目を開けると、そこは見慣れた風景だった。
「ここは……サンタローズ?」
リュカは言った。彼女は村を見通せる道の上に立っていた。ここまで来た時、サンタローズに帰って来たと実感できる場所。ルーラを唱える時、咄嗟に思いついた場所だった。
「成功のようだな。しかし驚いたな。これがルーラか……」
ヘンリーが声をかけてきた。サンタローズとルラフェンは、普通に移動すれば徒歩+船で一週間近くかかる行程なのだ。それをまさに一瞬。
リュカはその言葉には答えず、サンタローズの村を見ていた。破壊され、焼け爛れた廃墟と化していたはずの村は、今急速に復興が進んでいるらしい。おそらくデールが派遣したのであろう兵士たちが、切り出した木材や石材を運び、家を再建している。かと思えば、川からくみ上げた水で地面に撒かれた塩や毒を洗い流す作業も進められていた。
「……寄って行くか?」
ヘンリーの問いに、リュカは首を横に振って答えた。
「今行くと、邪魔になっちゃいそう。それに……もう何時でも来れるしね」
「そうだな」
ヘンリーは頷いた。リュカは再びルーラを唱え、ルラフェンに戻っていった。
ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~
第三十三話 サラボナ婿取り狂想曲
また新しい呪文を研究すると上機嫌なベネットに別れを告げ、リュカたちは再びサラボナへ向けて出発した。街道はルラフェンから南に折れ、カボチ村の西を通って延びている。
「西の大陸はさらに南北に分けられるんだが、サラボナって言う街は南の方の中心地なんだな。オラクルベリーにも負けない大きな街だって話だが」
相変わらずナビゲートをしているヘンリーが言う。
「そこがフローラの故郷なんだよね……天空の盾、何とか譲ってもらえるかな?」
これまでに稼いだお金は一万ゴールドほど。どう考えても足りないような気がする。
「ダメならダメで手を考えるさ……お、あれが噂の宿屋か」
ヘンリーが指差す方向に、大きな宿屋があった。街道はこの先で峻険な山脈を巨大なトンネルで越えていくのだが、その前に一休みと言う事で建てられた宿である。旅人の大半がここで一泊し、その間に情報交換などをしていくため、何時しか「噂の宿屋」と呼ばれるようになった。宿とは言っても、教会もあれば大きな酒場も併設され、行商人から買い物も出来る。ほとんど村に近い機能を持つ建物だった。
「俺たちも一泊していくか」
ヘンリーの言葉に頷くリュカ。手綱を引いて、馬車を宿の横の車庫に入れると、何時ものように仲間たちに声をかけた。基本的に、マーリン以外の魔物の仲間は馬車で寝泊りしている。
「それじゃあ、みんな、留守番よろしくね?」
中からスラリンのピキーという鳴き声や、プックルのにゃあ、という鳴き声が聞こえてくる。それを代表してピエールが言った。
「お任せを。どうかごゆっくり」
ピエールは何時も鎧を着込んでいて、そのまま寝ている。身体が痛くならないのかとリュカは聞いてみたことがあるが、その答えはピエールらしいものだった。
「騎士たるもの、常在戦場の心構えでおりますれば……ヘンリーとは違うのですよ、ヘンリーとは」
ピエールはヘンリーとなぜか反りが合わないのだが、この時もピエールはヘンリーを引き合いに出した。
「うるせぇよ、高所恐怖症騎士」
「黙れ、軟弱者」
二人の間に火花が散る。プックルがこの二人は飽きないのか、と言いたげな呆れた表情でにゃあ、と鳴く中、リュカは何時ものように仲裁に入ったのだった。
(なんで二人は仲が悪いのかなぁ……)
そんな事を思い出しながら、リュカは宿屋に入った。ひとまず部屋を取り、酒場に入った。そろそろ日も暮れてきているので、少し早いが夕食にしようと思ったのだが……
「うわ……混んでるなぁ」
ポートセルミの酒場に負けない広さのそこは、百人近い旅人たちで埋まっていた。ウェイトレスがリュカたちに気付き、ごった返す中を慣れた足取りで駆け寄ってくる。
「いらっしゃいませ。相席になりますが、よろしいですか?」
「ああ、かまわない」
ヘンリーが答え、リュカたちはなんとか空いていたスペースに案内された。適当に料理を注文した所で、相席の旅の商人らしい男性が声をかけてきた。
「あんたたちはどっちへ行くんだい?」
「サラボナですよ。お友達が住んでいるので、会いに行く所です」
リュカが答えると、商人はそうかい、俺はサラボナから来たんだよ、と前置きして話を始めた。
「今サラボナは大騒ぎでねぇ。街一番の商人、ルドマンさんが娘の婿取りをすると宣言してね。噂を聞きつけて、今はあちこちから娘さんを嫁にと望む男どもが押しかけているんだよ」
それを聞いて、ヘンリーがリュカに尋ねた。
「なぁリュカ、その娘さんって、フローラさんの事じゃないのか?」
リュカが頷くと、商人は驚きの表情を見せた。
「なんだい、あんたたち娘さんの友達か何かなのか? 確かにフローラって名前だよ、ルドマンさんの娘さんは」
そう言ってから、商人はわははと笑った。
「いやぁ、てっきりそっちの兄ちゃんは求婚者組かと思ってたけど、こんな綺麗なお嬢さんと一緒なら、違うわな」
「「え」」
ヘンリーは絶句し、リュカの顔は赤くなった。それを見て商人はますます笑い、マーリンは「青春じゃのー……」などとのんきに言いながら茶をすすった。
「で、その娘さんの結婚相手を決めるそうじゃが……話を聞くに、普通の選考ではなさそうじゃな」
まだ赤くなったまま黙っている若者二人に代わり、マーリンが話を続けた。
「ああ。なんでも、とんでもなく厳しい冒険なり試練なりを潜らないと、認めてもらえんそうだよ。それを勝ち抜いた者……つまり婿に、全財産と家宝を引き継ぐ権利を授与する、とあっては当然のような気もするがね」
商人の発した家宝、と言う言葉に、フリーズしていたリュカとヘンリーが反応した。
「家宝って……」
「天空の盾か?」
聞く若者二人に、商人は頷いた。
「ああ、そんな名前だったな……お前さんたち詳しいなぁ」
商人が感心するが、二人はもう彼の話を聞いていなかった。
「フローラと結婚する人が、家宝を受け継ぐ……?」
リュカが言うと、ヘンリーは参ったな、と頭を掻いた。
「そんな試練の賞品になってるとなると、そう簡単には譲っちゃ貰えんだろうなぁ……どうしたもんか」
いろいろ考えては見たものの、結局現地に行って直接話を聞いてみないことには、どうにもならないだろうと言う事になり、その日は翌日早くから出て、急いでサラボナに向かう事で意見が一致した。
が、その夜、リュカとヘンリーはなかなか寝付かれなかった。食事時に商人に言われた言葉が引っかかっていたのである。
リュカはその言葉を思い返して、顔を赤くしていた。
(男の人に綺麗だなんて言われたの初めてだな……ヘンリーもそう思ってくれているのかな?)
そんな事を考え、それ自体にさらに顔を赤くする。
(って、どうしてそこでヘンリーの事を思い浮かべるの!?)
一方、ヘンリーも考え込んでいた。
(綺麗なお嬢さんと一緒、か……求婚者に見られなかった、って事は……そのなんだ、やはりオレとリュカはそう見えるって事か……?)
若者たちの悩みは続く。翌朝、マーリンは二人の目が赤い事に気付くと、特に理由を聞くこともなく、ただ「青春じゃのー……」と呟いただけであった。
寝不足二人を抱えながらではあったが、馬車は順調に山脈を貫く大トンネルを抜け、サラボナ地方へ入った。ちなみに、このトンネルはフローラやその父ルドマンの祖先であり、導かれし者である大商人トルネコの掘ったものだと言い伝えられている。トルネコと言う人は穴掘りが好きだったようで、ラインハットの川の関所も、元はトルネコがエンドールとブランカの二つの国を結ぶために掘らせたトンネルだと言い伝えられている。何処まで本当かはわからないのだが。
話は逸れたが、トンネルを抜けて平地への坂を下っていくと、前方に大きな街が見えてきた。なぜか横に塔が立っているのが特徴だ。
「あれがサラボナ……あの塔はなにかな?」
リュカは首を捻った。神の塔もそうだったが、基本的に塔というのは古代遺跡である事が多く、中は魔物の巣窟である。そんな物騒なものの近くに町ができることは、普通はない。
「遺跡っぽくはないな……灯台かもしれん」
ヘンリーが答える。サラボナも交易で栄えている商人の町なので、可能性はある。だが、近づいていくとその塔は見張り台というか、小規模な砦のようなものであるらしかった。街に隣接する施設としては、やはり不適当な気がする。
しかし、それよりも気になったのは、すれ違う人の中にやたらと怪我人が混じっていた事だった。その全員が男である。
「ねぇヘンリー、今すれ違った人たちって……」
リュカが聞くと、ヘンリーも同じ事を考えていたようだった。
「ああ。例の試練かもしれないな……どんな危ない事をさせてるんだ、フローラの親父さんは」
ルドマンの家は商家だそうだが、そこまで次期当主に冒険者的な能力を求めるものなのだろうか? 冒険者としても超一流だったトルネコを祖先とする家なりの気概なのかもしれないが……疑問を抱きつつ、馬車はサラボナの街中に入った。
「すごく綺麗な町ね」
リュカは感心する。白い石壁と赤い屋根を貴重とする町並みは、確かにオラクルベリーに匹敵する規模を持っていた。しかし、オラクルベリーが新興の街ゆえの活力……ある種の猥雑ささえも持った街なのに比べ、サラボナの街並みには気品さえ感じられる。
「まったくだな。とりあえず、宿に馬車を預けて、フローラの家を……」
ヘンリーがそこまで言ったとき、突然馬車の前に何かが飛び出してきた。
「危ない!」
リュカが咄嗟に手綱を引き、馬車を急停車させる。ショックで丸っこい身体のスラリンとブラウンが荷台から転げ落ち、目を回して倒れた。ヘンリーも落ちそうになったが、何とかこらえると、地面に降りた。
「おい、危ないだろう、お前」
ヘンリーは飛び出してきた相手に声をかけた。白い毛並みの中型犬だった。首輪が付いていて、毛並みも綺麗にブラッシングされているあたり、どこかの飼い犬だろう。その犬は撥ねられそうになった事に興奮しているのか、歯をむき出してヘンリーに吠え掛かった。
「もう、ダメだよ、ヘンリー。動物には優しくしないと」
リュカが御者席から降りてきて、犬に声をかけた。
「ほら、大丈夫よ。何処も怪我はない?」
リュカに声をかけられると、犬は急に大人しくなり、尻尾を振りながらリュカに頭を撫でられるままになっていた。ヘンリーは苦笑するしかなかった。
「流石はリュカと言うべきか……ほんと、なんにでも懐かれる人徳はすごいよ」
「お前とは大違いだな」
余計な事を、スラリンとブラウンの治療をしていたピエールが言った。ヘンリーがコイツいっぺんぶっ殺したろか、と思った時だった。
「リュカ! リュカでしょう!?」
ヘンリーにも聞き覚えのある声が聞こえた。
「フローラ!」
今度はリュカが嬉しそうな声で言う。ヘンリーはそっちをふり向いた。思った通り、そこには手を握り合って再会を喜んでいるリュカとフローラの姿があった。
「うちのリリアンが飛び出してごめんなさい。でも、それがリュカたちなんて、凄い偶然ですね」
フローラが言うと、リュカに撫でられていた犬が、フローラの方に寄って行って、尻尾を振り出した。
「あ、この子、フローラの飼い犬なんだ?」
リュカが言うと、フローラはちょっと恥ずかしげな表情になった。
「ええ……なかなか言う事を聞いてくれない子で。でも、本当にリュカがこの街に来てくれるなんて、凄く嬉しいです……うちにも来てくれますよね?」
フローラの言葉にリュカは頷いた。
「うん。いろいろと聞きたい事もあるし……そういえば、なんか大変な事になってるみたいね」
すると、フローラの顔は曇った。
「ええ……私は皆さんにそんな危険な事はして欲しくないんですけど、お父様はこれが家のしきたりだからって無理やり……私は自分で結婚したい人を決めたいのに」
どうやら、試練で婿を選ぶと言う事に関しては、フローラは不本意であるらしい。そんな事をリュカとヘンリーが感じていると、後ろの方から怒鳴り声が聞こえた。ふり向くと、別の馬車だ。道を塞ぐなと言っている。
「こんな所で立ち話もなんだな。場所を変えよう」
ヘンリーが言うと、フローラは頷いた。
「では、私の家にしましょう。とっておきのお茶をお出ししますね」
こうして、リュカとヘンリーはルドマン邸の客人になったのである。
(続く)
-あとがき-
中盤のハイライト、リング探し編の開幕です。
とりあえず、ちょっとだけリュカも恋を意識するようになったかも?