念のため三日ほどチゾットで休養し、リュカたちはグランバニアに向けて出発した。グランバニア側の下山口に渡るには、谷にかかる長大な橋を渡らなければならないのだが、その途中、雲が切れて下界が顔を覗かせた。広大な森の中に、灰色のシルエットが見える。
「あれがグランバニア城ね」
ビアンカが言う。この高さから見える辺り、相当巨大な城なのだろう。
「話によると、城下町を城の中にすっぽり取り込んだ形式らしい。建物だけなら、うちの十倍以上あるな」
ヘンリーも王子時代に学んだ知識を思い出して言った。それを教えてくれたのは、今は亡き父王、エドワードだった。
(父上はその城を作った人間は大した男だ、と言っていたが……パパスさんの事かも知れないな)
懐かしい記憶を辿りながら、ヘンリーは思う。今になって考えると、おそらく父とパパスは知り合い……いや、友人同士だったのだろう。何しろ国王同士だ。
そのパパスを……頼れる友人で、かつグランバニアの王でもある人物をヘンリーの教育係に付けてくれたのは、エドワードにとって、ヘンリーに対して父として出来る最高の贈り物だった事だろう。今更ながらに、ヘンリーは父の愛情の深さを思い知った。
(それなのに、オレは国よりリュカを取った……親不孝者だな。でも、許してくれますよね、父上?)
ヘンリーは父親の霊に心の中で詫びた。
一方、荷台のリュカもグランバニア城の遠景を見ながら、父の面影を追っていた。
(あれが……父様の故郷。わたしの生まれた所……)
いまいちピンとこない気がする。リュカにとって、故郷とはサンタローズの事だった。
だが、街を城の中に入れて、一体化して守る、と言う考え方は、常に弱者の目線に立ち、それを守ろうとした父の姿勢に通じる所があると思う。そう思って見ると、グランバニア城にも親しみが持てる様な気がする。だが、父の事を思うのは、今もリュカにとって辛く悲しい事だった。
(父様……わたしは父様の故郷に帰ろうとしています。わたしはその人たちに、父様の死を伝えなければならないのでしょうか……?)
故郷に近づくにつれ、リュカの気持ちは少し重くなっていくのだった。
ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~
第四十四話 故郷への帰還、そして再会
グランバニアへの道は、チゾットへ登ってくる山道を遥かに超える険しさだった。こちらでは山の斜面はほとんど垂直の断崖で、ところどころの岩だなを結ぶように、トンネルと切通しを組み合わせた複雑な道が、崖に付けられている。
出現する魔物も格段に強力になっていて、メッサーラやミニデーモンと言った生粋の悪魔族や、獣人の中でも強者で知られるオークキングがいた。希少なモンスターであるはぐれメタルも一度見かけたが、途方もない速さで逃げ出してしまい、観察の機会は一瞬しか得られなかった。
「……今の子達、全部仲間になりそうなんだけどなぁ」
はぐれメタルが逃げた後、リュカがそんな事を言い出したので、ヘンリーとビアンカは「マジで?」と声を揃えて言ってしまった。はぐれメタルとオークキングはわからないでもないが、悪魔族でもOKと言うのは、にわかには信じがたい。
「うん、悪魔は堕落した天使だって聞いたことがあるし……邪気さえ消えれば大丈夫なんじゃないかな?」
リュカは言う。そんなものかねぇ、と思いつつ、ヘンリーは答えた。
「そのうち、仲間になるか試してみるか?」
「そのうちにね」
リュカは頷いた。そうやって垂直の崖を下る事一日。こっちの斜面にも、ミッド山荘のような簡易宿泊所があった。そこの主人はなかなか気さくな人物で、一行の目的地がグランバニアと聞くと、いろいろな事を話してくれた。
「グランバニアに行くのかい。あそこの先代の王様は立派な人でねぇ、こうして旅人のために宿泊所を設けたのも、あの人のアイデアなんだよ。名前? パパス王と言う方だよ」
そうやって主人はパパス王の事を褒めちぎった。試しにリュカがパパスの容貌を話してみると、主人はそうそう、と頷いた。
「確かにそんな感じのお方だったよ。お嬢さんはパパス王を見た事があるのかい?」
「ええ、まあ……」
リュカが頷くと、主人は悲しそうな顔になった。
「そうか。お嬢さんみたいな若い人でも知っているほど凄い人だったのに、十年前に行方不明になって、今も見つかってないと言うのが残念でねぇ……その事をサンチョさんから聞かされた時は、自分の家族の事のように悲しかったよ」
サンチョと言う名前を聞いて、リュカは驚いたが、同時に嬉しくなった。やはりサンチョは生きていたのだ!
今もグランバニアに住んでいるとしたら、真っ先にサンチョの家を訪れなければなるまい。彼女の記憶にない過去を知っているのは、今となってはサンチョだけだ。
翌日、宿の主人から道を聞いて順調に山道を下った一行は、森を抜けてグランバニア城に入った。山の上からでも大きく見えた城だが、入ってみるとその規模は圧巻と言うべきだった。
「これが本当に城の中?」
ビアンカが思わず言う。幅広い大通りに沿って、無数の店が立ち並んでおり、多くの人が行きかう様は、普通の街と全く変わらない。ただ、上を見上げれば石の天井が見えるところは、確かに屋内だ。
「想像以上の規模だ。これは難攻不落だろうな」
ヘンリーが言うと、近くにいた町人が上機嫌そうに声をかけてきた。
「凄いだろう? これはこの国の人間なら、皆自慢に思っている施設なんだ。先代のパパス王が作られたんだよ」
それを聞いて、リュカが質問した。
「その、パパス王の従者をしていた、サンチョさんの家を探しているのですが……ご存知ありませんか?」
町人は首を横に振った。
「いや、俺は知らないな……教会のシスターなら、サンチョさんに詳しいと思うが」
リュカは礼を言って、教会に向かった。しかし、シスターは留守で、代わりに司祭がサンチョの家を教えてくれた。
「サンチョ殿なら、城内には住んでおらぬよ。城外の裏手に一軒家を構えて、そこにお住まいだ。城の中の方が便利だし、二階以上にも住める御身分なのに、敢えて外に家を建てる辺り、自分に厳しいお方だよ」
司祭は言う。この街部分は一階と二階の一部だけで、基本的に残りは全て城の施設である。その城部分に住むことを許されるのは、王族や高位の貴族、それに騎士たちなどで、平民は住む事ができない。
サンチョは男爵で近衛兵団長すら務めた事もあるほどの人物なのだが、仕えていた主……つまりパパスを守り損なった事を恥じ、今は城に住んでいないらしい。
「そうでしたか……ありがとうございます」
リュカが礼を言うと、司祭はいえいえ、と応じつつも首を捻った。
「ところで、どこかでお会いした事がありませんでしたかな、お嬢さん。何か懐かしい気がするのですが……」
一歩間違うとナンパにも聞こえる事を言う司祭だったが、リュカは気にせず否定した。
「いえ……気のせいだと思いますよ。わたしがこのお城に来るのは、たぶん十五~六年ぶりですから」
「そうですか」
司祭はなおも首を捻っていたが、その間にリュカたちは教会を立ち去っていた。いったん城門を出て、城と城壁の間の通路を抜けていくと、前方からシスターが一人歩いてくるのが見えた。
「こんにちわ。すみません、サンチョさんの家はこの先ですか?」
シスターは立ち止まり、頷いた。
「ええ、そうですが……あなたたちは?」
それにはビアンカが答えた。
「昔、サンチョさんにお世話になったので、そのお礼を言いに参りました」
まぁ、それはそれは、とシスターは目を細め、リュカたちに頼み事をしてきた。
「お知り合いであれば、あなた方からも言ってもらえませんか? 思い詰めると身体に毒だと……」
「わかった、言っておくよ」
ヘンリーが答え、シスターは頭を下げて去って行った。
「サンチョさん……大丈夫かな」
リュカは心配になった。どうも、今のサンチョはあまり幸せな生活をしているとは言い難い境遇のようだ。無理もないとは思うが……
「とにかく会ってみましょ。話を聞かないと始まらないわ」
ビアンカに促され、一行は再び通路を歩き出す。十分ほどで通路を抜けると、そこは城の裏庭になっていた。見回すと、奥まった木々の陰に、それらしい建物が見えた。いかにもみすぼらしい外見の小屋で、吹けば飛びそうに見える。あの陽気なサンチョのイメージには、あまりにそぐわない建物だった。
「……」
リュカとビアンカは思わず顔を見合わせたが、ともかくその建物に近づくと、扉をノックした。
「……開いていますよ」
中から声が聞こえた。リュカは記憶にあるサンチョの声と、今の声を比べて、違いがあるか考えてみる……が、良くわからなかった。似てはいると思うが。ともかく、開いているとは言われたのだから、入ってみることにした。
「お邪魔します」
リュカはそう断って、扉を開けた。狭い小屋だけに、すぐ住人の姿が見えた。リュカたちに背を向け、椅子に身体を預けている一人の男性。リラックスしていると言うよりは、投げやりの態度に見えた。彼は椅子を回して振り返った。
「シスターかね? さっきも来たばかりなのに、今度は何の用で……」
そこまで言って、彼は来訪者がシスターではない事に気付き、首を傾げた。
「どなたかな?」
そう言われたリュカとビアンカも、「どなた?」と首を傾げていた。彼女たちの知っているサンチョは恰幅の良い……言い換えればかなり太っている体型で、いつも優しそうな笑顔を浮かべた、柔和な顔つきの人物だった。
しかし、目の前の男性は、痩せて……引き締まったというのではなく、病気でやつれたような体型をしており、目には悲しみと憤りの入り混じったような光が湛えられていた。まるで別人のようで、とてもサンチョとは信じられない。
しかし、リュカは思い切って聞いてみた。
「サンチョ……さん?」
「いかにも……私がサンチョですが」
男性は頷いた。
「こんな……世捨て人のような私に、貴女方のような若い女性が何の御用ですかな……?」
自分を蔑むようなサンチョの言葉に、ああ、やっぱりサンチョさんなんだ、とリュカは思った。彼の言葉からは、大事なものを失い、それを埋め合わせることの出来ない人間の悲哀と悲憤がにじみ出ていた。
それは、かつての自分や、シスター・マリエルにも当てはまる境遇だった。そんな悲しい境遇に、サンチョを沈めたままではいけない。リュカは言った。
「サンチョさん……わたしです。パパスの娘のリュカです。覚えがありませんか……?」
数秒間、その言葉をかけられたサンチョの様子に変化はなかった。だが、言葉がその全身に染みとおったその瞬間、彼は大きく目を見開き、頭のてっぺんから足の先まで、何度もリュカを見回した。
「お……おお……」
サンチョの目から負の感情が拭い去られ、懐かしさと歓喜の色が取って代わる。まるで呪いが解けたように、サンチョの纏う悲しみのオーラが消えて行き、感極まった声がその口から迸り出た。
「お嬢様……リュカお嬢様なのですね……! 生きて、生きておられたのですね!! このサンチョ、何度お嬢様との再会を夢に描いた事か……!!」
サンチョの目からまるで滝のように涙が溢れ、リュカもまた涙を流しながら、サンチョに抱きついた。
「サンチョさん……ごめんなさい……長い間心配かけて、本当にごめんなさい……!!」
「なにを仰います。私の方こそ、旦那様とお嬢様の大事に傍にいられず……まことに申し訳ありませぬ」
サンチョも娘を抱くように、リュカをそっと抱擁した。その再会に貰い泣きしていたビアンカもまた、懐かしい人物に声をかけた。
「サンチョさん、私の事は覚えてますか? アルカパのビアンカです」
それを聞いて、サンチョはもちろんです、と頷いた。
「懐かしゅうございますな、ビアンカちゃんも……いやいや、そんなに美しく成長された女性を、ちゃん付けで呼ぶのは無礼ですな。ビアンカさん……本当に懐かしい」
サンチョは涙を拭った。
「今日はまるで夢のような日です。リュカお嬢様とビアンカさんがこんなに美しく成長されて、再会できるとは……」
そう言いながらも、サンチョの目はこの場にいない、そしていて欲しいもう一人の人物を探していた。リュカはそれを見て取り、いよいよ話さなければならない時が来たと悟った。
「積もる話はこれからとして……サンチョさんに紹介したい人がいるの。ヘンリー」
リュカの言葉に、サンチョは入り口の方を見た。入ってきた見知らぬ青年に首を傾げる。
「あなたは?」
サンチョに問われ、ヘンリーは帽子を取って一礼した。
「オレはラインハットのヘンリー。訳あって、リュカと一緒に旅をしている……実は」
「その……わたしの旦那様なの。わたしたち、結婚してるの」
ヘンリーとリュカの言葉に、サンチョは目が飛び出るほど驚いた。
「な、なんですと!?」
わなわな、と言う感じで震えるサンチョの様子に、これは説明が大変そうだなぁ、とリュカとヘンリーは同時に思ったのだった。
(続く)
-あとがき-
サンチョを痩せさせてかっこよくしてみるテスト。イメージが湧かない人は「Drスランプ」のシリアスモード千兵衛博士を連想していただければ。
この説明でわかる人いるのかな……アニメリメイクもあったから知っている人は多いと思いたい。
「骨格レベルで別人じゃねぇか!」と言うツッコミは受け付けます。
次回はリュカのフルネーム公表です。