「はぁ……はぁ……す、すいません、皆さん。足を引っ張ってしまって」
リュカの手を借りてようやく通路に這い上がってきたアンディが、荒い息をつきながら頭を下げた。
「いや、気にするなよ。あんな化け物と渡り合ったんだ。それより、皆無事か?」
ヘンリーが言うと、マーリンがその場に座り込んだ。
「身体はなんともないが、魔力はもう空っぽじゃ。すまんが後は頼むぞ」
「わたしも……」
回復呪文を連発し、アンディを引き上げたリュカも、今にも倒れそうなくらい疲労困憊していた。もちろん、ヘンリー、ピエール、アンディも傷と火傷でいっぱいだ。
「ま、死人が出なくてよかった。他の魔物が出る前に、聖域とやらに急ごう」
ヘンリーは言うと立ち上がった。全員がよろよろと、と言う足取りではあったが、火口の神殿を目指して歩き始める。幸い、もう魔物は出なかった。この火山で最強の守護者を倒した相手に敵うはずもないと思ったのだろうか。花崗岩を積んだ壮麗な神殿に辿り着くと、すぐそこで溶岩が渦巻き荒れ狂っているとは信じられないほどの静寂が、辺りを包んでいた。そればかりか、熱気もほとんど感じられない。
「どうやら、一種の結界がこの神殿を覆っているようじゃな」
マーリンは興味深そうに言った。
「暑くないなら何でも大歓迎だ。まぁ、中に入ろうぜ」
ヘンリーが促し、一行は中に入った。入り口から奥の祭壇まで、溶岩流を模した模様の赤い絨毯が続くだけの、シンプルな内装である。
「あれが……そうか?」
アンディは祭壇に歩み寄っていく。リュカたちも後に続くと、祭壇の上に小さな宝箱が置いてあるのが見え、それは一行が近づくと自然に開いた。
「あ……」
思わず声が漏れる。そこにあったのは、燃えるような赤いルビーをはめこんだ、金の指輪だった。炎の模様を象った精緻な彫刻と装飾が施され、美術品としても第一級の価値があるだろう。そして、その指輪と他の指輪を隔するのは、ルビーの中の揺らめく赤い炎のような光だった。
「これだ。間違いない」
アンディは慎重に指輪を宝箱ごと持ち上げ、再度蓋を閉じてバッグにしまいこんだ。リュカとヘンリーは拍手した。
「おめでとう。まずは第一関門突破ですね」
リュカが言うと、アンディは頭を下げた。
「いえ。これも皆さんのお陰です。あなた方がいなかったら、僕は今頃溶岩の中で溶けていたでしょう……」
さっきの戦いを思い起こしてゾッとするアンディ。一人で溶岩魔神に勝てたとはとても思えない。
「ひとまず、サラボナに戻りましょう。次の試練のためにも一休みしておかないと」
アンディはそう言ってキメラの翼を取り出すと、天に投げ上げた。
ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~
第三十六話 山奥の村での再会
アンディがルドマンに炎のリングを手に入れたことを報告しに行っている間に、リュカとヘンリーはフローラと会っていた。
「そうでしたか……ありがとうございます、リュカ、ヘンリーさん。アンディを守ってくれて……」
喜びながらも、フローラの表情は決して明るくはない。何しろ、数百人はいた求婚者たちが死の火山だけでアンディを残して壊滅した事は、シャレでは済まされない。死者こそ出なかったようだが、ほとんど奇跡だろう。
「どうか、次の試練でもアンディをよろしくお願いします」
フローラのお願いにリュカは頷き、質問した。
「それは良いけど、次はどんな試練なの?」
「まぁ、なんとなく想像がつくけど」
ヘンリーが言う。その予想を裏付けるようにフローラは言った。
「次は、水のリング……炎のリングと対になる秘宝を探す事です。実は、その事でリュカにお話があるんです」
「え、わたしに?」
自分と水のリング、何の関係があるのかわからず戸惑うリュカ。
「はい。お父様の話によると、水のリングはこの街の北、グレートフォール山のあたりにあると見ているそうなのですが……そこに行くための水門を管理している村は、温泉が有名なのだそうです」
リュカは以前フローラに頼んだ事を思い出した。ビアンカにもし会うことがあったら、話を伝えて欲しい、という頼みをした事を。フローラはそれが出来なかった代わりに、ビアンカに繋がる有力情報を調べていてくれたのだ。
「フローラ……ありがとう。そこにビアンカがいるかどうかはわからないけど、行ってみる」
リュカはフローラの手を握った。
三日ほど宿に滞在し、疲れと傷を癒したリュカたちは、まず買い物を済ませてからアンディと合流した。天空の盾を買うために貯めていたお金だが、アンディが試練を達成すれば無料になるのだからと、新しい武器や防具を買い込んだのである。ヘンリーは破邪の剣を買い、リュカはみかわしの服を買った。仲間たちもそれぞれ何かしら武器を新調している。
船着場に着くと、もうそこではアンディが待っていた。挨拶もそこそこに、彼は今後の予定を話し始める。
「もうフローラに聞いたかもしれませんが、次の目標は炎のリングと対になる、水のリングと言う秘宝です。その在り処の最有力候補が、グレートフォール山の周辺とルドマンさんは言っていました。そこで、あの船で現地に向かいます」
アンディが指差したのは、ヨットほどの小ぶりな帆船だった。内海や河川などの内陸水系の移動に良く使われるタイプの船である。
「げ、船か……」
渋い顔をするヘンリーに、アンディは笑いながら言った。
「航行するのは川か湖ですから、そんなには揺れないはずですよ」
「……ま、仕方ないか」
ヘンリーは覚悟して船上の人となった。船自体はルドマンの持ち物で、船長もルドマン家に雇われた人物だったが、なかなか気さくで話しやすい人だった。水門の村について詳しいかとリュカが聞くと、船長はもちろん、と頷いた。
「あそこの温泉は最高だからね。良く行くよ。それに、飾り物も良い腕の職人がいて、なかなか良い値段になるんだ」
なんでも、フローラの結婚式に使うウェディングドレスやヴェールも、その村の職人に発注してあって、ドレスは既に納品済みらしい。
「へぇ……お金持ちの旦那さんが納得する品なのか。そりゃ大したもんだな」
横で話を聞いていたヘンリーが感心すると、船長は何かを思い出したように言った。
「大したもんだといえば、あの村の女の子は強い! 魔物がうろついている森や山の中でも、平気で歩き回っているんだ。信じられないだろ?」
一度など、船長が魔物に襲われた時に、助けてくれた少女がいたと言う。その話を聞いて、リュカは聞いた。
「その女の子ですけど……金髪でおさげ髪じゃありませんでしたか? 名前はビアンカ」
船長は首を捻った。
「金髪でおさげ髪なのはその通りだな。名前までは聞かなかったよ……知り合いかね?」
「はい。ひょっとしたら……いえ、間違いなく」
リュカは頷いた。特徴はビアンカに一致する。彼女があれからどのくらい成長したのかわからないが、武術を続けていたのなら、魔物を一蹴するくらいの強さはあるだろうと思う。
「そうか。まぁ、船でも村の最寄の港までは半日以上かかる。ゆっくり待っていなさい」
「はい」
船長の言葉に、リュカは素直に頷いた。しかし、ビアンカに再会できるかもと考えると、落ち着かない気分でいっぱいだった。
サラボナから北に向かう事半日。幸い風も波も穏やかで、ヘンリーも酔うことなく船旅を楽しんでいた。
「水門が見えるぞー!」
帆柱の上の見張りが叫ぶ。船室にいたリュカたちも甲板に上がってくると、海峡を塞ぐように大きな水門が聳え立っていた。
「あの水門は、北の内海との間に起きる強い潮流を遮るものなんだ。あれがあるお陰で、この辺りは海が穏やかなんだよ」
船長が解説し、水門に隣接する小さな港に船を近づけていく。やがて船は桟橋に横付けし、渡し板が降ろされた。
「我々はこの港で待機しているよ」
と言う船長に見送られ、一行は港を後にした。目指す山奥の村はこの北東にある。山奥といっても、周囲の山はさほど高いものではなく、道も馬車が通れるほどには広い。病に効く温泉を目当てに結構人が来るという話だったが、確かにそうらしい。港を出て半日はかかるかと思っていた旅は、二時間ほどで終わりを告げた。
「どうやらあれらしいな」
最後の峠を越えた所で、ヘンリーが前方を指差した。僅かに坂を下った先、森の向こうに、あちこちから白い湯気が噴き出している村があった。温泉宿らしい大きな建物が幾つか見える。馬車は坂を下り、村の中に入っていった。
「死の火山ほどじゃないけど、ここもなかなか臭いますね」
アンディが鼻をひくつかせる。村の中の川は温泉が流れ込むのか、川底や河原は白から黄色の湯の花で覆われ、硫黄の臭いが漂う。鼻の敏感なプックルにとってはキツイ臭いなのか、しきりに鼻を擦ってはにゃあにゃあと不満そうな声を上げていた。
「ごめんね、プックル。ちょっとだけ我慢して」
リュカが謝ると、プックルは鳴くのは我慢するようになったが、やっぱり鼻を擦って、たまにくしゃみをしていた。
「さてと、まずは村長に挨拶しないとな……ちょっとすいません、そこの人……」
ヘンリーが道端にいた村人に声をかけようとしたが、リュカはそれを制止した。
「ちょっと待って、ヘンリー。お墓参り中みたいだよ」
確かに、そこは小さな墓地になっていて、ヘンリーが声をかけた人物は墓石の前に跪いて祈りを捧げていた。邪魔するのは悪い。
ところが、その村人を良く見た途端に、ヘンリーを注意したはずのリュカが、馬車からいきなり飛び降りると、その人のほうへ走り始めた。彼女だけではない。プックルも馬車から跳び降りる。
「あ、おい!? リュカ、プックル!?」
ヘンリーが叫ぶ。その声に気付いたように、墓参りをしていた人物が振り返った。金髪で、長い髪を一本のおさげにくくった、美しい女性。リュカは彼女の直前で立ち止まった。
「……リュカ?」
女性が言った。リュカは頷くと、女性の名を呼んだ。
「ビアンカお姉さん……」
その呼び声に、女性は目を丸くした。その視線が、リュカの髪をくくるピンク色のリボンに吸い寄せられる。十年間、どんなに苦しい時も、辛い時も、決してほどけることなく、リュカの頭にあり続けたリボン。十年前、最初の冒険を終えた時、二人で二本を分け合った思い出の品。
「リュカ……本当にリュカなのね!?」
「ビアンカお姉さん! 会いたかった……!!」
リュカはビアンカの胸に飛び込むように抱きついた。ビアンカはリュカを抱きとめ、勢いでくるくると回る。
「ああ、リュカ……リュカ……! あなたとパパスおじさまが行方不明になったと聞いて、どんなに心配したか……!! でも良かった、あなたが生きていてくれて……おじさまは?」
パパスの消息を聞かれた途端に、リュカの顔が曇った。それを見て、ビアンカも何が起きたのか悟ったのだろう。
「……そう」
暗い表情になるビアンカ。そこへ、プックルがぬっと顔を突き出した。元気出せ、と言うようににゃあ、と鳴く……が、しかし。
「きゃっ! りゅ、リュカ!? コレはなんなの!?」
コレ呼ばわりされたプックルが目に見えて萎れた。リュカは苦笑しながらその頭を撫でた。
「覚えてないの? この子がプックルだよ」
「……えええ!?」
ビアンカはリュカとの再会よりも驚いた声を上げた。が、よくよく見れば確かにあの時の「猫ちゃん」の面影がある。
「お、大きくなったわね……」
恐る恐るビアンカが頭を撫でると、プックルは満足げに鳴いて、ごろんとお腹を見せるように転がった。その仕草に、ようやくビアンカの顔に笑いが戻った。
「ねぇリュカ、今日は泊まって言ってくれるでしょう? あれから十年、積もる話もあるだろうし」
無理やり、明るさを保った声で言う。リュカは頷いた。
「うん、もちろん。いいよね、ヘンリー、アンディさん」
リュカが振り返って言うと、ヘンリーもアンディも頷いたが、ビアンカの目が急に細くなった。
「リュカ?」
「ん?」
ビアンカが急にがしっと肩を掴んできたので、リュカは驚いてビアンカの顔を見た。
「なんで男の人を二人も連れているの? まさかふしだらな事を……」
「な、何ふしだらな事って!? し、してないよそんな事!!」
ビアンカのとんでもない追及に慌てまくるリュカ。その様子を見て、男二人は思わず顔を見合わせ、苦笑いをするのだった。
たぶん次は自分たちが追及されるだろう、と言う怖い予測と共に。
(続く)
-あとがき-
無事炎のリングゲット。そしてビアンカとの再会です。
次回はビアンカさん無双のお話。