場所を城の大会議室に移し、リュカの話が始まった。居並ぶ文武百官たちは、リュカの年齢にしては余りにも波乱万丈の体験に、声もでない様子だった。それでもパパスの死には泣き声がもれ、ヘンリーとの結婚には場がどよめいた。
「そうか……やはり兄上は……」
オジロンは沈痛な表情で偉大な兄の死を受け止めていた。そして、おもむろに話を切り出した。
「私は兄が帰るまでの代行として、王位を継いだ。言わば繋ぎの役目だ。兄は帰らなかったが、その子であるリュカが戻った以上、リュカに王位を返したいと思う」
ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~
第四十六話 王家の試練
場に沈黙が落ち、一瞬置いて騒然となった。
「お待ちください、陛下!」
「唐突に何を言われるのですか!」
「お考え直しください!」
考え直して欲しいのは、リュカも同じだった。彼女にはパパスの遺言を守って、母と天空の勇者を探す使命がある。それを投げ出してしまうわけには行かない。そう言おうとした時、さっきに宰相が手を上げた。
「陛下、お言葉ではございますが、我がグランバニア国の王室典範においては、女子の王位継承は認められておりません。従いまして、リュクレツィア姫様に王位を受け継がせる事は出来ませぬ」
「なに、まことか?」
オジロンはそう言うと王宮秘書官を呼んで、典範を確認させた。すると、確かに継承者を男子に限る、とある。
「むぅ……女子しかいなかった場合はどうして来たのだ?」
オジロンが言うと、宰相はそうですな、と前置きして答えた。
「その場合は、王の兄弟、そうでなければ王家と血縁関係のある貴族の男子。それもなければ、どこか名門から男子を王女の婿として迎え、その方に王位を継いで戴くことになりますな。まぁ、最後の例は今の所歴史上ありませんが」
「そうすると、当てはまる人物は……」
オジロンの視線が、ヘンリーに当たった。
「……オレですか?」
ヘンリーが言うと、一瞬場の雰囲気が険悪になった。その空気を読めなかったのか、読む気がなかったのか、宰相が言った。
「ヘンリー殿下は我がグランバニアにも劣らぬ名門、ラインハット王家の一員。資格は十分ですな」
すると、騎士団長が立ち上がった。
「宰相殿、私は反対だ。先王陛下の死にラインハットが関わっていることは事実。いくら黒幕が魔族でも、そのラインハットの王族を継承者とは承諾しかねる」
その主張に、私も、拙者も、と言う声が相次ぐ。そこでヘンリーは言った。
「オレも、この国の王位を継ぐつもりはありませんよ。ところで宰相殿」
「何か?」
ヘンリーに呼ばれた宰相が顔を上げた。そこでヘンリーは尋ねた。
「オレとリュカの子が男の子だった場合、継承権はどうなる?」
一瞬宰相は沈黙し、それから答えた。
「……その場合、当然そのお子が継承権第一位になるかと存じます」
「なら決まりだろ。今のままオジロン陛下に王を続けていただき、オレとリュカの間に男子が生まれたら、その子を将来王とすれば良い」
そこでリュカも言った。
「わたしは、父様の遺言を果たし、天空の勇者と母様を探し出す、と言う目的を持って旅を続けてきました。その目的は、まだ果たされていません。できれば、このまま旅を続けたく思います」
さらに、サンチョが懇願した。
「オジロン様、どうかお二人の言葉をお聞き届けください。確かに王位を譲るのが筋ではありましょうが、亡きパパス様の無念に報いねばなりませぬ」
その言葉に、オジロンは参った、と言う表情になった。
「ううむ……王を辞める良い機会だと思ったのだがな……」
元々私は王になど向いていないのだ、と愚痴るように言うオジロン。そんな事はないのになぁ、と思うリュカ。それはともかくとして、ヘンリーが提案した、生まれてきた男の子を次の王にする、と言う案については、特に反対も代案もないようだった。何と言っても、二人はまだ十七歳と十六歳。今後何人でも子供は生まれるだろうし、女の子ばかりでも、自家の男子を送り込んで、城内を自分たち主導で固められると、貴族たちは踏んだのだ。
「では、私が引き続き王位を勤めさせていただく」
オジロンがそう言って会議を締めくくろうとしたとき、宰相が再び口を開いた。
「お待ちください。ヘンリー殿下にはもう一つ用件があります」
「え?」
立ち上がりかけていたヘンリーが動きを止めると、宰相はさっき秘書官が持ってきた典範を開き、ある部分を指で示して言った。
「ヘンリー殿下がグランバニア王家の一員に加わるに辺り、王家の証を得る試練を受ける必要があります」
「なに?」
オジロンは自分の前の典範を開きながら言った。
「あれは、王家の男子が成人の儀式として行なうものだろう? 外部から迎える方にも必要なものなのか?」
宰相は頷いた。
「もちろんです。グランバニア王家に加わるからには、例外はありません」
王家の成人の儀式……十六歳を過ぎると、グランバニア王家の男子は城の東にある試練の洞窟に赴き、そこで王家の一員たる証を持ち帰ることで、初めて成人であり、王位継承権を持つことが認められる。それが長年グランバニア王家に伝わるしきたりであり――
「ヘンリー殿下がこれを成し遂げられない限り、王族として認められず、リュクレツィア姫様とのお子にも、王位継承権は認められません。従って、試練を受けていただきます」
それを聞いて、ヘンリーは頭を掻いた。
「それはまた面倒な事を」
ラインハット王家には、そう言うしきたりはない。とはいえ、郷に入れば郷に従えである。これがリュカと自分の仲をこの国に認めさせるための、最後の通過儀礼なのだろうと、ヘンリーは覚悟を決めた。
「良いさ。受けようじゃないか、その試練」
軽い調子で言うヘンリーの手を、横にいたリュカが握った。
「ヘンリー……」
心配そうな目で見るリュカに、ヘンリーは微笑んで見せた。
「大丈夫だよ。リング探しに比べりゃあ、こんなのはなんて事はないさ。軽くクリアしてみせる」
「いや、ヘンリー殿……侮るべきではありませんぞ?」
自分でもその儀式をクリアした経験から、オジロンが注意を促す。彼はヘンリーに好意的だった。自分を常に律し、高みを目指して歩む姿は、亡き兄を髣髴とさせる。もちろんまだ未熟ではあるが、この青年はグランバニアに良き変化をもたらす存在になる、とオジロンは感じていたのだった。
「ありがとうございます、陛下。もちろん油断する気はありません」
ヘンリーは言って、すっと立ち上がった。
「明日にでも、その試練をお受けしましょう」
それを聞いて、宰相の目元が僅かにぴくぴくと動いた事に、その場の誰もが気付かなかった。
試練の洞窟は城から僅かに半日ほど離れた場所だった。
「あれがそうかい?」
問うヘンリーに、案内の兵士が緊張した面持ちで答える。
「は、はい。私はこれ以上あそこに近寄れませんので、これで引き上げさせていただきますが……」
そう言いながら、兵士はヘンリーとその周りの集団を見る。着いて来ているのはピエールにマーリン、ブラウン、コドラン、ジュエルと言う戦力。魔物を引き連れたヘンリーに兵士の注ぐ視線は、恐れに満ちていた。
(オレになついているわけじゃないんだがな、こいつらは)
ヘンリーは苦笑する。魔物の手先になっていた国、ラインハットの出身と言う事で、どうも城内では仲間の魔物たちを統率しているのは、リュカではなくヘンリーと言う事になっているらしい。実際には、この面子はリュカのお願いに応じて着いて来てくれたのだった。
リュカ本人は身重の身体と言うこともあり、ビアンカを世話係代わりにして城で待っている。プックルとスラリンはリュカから離れようとせず、ホイミンはリュカの体調を考え、医者代わりに残してきた。
「じゃあ、行って来るよ。城に戻ったら、リュカにすぐ帰ると言っておいてくれ」
ヘンリーはそう言うと、返事も聞かずに洞窟の入り口へ向かう。そこへピエールが話しかけてきた。
「お前に手を貸すのは不本意だが、これもリュカ様とお子様のためだ。仕方がないな」
ヘンリーは笑った。
「いやいや、素直に当てにさせてもらうぜ?」
こんな所で喧嘩をしている余裕はない。ヘンリーは他の仲間たちにも声をかけた。
「皆も頼むよ」
それぞれ、鳴いたり武器を振り回したりして応える仲間たち。ジュエルだけは、何を考えているのやら、良くわからない所があるが……バギクロスなどの強力な魔法を使うのは心強いが、雑魚にもそれを連発してあっさり戦力外になったりするのが困り者だ。
「まぁ、ワシは万が一に備えて、呪文を温存しておくとしよう……幸いこれもあるしな」
マーリンは何時もの愛用の魔封じの杖ではなく、チゾットの手前でデッドエンペラーから奪ったいかづちの杖を持ってきていた。他の仲間たちも、それぞれ武装を新調している。
「よし、行くか!」
ヘンリーは洞窟の中に踏み込んだ……そして立ち止まった。半円形のエントランスには、四つのドアが付けられている。
「……どれが正解だ?」
ヘンリーは一番手近なドアを開けてみた。
すぐ向こうが壁になっていた。
「なんだこりゃ?」
ヘンリーは呆れつつ、別のドアを開けてみる。今度は通路があり、すぐ先で九十度右に曲がっていた。試しにそこを行って見ると、すぐにまた九十度右に曲がり……ドアがある。嫌な予感がしつつ開けてみると、そこはエントランスだった。出てきたのは、さっき入ったドアの二つ隣である。
「じゃあ、これが正解か」
ヘンリーはまだ開けていない、残り一つのドアを開けてみた。
すぐ向こうが壁になっていた。
「おい、どれもハズレじゃないか!?」
唸るヘンリーの肩を、マーリンが叩いた。
「落ち着け、ヘンリー殿。これはどうやら魔法的な仕掛けのようじゃ。おそらく、正しい手順でドアを開けないと、正解の通路に繋がらぬのじゃろう」
そう言うと、マーリンは目を閉じて意識を集中した。
「……どうやら、この洞窟全域が、魔法的な仕掛けの塊のようじゃな……こういう時でなければ、ベネット殿でも呼んで、一緒に研究するんじゃが」
マーリンの言葉に、ヘンリーはうんざりした表情になった。
「マジかい……その方面は苦手だぜ、オレ」
だが、マーリンが胸を叩いて見せた。
「案じなさるな。この手の事は、ワシが専門家と言う自負もある。正解を必ず導いて見せようぞ」
さらにブラウンが新品のバトルアックスを振るってみせる。いざとなったら全部ぶち壊してでも進もう、と言う覚悟が、そのつぶらな目に宿っていた。
「おう……頼りにしてるよ、皆」
ヘンリーは頷き、その間にマーリンはじっと四つのドアを見ていた。
「ふむ……おそらく、まずはこれじゃな」
マーリンがノブを回す。王家の試練は始まったばかりだった。
(続く)
-あとがき-
リュカが女王になるのか、ヘンリーが王になるのか、と疑問の方も多かったと思いますが、正解は「どっちもならない」でした。
まぁ、王様になっちゃったら普通は旅を続けられませんからね。