フローラの家でもあるルドマン邸は、町の外れにある大きな屋敷だった。中に通され、フローラの部屋でメイドが淹れてくれた香り高いお茶を楽しみながら、三人の会話が始まった。
ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~
第三十四話 死の火山へ
「リュカと別れてからニヶ月くらいのはずですけど、なんだかとても久しぶりに感じますね」
フローラの言葉にリュカは頷いた。
「そうね。修道院で三ヶ月間、一緒に暮らしていたんだもの。別れてからの方が短いのに、だからこそ久しぶりって感じるのかな?」
そんな世間話をまじえて、近況を語り合う。ラインハットの政変に関してはフローラも父ルドマンから聞かされてはいたらしいが、そこでリュカたちが果たした役割を聞くと目を丸くした。
「まぁ……そんな事が。大変な事に関わったんですね」
他にも、プックルとの再会の事を聞けば涙ぐみ、ルラムーン草が作り上げた地上の星空の話には目を輝かせ、とフローラはリュカの話に聞き入る。なかなか聞き上手な子だな、とヘンリーは感心した。
そして、いよいよ話はこの街に来た事情にかかり始めた。
「以前お話した、家宝の盾ですね……私も帰ってきてからお父様に確認したのですが、間違いなく天空の盾と言うものだそうです」
フローラの祖先であるトルネコは、元々は武器商人であったため、世界一の武器商の証として、天空の装備を手に入れることを望んで旅に出たのだと言う。天空の勇者と出会った事で、トルネコは天空の装備を目にし、鑑定するという栄誉を得たが、さすがにそれを商品として扱う事は躊躇われた。
しかし、天空の勇者は魔王を倒した後、仲間との別れに際し、友情の証として天空の装備を分け与えたのだと言う。トルネコが分け与えられたのは天空の盾だった。残る剣、鎧、兜もそれぞれ別の仲間の手に渡ったが、現在まで確実に伝承されているのは、この盾のみだと言う話である。
「それで、リュカはお父様のご遺言で、天空の装備を探しているんでしたね」
フローラの言葉に、リュカは頷いた。
「うん……だから、何とか譲ってもらうか、お金で買い取るかしようと思ってはいるんだけど」
すると、フローラは意外な事を言い出した。
「実は……その事で、私からリュカにお願いがあるのです」
「え? わたしに?」
戸惑うリュカに、フローラは頭を下げた。
「はい。私の幼馴染みの、アンディを助けて欲しいのです」
「……ひょっとしてアレか。そのアンディって人も、試練に参加してるのか?」
ピンと来たヘンリーが言うと、フローラは目を伏せてはい、と頷いた。
「お父様には、修道院での花嫁修業後に正式にお許しを戴くつもりでしたが、私はアンディと将来を誓い合っているのです」
「ええっ!?」
リュカもヘンリーもその発言には驚いた。
「い、今はその事をお父さんには?」
リュカが聞くと、フローラは首を横に振った。
「お父様は、この家の跡取りは試練で決める、の一点張りで、とても言い出せる雰囲気では……それで、アンディは自力で試練を乗り切ると言って、参加者に加わったのです」
なるほど、とヘンリーは頷いて、質問を一つ投げた。
「事情は理解したが、試練を他人が助ける事は、不正にはならないのか?」
「それは良くわからないのですが、話を聞く限りでは、参加者の方が仲間を募る事は多いみたいです。アンディは一人らしいですけど」
まぁ、ルドマンの家に婿入りしようと言うくらいだから、財産目当ての山師もいれば、もっと商売を大きくしたい商人もいるだろう。街道で見かけた脱落者組らしき怪我人たちも、年齢も仕事もバラバラに見えた。
しかし、そういう財産目当ての人と結婚して、フローラが幸せになるとは思えない。互いに愛し合っているアンディと結婚したほうが、彼女にとっても良い事だろう。リュカはヘンリーに言った。
「ヘンリー、わたしはフローラを……アンディさんを助けてあげたいけど……どうかな?」
「ああ、オレもそう思う」
ヘンリーも同意したので、リュカはフローラに言った。
「わたしたちにできる事なら、どんな手助けでもするよ、フローラ」
フローラの顔がパッと明るくなり、うれし涙を浮かべた。
「ありがとう、リュカ……感謝します」
「いいよ、そんなに堅苦しくしなくて。友達でしょう?」
笑顔でフローラに言うリュカ。そこで、ヘンリーが聞いた。
「そういえば、試練の内容を聞いていなかったが……どんなのなんだ?」
「そう言えばそうでしたね。実は……」
フローラの説明を聞き、リュカとヘンリーはまだ見ぬルドマンに対し、「まさに外道」と言う感想を抱くほかなかった。
馬車がサラボナからさらに南へ下っていくと、前方に煙を噴き上げる山が見えた。山腹を赤い溶岩が流れ下っていき、時々山頂から花火のような赤い光がパパッと輝く。美しい光景ではあるが、それら一つ一つがイオナズンやベギラゴン、メラゾーマと言った最上級の攻撃魔法を凌駕する破壊力を秘めたものだと考えると、見とれているわけにもいかない。まして、あの下に突っ込むとなれば。
「あれが死の火山か……」
ヘンリーが緊張の面持ちで言う。ルドマンが求婚者たちに課した第一の試練。それは、この山のどこかに眠ると言う秘宝「炎のリング」を持ち帰る事だった。
「アンディさん、無事だと良いけど」
リュカも緊張している。何しろ、聞いた事情が壮絶すぎた。
数百人規模で集まった求婚者たちだったが、ルドマンの出した条件を聞いた瞬間、いきなりその数は半減した。さらに山を見ただけでまた人数は半減し、残る半分も勇を奮って山に突撃したが、たちまち溶岩の熱気に倒れる者、火山弾の直撃を受けて重傷を負った者、火山に生息する魔物に襲われた者が続出し、現在は三十人程度が挑戦を続行中らしい。アンディはまだリタイアしていないので、実はかなり出来る人のようだ。
「あまり山に近づくと、馬車が危ないな……少数精鋭で行こう。まず爺さんは外せないな」
ヘンリーが言うと、荷台からマーリンが顔を出した。
「あまり山登りは好きじゃないんじゃが……まぁ、仕方あるまいな」
火山の魔物は熱や炎に強い分、氷の魔法には弱い。マーリンのヒャド系魔法は必須だろう。
「よろしくね、マーリン。あとは……」
「ここはそれがしの出番ですな!」
リュカの言葉を遮って出てきたのはピエールだった。確かにスライムナイトは意外と熱に強いし、ここは回復魔法の出番も多いだろうことを考えると、うってつけの人選ではある。
「じゃあ、ピエールもよろしく。ヘンリーと喧嘩しちゃダメよ?」
「それはあやつ次第ですが、努力はしましょう」
ピエールはしれっと答え、ヘンリーに渋い顔をさせたが、ともかくこのメンバーで火山登りと決まった。
「プックル、お留守番お願いね」
リュカが言うと、プックルは任せとけ、と言う感じで頷き、馬車の荷台から降りると傍に座った。新参ではあるが、リュカとの付き合いは長いプックルは、強さもあって荷台の面子からは一目置かれている。
プックルの頭を一撫でし、リュカたちは火山へ向けて出発した。進んでいくと、流れ出した溶岩の終端が折り重なった険しい台地があり、そこを越えると、もはや人間の住む世界とは明らかに違っていた。
草木一本無い溶岩台地のあちこちに、赤やオレンジ色の溶岩の川が縦横に流れ、いたるところからやや黄色がかった白い噴煙があがっている。強烈な硫黄臭と熱気が押し寄せ、咳き込みそうになったリュカはターバンの一部を顔に巻いてマスク代わりにした。
「これは凄いね……」
「ああ、こりゃ長居できんぞ」
ヘンリーもスカーフをマスク代わりにして顔を覆う。見た目は怪しいが、そんな事は言ってられない。ともかく歩けそうな場所を選んで進んでいく……と、前方の白煙の中から、よろよろと進み出てくる人影があった。
「だ、誰か……」
弱々しい声。見れば、身体のあちこちが焦げて、かなり手酷い火傷を負っている冒険者らしき男性だった。リュカたちは慌てて彼の所へ駆け寄った。
「大丈夫ですか!? しっかりしてください!!」
リュカがベホイミをかけ、ヘンリーは荷物の中から水を取り出して、火傷の癒えた所を冷やしてやると、男の意識がしっかりしてきた。
「うう……助かった……いや、それどころじゃない。この先で、かなりの魔物が現れて、キャンプが襲われたんだ……頼む、助けてくれ……!」
リュカは煙の向こうを見た。微かに光が瞬くのが見える。誰かが呪文を使っているのだ。
「よし、あんたはここで待ってろ。みんな、行くぜ!」
「おうよ」
「貴様が命令するな!」
ヘンリーの号令に、マーリンは普通に、ピエールは嫌々ながらも応じ、煙を突っ切って突進する。すると、溶岩の川に囲まれた高台の上で、十数人の冒険者たちが、炎の戦士やキメラなどの魔物と戦っていた。冒険者の方が強い事は強いのだが、魔物の方が圧倒的に数は上で、冒険者側はじわじわと押されていた。
「バギマ!」
「ヒャダルコ!」
その魔物の群れを、リュカとマーリンの呪文が薙ぎ払った。烈風と共に飛来するショートソードか大型ナイフ並みの大きさを持つ氷の刃が炎の戦士を貫き、キメラを引き裂く。残りが動揺した所で、ヘンリーとピエールが斬り込んだ。
「みんな、助けに来たぞ! 押し返せ!!」
ヘンリーの叫びに、劣勢で疲労困憊していた冒険者たちの目に光が戻った。
「こんな所で死ねるか! やってやる!!」
「ちくしょうめ、俺は生きて帰るんだ!!」
彼らも剣や槍を振り回して魔物たちに斬り込み、劣勢を悟った魔物たちは溶岩に飛び込んだり、あるいは空を飛んで逃げていく。程なくして魔物たちは一掃された。
「はぁ……はぁ……くそぅ、もうやってられるか! いくら財産と美人の嫁さんが貰えると言っても、命あっての物種だぜ!」
「やっぱり、地道に生きていくのがベストだよな……」
ボロボロになった彼らは、リュカたちに礼を言うと、ぞろぞろと下山していった。残ったのはたった一人。一応剣を持ってはいるが線の細い青年で、ここで生き残っているのが不思議なほどだ。
「あんたは帰らないのかい?」
剣を納めながら言うヘンリーに、青年は答えた。
「もちろんです。絶対に……目的を果たすまで帰るものか。生きて炎のリングを掴んで……フローラと添い遂げるんだ」
青年の言葉を聞いて、リュカが気付いた。
「あなたがアンディさん?」
「確かに僕はアンディですが……何故それを? あなた達は一体?」
不審そうな表情を見せるアンディに、リュカは答えた。
「わたしはリュカ。こっちはヘンリー。フローラとは修道院にいた時の友達です。実は……」
リュカはアンディに事情を説明し始めた。
(続く)
-あとがき-
と言うことで、リュカたちはアンディの助っ人と言うことで、ヘンリーが婿候補に名乗りを上げたり、リュカが百合る覚悟でとか言う展開はありません。
ルドマンルート? あるあ……ねーよ(笑)