窓から射し込む光が顔に当たり、その刺激でリュカは目を覚ました。
「ん……」
一瞬、自分が何処にいるのかわからなかったが、すぐに海辺の修道院の宿坊、その一室だと思い出す。身体を起こして、自分が一糸纏わぬ姿である事と、隣に同じような姿のヘンリーが寝ている事に気づいた。
「あ……」
昨夜の事を思い出し、リュカは顔を赤らめた。
「そっか……結婚したんだ……わたし」
口に出して確認すると、未だに信じられないような気持ちがする。その時、ヘンリーももぞもぞと身体を動かし、目を覚ました。
「ふあ……あ……? お?」
傍にリュカがいるのに気付いたか、ヘンリーは一瞬驚いたような顔をした。リュカはヘンリーも自分と同じで、まだ結婚した事に慣れてないんだな、と思って、ちょっと嬉しくなった。大好きな人と同じ気分になれる、というのは気分が良い。
「おはよう、あ・な・た」
「お? おお、おはよう、リュカ」
リュカがイタズラ心を起こして朝の挨拶をすると、ヘンリーは顔を赤らめた。そして。
「今までどおり、ヘンリーと呼んでくれよ。なんと言うか照れくさい」
「うん、わかった」
リュカは頷いて、ヘンリーに軽く触れるだけのキスをした。
「……これくらいは良いよね?」
「あ、ああ」
ヘンリーは頭を掻いた。
ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~
第四十一話 今一度の旅立ち
軽く水浴びをして気持ちを切り替え、着替えて食堂に降りて来ると、参列者の大半がまだそこにいて、朝食を摂っていた。昨夜遅くまで飲みすぎて、二日酔いにかかっている者も多いようだが。
「むぅ……飲み過ぎた」
「奇遇じゃな。ワシもじゃよ」
ピエールとマーリンがくらくらする頭を抱えて、二人で唸っている。滅多にお目にかかれない光景だけに、思わず立ち止まってその様子を観察していると、テレズがやってきた。
「やぁ、おはようあんたたち」
「おはようございます、おばさま」
リュカが挨拶を返すと、テレズは満面の笑顔を見せたままイオナズンを唱えた。
「で、どうだった? ヘンリーは優しくしてくれたかい?」
ブフォッ、とヘンリーが噴き出す。リュカはその様子に気付くことなく、ごく気負わずに答えた。
「え? ヘンリーは何時も優しいですよ?」
ただ単にわかっていなかっただけだった。咳き込んだヘンリーが復活して止めるより早く、テレズはビッグバンを放った。
「違うよ、昨夜の事だよ」
良く見ると、周囲の人間が全員聞き耳を立てている。が、リュカはその様子に気付けなかった。流石の彼女も、今度はテレズの言わんとすることが何なのか理解していており、そしてそれによって激しく動揺したリュカはマダンテを唱えた。
「え……その……は、激しかった?」
その瞬間、食堂は爆笑の渦に巻き込まれ、新婚二人だけが取り残された。
「何で疑問形なんだよ! おばさんも皆の前で聞くことじゃねぇだろ!!」
ヘンリーが激しくツッコミを入れるが、テレズは動じなかった。
「まぁ良いじゃないの。新婚さんはそうやっていじられる宿命よ。ま、座って待ってなさい。今朝ごはん持ってくるから」
そう言って、笑いながら台所に戻っていく。リュカとヘンリーが空いている席を探すと、真ん中の方で手招きをするフローラとアンディが見えた。彼らの横の席が空いている。リュカとヘンリーがその席に座ると、アンディが言った。
「おはよう、二人とも。まぁ、僕らもアレはやられましたからねぇ」
初夜の感想を聞くのは、新婚をからかう絶好のネタと言う事なのだろう。
「……そうかい」
ヘンリーは朝から疲れた表情で言った。
「まぁ、耳寄りな話を持って来たから、元気を出してくださいよ」
「耳寄りな話?」
顔を上げたヘンリーに、アンディは聞いた。
「テルパドールと言う国はご存知ですよね?」
「ああ、南の砂漠の大陸の国だな」
ヘンリーが頷くと、フローラが言った。
「実は、今回修道院に来る前に、新婚旅行でテルパドールに立ち寄って来たのですが……そこの王家が、天空の兜を所有しているんです」
「ええっ!?」
リュカが驚いて身を乗り出した。
「マジか?」
ヘンリーも驚きを隠せない表情だ。
「ええ。僕らも行くまでは全く知らなかったんですが、女王陛下に謁見した時に、急に陛下に天空の兜を見せられたんですよ。運命を感じるとかで……まぁ、装備は出来なかったんですが」
「……そういえば、あそこの王家は、代々不思議な力を受け継いでいるとか聞いた事があるな」
ヘンリーは納得し、アンディと握手した。
「ありがとう、アンディ。お陰で次の目的地が決まったよ」
「どういたしまして」
そうやって、次の旅の目標が決まった時だった。
「リュカ、その旅なら私も付き合うわよ」
そう言ってビアンカがやって来た。ヘンリーがまた噴く。
「えっ!? そ、それは嬉しいけど……大丈夫なの? ビアンカお姉さん」
リュカは戸惑いながら聞いた。ダンカンを一人村に置いたまま旅に出て大丈夫なのか、と思ったのだ。
「お父さんからはもちろん許可は貰ってるわ。最近は父さんの病気も随分よくなって、ほとんど完治してるし……それに、私にも旅をする理由があるのよ」
「理由?」
リュカが聞くと、ビアンカは力強く宣言した。
「婿探しよ!」
「…………え?」
その場にいた、ビアンカ以外の全員が間抜けな声を上げた。そこへダンカンがやって来た。
「私ももう良い年齢だし、ビアンカにも良い相手を見つけて、幸せになって欲しいんだけど、山奥の村では、ビアンカを任せられる相手がいなくてねぇ……連れて行ってやってくれないかな」
「わたしは良いですよ。ビアンカお姉さんと冒険が続けられるのは嬉しいです」
リュカが何のためらいも鳴く言ったので、ヘンリーは目の前が真っ赤になるような衝撃を受けた。
「マジかよ……せっかくの新婚生活なのに、姑付きなんて最悪だ」
次の瞬間、食堂の全員が、昨日の主役の一人が窓を突き破って外に飛んでいくのを目撃した。慌ててリュカがその後を追いかけて出て行く。ふとアンディは気になった事を尋ねた。
「……あの、ビアンカさんはどういう男性がお好みなんですか?」
ビアンカは胸を張って答えた。
「そうね。私よりも強い人、かしら」
(それはまた無茶条件だ!)
その場にいた全員の心が一致した瞬間だった。
それからニヵ月後。リュカたちはテルパドール城を目指して、砂漠を歩いていた。
自前の船があれば、ビスタ港から一ヶ月ほどの航海で辿り着ける距離なのだが、そんな贅沢なものはリュカたちにはない。いったんポートセルミに行き、そこでテルパドール行きの船を待っていたのだが、砂だらけで特産物と言えば「砂の薔薇」と呼ばれる宝石くらいしかないテルパドールへの船は少なく、三週間以上船待ちを続ける羽目になったのである。
「あっつーい……」
リュカが誰に聞かせるでもなく言った。死の火山の溶岩流の暑さも凄かったが、ここの砂漠もまた格別の暑さだ。容赦なく降り注ぐ日光に見渡す限りの砂漠全てが熱せられ、空気が揺らめくほどに暑い。
「前の鉄の鎧だと死んでるな、オレ……」
ヘンリーも息をついている。軽装で防御力の高いシルバーメイルに装備を交換したのが幸運だった。
「ほら、そんな事言わないの」
一方でビアンカは元気だ。仲間たちも大半がへたる砂漠の熱気をものともしていない。
「ピエール君なんかあの全身鎧姿で平気なんだから」
ビアンカが指差す前方に、ピエールが黙々と進んでいる姿が見える。死の火山でも熱に耐えて戦い続けたその耐熱性は伊達ではない……と思ったのだが、砂の上に出ていた露岩に乗騎のスライムがつまずいた表紙に、コテン、と言う感じで砂の上に転げ落ちた。そのままピクリとも動かない。
「うわっ、ヤバイ! 熱中症になってる!!」
「水! 誰か水持ってきて!!」
そんな大騒ぎを演じつつ、リュカたちが砂漠を踏破してテルパドールに辿り着いたのは、三日後の事だった。それまで通過してきた街はオアシスに面していたが、この城にはオアシスらしきものは見当たらない。
「それにしても、綺麗なお城ね」
リュカは感心した。テルパドール城は城と言うより宮殿と言うのが相応しい、華麗な外観の建物だった。
「攻められたら弱そう……いや、この砂漠自体が防壁なのか」
ヘンリーはそう分析する。こんな砂漠では、人間の軍隊だけでなく、魔族や魔物も弱るだろう。
「ともかく、入って女王様にお会いしてみましょ。でも、いきなり会う事ができるのかしら?」
ビアンカが言うと、ヘンリーはバッグから一通の封筒を取り出した。
「大丈夫だ。弟に頼んで、女王陛下への親書を一通認めて貰った」
アンディから話を聞いた後、ヘンリーはすぐにデールを捕まえて、この親書を用意させたのである。これさえあれば、国の使者として堂々と謁見できる。
「手際良いわねぇ」
ビアンカが感心する中、ヘンリーは使者の名乗りを上げ、一行は無事城に入る事に成功したのである。
「女王陛下は地下の庭園におられます。こちらへどうぞ」
案内の兵士に連れられ、リュカたちは城の地下に降りていく。地下に庭園? と訝しく思った一行だったが、地下四階のそこに着いてみて、なるほどと理解した。そこはまさに庭園だった。
レミーラの魔法を仕込んだ無数の照明が、日光同様の明るい光を投げかける中、地下水脈を引き込んだ川が流れ、木々や芝生を潤している。花畑も作られ、蝶が花から花へと舞い踊っていた。感心した様子のリュカたちに、案内役の兵士は誇らしげな表情で言った。
「地下にこのような場所がある事に驚かれたでしょう? これも我らが女王陛下のお力の賜物なのですよ」
「ふむ……いや、確かに大したものだ」
ヘンリーが言った時、奥の東屋から、数名の侍女らしき女性たちを引き連れた、美しい女性が歩いてくるのが見えた。周囲の兵士たちが跪くのを見て、リュカたちも跪き、彼女が来るのを待った。彼女は一行の前で足を止めると、思わぬ事を言った。
「わたくしはこの国の女王、アイシス。貴方達をお待ちしていました」
「え?」
一行は顔を上げた。アイシスは微笑を浮かべながら、一人一人確認するように名を呼んだ。
「リュカに、ヘンリー。それにビアンカ。違いますか?」
「い、いえ! その通りです。でも、何故?」
名前を知っているのか、と言う問いに、アイシスは答えた。
「わたくしたちテルパドールの王族は、代々予言の力を持っています。あなた方が天空の兜を求めて来る事はわかっていました」
そう言って、アイシスは一行を手招きして歩き出した。顔を見合わせ、リュカたちは後に続く。地下から出ると、城の二階を取り巻く回廊を抜け、左手の四角錐形の建物へと一行を誘いながら、アイシスは話した。
「わたくしたちテルパドールの民は、導かれし者たちが二人、“流浪の双華”の末裔なのですよ」
流浪の双華……爆炎の踊り娘マーニャ、運命を知る者ミネアの姉妹の事である。トルネコが天空の盾を勇者に預けられたように、姉妹は天空の兜を預けられた。
魔王を倒した旅の後、姉妹は流浪の生活に終わりを告げ、当時住む人のなかったこの砂漠のオアシスに居を構えた。水脈を占いで探し当てる事の出来たミネアと、太陽のようなカリスマで人々を導くマーニャ。この二人を慕って集まった人々により、この地にテルパドールと言う国が興されてから、もう数百年になる。
「祖先ミネアは、いつか再び邪悪な者たちがこの世を脅かす、と言う予言を得ていました。それゆえ、この天空の兜も、ごく限られた人々にしかその存在を知らせていなかったのですよ」
四角錐の神殿の奥に安置されたそれを見て、リュカは胸の高鳴りを感じた。剣と盾同様、天空の兜は竜の意匠を施した、銀と緑の二色の金属で作られ、蒼い宝玉が填められている。兜と言うより、冠やサークレットに近いデザインだった。
「拝見してもよろしいですか?」
リュカの質問に、アイシスはもちろん、と頷いた。台座に安置された天空の兜を、リュカはそっと持ち上げた。一瞬軽い力で動かせそうだったのに、すぐに兜はずっしりした重さとなって、持つのも精一杯になる。それでも。
「動いた……!?」
アイシスは驚いていた。さらにヘンリーも兜を持ってみる……やはり途轍もない重さに感じられはしたが、持ち上げられないほどではなかった。
「驚きました。持ち上げる事さえ、普通の人には出来ないものですが……とはいえ、お二人とも勇者と言うわけではないのですね」
そのアイシスの言葉を聞いて、ビアンカが持ち上げる事に挑戦してみる……がしかし。
「お、重たい……? と言うより、ビクともしない……!」
ビアンカは全く兜を持ち上げる事ができなかった。それを見届け、アイシスは一行を地下庭園の東屋に誘った。侍女たちに冷たい水を運ばせ、アイシスは話し始めた。
「リュカとヘンリーは、おそらく天空の勇者と関わる強い運命をお持ちなのでしょう。過去にも、そう言う方は一人いましたが……パパスと言う方です」
それを聞いて、リュカの顔に驚きが走った。
「父様が……ここに……!?」
今度はアイシスが驚く番だった。
「父様……? リュカ、貴女はパパス王の娘なのですか!?」
「え? パパス……王?」
父の名に思いもよらない肩書きが付いたことで、リュカは驚くよりも戸惑った。
「ええ……わたくしの知るパパスと言う方は、ここから東にある国、グランバニアの王……デュムパポス三世陛下です」
アイシスは頷き、じっとリュカの顔を見た。
「今から、もう十五年ほど前になるでしょうか……パパス王は攫われた王妃を自ら探す旅の途中、ここに立ち寄り、天空の兜を見ていかれたのです。その時のパパス王は、サンチョと言う従者の方をお連れになり、まだ一歳になるかならないかの赤子を抱いておられました」
アイシスはもう一度リュカの顔を良く見て、溜息を漏らした。
「……よくよく見れば、貴女にはあの時の赤子の面影がありますね」
リュカは衝撃的な事実に声も出なかった。サンチョもいたとすれば、その王は間違いなく……
「父様が……王様……」
「そして、リュカはお姫様、と言う事になるのか?」
「びっくりだわ……」
リュカ、ヘンリー、ビアンカはそれぞれに呟くように言った。驚愕が強すぎて、感情がマヒしてしまったようだった。
(続く)
-あとがき-
リュカ、自分のルーツを知るの巻。なお、後に生まれる子供たちができたのはこの話の時間内です(殴)。
そして、相変わらず自重しないビアンカ。この世界では彼女の祖先はアリーナなのかもしれません。