ビアンカに連れられてリュカたちが向かったのは、村の奥にある小さな家だった。
「ここが今住んでいる家よ。さ、入って」
ビアンカが手招きする。家の看板には「源泉管理小屋」と書かれていた。アルカパと同じく宿屋でもしているのかと思ったが、今は宿屋の仕事はしていないらしい。
「お邪魔します」
リュカは挨拶して中に入った。すると、奥から「お客さんかい?」と言う声が聞こえ、ダンカンが出てきた。記憶の中のダンカンと比べると、若干老けてやつれたように見えるが、リュカにとっては見間違いようがなかった。
ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~
第三十七話 ビアンカとの一夜
「お久しぶりです、ダンカンおじさま」
「え? 誰だい、君は」
きょとんとするダンカンに、ビアンカが言った。
「リュカよ、お父さん。サンタローズのリュカが訪ねて来てくれたのよ」
それを聞いて、ダンカンの目が丸くなった。
「リュカちゃん? パパスのところのリュカちゃんか! うはぁ……こんなに大きく、綺麗になって……見違えたよ」
ダンカンは信じられない、と言うように瞬きを繰り返したが、気を取り直して一行を奥の部屋に誘った。全員が席に着き、ビアンカがお茶を用意した所で、ダンカンが話を切り出す。
「しかし、本当に久しぶりだ。リュカちゃんとパパスが行方不明になったとか、ラインハットの王子を誘拐してお尋ね者になったとか、いろいろ酷い噂を聞かされたが、私は君たちが生きていると信じていたよ……パパスはどうしている?」
リュカは首を横に振った。
「父様は……もう」
それを聞いて、ダンカンの顔が曇り、そして悲しげな溜息をついた。
「そうか……あのパパスがなぁ……うちのかみさんも、何年か前に流行り病であっさり逝ってしまってね。病気がちな私が生き残って、殺しても死にそうになかった二人が先に逝ってしまうとは、世の中はわからないものだ」
その言葉で、リュカはビアンカが参っていた墓に眠っていたのが誰かを知った。あの豪快な肝っ玉母さん、と言う感じの人だったディーナが死んでしまったのか、と思うと悲しい気持ちになる。母親を知らないリュカにとって、ディーナはシスター・アガサをはじめとする海辺の修道院の女たちと共に、母性を感じさせてくれる人だった。
「で、リュカちゃんはこの十年、どうしていたんだ?」
ダンカンの質問に、リュカはこれまでの事を語り始めた。
ラインハットの悲劇。
父の死。
奴隷にされ、送った地獄の日々と脱出。
そして、ようやく父の遺志を継いで旅を始めたこと――
「そう……リュカ、大変だったのね」
ビアンカが少し涙ぐんで言った。しかし、そこで彼女は男性陣二人を見た。
「で、あなた達はリュカとはどういう関係なの?」
まずヘンリーが手を挙げた。
「オレはヘンリー。旅の戦士……ってとこだな。リュカとはラインハットで知り合って、それ以来相棒として旅をしている」
次にアンディが手を挙げる。
「僕はサラボナのアンディと言います。リュカさんとヘンリーさんには、僕の目的の為にご助力を受けている所です」
ビアンカは腕組みをして少し考え込み、まずアンディを見た。
「ちょっと、事情を説明してもらえる?」
アンディは頷き、この旅の目的について話し始めた。フローラと結婚するための試練の事、結婚した暁には、天空の盾をリュカたちに譲る約束である事。今は水のリングを探している事……
「なるほど、良くわかったわ。あなたは問題なさそうね」
ビアンカは納得し、ヘンリーの顔を見た。
「それで、あなたはどうしてリュカと旅をしているのかしら? ラインハットのヘンリー殿下」
リュカがビクッと反応し、言い当てられた当のヘンリーは苦笑しつつ頭を掻いた。
「やはりお見通しか」
「田舎だからとバカにしたものではないわ。温泉客のお陰で、この村は噂には不自由してないの。ラインハットの政変や、帰ってきた王子様の話もね」
ビアンカは鋭い視線でヘンリーを見る。その表情に、リュカはビアンカもサンタローズの村人同様、ラインハットと言う国やヘンリーを恨んでいるのだと思った。
「あの、ビアンカお姉さん……」
リュカはヘンリーを弁護しようと声を上げかけた。しかし。
「リュカはちょっと黙っていて。私はヘンリー殿下に聞いているの」
ビアンカにピシャリと言われ、発言を封じられてしまう。リュカが口ごもった所で、ヘンリーは言った。
「まず、殿下ってのはやめてくれ。オレはもう王族の身分は捨てた。ただのヘンリーでいい」
「いいでしょう。で、ヘンリーさん? 答えはどうなのかしら?」
ビアンカはあっさり応じ、ヘンリーは答えを続ける。
「オレには、リュカとリュカの親父さんの不幸に対して責任がある。リュカは気にするなと言ってくれるが、それに甘えるわけにもいかんだろ」
リュカがまた何か言おうとするが、ビアンカはそれを制して、また質問した。
「それは本心?」
ヘンリーがムッとしたような顔つきになる。
「オレが、リュカを助けたいという気持ちを偽っているとでも?」
ビアンカは首を横に振った。
「それは疑ってないわ」
「え?」
思わぬ答えに、ヘンリーが妙な顔つきになるが、ビアンカはそれ以上ヘンリーに何も聞こうとしなかった。代わりにリュカの方を向く。
「リュカ、あの約束、まだ覚えてる?」
「あの約束?」
リュカは一瞬考え込み、そう言えばと思い出した。かつてプックルを助けるために二人で冒険し、別れ際に交わした、あの約束。
「また一緒に冒険しようって……」
「そうそう」
ビアンカはリュカの言葉に頷いた。
「私も水のリング探しを手伝ってあげる。あの時の約束通り、また一緒に冒険しよう?」
「えっ!? でも……」
リュカは嬉しいながらも、心配な事が一つあった。しかし、その心配の元――ダンカンが笑顔で言った。
「私の事は心配ないよ。最近は随分身体の調子も良いからね。ビアンカ、リュカちゃんに迷惑をかけちゃいかんぞ」
「わかってるわよ。と言う事で……よろしくね、リュカ」
「え? う、うん……ありがとう、ビアンカお姉さん……」
リュカは言いながら涙をこぼし始めた。あれからもう十年以上……こうしてビアンカと再会できただけでも幸運だと思うのに、また一緒に旅が出来るなんて、信じられなかった。
「ちょ、ちょっと……リュカ、どうして泣くの?」
驚くビアンカに、リュカは涙を流しつつ、それでも笑顔で答えた。
「嬉しいから……だよ、ビアンカお姉さん」
そんなリュカを、ビアンカは黙ってぎゅっと抱きしめた。
ひとしきり泣いて……顔が涙でくしゃくしゃになったリュカは、村の共同浴場に来ていた。
(恥ずかしい所を見せちゃったな……)
お湯の中でリュカは顔を赤らめた。ビアンカはすっかり大人になって、綺麗なお姉さんになっていて……凄く成長しているのに、自分は何時までも泣き虫の子供のままだと思う。
「もっと、大人になって、強くならなきゃ」
リュカがそう決意を口にした時だった。
「あら、リュカはもう結構大人だと思うわよ?」
いきなり背後でビアンカの声がした。
「きゃっ!? び、ビアンカお姉さん……? おどかさないでください」
驚きで心臓をドキドキさせながらふり向いたリュカだったが、ふり向いた先でもっとドキドキするような光景を目にした。ビアンカは一糸まとわぬ裸になっていたのだ。この年頃にしては比較的豊かなリュカのそれを上回る、完成された大人の女性の肢体は、同性のリュカから見ても眩しかった。
「な、何で裸なんですか、ビアンカお姉さん!」
「あら、お風呂に入るときは裸になるものでしょ?」
ビアンカはそう言って、かけ湯をするとリュカの横に滑り込むようにして、お風呂に入ってきた。
「んー、気持ち良いわねー」
そう良いながら、ビアンカはリュカを抱き寄せた。
「って、何で抱き寄せるんですか!?」
リュカの驚いた声に、ビアンカはニヤリと笑う。
「ん? いや、お姉ちゃんとして、リュカの成長具合を確かめようと思って」
答えながら、ビアンカの手がわきわきと怪しい動きを見せる。
「やあっ!? 何処触ってるんですか!?」
「あら、意外と大きいのね」
壁一枚隔てた隣では、ヘンリーとアンディが風呂につかっていた。
「……お二人とも、凄い苦労をされてきたんですね」
リュカ、そしてヘンリーの壮絶な過去は、アンディにとっては余りにも衝撃的な出来事だった。
「まぁな」
ヘンリーは頷いた。
「だから、オレはあいつを守りたい。守らなきゃいけないんだ」
アンディは決意に固められたヘンリーの表情を見て、思わず気付いた事を口に出しかけた。
「ヘンリーさん、あなたは……」
「さーて、そろそろ出るか」
アンディの言葉を掻き消すように、ヘンリーは大声で言うと、ばしゃばしゃと湯を蹴散らすように湯船を出ようとして……立ち止まった。
「……ヘンリーさん?」
その妙な動きに首を傾げるアンディに、ヘンリーは答えた。
「いや、今出るとちょっといろいろマズイかと思って……やっぱ先に出ててくれ」
彼の身体は、腰の所まで湯に浸かった状態だった。アンディは答えた。
「いえ、僕も……」
アンディは肩まで浸かっているが、そこから動こうとしない。固まった男二人の頭上を、隣の女湯から聞こえてくる、ビアンカがリュカにじゃれ付く声が流れていく。
「あっ……やだ、ビアンカお姉さん……そんなに手を動かしちゃ……!!」
「いいじゃない。それにしても、リュカは本当に肌が白くてすべすべねー。若いって羨ましい」
いろんな意味で、聞いてはいけない会話のような気がした。
男は悲しい生き物である。
(続く)
-あとがき-
本当はシリアスな場面のはずなんですが、ビアンカさんが自重しません。どうしたらいいでしょう……