オークス、メッキーと名乗った二匹は戦いの構えを取る。その構えにも隙が無い。特にオークスが持っているのは、逸品として知られる雷神の槍だ。
「お前たち……ただの魔物じゃないな。戦う理由を持っている目だ」
ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~
第五十二話 死闘
ヘンリーが言うと、二匹は恥じるように一瞬目を伏せた。
「……そうだ。大事な者を守るために、我らは戦わねばならん。容赦はせんぞ」
オークスが言うなり雷神の槍を振りかざす。そこから凄まじい雷光が迸り、ヘンリーたちを打ち据えた。続いてメッキーが凍てつく吹雪を口から吐き出す。
しかし、ホイミンがすかさずベホマラーを唱えてダメージを回復し、ヘンリーはフバーハをかけて防備体制を整えた。さらにマーリンがルカナンを、ジュエルがスクルトを唱える。
「ぐっ!」
ルカナンを受けたオークスが脱力感に思わず声を漏らした所で、ピエールとブラウンがそれぞれの得物を振りかざして襲い掛かった。メッキーに対してはコドランとプックルが戦いを挑む。コドランの牙の一撃を高度を取る事で回避したメッキーだが、プックルの跳躍はそれをも上回った。
「!!」
空中でメッキーとプックルが交錯し、血が飛び散る。翼の付け根に大きな傷を負ったメッキーの眼下で、オークスの腹と首筋にピエールたちの攻撃がまともに命中していた。どちらも大打撃だが、しかし。
「ベホマラー!」
メッキーもまた全体回復呪文を唱え、オークスと共に傷を癒した。両陣営は再び距離を取って向かい合った。
「やるな、貴様ら!」
「そっちこそ」
オークスとヘンリーは互いを賞賛し、再び両陣営は激突した。オークスもメッキーも強かった。特に、オークスの槍捌きはヘンリー、ピエール、ブラウンの三人による猛攻を凌ぎ、しばしば痛烈な一撃を入れてくる。メッキーは空中戦を演じながらもベホマラーによる援護や凍てつく吹雪による攻撃を加えてきた。
しかし、最終的には数と援護呪文の差が物を言った。オークスとメッキーは全身に刃を受けて、折り重なるようにして屋上に倒れ伏した。
「……悪く思うなよ。俺にも、俺たちにも守るべきものがある」
ヘンリーが言うと、虫の息ながらもオークスは答えた。
「無論……だが、次のお前たちの相手は……」
「騎士道精神の通じる相手ではない……気をつけろ……」
メッキーが言って、意識を失う。オークスも白目をむいていた。ヘンリーは一瞬二匹に目をやり、黙って剣を鞘に戻した。
「とどめを刺さないのか?」
ピエールの質問に、ヘンリーは首を横に振った。
「こいつらは悪い魔物ではないんだろう。ほうっておこう」
さすがに回復するのはお人よしに過ぎるが、たぶんリュカなら助けるだろうな、とヘンリーは思ったのだ。回復呪文を使い、体制を整えると、屋上にあったもう一つの下り階段をヘンリーたちは降りて行った。
そこは、城の謁見の間のような構造の広大な部屋だった。床には血のような赤い絨毯がしかれ、一段高い台座に据えられた玉座……人骨で出来た悪趣味なそれに、巨大な馬面の魔族――ジャミが腰掛けている。その背後の十字架に……
「リュカ!」
ヘンリーは叫んだ。その声に、白いドレス姿のままのリュカが目を開き、愛する人の姿を捉えた。
「ヘンリー!」
リュカも叫び……そして続けた。
「来ちゃダメ! 罠よ!!」
しかし、次の瞬間リュカの周りに青白い球体のようなものが出現し、声が聞こえなくなった。ヘンリーは怒鳴った。
「てめぇの仕業か! リュカに何をした、ジャミ!!」
ジャミは馬面を歪ませて笑うと、玉座から立ち上がった。
「結界を張っただけだ。人間の、それもメスの声は俺にはうるさ過ぎる」
そう言うと、ジャミは台座を降り、ゆっくりとヘンリーたちに向かって歩いてきた。
「まさか、あの時のガキが王子様とお姫様とはね。しかも、十年も奴隷になっていたのに、不屈の精神で逃げ延びて、ここまでやって来た……大したもんだ。だが、お前は愚かな選択をしたな」
ジャミの言葉に、ヘンリーはなに? と問い返す。
「それは、俺たち魔族の邪魔をしてくれた事よ。逃げたなら逃げただけで、どこかでひっそりと暮らしていれば、世界の終わりまでは幸せに暮らせただろう。だが、お前たちはラインハットを解放し、光の教団は邪悪だと触れて回った。グランバニアの傀儡化も妨害してくれた。その罪、万死に値する。二人仲良くあの世に行くがいい……無論、背後の裏切り者どももだ」
そのジャミの答えに、ヘンリーは鼻で笑う事で返事をした。
「は、何だそんな事か……」
その言葉に、今度はジャミが何? と聞き返す番だった。
「言っとくが、最初に喧嘩を売ってきたのはお前らだろう、馬面野郎。オレとリュカを攫い、オレたちの国を侵略し、今もまたオレの大事な人を奪おうとした。万死に値するのはお前だ、ジャミ! 今度こそあの世に送ってやるよ!!」
ヘンリーはそう宣言すると剣を抜いた。仲間たちも一斉に武器を、呪文を用意する。
「ベギラゴン!」
まずはマーリンの必殺の呪文がジャミに炸裂した。続いて、ジュエルのバギクロス、コドランの激しい炎が続けざまに襲い掛かり、ジャミを爆煙で包み込む。それが晴れないうちに、ヘンリー、ピエール、ブラウン、プックル、スラリンがそれぞれの武器で襲い掛かった。パパスの剣、破邪の剣、大金槌、鉄の爪、鋼の牙がジャミの全身を捉える。だが。
(なんだ、今の感触は!?)
ヘンリーは唸った。確かに剣はジャミを捕らえたはずなのに、切り裂く感触が無い。岩や鉄の塊を切りつけたような衝撃が、微かに手を痺れさせた。そして、晴れ行く爆煙の向こうから現れたのは……
全く無傷のジャミ。
「ば、馬鹿な!?」
「今のが効かなかったじゃと!?」
ピエールとマーリンがそれぞれ驚愕の叫びを上げた。ジャミは高らかに嘲笑する。
「ハハハハハ! 貴様らの攻撃など通じるものか! 次はこちらから行くぞ。バギクロス!」
嘲笑と共に放たれた真空の大渦巻きがヘンリーたちを襲う。吹き飛ばされたスラリンが壁に叩きつけられて動かなくなり、ジュエルが切り裂かれた袋から中身を撒き散らして転がる。他の者達も大きなダメージを受けていた。
ホイミンがそれを見てベホマラーを使おうとするが、その発動より早く放たれたジャミのメラミが、ホイミンに直撃し、火達磨になって地面に落ちる。ブラウンがずた袋を叩きつけて火を消すが、ホイミンはピクリとも動かない。
「スラリン! ジュエル! ホイミン! ちくしょう、攻撃だ!!」
ヘンリーがピエールと共に再び切りかかるが、マーリンのバイキルトによる強化を受けているにもかかわらず、剣は全て弾かれてしまう。良く見ると、ジャミの身体を淡い赤い光が覆っているのが見えた。
「無駄だ無駄だ。貴様らにこのバリアーは破れん! 大人しく死ね!!」
バリアーによって防御を一切考えなくてもいいジャミは、そう言いながら硬い蹄でヘンリーとピエールを殴り倒し、蹴り飛ばす。コドランの激しい炎を無視し、その小さな身体を踏み躙る。プックルが凍てつく吹雪をまともにくらい、雪像のような姿に成り果てる。仲間たちは次々に倒れていった。
「みんな……もう、もうやめて! やめてぇーっ!!」
結界の中でリュカは叫んでいた。彼女の声が外に届かないように、外の音も彼女には届かない。無音の世界の中で、彼女はかつてパパスがゲマに嬲り殺しにされた忌まわしい記憶を再生させられるように、ジャミに愛する夫が、大好きな仲間たちが蹂躙される様を見せ付けられていた。
「逃げて……! お願いだから……もう逃げて。わたしの事はどうなっても良いから……!!」
今も蹄を腹にぶち込まれ、血を吐いて吹き飛ばされるヘンリーの姿を見ながら、リュカは叫ぶ。だが、ヘンリーは剣を杖に立ち上がり、ジャミに挑みかかっていく。そして、また吹き飛ばされる。壁際まで転がりながら、それでも起き上がって、ヘンリーはリュカの方を見る。その口が動くのに、リュカは気付いた。
「オレは……負けない? お前を連れて帰る……?」
リュカは、声は聞こえないが、その口の動きをそう読み取った。その言葉を断ち切るように、ヘンリーにジャミが突進する。その一撃を、ブラウンが小さな身体で受け止める。こらえきれず吹き飛ぶブラウン。一瞬できたジャミの隙に、マーリンがマヒャドを叩き込む。それも通じない。反撃に放たれたメラミによって燃え上がるマーリン。
その間に、何とか剣を構えなおしたヘンリーが突っ込む。その口の動きを、リュカは読み取った。
「オレは帰る。あの子達のところへ……」
リュカは想いを馳せた。あの子達。自分の腹を痛め、この世に産み落とした、ヘンリーとの愛の証。
「ユーリル……シンシア……」
リュカは子供たちの名を呼んだ。
そうだ、何故忘れていたのだろう。わたしには、あの子たちがいる。みんなで……皆で帰る。あの子達の元へ……!
リュカは手を組み、心を集中させた。今の私にはこれしか出来ない。
「……立ち上がって。邪悪な心に負けないで。光の道を歩むあなたたちには……限界を超えた力が宿るのだから……!!」
かつてザナック老人に教わった事を思い出し、リュカは祈る。自分の中の力を信じて。真の魔物使いとしての力が、皆を助ける事を信じて。
「お願い……!!」
剣を振りかざして突進しながら、ヘンリーは思う。この一撃も、無駄かもしれない。ジャミには通じないかもしれない。
だが、それがどうした? とヘンリーは己の中の弱さに言い放つ。無駄ならどうするんだ。諦めるのか?
冗談じゃない。オレは諦めない。この一撃が無駄なら、次の一撃で。それもダメなら、そのまた次の一撃で。
だから、無駄などと考えるな。弱気になるな。それこそ無駄。雑念を振り払い、全てをこの一刀に込めて振り抜け!!
リュカとヘンリーが諦めを投げ捨てて、ただ一つの事を考えたその時。
ヘンリーの一撃は、ジャミのバリアを切り裂き、その身体に会心の一撃を刻み込んでいた。
(続く)
-あとがき-
今回は全編戦闘シーンと言う珍しい回です。普段はあまり戦闘シーンは書いてないのですが。
次回、いよいよ青年期前半最終回です。