「まぁ、それではここで結婚式を?」
「はい、よろしいでしょうか?」
許可を願うリュカとヘンリーに、シスター・アガサは笑顔で頷いた。
「もちろんですとも。あなたたちの門出を二度も祝う事ができるなんて、こんなに嬉しい事はありませんよ」
そう、リュカたちが結婚式を挙げる教会として選んだのは、海辺の修道院だった。地獄から人の生きる世界に帰ってきた二人が最初に辿り着き、新しい旅のスタートを切った場所。人生の節目を迎えるのに、ここ以上に適した場所は他に考えられなかった。
「ありがとうございます、院長様」
リュカが頭を下げると、シスター・アガサは笑顔のままながら、浮かんだ涙をハンカチで拭った。
「私は一生を神に捧げてきましたから、子供はいません……ですが、子供が結婚するときの母親の気持ちと言うのは、きっと今感じているような嬉しさなのでしょうね」
そう言うと、シスター・アガサはテレズとシスター・マリエルを呼び、結婚式の準備を始めるように言った。
「そうかい、あんたたちとうとう結婚するのかい。何時かはそうなると思ってはいたけどねぇ」
予想していたと言いつつ、嬉しそうなテレズ。シスター・マリエルはもっと嬉しそうだった。
「おめでとう、ヘンリー。リュカさん、どうかヘンリーをよろしくお願いしますね」
シスター・マリエルの祝福の言葉をリュカは喜んだ。
「わたしにそう言ったの、シスター・マリエルが初めてですよ。みんなヘンリーにわたしをよろしく、って言うんですから」
一同は思わず爆笑した。
「ともかく……それでは、ウェディングドレスを作らないといけませんね。サイズを測るから、こちらへどうぞ」
シスター・マリエルがリュカを促して立ち上がり、ビアンカも「あ、手伝います」と言って続く。テレズも含めて四人が出て行くと、ヘンリーはシスター・アガサに何通かの封筒を渡した。
「招待状は、これで全てですか?」
「はい、お願いします」
シスター・アガサの確認に頷くヘンリー。こうして、二人の結婚式の準備が始まった。
ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~
第四十話 そして二人は結ばれて
そして、十日後……二人の結婚式の日がやってきた。参列者は修道院の全員に、天涯孤独の身の花嫁の親族代わりとして、ビアンカ、ダンカンの父娘とサンタローズの村人たち。
他には、オラクルベリーのザナック老人。友人として、新婚旅行の予定を変更して駆けつけたフローラとアンディ。ラインハットからはデール王もお忍びで参列した。カボチ村のペッカ、ルラフェンのベネット老人も来ている。
フローラとアンディに比べるとささやかだが、流浪の旅人の結婚式としては多い参列者数で、新郎新婦がどれだけ多くの人々に好かれているか、と言う事を良く示す光景だった。
修道院の廊下で、落ち着きなくヘンリーは待っていた。リュカが準備のために控え室に入ってから、もうかなり経つ……ヘンリーの主観では。
「落ち着いてください、兄上」
「僕のときも、フローラを待つのが長く感じたものですけどね」
デールとアンディが苦笑気味にヘンリーを宥める。ちなみに、王位継承権を返上はしたものの、ヘンリーはラインハットの騎士としての地位は残しているので、今日の彼は礼装用の略式の鎧とレイピア、羽付き帽子と言う騎士としての正装を身につけていた。
それからしばらくして、いよいよヘンリーが待ちきれなくなった時、ガチャリと控え室のドアが開いた。誰よりも早くそっちを見たヘンリーは、そこにいたのがビアンカなのを見て、溜息をついた。
「なぁに? その露骨なガッカリ感は」
「ガッカリしてるんだよ!」
ヘンリーがビアンカの呆れ声に言い返すと、今度はフローラとシスター・マリエルが出てきた。
「お待たせしました。準備できましたよ」
フローラが言って、そっと脇に身を寄せる。そこに現れたリュカを見て、男性陣は思わず見とれてしまった。
フローラの豪華なそれと値段では比較にならないが、修道院の女性たちが一針一針、心を込めて縫い上げた純白のウェディングドレスとヴェールは、リュカの黒髪と好対照で、彼女の清楚な美貌をこの上なく引き立てていた。何時もと違って、淡くではあるが化粧をしているのも、リュカの美しさを強調している。
「……えっと……変じゃない……かな?」
ヘンリーが何も言わないので、不安になったリュカが聞いた。我に返ったヘンリーは慌てて否定した。
「とんでもない! その……綺麗だよ、リュカ」
リュカはほっとした様に笑顔を見せ、ヘンリーの腕に自分のそれを絡めた。
「ありがとう、ヘンリー……それじゃ、行きましょう」
「ああ」
ヘンリーはリュカをエスコートし、礼拝堂にゆっくり向かって行った。
シスター・マリエルが弾くオルガンの荘厳な音色に迎えられ、リュカとヘンリーが礼拝堂に入ってくると、参列者は思わず感嘆の溜息を漏らした。白百合の花を思わせる美しい花嫁と、騎士らしく凛々しい花婿。この上なく見事な二人の取り合わせは、一幅の絵のように全てが決まっていた。二人が聖壇を登り、シスター・アガサの前で立ち止まると、シスター・アガサは厳かに言った。
「これより、ヘンリーとリュカの結婚式を執り行います。まず、幸せな結婚を築くために、一言お話いたします」
リュカとヘンリーは頭を垂れ、真剣な面持ちでその声に耳を傾けた。
「人生を海とするならば、人は皆、その海を行く船に例えられましょう。そこには凪もあれば、逆風もあり、逆潮もあり、岩礁もあります。どんな船も、そうした障害とは無縁ではいられません」
厳しい口調でシスター・アガサは言い、一転して優しい声で続ける。
「ですが、船の上に愛があれば、それは順風となり、満潮となって、船にそうした障害を乗り越えさせるでしょう。今二人は互いに人生と言う海を越えて行く伴侶として、互いを選びました。数多の異性の中から、たった一人の相手を。その想いを決して忘れず、常に船を愛で満たし、どのような荒波にも進路を見失うことなく、お互いを信じる事。私からは以上です」
説教を終えると同時に、シスター・マリエルがオルガンを弾きはじめる。参列者は全員起立し、結婚を寿ぐ賛美歌を歌った。
歌い終えた所で、侍祭の役を申し出たシスター・レナが炎のリングと水のリングを捧げ持ち、聖壇の上に置いた。シスター・アガサは頷いて、儀式を続けた。
「では、誓いの儀式を行います」
シスター・アガサはまずヘンリーを向いた。
「汝ヘンリー、汝はリュカを妻とし、病める時も、健やかなる時も、貧しき時も、富める時も、この者を愛し、敬い、助け合い、慈しみあい、生ある限り真心を持って尽くす事を誓いますか?」
「誓います」
ヘンリーは答えた。シスター・アガサはリュカのほうを向いた。
「汝リュカ、汝はヘンリーを夫とし、病める時も、健やかなる時も、貧しき時も、富める時も、この者を愛し、敬い、助け合い、慈しみあい、生ある限り真心を持って尽くす事を誓いますか?」
「はい、誓います」
リュカも答えた。シスター・アガサはリングを納めた小箱を手に取った。
「指輪の交換を行います」
ヘンリーは水のリングを手に取り、リュカの左手を取ると、薬指にそれを填めた。リュカも炎のリングを取り、ヘンリーの左手を持って、薬指に填める。それを確認して、シスター・アガサは一番緊張する事を言った。
「では、誓いの証として口づけを」
ヘンリーは頷くと、リュカの顔を覆っているヴェールの裾をつまみ、そっと持ち上げた。リュカは軽く身を屈め、ヘンリーの動きを助ける。ヴェールを払い、ヘンリーはリュカの肩をそっと持って、じっと彼女の顔を見た。二人の視線が絡み合い、ここに至るまでの十年間の思い出が、鮮やかに脳裏を過ぎった。
最悪な出会いを果たした子供時代。あの時、二人がこうなると誰が予想しただろうか。
奴隷に落ちた後も、リュカは優しさと清楚さを、ヘンリーは勇気と前向きな意思を忘れる事も無くす事もなく、互いを助け合い、一緒に生きてきた。
脱出後の穏やかな日々。再び旅立ち、ラインハットの暗雲を払いのけ、二度目の旅立ちを、共に歩んでいこうと再度決意した。
そして……リングを求める試練の中で、愛を貫こうとするフローラとアンディの姿に、リュカもヘンリーも、自分たちのあるべき姿を見つけた。
そして今、二人は結ばれる。これからも、ずっと、二人で一緒に支えあい、まだ終わりの見えない旅を完遂する。その誓いを込めて……二人の唇がそっと重なった。
「たった今、二人の結婚は神によって認められました」
シスター・アガサはそう言って、二人の手を重ね合わせて宣言した。わあっと拍手と歓声が沸き、二人の頭上から紙吹雪が降り注ぐ。
「兄上、リュカさん、おめでとう!」
「ヘンリー、リュカちゃんを泣かせるなよ!」
「リュカ、とても綺麗よ!」
そんな祝福の声が聞こえるかと思えば、サンタローズの老人が回りもはばからず号泣し、それをシスター・レナが慰めていたりする。そして、複雑な思いを沈黙で表す者もいた。
「……ん? なんですか、ブラウン殿」
ピエールだった。礼拝堂の片隅で腕組みをして式を見守っていた彼の肩を、ブラウンが叩いた。
「景気の悪い顔だ、ですか? ふっ……そうかもしれませんな。わかってはいた事ですが……所詮それがしは人間ではありませぬ。それでも……スラリンやプックルのように、素直にこれを喜ぶ事は……」
自重するように言うヘンリーの前に、ブラウンがカップに入った何かを差し出した。その匂いを嗅いで、ピエールは言った。
「酒……ですか?」
ブラウンは頷き、自分のカップも出す。その目はピエールに「飲めよ……」と語っているように見えた。
「……ありがとうございます、ブラウン殿……それがしの気持ちをわかってくださるのは、貴殿だけです」
ピエールはそう言って、ブラウンと乾杯すると、ぐっと酒を飲み干した。
それがきっかけ……と言うわけでもないのだろうが、海が見える外側の庭園に宴会場が設えられて、披露宴が始まった。テレズたちが作った、素朴ながら心尽くしの料理と、修道院の果樹園で取れた葡萄から作ったワインなどが振舞われ、参列者たちは心からリュカとヘンリーの結婚を祝った。
深夜になって、力尽きたり酔い潰れたりした参加者も出る中、ヘンリーはリュカを抱いて控え室に戻ってきた。二人とも酒はさほど強くなく、特にリュカはワイン一杯で顔を赤く染めていた。
「やれやれ……みんな主役なんかもうどうでもいいらしいな」
ヘンリーは宴会場から聞こえてくるざわめきに苦笑する。ドアを閉め、リュカをベッドに横たえた。
「リュカ、大丈夫か? 暑くないか? 水とかいるか?」
ほろ酔い気味の花嫁にヘンリーが聞くと、リュカは半身を起こし、首を横に振って、口を開いた。
「あのね、ヘンリー」
「ん?」
ヘンリーが返事をすると、リュカは言葉を続けた。
「父様が死んだ時、わたしは、もう自分には幸せってないんだと思ってた」
「リュカ……」
ヘンリーはリュカの眼を見る。しかし、今は彼女を底なしの淵に追い込むような、悲しみの色は見られなかった。
「でも……今はとても幸せ。ありがとう、ヘンリー……愛してる」
「……ああ、オレもだ……!」
ヘンリーはリュカの身体を抱きしめ……そして……
(続く)
-あとがき-
二人の結婚式は海辺の修道院ですると言う展開にしました。最初からこの予定だったので、書けてちょっとホッとしてます。
ちなみに、次回との間にXXXな展開がもちろん入っていますが、それは各自脳内補完でお願いします。
なお、この回の隠れMVPは何気に渋すぎるブラウン。しゃべらない彼ですが、仲間内では兄貴分ぽいイメージです。