マーリンが何度かドアを開け閉めしていると、それまで何度開けても向こう側がすぐ壁だったはずのドアが、通路に繋がっていた。
「……不思議なもんだなぁ」
ヘンリーが言うと、マーリンはいやいや、と首を横に振った。
「リレミトの応用で、ドアを開ける際に別の場所に通じるような、魔法的な門を作っているのじゃよ。旅の扉も同じような仕組みじゃな」
「ああ、なるほど。あれか」
ヘンリーはラインハット城から神の塔へ向かった時の事を思い出した。
「で、これが正解の道なのですか? 老師」
ピエールの言葉に、マーリンは頷く。
「おそらくな。先に進めばわかるじゃろう」
「よし、じゃあ行くか」
ヘンリーは先頭切って通路を進み始めた。
ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~
第四十七話 仇敵との再会
マーリンが予測した通り、試練の洞窟は魔法的なトラップが山と仕掛けられたとんでもない場所だった。
通路の先にあった階段を降り、その階を捜索してみたが、他の階への通路が見当たらない。下に降りる階段はあったのだが、降りた先は何も無い小部屋だった。
「さっきのドアみたいに、どこかに隠し通路があるんだろうな」
ヘンリーはそう言って、何か手がかりが無いか、全員に探してみるよう言った。壁やら床やらを探し回る事一時間。各員がフロアのあちこちに散って仕掛けを探している最中に、突然地響きと共に階全体が振動し始めた。
「うわ、なんだ? 地震か!?」
ヘンリーがそう言って伏せようとした直後、怒涛のような水の流れる音が響き渡り始めた。そっちを見ると、通路に水煙が吹き込んで来ている。ジュエルが捜索していた通路のほうだった。
「ジュエル!?」
ヘンリーやピエールがそっちに駆けつけると、通路はまるで川のようになっていた。それも激流だ。飛び込んだら、まず一発で溺れる事請け合いである。
「なんてことだ……ジュエル」
ピエールが嘆く。アホの子ではあったが、同じ仲間として戦ってきた仲間だ。その命が激流に消えたとあって、平静ではいられない。
「こんな危険な罠があったとは……」
ヘンリーは背筋に寒気が走るのを感じた。そこにジュエルを一匹放り出して行った事に、やりきれない無念さを感じる。
「済まない……ジュエル……」
そうやって、全員が粛然とした気持ちで激流を見つめていると、背後で気配がした。宝石を袋に入れて揺するような、ジャラジャラと言う音。
「え?」
振り向くと、そこには激流に流されたはずのジュエルがいた。全身ずぶ濡れではあるが、あのアホみたいな笑顔でヘンリーたちを見ている。
「じ、ジュエル! 無事だったのか!?」
ピエールが駆け寄ると、ジュエルは踊るように舌をくるくると振り回した。これが彼(?)の意思表示方法なのである。
「……なに? 面白かった、もう一度やりたい?」
そこで再度流れの方を振り返ると、既に水はほとんど流れておらず、そして底が見えるようになって気付いたのだが、水深はせいぜい30センチあるかないか。底がツルツルの石畳なので、たぶんウォータースライダーのように楽しめるはずである。その気になれば。
「アホかお前は! 心配させおって……」
ジュエルをポカリと殴るピエール。だが、その声は安堵に満ちていた。その時、マーリンが言った。
「この水、何処から来たんでしょうかな? 案外水の流れてくる方に通路があるのでは」
ヘンリーは手を打った。
「なるほどな。水が出たときに流されないようにしていれば、そこから先に進めるかもしれない。やってみるか」
一行が奥に進むと、突き当たりに近づいた所で、ジュエルが飛び出した。ぴょんぴょんと飛び跳ねて行き、壁に付いているスイッチを舌で押そうとする。
「ラリホーマ」
すかさずマーリンの魔法が飛び、ジュエルを眠らせた。ここで押されては困るのである。
「スイッチの場所はわかった。よし、ロープを張るぞ」
ヘンリーは壁に楔を打ち込み、ロープを張って足場を作った。流されないようにこれに掴まるのだ。眠っているジュエルはブラウンが抱え、全員がロープに掴まったところで、ヘンリーはスイッチを押した。
途端に壁が上にせり上がり、そこから水が溢れ出してきた。思ったより勢いが強く、滑って転びそうになったりもしたが、なんとか全員流されるのを免れた。そして上がっていった壁の向こうを見ると、確かに通路がある。
「よし、今のうちだ!」
ヘンリーが指示し、全員が壁の向こうに駆け込んだ。その背後で壁が降りて行き、床に水がたまり始めたが、一行はその前に奥の通路に進んで行った。
その後も、幾つかの仕掛けに遭遇したが、その度に知恵を絞って仕掛けを解除し、ヘンリーたちはかなり広い部屋に到達した。そこは中央部で底知れない深さの谷によって部屋が両断されており、谷に沿って無数の柱が立てられている。ヘンリーたちがいるのとは反対側の方に、宝箱が置いてあるのが見える。あれが王家の証とやらの入った宝箱なのだろうか?
(……そう言えば、オレもそんな事をしてたな)
ヘンリーは子供時代を思い出した。リュカやデールに「子分の証」が入っていると言って空の宝箱を開けさせ、その間に隠し階段で下の階に隠れる……今思うと、子供ながらアホである。
(まさかあれも空箱だったりしてな……)
グランバニアがそんな稚気溢れるイタズラを仕掛けるような国ではないと思うが、ヘンリーは一瞬そんな事を考えた。気を取り直し、間の谷を見る。
「一見何の変哲もないが……実は飛び越えられないと見た」
ヘンリーはそう言うと、石を拾って投げた。簡単に向こう岸に届かせられるはずの距離だが、石は谷の真ん中に近づくにつれて速度が落ち、しまいには空中で静止したかと思うと、谷底に吸い込まれていった。
「真ん中で空間が歪んでおりますな。飛んでいったら、何十里と進んでも向こうに着かない、と言う憂き目に会うところじゃった」
マーリンが分析する。
「メンドくせーもん作りやがる。リュカはあんなに素直なのに、これを作ったリュカのご先祖様とやらはヒネタ連中だぜ」
ヘンリーはそう言うと、辺りを見回した。
「たぶん、また仕掛けがあるはずだ。今度は全員で纏まって探すぞ」
「了解」
マーリンが答え、ぞろぞろと部屋の中を歩き回る。すると、一本の柱に大きな亀裂が入っているものがあることにヘンリーは気付いた。
「この柱だけ壊れてるな」
ヘンリーが言うと、マーリンは近寄って柱の表面を見つめ、コンコンと杖でたたいてみた。
「この柱だけ、材質が違うようじゃ。おそらくは……」
マーリンはそう言いながら亀裂に手を突っ込んで、奥を探った。カチリ、と言う音がして、部屋の中央部の床板がせり上がってくる。
「お、あれか?」
ヘンリーたちはそのせり上がってきた部分に駆け寄った。表面にボタンが付いており、それを押すと、今度は谷底から橋がせり上がってきた。
「……回りくどい仕掛けだなぁ」
ヘンリーは半ば呆れつつ、その橋を渡った。空間のゆがみも解除されたらしく、普通に向こう岸に辿り着く。その中央部の台座に近づき、ヘンリーは宝箱を開けた。
中身は空っぽだった。
「……おい」
ヘンリーは唸った。本当に中身がないとは思わなかった。
「うーむ、これはアレか……? 本当にここまで来ることが出来たら合格だ、とかそう言う類の」
ピエールも思いもよらない状況に首を捻る。あるいはこれも別の仕掛けのスイッチで、もっと奥があるとか? そう考えたとき、ブラウンがヘンリーの服の裾を引っ張った。
「ん、どうした?」
問いかけるヘンリーに、ブラウンは地面の一部を指差す。そこには靴跡があったが……
「……靴跡だと?」
ヘンリーは眉をひそめる。この中で靴を履いているのは、彼以外ではピエールとマーリンだ。しかし、この靴跡はかなり大きいもので、二人の足跡でないことは間違いない。もちろん自分でもない。
「誰かが、先にここに入ってきた? そして王家の証を盗んで行った……そう言うことか?」
独り言のように言ったとき、それに答える様に誰かの声が聞こえた。
「その通りだ」
全員が弾かれたようにその声がした方を振り向くと、今渡ってきた橋の向こうで、斧を担いだ屈強な大男と、その配下らしい十数人の男たちが、弓を構えてヘンリーたちを狙っていた。
「……お前は……」
ヘンリーは大男をじっと見た。どこかで見覚えがあるような気がする。すると、大男は自ら名乗りを上げた。
「俺は大盗賊カンダタ。だが、今日の仕事は殺しよ。あんたを消してくれと言う奴がいてなぁ」
「カンダタ……だと?」
その瞬間、ヘンリーの記憶が蘇った。あの忌まわしい事件の日、彼をさらって古代遺跡まで連れて行ったのが、目の前の大男だった事が。
「そうか……まさかこんな所で会おうとはな」
ヘンリーは呟くように言うと、カンダタを睨んだ。
「カンダタよ、十年前……いや、もう十一年前になるのか。お前がラインハットでした仕事を覚えているか?」
ヘンリーが言うと、カンダタは「はぁ?」とバカにしたような声を上げた。
「何言ってんだ? そんな昔の事なんか知るかよ。何しろこの俺はあまりに悪事を重ねすぎて、細かいことなんぞ一々覚えてられねぇんでなぁ」
「そうかい」
ヘンリーはパパスの剣を背中から抜いた。
「なら、お前の身体に十年前の恨みを刻み込んでやるよ! ジュエル、遊んでやれ!!」
ヘンリーが言うや、殴られたり眠らされたりで欲求不満を持っているらしいジュエルが、いきなりバギクロスを唱えた。地下にあるまじき暴風と共に真空の刃がカンダタ一味を襲った。
「ぐわぁ!」
「げえっ!?」
真空の刃を含む小さな竜巻が、カンダタを巻き込み、手下を次々に引き裂き、一陣の血風として吹き飛ばす。流石にカンダタはそれでも応えなかったし、なんとか真空の刃から逃れた手下もいたが、それらにはマーリンとコドラン、ピエールによる攻撃が待っていた。
「唸れ、いかづちの杖よ!」
マーリンが杖を振りかざすと、そこからミニサイズの稲妻が次々に打ち出され、カンダタ一味を撃ちぬく。そこへコドランが激しい炎を吐きつけた。とどめとばかりに、ピエールがイオラを放って一味を爆砕する。一瞬にして、一味は首領のカンダタを除いて、ほぼ全滅していた。生き残った手下たちも、バトルアックスを振り回すブラウンに片っ端から薙ぎ倒されている。
「やっ……野郎!」
大防御で攻撃を凌ぎきったカンダタだったが、その時にはヘンリーが全力で間を詰めてきていた。
「くたばりやがれ、悪党!」
振り下ろされるパパスの剣の銀の煌きが、カンダタの目を撃った。
(続く)
-あとがき-
第二次ヘンリー主人公祭り絶賛開催中。リュカが身重なので仕方ないのですが。
今回のテーマは「逝け、カンダタ! 忌まわしき記憶と共に!」な感じです。