グランバニアの四季は美しい。リュカたちがこの国へ帰ってきた時、城の四方を取り巻く深い森は、夏の終わりを迎えて最も緑の濃い季節だった。
秋になり、木々は紅葉し、赤や黄色に色づいた葉が目を楽しませた。冬が来て、葉が落ちて寒々しかった枝も、代わりに雪と言う衣を得て、たまに日が差せば虹色の輝きを放つ。
そうして季節がめぐるごとに、リュカの中に息づく新たな生命は成長し、ヘンリー、ビアンカ、サンチョ、そして多くの仲間たちにとって、それを見守る事が何よりの楽しみとなった。
そして、今また季節はめぐり……春、多くの生命が新たな誕生の賛歌を歌う季節。
リュカはとうとう産気づいた。
ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~
第四十九話 聖双生児の生誕
王族の私室がある最上階の直下、玉座の間で、ヘンリーは黙ってうろうろうろうろと辺りを歩き回っていた。お産の邪魔になるから、と追い出されたのである。
(リュカ……大丈夫か? 痛くないか? 苦しくないか?)
ヘンリーの頭の中はそれで一杯だ。産気づいたリュカは全身汗びっしょりで、真っ青な顔で陣痛に耐えながら、それでもヘンリーに
「わたし……頑張って元気な赤ちゃんを産むね……」
と約束した。ヘンリーは差し出された手を握り、しかし上手く言葉が出ず、黙ってリュカの決意に頷いて見せることしか出来なかった。
(頑張れ、とか何とか言うべきだったんだろうかなぁ……)
なおもうろうろうろうろと歩き回るヘンリー。普段この部屋の警備をしている兵士が苦笑して、慰めるように言った。
「こういう時は、男は何も出来ないものですよ。待ちましょう、大公閣下」
が、ヘンリーはそれも耳に入っていないらしい。
「ヘンリー殿、少しは落ち着かれよ」
その様子を見て、オジロンが笑う。
「まぁ、私もドリスが生まれたときは似たような感じだったし、兄上もリュカが生まれた時にはもっと酷かったが」
その言葉に、ヘンリーは足を止め顔を上げる。ちなみにドリスはオジロンの娘で、リュカの従妹にあたる。
「パパス殿が?」
うむ、とオジロンは頷いた。
「何と言うか、生きた心地がしない、と言う感じであったな。あの兄上にこんな面があったのか、と思ったものだよ」
「そうですなぁ。ヘンリー殿を見ていると、姫様が生まれたときの事を思い出しますよ」
サンチョも同意する。
「そうですか……」
ヘンリーはこの世で最も尊敬する人物であるパパスが、同じ立場でやはり自分と同じような行動を取っていたと聞いて、ホッとしたような気もしたし、まだ自分はパパスを越えられないな、と苦笑しもした。だが、お陰で幾分落ち着いたような気がする。
「ところで、子供の名前は決めたのですか?」
やはり待っていたサンチョの質問に、ヘンリーはええ、と答えた。
「いろいろ考えたんだが、男だったら……」
そこまで言った時、上の階から出産の手伝いをしていたビアンカが駆け下りてきた。
「ヘンリー君、サンチョさん、オジロン様! 生まれました! 生まれましたよ!」
最後の五段くらいを華麗にジャンプして降り、ビアンカは言った。
「しかも二人! 男の子と女の子の双子!!」
「双子だって!? マジかよ!!」
驚くヘンリーに、ビアンカはうんと頷いて、肩を叩いた。
「おめでとう、お父さん。リュカは本当に頑張ったわよ。さ、早く行って顔を見てあげなさい」
「お、おう!」
ヘンリーは転びそうな勢いで階段を登っていく。サンチョはオジロンのほうを見た。
「王子様と姫様、同時に誕生とはなんともめでたい! これでこの国の次代も安心ですな!!」
「うむ……早く顔を見たいところだが、今はそっとしておこう」
オジロンは満面の笑みを浮かべて頷いた。
部屋に入ると、産婆や手伝いの侍女といった女性陣に囲まれて、ベッドにリュカが横になっていた。その脇に、上等の絹布で出来た産着に包まれた二つの小さな生命。ヘンリーが傍によると、リュカは目を開けた。
「ヘンリー……わたし、頑張ったよ。よくやったって褒めてくれる?」
「ああ、もちろんだ。良くやったな、リュカ」
ヘンリーは身を屈め、まだ汗の浮いたリュカの額にキスをした。そして、生まれたばかりの子供を見る。緑色の、まだ産毛のような髪の毛をした子供たち。
「王子様の方は、ヘンリー様にそっくりですね。姫様の方は、やはりリュクレツィア様に良く似ておいでで……きっと、将来は立派な王様と美しい姫様に成長されるでしょう」
侍女頭が嬉し涙を浮かべた表情で言う。
「ああ……ありがとう」
ヘンリーはまず男の子の方を抱き上げた。父親とわかるのか、彼はヘンリーの腕の中できゃっきゃと笑った。思わず頬ずりしたいくらいに愛しさがこみ上げてくる。次に、女の子の方を抱き上げた。それまで閉じていた目が開き、リュカ譲りらしい黒い不思議な光を湛えた瞳がヘンリーを見上げる。
「それで、名前はどうするの? ヘンリー。考えておいてくれたんでしょ?」
リュカが聞いてきた。ヘンリーは頷くと、女の子をそっとベッドに戻し、ポケットから紙片を取り出した。
「ああ、決めておいた。見てくれ」
紙片を開き、リュカに見せる。そこに書かれていた名前は……
「男の子だったら……ユーリル」
リュカが言う。
「そして、女の子だったらシンシア。どうだ?」
ヘンリーが言うと、リュカは笑顔で頷いた。
「とても素敵な名前。ユーリルと……シンシア。この二人が成長して大人になる頃には、世界も平和になって、四人で穏やかに暮らして行けたらいいね」
その言葉に、ヘンリーは笑顔で答えた。
「ああ、そうなるとも。そうして見せるさ。オレたちの手で。違うか?」
「ふふっ……そうだったね」
リュカはヘンリーの気合の入った言葉に笑顔で答えた。
「でも、どうしてこの名前にしたの?」
リュカが聞くと、ヘンリーはそれはな、と答えを言った。
「オレの……ラインハット王家の遠い祖先の名前らしいんだ。どういう人たちだったのかはわからないけど、なんだか凄く気にかかる名前でな。子供が出来たらこの名前にしようと決めていたのさ」
「ふぅん……そうだね。なんとなくわかる。ちょっと神秘的な響きだもの」
リュカは微笑んだ。
リュクレツィア王女が次代の王となる男子と、姫君を同時に産んだ、そして母子共に健康だという報せは瞬く間に国中に広がり、城下はお祭り騒ぎになった。三日目からは、重臣たちや大貴族も祝賀のために部屋に駆けつけてきた。
もちろん、その中には宰相もいた。
「おめでとうございます、殿下、閣下。臣下として喜びに堪えません」
祝いとして持参した品を侍女頭に渡し、宰相は完璧な姿勢で礼を取った。
「ありがとう、宰相さん」
リュカは素直に礼を言う。ヘンリーも鷹揚に頷いて見せた。
「多忙な中、祝賀に来てもらって感謝するよ」
「さよう、全く持って多忙です」
宰相はにこりともせず答えた。
「一ヵ月後には、ユーリル殿下とシンシア殿下の御披露目式を行わねばなりません。準備も出費も大変なものです。ですが、国を挙げての祝事。全力を持って手配させていただきます」
オジロンが苦笑する。
「宰相、お前は固すぎる。少しは力を抜け。それではユーリルもシンシアも怯えてしまうぞ」
オジロンはユーリルとシンシアを孫のように思っており、執務が終わるとほとんどリュカ・ヘンリー夫婦の部屋に入り浸り、ユーリルとシンシアをあやしていた。たった三日目にして、サンチョとビアンカから「陛下、いい加減家族水入らずの時間を過ごさせてあげてください」と怒られる始末だ。
「いえ、こういう時こそ、真剣に仕事に打ち込まねば……と思っております。ではこれにて」
宰相はそう言うと身を翻して去っていった。ちなみに、彼が持ってきた祝いの品は、空色とピンクの小さな子供用の靴下で、春が来たとは言えまだ夜は冷え込む事の多いこの季節、なかなかに気の利いたチョイスではあった。
「意外な気配りをする奴だ……」
ヘンリーは首を傾げつつ、それでも宰相に気を許すつもりはなかった。
そして、御披露目式当日。八ヶ月前、リュカとヘンリーの御披露目式も行われたあの広場で、再びグランバニア国民は熱気に包まれた。
「国民諸君! 今日はユーリル王子とシンシア姫の二人を我が王家に迎え入れることが出来た、誠にめでたい日である! 故に、今日は王家の酒蔵を全て解放し、無礼講とする! 我々は喜びを共にし、共に二人の成長を祈ろうではないか!!」
ノリノリでオジロンが無礼講宣言をすると、わあっと国民の大歓声が城を揺るがすほどに響き渡り、たちまちいたるところで大宴会が始まった。とりわけ、ユーリルを抱いたリュカと、シンシアを抱いたヘンリーの元には、無礼講宣言もあって国民が殺到する。
「おお、何と言うお可愛らしい姫様……それに利発そうな王子様じゃ。わが国も安泰じゃのう」
感涙に咽ぶ老婆がいる。
「リュクレツィア姫様、これは子供の成長を祈るお守りです。お納めください」
素朴な木彫りのお守りを献上してくるシスターがいる。
「おお、素晴らしい王子様に姫様! ですがうちの子も負けてはおりませんぞ。ほらこんなに……」
酔って親バカ対決を挑んでくるあらくれがいる。
「ボクは大人になったら兵士になって、王子様と姫様をお守りします!」
将来の夢を語る少年もいた。リュカとヘンリーはそれらに応え、酒を飲む暇もない。それでも二人は笑顔で国民の声に応えていたのだが、まだ本調子ではないリュカは少し疲れていた。
「リュカ、ちょっと顔色が悪いぞ」
少し人波が途切れた所で、ヘンリーは妻を気遣った。
「そう……? ちょっと疲れちゃったかも」
頷くリュカの顔色は、少し青い。ヘンリーはビアンカを呼び止めた。
「ビアンカ、リュカを寝室に連れて行ってくれ。あと、シンシアも頼む」
ユーリルとシンシアも、疲れたのか眠ってしまっていた。二人ともあまり泣いたりしなくて、新米親としては手のかからない所が助かる。
「了解。リュカ、行きましょう」
「ん……」
リュカはビアンカに付き添われて去っていく。この分だと、旅を再開出来るまでにはかなり時間がかかりそうだ。
(少なくとも、子供達が物心つくまでは無理だろうな……まぁ、今はルーラもあるし、何かあればすぐ帰って来られるだろうけど)
そんな事を思っていると、既にかなり出来上がっているオジロンに捕まってしまった。
「どうしたヘンリー殿、酒が進んでいないようだな! まずは一献……」
「いや、ははは……ありがとうございます」
ヘンリーは杯を受けたものの、ほとんど飲んだ事がないので、自分がどれだけ酒が飲めるのかわからなかった。まぁいいや、と思って口をつけてすぐに……
視界が暗転した。
(続く)
-あとがき-
と言うことで、子供の名前は男の子がユーリル、女の子がシンシアでした。知ってる方は知ってると思いますが、IVの公式小説における勇者の名前です。シンシアは言わずもがな。
まぁ、ここまで来るとわかると思いますが、勇者の直系の子孫はヘンリーの方です。どういう設定でそうなったかは数回後をお楽しみに。
次回から青年期前半のクライマックス、デモンズタワー編です。