空飛ぶ靴を履いたヘンリーたちが降り立ったのは、グランバニア城の北にある大きな湖の西岸にある、小さな修道院の傍だった。念のためそこで城に使いを出してくれるよう頼み、ヘンリーは北へ向かう。ほどなくして、山中の盆地に周囲の山をも圧倒するような、巨大な塔が見えてきた。
塔は八角形のブロックを積み上げたような複雑な構造で、途中から二つに別れ、最上階付近で再び合流するような形式をしている。巨人がその豪腕を振り上げ、天に杯を掲げているような、そんな形の塔だった。
ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~
第五十一話 魔の住まう塔
「これがデモンズタワーか」
感情の失せた声で言うヘンリーに、マーリンが頷く。
「さよう……どうやら、塔の周りにリレミトを封じる結界が張ってあるようですな。入ったら抜けられませんぞ」
その言葉に、ヘンリーは無言で剣を抜いた。
「最初から、リュカを助けるまで帰るつもりはない。好都合さ……嫌なら帰ってもいいぜ、じいさん?」
マーリンはふっと鼻で笑った。
「ご冗談を」
「その通り。我々には先に進む以外に道はない」
ピエールが言う。ヘンリーが絡まなければ冷静な彼も、今日は押さえていなければ猪突猛進しそうな勢いだ。
「――――」
プックルが唸り声を上げる。見た目によらず「にゃあ」と言う可愛い鳴き声を普段使っているプックルだが、殺気を抑え切れない今の彼は、彼の種族が得ている異名「地獄の殺し屋」そのものだ。
もちろん、他の仲間たちも皆やる気……いや「殺る気」というべきか……に満ちている。一行は上空を暗雲が覆い、稲光が閃く中を、デモンズタワーに向けて歩みを再開した。
塔に突入するや出迎えたのは、アームライオンの群れだった。四本の腕と牙、それに激しい炎まで吐いてくる強敵だったが、それを蹴散らして進んでいく。しかし。
「くそっ、倒しても倒してもキリがない!」
剣を振るいながら、ピエールが苛立ったように言う。通路を埋め尽くすように襲ってくるその数は、部屋の中に待機できる数を明らかに超えているようだ。
「やれやれ、仕方ないのう……大技一発で決める! 皆、前を空けい!」
マーリンはそう言うと両手を組んで意識を集中させはじめた。その手に集中する魔力の強大さに、全員がこれはヤバイと直感し、慌てて前を空ける。途端に殺到するアームライオンたち。しかし。
「ベギラゴン!!」
一瞬早く、マーリンの手から炎と言うより熱線に近い灼熱の光が噴き伸びた。先頭のアームライオンは抵抗すら出来ず、一瞬で炭化し砕け散る。その破片が熱線の圧力に押し流され、散弾のように飛び散りながら、後続のアームライオンたちをも粉砕した。
熱線が収まって見ると、そこにはあの大群は影も形もなく、黒く焦げて燻る壁と床だけがあった。
「相変わらず凄ぇ魔法を使うな、爺さん……」
ヘンリーが半ば呆れ、半ば畏敬の篭った視線でマーリンを見た。
「ちいとばかし疲れるがの。それより、この奥を見てみようぞ。あとからあとから増援が押し寄せる所を見ると、この奥の部屋に何かあるのじゃろう」
頷いて歩を進めるヘンリー。着いた先は八角形の小部屋で、アームライオンが三匹もいれば一杯になるような部屋だが……
すると、スラリンがぴきー、と鳴いた。スラリンの足元(?)に、星のような模様を描いたパネルがはめ込まれていた。
「……魔力を感じる。おそらく、旅の扉のような瞬間移動用の魔法陣じゃな。階段の代わりにこれがあるのかも知れぬ」
マーリンが解説する。おそらくアームライオンはこれを使って別の部屋から続々と入ってきたのだろう。しかし。
「だが、さっきのワシの魔法で壊れたようじゃな。これはもう使えんよ」
スラリンが乗っているのに何も反応が無く、アームライオンたちが出てこないのがその証拠である。
「まぁ、ここから進んでも、たぶんさっきのアームライオンたちのど真ん中だろ……これは罠だと思う。別の道を探そう」
ヘンリーは踵を返し、通路を逆方向に進んでいく。そっちにあった部屋には何も罠らしきものは無く、例の魔法陣パネルがあった。
「それがしが先に行って安全を確認します」
ピエールがそう言って、答えも聞かずに魔法陣に飛び込んだ。すると、淡い光を残して彼の姿が宙に溶ける様に消えた。
「あ、待てよ……ち、無茶しやがる」
ヘンリーは毒づくような、心配するような、どちらとも付かない声で言った。とりあえず、そこでピエールの帰りを待つ。その足をブラウンがぽんぽんと叩いた。
「ん……心配するな? って言うのか?」
ヘンリーが言うと、ブラウンはこくこくと首を縦に振る。ヘンリーにはリュカのように魔物と意思を通わせる力は無いが、ブラウンは付き合いが長いだけに、なんとなく言いたい事が伝わる気がした。
「まぁ、心配ではあるんだが、これでもあいつの事を信頼してないわけじゃないんだ。強いし、責任感もあるしな。本人には絶対言ってやらないが」
ヘンリーがそう答えると、ブラウンはうんうん、と言うように頷き、マーリンは苦笑を漏らしていた。
「素直じゃないのう」
「ん? 何か言ったか?」
いや何でも、とマーリンが答えた時、再びパネルの上に淡い光が灯って、ピエールの形をとった。
「お、どうだった?」
ヘンリーが聞くと、ピエールは自分の盾を見せた。何かが擦って削り取ったような跡がある。
「かなり危険な罠がある。気を付けた方が良い。だが、上に行く階段はあるようだ」
「罠?」
どんなのだ、と聞くヘンリーにピエールは答えた。
「床に仕掛けがあって、踏むと槍が突き出してくる。一歩間違えたら串刺し間違い無しだ」
それはえげつないな、と答えたヘンリーだったが、その程度は序の口だと言う事を、そのさらに上の階で知らされることになる。
三階部分は落とし穴だらけのフロアで、落ちたら即座に仕掛け床に引っかかって串刺しになる、という趣向の部屋だった。安全に進める床の要所要所に強力な魔物が陣取り、ヘンリーたちを突き落とそうと攻撃を仕掛けてくる。結局、フロア中の全ての魔物を倒す羽目になり、四階への階段に辿り着いたときは、全員が疲労困憊して声も出ない有様だった。
「先が思いやられる……」
階段に腰掛けて休みながら、ヘンリーは言う。外から数えた感触では、この塔は八~十階建てくらいのようだ。しかし、一階一階が広いため、今までで一番辛いダンジョンだと思わせる。
「しかし、この先はもっと危険かもしれないな」
ピエールが言うので、ヘンリーは顔を上げた。
「何か、思い当たるのか?」
ピエールは頷いて、プックルを指差した。
「プックルが妙に鼻をひくひくさせている……何か匂うものがあるらしい」
プックルは舌を出してハッハッと荒い息をついているが、時々顔を上げ、鼻を動かしては、それを前足で拭く様にしている。何か匂いが気になるのか……ヘンリーは自分も嗅覚に意識を集中させてみた。
「……なんだろう? 妙な匂いがするな」
しばらく考えてみて、油の匂いと気がつく。それも食用ではなく、鎧の継ぎ目などに付けて動きをよくする、潤滑油のような匂いだ。
「嫌な予感がするな」
油が塗られた、ツルツル滑る床に火攻め。どっちにしろ、これまで以上に危険な罠が待ち構えている事は間違いないだろう。気を引き締め、休憩を取り終わった一行は、上の階に登ってみた。すぐ横にもう一つ登り階段があり、正面にはかなり広い通路が見えるのだが……その通路の両脇に、ドラゴンの頭を象った巨大な像が、いくつも並べられていた。
「どっちへ行く?」
ピエールの言葉に、ヘンリーは上へ登る事を選択した。ドラゴン像のほうはどう見ても罠なので、まずは上の方を見ようと思ったのだ。こういう時のパターンとしては、上は行き止まりでも宝箱が置いてある可能性が高い……たまに人食い箱やミミックが出てきて大惨事になる事もあるが。
しかし、登った部屋にあったのは、宝箱ではなく、何故か数多くの岩だった。ちょうど人が隠れられる程度の大きさがある。
「うーむ、見るからに嫌な予感がする」
ヘンリーは言った。爆弾岩の群れではないのか、これは。そうマーリンに相談すると、マーリンが何かを答えるより早く、ブラウンがくいくいっとヘンリーの服の裾を引っ張った。
「ん? なんだ? 自分に任せろ?」
ヘンリーが聞くと、ブラウンは頷いて、大金槌を手に階段から飛び出した。そして、岩を片っ端からホームランしはじめた。吹っ飛ばされた岩が、床にどんどん転がり落ちていく。そして、いきなり階下から大爆発の轟音が聞こえてきた。
「うわ、なんだ!?」
ヘンリーは階段を降りて、その答えを見た。ブラウンが落とした岩が、天井の穴から落ちてくる。それがドラゴン像の前まで転がっていくと、ぎろりとした目と口が覗く。爆弾岩だ。
が、それが何かリアクションを起こす前に、ドラゴン像の口から灼熱の炎が吐き出された。赤熱した爆弾岩がメガンテを唱え、ドラゴン像もろともそいつは木っ端微塵に大爆発を起こした。
「なるほど、岩を利用して、あのドラゴン像の火炎を防げばいいのか……あ、また一個爆発した」
しかし、爆弾岩をメガンテに追い込むにはかなりのダメージを与えなければならないはずで、ブラウンの一発と床に落ちたときのダメージを差し引いても、あのドラゴン像の炎は凄まじい威力があるのは間違いない。何の対策もなしに進んだら、焼死体の山と回復魔法の尽きたズタボロの集団が残るだけだろう。ヘンリーはブラウンを連れてきた幸運に感謝した。
その後、落とした岩を利用してドラゴン像を無力化する作業に入ったのだが、当然それを阻止しようとする魔物の集団が大挙して押し寄せ、激しい戦闘が展開された。ホークマンやドラゴンマッドといった魔物たちが、ヘンリーたちを数の暴力で押し潰そうと迫ってくる。
それに対し、ヘンリーたちは敵をドラゴン像の射線に追い込む戦法を途中でマーリンが思いつき、次々と敵を炎の餌食にした。
「爆弾岩が火を吐かれておったから、敵味方を識別する事はできんと踏んだんじゃが……ビンゴだったわい」
計画通り、とニヤリ笑いをするマーリン。彼の智謀もあって、難関のドラゴン像乱立地帯も、どうやら突破に成功した。
次の難関は、塔の中腹に存在した。
「くっ……何と言う……この塔を作った者は、よほどの極悪人に相違ない……っ!!」
そう言って通路を睨むピエールに、ヘンリーは言った。
「いいから渡れ」
二つに分かれた塔を結ぶ空中回廊。恐ろしい事に手すりが無い。高所恐怖症のピエールにとって、これほどの難関はそうそう存在するものではなかった。
二箇所あった空中回廊をどうにか通過して東側の塔に戻った時、そこには倒れている人影があった。一瞬リュカかと思って駆け寄りかけたヘンリーだったが、それは見知らぬ男だった。槍で一突きにされて、物言わぬ屍に成り果てている。
「どうしたんだ、この人は……ん?」
ヘンリーは男の懐から何か書状のようなものが出ていることに気付き、それを取り上げた。そして、内通者のトーエン伯爵のサインを見つけた。
「さては、こいつ使者か……」
書状自体はほとんどが血染めになっていて読めなかったが、大体内容の想像はつく。捜査の手が及びそうになったので助けてくれ、と言うような内容であろう。ヘンリーは書状を投げ捨て、黙って階段を登り始めた。仲間たちも特にその男を葬ってやろうとはしない。
階段を登った先は、屋上だった。三つの八角型を繋げた様な形の広いそこに待っていたのは、槍を抱えた豚面の獣人……オークと、ヘビの胴にハゲタカの頭と翼を持つ奇怪な生き物、キメラ。どちらもこの辺りには住んでいない、大して強くもない魔物のはずだが……
「気をつけろ。こやつらは……強い」
ピエールが緊張の面持ちで言う。彼だけではなく、他の仲間たちも、ヘンリーも、それぞれ油断無く武器を構えていた。相手の強さを感じ取ったのだ。そして、それに応えるように二匹は名乗りを上げた。
「俺の名はオークス」
オークが名乗った。
「我が名はメッキー」
キメラが名乗った。
「お前たちに恨みはないが……」
「ここから先に進ませるわけには行かない」
(続く)
-あとがき-
オークス&メッキー登場。原作ではオークLv20とキメーラLv35というワケのわからない中ボスでしたが、せっかく同種族なので二匹に出てもらいました。
なお、今回はマーリン老師とブラウン無双です。