「……カ……リュ……リュカ! リュカ!!」
自分を呼ぶ声に、リュカは意識を取り戻した。が、状況をすぐには把握できない。
(あれ……わたし、どうしてたんだっけ……そうだ。ビアンカお姉さんとお化け退治に……)
リュカは慌てて起きようとして、天井に頭をぶつけた。ごちん、と言う凄い音がして、目の前に火花が散った。
「~~~~~~!!」
声にならない声と共に、リュカは頭を押さえた。しかし、その音がどうやらビアンカにも聞こえたらしい。タタタ、と言う足音がして、ビアンカが駆け寄ってきた。
「リュカ!? この中ね。今開けるわ!!」
ぎい、という音がして、リュカの頭のすぐ上にあった天井が取り払われる。いや、天井ではなく、蓋だった。リュカは棺桶に入れられていたのだった。
ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~
第四話 死せる王の願い
「リュカ、大丈夫!?」
ビアンカが棺桶の中を覗き込んできた。
「ビアンカお姉さん……うん、大丈夫。今出ますね」
リュカはゆっくり身体を持ち上げ、棺桶の外に出た。何時の間にか雷雲が切れ、月明かりが降り注いでいて、周囲の状況が良く見渡せた。そこはどうやらさっきの塔から降りる別階段の下のようだった。背後を振り返ると、二つの墓石が並んで立っていた。そこに書かれているのは……
「りゅかのはか……と、びあんかのはか……?」
リュカが読むと、ビアンカは顔を真っ赤にして怒り出した。
「何よそれ! 酷いいたずら!!」
リュカは同意した。良く見ると、ちゃんと本来刻まれている墓碑銘があり、その上から黒いインクで二人の名前が書いてあったのだ。
「うん、そうだね。これ、落書きです。本当は……エリック王の墓と、ソフィア王妃の墓?」
リュカが本来の墓の主の名を読み上げた瞬間。
(さよう、勇敢な少女たちよ)
(どうか、私達の眠りを取り戻して……)
二人の頭の中に、直接声が響き渡った。
「誰!?」
「どこにいるの!?」
慌てて臨戦態勢を取るリュカとビアンカ。すると、墓の上にすっと人影が現れた。長身の気品ありげな男性と、美しい女性の姿をしている。人影は口を開いた。
(良く来た。私はこの城の最後の王、エリックだ)
(私は王妃のソフィアです。怖がらないでください。私たちはあなたたちに危害を加えるつもりはありません)
優しい声で言うエリックとソフィア。表情にも敵意は無い。リュカとビアンカは構えを解いた。
「はじめまして、王様、王妃様。わたしはリュカと言います。こっちはビアンカお姉さん。わたしたちはこの城にお化け退治に来たのですが……」
「二人は……お化けではないですよね?」
リュカの挨拶にビアンカが言葉を続けると、エリックとソフィアの霊は頷いた。
(無論。私たちは静かに眠っていたいだけなのだ……しかし、あの魔物たちが来てから、ゆっくりと眠る事すらできない)
(彼らは毎日大騒ぎをして、最後まで私たちに付いて来てくれた召使いや兵士たちの霊も、彼らに酷い目に合わされています。どうか、彼らを助けてあげてください)
リュカとビアンカは顔を見合わせ、頷き合うとエリックとソフィアの方を向いた。
「わかりました、王様、王妃様。そのお化け、私たちが退治して見せます!」
ビアンカは力強くそう宣言した。
「がんばります」
リュカが相槌を打つようにいうと、エリックは笑顔で頷いた。
(ありがとう、勇敢な子供たち。これを持って行きなさい)
そう言うと同時に、エリックの墓の前に、何か光る球体が浮かび上がった。金色に輝く美しい宝珠だった。
(それは昔この城に天から落ちてきたものだ。強い聖なる力を秘めているから、きっと魔物を追い払う役に立ってくれるだろう)
リュカは宝珠を手に取った。暖かい光が一際強くなり、圧力すら伴って彼女の髪の毛やマントを揺らした。
「わぁ……きれい」
ビアンカがうっとりとした表情で言い、エリックに礼を言った。
「ありがとうございます、王様。とても助かります」
城内は真っ暗で、ランタンでも遠くまで見通せそうも無いほどだったが、この宝珠があれば昼間のように明るいだろう。もうお化けも怖くない。
(礼を言うのはこちらだ。頼むぞ、二人とも)
「はい、王様」
リュカは頭を下げ、右手にブーメラン、左手に宝珠を持って塔を登って行った。ビアンカも後に続く。その様子を見ながら、ソフィアは言った。
(あの宝珠があんなに輝くなんて……)
(あの少女は、何か特別な運命を持っているのかもしれないな)
エリックは妻の言葉に頷いた。
宝珠の光の効果は絶大だった。案の定城の中は魔物の巣になっていたが、どれも光を見て怯んでいるうちに、簡単に倒す事ができた。今も土偶戦士がリュカのブーメランに足を割られ、ビアンカの蹴りで胴体を砕かれて倒れたところである。
「ふう……今のはちょっと強かったね」
「結構硬かったし」
リュカとビアンカは物言わぬ土器の欠片になった敵を見下ろしながら、汗を拭った。
「さて……いよいよ近そうね?」
「うん。何かうるさい話し声がする」
二人は廊下の端を見た。そこからは微かに明かりが漏れ、なにやら調子はずれな曲に合わせてざわざわと言う声が聞こえる。二人は油断無く進み、ドアをそっと開けた。
そこはかつて舞踏会などに使われたホールらしい。そこで、さっきのエリックとソフィアのような半透明の人影たちが、ゴーストに引きずりまわされ、苦悶の表情を浮かべていた。
「ほら、お前たち、もっと踊れ!」
「何だその顔は。もっと楽しそうにしろ!」
嬉しそうに城の人々の霊をいじめるゴーストに、ビアンカが怒りの声を上げた。
「あんたたち! その人たちを放しなさい!」
「なに? 何だお前たちは」
エリックの物だったであろう玉座に座っていた、ローブを着た魔術師のような魔物が立ち上がる。
「あんたたちを退治しに来たのよ。大人しくやられちゃいなさい!」
ビアンカが答えると、ゴーストたちは嘲笑を響かせた。
「生意気なガキだ。しかし、良く見ればなかなか可愛い女の子じゃないか。よし、お前たち! 舞踏会は終わりだ! ディナーにするぞ!!」
ボスに煽られ、ゴーストたちが二人に殺到してくる。しかし。
「リュカ、オーブを!」
「はい、ビアンカお姉さん!」
リュカはビアンカの合図で宝珠を取り出し、強く念じた。次の瞬間、金色の光がゴーストたちに襲い掛かった。
「うわあ、何だこれは! 熱い、熱い!!」
「き、消えちまう……消えちまう! 親分、助け……」
さっきまでの勢いはどこへやら、ゴーストたちが一瞬にして光の中に溶けて行く。残ったのはボスだけだったが、そいつも光の影響とは無縁ではいられなかった。
「ぐわぁ……そ、それはゴールドオーブ……! まさかこんな城にそれがあったとは!! くそ、それを早くしまえ!!」
苦しみつつも命令する親分ゴーストだったが、もちろんリュカとビアンカはそんな命令を聞いたりはしなかった。
「よーし、リュカ! やっつけるわよ!」
「はいっ!」
親分ゴースト目掛けて突進するビアンカ。その後方から、リュカはブーメランを渾身の力を込めて投げつける。それは緩やかな曲線を描き、見事親分ゴーストの顔面をヒットした。
「うげえ!」
ダメージを受けて苦しむ親分ゴーストに、追い討ちをかけるようにビアンカが飛び蹴りを放ち、壁まで吹き飛ばした。
「ビアンカお姉さん、凄い!」
リュカの賞賛にビアンカは照れる。
「なんか身体が軽い……きっとそのオーブのおかげね」
しかし、親分はまだ参ってはいなかった。身を起こすと、腕をクロスして空中に紋様を描き、気合を放つ。
「調子に乗るな、ガキども! ギラ!!」
親分ゴーストの手の先から炎が迸り、ビアンカとリュカを巻き込んだ。
「きゃあっ!」
「あっつーい!」
少女たちが悲鳴を上げる。普通の村人程度なら一発で即死するか瀕死になるか、という呪文だったが、しかし親分の魔力はオーブの光で弱体化しており、子供と言えどそれなりに鍛えている少女たち相手には、そこまでの絶大な効果は無かった。
「もう、髪の毛が焦げちゃったじゃない! 許せないわ!」
ビアンカは目を吊り上げると、一気に親分の懐に飛び込み、左右の連打を浴びせる。
「ぐふっ! げはっ!?」
激痛にのた打ち回る親分。本来は子供にやられるような弱さではないはずだが、オーブの光で弱体化した今の彼には、ビアンカの攻撃と言えど十分致命的な威力だった。そして。
「リュカ、とどめ!」
「はい、ビアンカお姉さん! ……バギ!」
ビアンカが合図とともに飛びのくと、すかさずリュカはバギを放った。真空の渦が親分のローブを引き裂き、中身を巻き上げて壁に叩きつける。
「ぐはぁ! ち、畜生……こんな……子供に……げ……さまぁ!」
親分は絶鳴を上げて消滅し、後にはボロボロのローブだけが残った。
「はぁ、はぁ……や、やった!」
「勝ったね、ビアンカお姉さん!」
少女たちは手を取り合って喜んだ。すると、そこへエリックとソフィアの霊が現れ、同時にゴーストたちに弄ばれていた兵士や召使いの霊が、左右にさっと整列して礼を取った。
(良くやってくれた、リュカにビアンカ。これで我々も静かに眠れる)
(何と礼を言っていいか……本当にありがとう、小さな勇者様たち)
王と王妃の言葉が終わると、家来たちの霊が拍手をした。リュカとビアンカは照れつつも、その賞賛を受けた。
「では王様、これはお返しします」
リュカはゴールドオーブをエリックに差し出した。しかし、エリックは首を横に振った。
(それはそなたが持っていなさい、リュカ。どうやらそれはお前が持っているべき運命の品のようだ)
「え? でも……」
リュカは戸惑ったが、エリックが褒美であるから持って行くように、と言うと、頭を下げてオーブを抱いた。
「わかりました、王様。いただいていきます」
すると、今度はソフィアが両手を挙げて、何かを手の中に出現させる。赤い金属で出来た、小手のようなものだ。
(ビアンカ、あなたにはこれをあげましょう。私の遠い祖先が使っていた炎の爪と言う武器です。あなたならいずれこれを使いこなせるようになるでしょう)
ソフィアがそう言うと、ビアンカの手の中に炎の爪が瞬間移動した。まだ彼女の手には大きすぎるようだが、持っているだけでも、昔から自分の持ち物だったように馴染む感覚をビアンカは感じていた。
「これは……凄く綺麗……ありがとうございます、王妃様!」
ビアンカが言うと、エリックとソフィアは顔を見合わせ、頷いた。
(さあ、そろそろ夜が明ける。私たちは死者らしく眠りに就かねばならない。もう行きなさい、リュカ、ビアンカ)
(あなたたちに神のご加護がありますように……さようなら、勇敢な子供たち)
すっと二人の姿が薄れ、消えていく。家来たちの霊も同様に消えて行き、大広間には二人だけが残った。
「……さようなら、王様、王妃様」
リュカは呟くように言い、ビアンカを見た。
「それじゃあ、帰ろう! ビアンカお姉さん」
「ええ、あの猫ちゃんを迎えに行かないとね」
二人は手を繋いで帰り道を歩き始めた。
-あとがき-
今回のミソは、ビアンカの代わりにお墓に押し込められるリュカ。
このお話の世界では、リュカの半分以上はヒロインで出来ています。