「と言う事で、猫ちゃんは渡してもらうわよ。良いわね?」
ビアンカの言葉に、いじめっ子たちは頷いて猫? を差し出した。
「ああ、約束だからな。それにしてもさすがビアンカだなぁ。本当にお化けを退治してくるなんて」
「よし、今日からお前はあいつらのもんだぞ」
猫? を地面に下ろし、いじめっ子たちは家の方へ去っていった。
「さて……これで今日からあなたは自由の身よ。お母さんのところへ帰りなさい」
リュカはしゃがんで猫? の頭を撫でた。すると、猫? はゴロゴロと喉を鳴らし、うっとりした表情でリュカの手に身を委ねた。
「あら? ずいぶんリュカになついてるのね」
ビアンカはその様子を見て笑うと、自分でも撫でてみた。しかし、リュカほど気持ちよさそうにはしない。もう一度リュカが撫でると、またうっとりした様子になる。
「むう」
扱いの差に不満げな表情を浮かべるビアンカ。その間に、猫? はリュカの周りをぐるぐると回りながら、しきりに尻尾を振ったり甘えたりしている。
「どうやら、この子はリュカをお母さんだと思っているようね」
「え? わたしがお母さん?」
六歳にしてお母さん、と言われたリュカはちょっと戸惑い気味な表情だったが、猫? が離れそうにない事を悟ると、笑顔で猫? を抱き上げた。
「うーん……わかった。お父さんに聞いてみないとわからないけど、わたしがあなたのお母さんになってあげる」
その言葉に、猫? は満足そうな表情をして、にゃあ、と鳴いた。
「そうすると、名前付けなきゃいけないわね。そうね……ゲレゲレっているのはどう?」
ビアンカが提案すると、猫? はフーッ! とたてがみを逆立てて怒った。
「嫌がってるよ、ビアンカお姉さん……わたしもその名前はどうかと思うの」
リュカにも駄目出しされ、ビアンカはむう、と眉をしかめた。
「じゃあ……プックル、っていうのは? 肉球がぷくぷくしてそうだし」
リュカは猫? の前足を見た。確かに小さいけどぷくぷくした肉球がある。
「うーん、わたしはそれが可愛くていいと思うなぁ。どう?」
リュカが聞くと、猫? は満足そうににゃあ、と鳴いた。
「うん、今日からあなたの名前はプックルよ」
そう言ってプックルをモフモフするリュカ。プックルは幸せそうにまたにゃあ、と鳴いた。
そこへ、パパスとダンカン、ディーナ夫妻がやってきた。
「リュカ、お化けを退治し、レヌール王の霊を助けたそうだな。良くやった」
そう言って、パパスはリュカの頭を撫でた。えへへ、と幸せそうな笑顔になるリュカ。しかし。
「だが、お前はまだ六歳の子供だ。もう二度とそんな無茶をしてはいかんぞ」
父親の強い語調に、リュカは今度はしゅんとなって項垂れた。
「ごめんなさい、父様……」
娘がちゃんと反省している事を感じたのだろう。パパスはまた笑顔に戻った。
「なに、お前がそうやって素直に反省しているのなら、もう良い。良い事をしたのは間違いないのだからな」
そう言うと、パパスは横で似たようなお説教をビアンカにしていたダンカンとディーナに向き直った。
「それでは、私はサンタローズに帰る事にしよう。世話になったな」
ダンカンとディーナは笑顔で首を横に振った。
「なあに、世話になったのはこっちさ。また遊びに来てくれよな!」
「気をつけてね、パパス、リュカちゃん」
「はい、おじさん、おばさん」
リュカは頭を下げ、丁寧にお辞儀をして、歩き始めたパパスの後を追おうとした。すると。
「待って、リュカ」
ビアンカがリュカの手を握って止めた。
「どうしたの、ビアンカお姉さん」
振り向いたリュカの前で、ビアンカはお下げの一本をくくっていたリボンを解き、リュカに差し出した。
「これ、あげる。今日の思い出に」
「……うん、ありがとう! ビアンカお姉さんだと思って大事にするね!」
リュカは笑顔でリボンを受け取った。髪の毛の端をリボンで結び、歩く時にばらけないようにする。
「うん、似合ってるよ、リュカ」
ビアンカは女の子らしさが増したリュカを眩しそうに見たが、別れの寂しさにすぐ顔を曇らせた。
「じゃあね……リュカ」
「はい。ビアンカお姉さんも……お元気で」
やはり涙を浮かべるリュカ。年下の子を泣かせてはいけないと、ビアンカは明るい表情を作って言った。
「リュカ、いつかまた、一緒に冒険しようね!」
「……うん、約束!」
そう、これが永遠の別れではない。そう気づいたリュカは笑顔を取り戻して、ビアンカと指切りをし、お互いに再会を誓った。こうして二人の少女は最初の冒険を終えた。
ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~
第五話 出会いと別れの辻
二ヶ月が過ぎ、暦の上ではそろそろ春も終わりだというのに、サンタローズの村の周りでは連日雪が降り、寒い日々が続いていた。
「うーっ、ぶるぶる……今年はどうも変だな。ちっとも暖かくならない」
村の若者が広場で焚き火を囲んで話していた。
「ああ、たまらんな……変といえば、妙にいたずらが多い、って話聞いたか?」
「うん、聞いた事あるよ。シモン爺さんの昼飯が何時の間にか食べられてたとか」
「そりゃ爺さんが自分で食ったの忘れてるだけじゃないのか」
「でも、爺さんは歳の割にはしっかりしててボケてないぜ」
「爺さんの飯の話だけじゃない。薬師の親方の家でも、何時の間にか大事なものが棚の外に出てたとか……」
いろいろと話を続ける若者たち。いい歳して昼間から働かないのか? と言いたい光景だが、こう寒いと種蒔きさえ出来ず畑仕事にならないので、どうしようもないのだ。そのうち、話題はある人物のことに変わって行った。
「そういえば、最近よそから来た人がいるだろ?」
「ああ、あの旅人さんな」
「気になるよな」
若者たちは顔を見合わせ、にやりと笑った。
「「「すっげぇ美人だし」」」
綺麗に声が揃う。
「いやぁ、シスターも美人だと思ってたけど、あの人は桁が違うよ」
「神秘的な美人だよな。何か憂いのある表情もたまらない」
「まだ若いのに大人っぽい感じもするし」
謎の旅人の女性に関して盛り上がった後、若者たちはある一点において、世の中に絶望するしかない事実を思い出し、溜息をつくのだった。
「「「でも、人妻なんだよな……」」」
彼女の薬指に指輪がはまっているのを、全員が目撃していた。さすがに「だがそれがいい」と言うほど、彼らは非常識ではなかった。
そこへ、ここ二ヶ月ほどで彼らも見慣れた小さな人影が、軽快な足音を響かせて走ってきた。リュカだった。後ろには彼女にしか懐かない小さな獣……プックルの姿もある。ちゃんと世話を見る事、という条件でパパスにプックルを飼う事を許してもらったリュカは、村人皆が微笑ましく思うほど熱心にプックルの面倒を見ていた。
「リュカちゃん、お出かけかい?」
若者の一人の声に、リュカは足を止めてぺこりとお辞儀をする。
「はい、父様のお使いで、お酒を買いに行きます」
「そっか。リュカちゃんは偉いなぁ」
若者が褒めると、リュカはそんな事ないです、と照れて俯いた。その姿がますます可愛らしいと思わせる事は気づいていない。
「ところで、今日は可愛い服装だね?」
「はい、父様に買っていただきました」
リュカはその場でくるっとターンしてみせる。今日の彼女の装備は、新品の皮のドレス。旅をする女性用の服で、皮鎧の一種とはいえおしゃれなデザインをしている。
先日まで着ていた旅人の服は、流石に少し古びてきたし、リュカの成長に合わせてキツくなってきたので、パパスは何時かの約束を守って、娘の為に新品を買ったのだった。
「そうか、気をつけてな」
「はいっ!」
元気良く挨拶を返し、再び走っていくリュカ。リボンでくくられた黒髪が左右にぴょこぴょこと揺れるのが愛らしい。その後姿を見ながら、声をかけた若者は言った。
「リュカちゃん、可愛いよな。きっとものすごい美人になるぜ」
「ああ、間違いない」
全員が同意し、そのうちの一人がふと気づいたように言った。
「あの旅人さん、ちょっとリュカちゃんに似てないか?」
その言葉に、仲間の一人が首を横に振った。
「そうか? なんとなく似てるかもしれないけど……でも」
その青年は似ていない、と言う根拠を述べた。
「リュカちゃんは……あんなに悲しそうな雰囲気はしてないだろ」
酒場のドアを開けて、リュカは中に入った。
「すいません、マスターさん。父様のお使いで来たのですが……あれ?」
リュカは何時もなら、この時間はカウンターでグラスを磨いているはずのマスターの姿が見えない事に気づき、辺りを見回した。そして。
「え……?」
テーブルの上に、見慣れない少女が座っているのを見て、リュカは絶句した。その行儀の悪さに対してではなく、彼女の姿が少し透けて見えるからである。
(幽霊……?)
二ヶ月前、ビアンカとの冒険で行ったレヌール城で見た幽霊たちが、そんな外見をしていた事を思い出し、リュカは相手の正体についてそう思った。その時、向こうもリュカの事に気づいたらしい。
「……もしかして、あなたは私の事が見えているの?」
リュカは頷いた。
「はい。あの……もしかして、あなたは幽霊さんですか?」
その質問に、少女は笑って首を横に振った。
「違うわよ。でも、幽霊のようなものを見ても驚かないあたり、結構心が強いようね……」
そこで少女は一度辺りを見回し、リュカに向き直った。
「ここは人目があるから、別の場所で話をしましょう。この村には地下室のある家があったわね。そこで詳しい話をするから、後で来て」
「え……」
リュカが止める間もなく、少女はそう言うと酒場を出て行った。入れ替わるように、二階からマスターが降りてくる。
「やれやれ、誰だ、二階にグラスセットを全部持っていったのは……おや、リュカちゃん。おつかいかな?」
マスターが階段の途中でリュカに気づいて言った。
「あっ、はい……」
リュカが頷くと、マスターは棚にグラスセットを戻し、代わりに紙で包まれた酒瓶を二本取り出してきた。
「はい、注文のグランバニアの地酒だよ。お父さんによろしくね」
「はい、ありがとうございます」
預かってきた代金をマスターに渡し、リュカは家に戻ろうと道を急いだ。すると、家の前に見知らぬ女性が立っているのが見えた。
「……?」
リュカは首を傾げた。知らない人のはずなのに、なぜか妙に懐かしいような、心騒ぐものを感じる相手だった。女性は懐かしさと悲しさが入り混じったような、物寂しげな様子でリュカの家を見ていたが、どうやらリュカに気づいたらしく、振り向いて声をかけてきた。
「こんにちわ」
「は、はい。こんにちわ……」
リュカは挨拶を返した。女性の声は優しく、心が安らぐ響きを持っていた。すると、その声を聞いて、それまでちょっと警戒していた様子のプックルが大人しくなり、女性が差し伸べた手を舐め始めた。
「ふふ……可愛いわね……あら、くすぐったいわよ」
女性はそう言いながら、空いた手でプックルの頭を撫でる。プックルは安心しきった様子で地面にゴロンと転がり、女性の手にじゃれ付いていた。
「プックルがわたしとビアンカお姉さん以外の人に懐くなんて……」
リュカは驚いた。プックルは噛み付いたり吠え掛かったりはしないが、パパスやサンチョといった一緒に暮らしている相手でさえ、完全には懐いていない。初対面でプックルが懐いた大人は初めてだ。
(この人は一体……?)
不思議そうにリュカが女性を見ると、女性もリュカのほうを見て、リュカの腰につけている道具袋を指差した。
「あら、何か綺麗な宝石が入っているわね」
「え?」
リュカは道具袋を見た。口の縛り紐が僅かに緩んで、中に入れてあったゴールドオーブの光が漏れている。
「とても不思議な光ね。わたしにもちょっと見せてもらえるかしら?」
リュカは一瞬迷った。このオーブはビアンカとの冒険の思い出の品で、大事な宝物だ。見知らぬ人に渡したくは無い。しかし。
「大丈夫。盗んだりなんかしないわ。わたしを信用して」
その声を聞いて、リュカは頷くとゴールドオーブを取り出した。女性の声は優しく、聞いていて安心できたし、プックルが懐くくらいだから、悪い人ではないに違いない。女性はありがとう、と言ってゴールドオーブを受け取り、軽く手の中で回してみたり、日の光にかざしてみたりしてから、リュカのほうに差し出してきた。
「ありがとう。本当に綺麗な宝石ね」
そう言う女性の目に涙が滲んでいるのを見て、リュカは言った。
「お姉さん、泣いているの……?」
「え? ううん。大丈夫。ちょっとお日様の光が眩しかっただけ」
女性はそう言うと、プックルを抱き起こし、リュカの頭を撫でた。
「さようなら、小さなリュカ。何があっても……どんな辛い事があっても、決してくじけては駄目よ。そして、お父さんとお友達を大事にしてね」
「え? お姉さん、どうしてわたしの名前……?」
リュカは聞こうとしたが、瞬きする間に女性の姿は目の前から消え去っていた。まるで、最初からそこにいなかったように。ただ、オーブに僅かに残った、女性の手の温もりだけが、彼女の名残をそこに留めていた。
(つづく)
-あとがき-
DQ5を象徴するイベントの一つ、幼年期サイドの話です。
ベラは最後まで男にするか悩んだキャラですが、とりあえずそのまま。初志貫徹でリュカだけ女の子で行きます。