あー……まぁええわい。またやり直せばいいんじゃ」
怒るかと思いきや、ベネットは笑顔を浮かべて手を振った。その傍にマーリンが近づいて尋ねた。
「で、一体今回は何の実験だったのですかな?」
「うむ、実は今研究しているのはルーラの呪文なのじゃ」
ベネットの答えに、マーリンは顔を輝かせた。
「ルーラじゃと! それは実に興味深い。ワシも若い頃は夢中になって研究したモンじゃ」
「おう、やっぱりな! ワシも昔からの研究テーマで、一度失敗して断念していたのを、再開したんじゃ」
どうやらこの二人、ウマが合うらしい。専門用語でいろいろと話し始めたので、たまらずヘンリーが割り込んだ。
「なぁ、ルーラってどういう魔法だ?」
割り込まれた二人だが、どっちも語るのは好きな性格だ。ベネットがまず話し始めた。
「リレミトと同じ、瞬間移動魔法の一つじゃよ。ただ、この魔法は術者が行った事がある全ての場所に、念じるだけで移動できると言う違いがある」
続いてマーリン。
「しかし、三百年ほど前に失伝……つまり、使える人間がいなくなって、途絶えた魔法になってしまったんじゃ。理由は良くわかっておらんが」
「へぇ、確かに使えたら便利そうな魔法ですね……それを復活させたいんですね?」
リュカの言葉に、ベネットは頷いた。
「うむ。今も魔物の中にはルーラが使える者がいる。例えばキメラじゃな。キメラの翼を使うと、直前に立ち寄った街に戻れるのは知っているじゃろう?」
リュカは頷いた。
「その魔力を抽出できれば、ルーラの源になるかもしれんと思って、キメラの翼から魔力を取ったんじゃが……どうも上手くいかん」
その言葉にマーリンが応じた。
「うむ。そこまではワシも考え付いたな。しかし、出来た結晶を使っても、キメラの翼と同じ効果しかなく、思った場所へ移動できんかった。何かが足りないのは確かだったんじゃが」
ベネットが続ける。
「そうじゃ。記憶のイメージを上手く魔力と結び付けて、移動先を指定する機能が働かないんじゃな。だが、ワシは突破口らしいものを見つけた」
「なんと!?」
マーリンが驚く。ベネットは棚から一冊の書籍を取り出し、机の上に広げた。全員がそこに集まる。
「ワシは何故ルーラが失伝したのか、という謎を解けば、逆にルーラを使う条件を見出せるのかもしれんと思った。それで歴史を調べた結果、失伝の直接の理由はわからないままだったが、同じ時期にある事件が起きていた事を突き止めたのじゃ」
ベネットはそう言いながら、本の中のある項目を指差した。
「魔法ハーブの大量絶滅?」
ヘンリーが項目名を読み上げた。
「うむ。この時代、魔法的な効果を持つハーブが枯れる悪質な病気が流行ってな。万病に効く薬草のパデキアなどが絶滅してしまった。その中に、ルラムーン草と言うハーブもあって、ワシはこのルラムーン草がルーラに関係するハーブだと踏んでおる」
「なるほど、ルラムーン草か……それは思いつかんかった」
マーリンが感心したように言った。
「そのルラムーン草って、どんなものなんですか?」
リュカが質問した。
「食べたり、茶にして飲むと記憶力が良くなる、と言う効力のある魔法のハーブじゃ。夜になると光を放つので、金持ちの家では灯り代わりに使われた事もあるそうな」
マーリンが答えた。その後を引きとってベネットが続ける。
「夜中に光るというのは、昼間浴びた光を夜に放出していた、と言う事らしい。目でものを見るとは、その物に反射した光を見るということじゃから、ルラムーン草には、目のように光を感じて、周囲の光景を記憶する能力があった、と解釈できる。ルラムーン草の魔力を抽出できれば、効果的に記憶と結びつける事ができる、はずじゃ」
理屈は良くわからないが、ともかくルラムーン草がルーラの呪文を復活させる鍵だと言うのは、リュカにもわかった。しかし……
「でも、そのルラムーン草って、絶滅して今はない……んですよね?」
既にこの世にない草が鍵とわかっても、どうしようもないのではないだろうか。しかしベネットは首を横に振って、今度は別のものを棚から取り出した。丸めて筒状にした羊皮紙で、それを広げるとヘンリーが驚いた。
「これは……世界地図じゃないか!」
「いかにも。珍しいじゃろ?」
ベネットは自慢げに言う。国や地方レベルで作られた地図はそれなりに見かけるが、世界地図はそうそうあるものではない。その地図の一点を示してベネットは続けた。
「ここがこの街、ルラフェンじゃ。ここから西に行ったところに、グレートフォール山と言う大きな滝の流れる山がある。その山頂はルラムーン草の群生地として有名な土地なんじゃが、ほとんど人の足が入っていない。ここなら、ルラムーン草が残っておるかもしれんのじゃ」
確かに、他所と隔離されたような場所なら、病気が伝播せずルラムーン草が残っている可能性は高いだろう。
「見たところ、お前さんたちは旅人のようじゃな。どうじゃろう。ルラムーン草をここから探してきてくれんじゃろうか。やってくれたら、ルーラの呪文を教える他に、この世界地図を報酬として進呈してもいいぞ」
うーん、とヘンリーは唸った。金銭的報酬はない仕事だが、条件的には悪くない。ルーラが使えれば何かあった時にラインハットやサンタローズに戻りやすいし、世界地図があれば、今後の旅が楽になる。それに、これだけの大きさの世界地図なら、売れば五千ゴールドにはなるから、困った時に売って路銀の足しに出来るだろう。
「リュカ、オレは引き受けても良いと思うが、どうだ?」
「うん、わたしも良いと思う。やってみようか」
ヘンリーの提案にリュカが頷くと、ベネットは飛び上がって喜んだ。
「引き受けてくれるか! ありがたい。とりあえず、その地図は貸しておくから使ってくれ。ワシはルーラ作りの準備を進めておくでな」
そう言うと、バタバタと二階に上がって行く。ヘンリーは苦笑した。
「そんな事言って、地図だけ持ち逃げされたらどうする気なんだか……ま、そんな事はしないが。とりあえず、今日は休んで明日の朝出発しよう」
「そうだね」
「異存なし」
ヘンリーの提案に賛成するリュカとマーリン。しかし、三人はそれから宿屋を探して、夜まで街の中で迷う羽目になったのだった。
(続く)
-あとがき-
マーリンがイキイキしてます。今後もウンチク(独自設定)を語る役として頑張ってくれることでしょう。
原作ではルラムーン草はグレートフォール山(滝の洞窟がある山)ではなくその先にありますが、個人的に好きな地形なのでそこにあることにしました。