「ぐわあーっっ!?」
ジャミはバリアごと切り裂かれたのみならず、吹き飛ばされ、壁に亀裂が入るほどの勢いで叩きつけられていた。巨大な口から黒い鮮血を吐き出し、のた打ち回る。
「がっ……ば、馬鹿な……俺のバリアをも切り裂くなんて……まさか、今の一撃は……」
必殺の打撃を放ったとは言え、累積したダメージと疲労に追撃が叶わず、床に膝をつき肩で息をするヘンリーに、ジャミは憎しみの篭った視線を向けた。
「勇者の剣技ギガスラッシュ……!! まさか貴様、天空の勇者の子孫か……!!」
なに、とヘンリーは顔を上げた。
「オレが……勇者の子孫……?」
まだ立ち上がれないヘンリーに、ようやく立ち直ったジャミが、よろりとした足取りながらも近づく。
「ギガスラッシュが使える以上、間違いない……だが、その血は完全なものではないようだな……技の負担に身体が耐えかねて動けまい」
確かに、ヘンリーは異常に重苦しい疲労を感じていた。腕は全ての筋が切れたような激痛が走り、全身の筋肉に力が入らない。気力も失われたようだった。
「勇者の血筋とあれば、ますます生かしてはおけん……死ぬが良い……!!」
ジャミは腕を振り上げた。バリアを切り裂いて深手を負わせたとは言え、致命傷には至らなかったらしい。その豪腕には、今のヘンリーならば容易く殺せる力が残っているだろう。
(くそ、ここまでなのか……? いや、諦めるな、オレ!!)
ヘンリーが絶望の中、それでも闘志を燃やしたとき。
それを祝福するように、ジャミの腕を一閃の雷鳴が直撃した。
ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~
第五十三話 悲劇の結末
「ぐばあっ!?」
青白く光る雷光に全身を絡め取られ、悶絶するジャミ。そして、力を呼び起こす言葉がその場に響き渡った。
「ベホマラー!」
淡く青白く輝く光がヘンリーを、仲間たちを覆い、その傷を癒した。ヘンリーは振り向き、そこに予想通りの姿を見出す。
「オークス、メッキー! お前たち……!」
先ほど、屋上で死力を尽くして渡り合った二匹が、そこにいた。
「ぐぐ……貴様ら、裏切ったか……!?」
稲妻のダメージに膝を落としつつ罵りの声を上げるジャミに、オークスは冷たい視線を投げかけた。
「裏切る……? 馬鹿め。このオークス、貴様ら魔族に忠誠を誓った覚えなど無い!」
続いてメッキーも言う。
「そこの娘が、我らに再び立ち上がる力をくれた……その娘があのお方の縁者であると知っておれば、そもそもお前たち穢らわしい魔族どもに手を貸したりなどするか」
そう言うと、二匹は頭を垂れ、リュカに礼を尽くした。
「我らはエルヘブンのマーサ様に恩を受けし者。貴女はマーサ様の縁者でありましょう。その貴女様に、我らの忠義を捧げまする……!」
「えっ……母様に?」
リュカはそう言って、会話が互いに聞こえている事を知る。何時の間にか、リュカの周りの結界は消えていた。ジャミの力が相当弱っている証拠だろう。それを見て取ったヘンリーは言った。
「事情は良くわからんが、助かった! みんな、総攻撃だっ!」
メッキーのベホマラーで立ち上がった仲間たちが、頷くや一斉に地を蹴った。オークスも槍を構え、メッキーは翼を羽ばたかせ突進する。ベホマラーを使ったとは言え、ジャミがバギクロスか凍える吹雪の一発でも使えば、全員が即死する程度に弱っていた。
だが、バリアの解けたジャミに一撃を加える力は十分残っていた。先頭切って飛び掛ったプックルが、ジャミの首筋にブロンズナイフよりも長い牙を突きたて、太い血管をごっそり切り裂く。
ピエールの剣がヘンリーの付けた傷をさらに大きく抉り取り、スラリンの鋼の牙が胸に突き刺さる。ブラウンが横殴りに振るった大金槌が、大木のような二本の足を骨ぐるみ打ち砕く。
それでも呪文を唱えようとするジャミに、マーリンが魔封じの杖を振りかざし、その魔力の発動を食い止めた。空しく開かれた口にコドランが炎を注ぎ込み、内臓まで焼き焦がす。そうして脆くなった内臓が、ジュエルの渾身の体当たりによって砕けた。
さらにホイミンの投げた刃のブーメランが腕を大きく切り裂き、メッキーの凍える吹雪が、傷口から血管内部の血をも凍らせ、ジャミの身体を白く装飾していく。
「これで、とどめだ!」
そして、ヘンリーの剣とオークスの槍がまともにジャミの胴を貫き、壁に身体を縫いつけた。その目から光が失われ、ジャミはがくりと頭を倒して息絶えた。
「か、勝った……」
ヘンリーは膝を突き、荒い息を吐く。とんでもない強敵だった。こんなのをたった一人で二匹も倒していたパパスの圧倒的な強さを想い、苦笑する。
「オレも、まだまだパパスさんには及ばないな」
そう言って立ち上がると、ヘンリーはナイフを抜いて、リュカが縛り付けられている十字架に駆け寄った。
「リュカ……無事か?」
ヘンリーがまず足を固定している枷を外しにかかると、リュカは微笑んだ。
「大丈夫……みんなのボロボロさに比べれば」
苦笑が湧く。確かに、今の仲間たちは新しく加わったオークスとメッキーを含め、全員が今にも倒れそうなくらい傷つき、疲労している。
「はは……でも、勝ったぞ、リュカ。パパスさんの仇を……少し討ったんだ」
「うん……」
ヘンリーはリュカの枷を外して行き、自由になった彼女をぎゅっと抱きしめた。
「……済まなかったな、リュカ。怖い目に遭わせて。オレの油断だった……んっ!?」
リュカはそう言って謝るヘンリーの唇を、自分のそれで塞いだ。数秒間そのままでいて、唇を離す。
「もう……ヘンリーは謝らなくて良い事まで謝るのね。そんなの、気にしてないよ。助けに来てくれたし、わたしはあの子達を守れたし」
妻の時々見せる大胆な行動に赤面しつつも、ヘンリーは言った。
「ああ……ユーリルもシンシアも無事だ。良くやったな、リュカ」
褒めると共に、褒美として彼女を抱く腕に、もう少し力を込める。若干複雑な表情のピエール以外は、それをほのぼのと見ていた。やがて、頃合を見て、オークスが言った。
「リュカ様……と仰いましたな。俺の名はオークス。こっちは相棒のメッキー」
「我々は、かつてマーサ様に魔道より救っていただきました。貴女は母様と言われましたが、マーサ様の娘様なのですか?」
自己紹介に続き、メッキーが質問する。リュカはええ、と頷いた。
「そうです。わたしはマーサの娘リュカ。助けてくれて本当にありがとう」
そう言って、ニッコリ笑う。眩しいものを見たように、オークスとメッキーは頭を下げた。
「まぁ、詳しい事は帰ってから聞こう。こんな所は、早く出るに限るぜ」
ヘンリーがそう言い、一行が頷いた時だった。
「そうは……させるか……」
「!?」
地獄の底から響く怨嗟の声のような、不気味な声に一行はそちらを見た。死んだはずのジャミが目を開き、焼けた喉をひゅうひゅうと鳴らしながら言葉を紡いでいた。
「俺は……負けた……だが、貴様らも道連れだ……永遠に動けぬ石の身となって……この世の終わりを見るがいい……!!」
次の瞬間、ジャミの身体は石灰色一色に染まったかと思うと、濃密なガスとなって、突風のようにリュカとヘンリーに吹き付けた。
「なっ!?」
驚愕するヘンリー。だが、横にいたリュカの絶叫に、さらに驚愕する事になる。
「ああああああ!!」
リュカは全身を無数の針で刺し貫かれるような激痛に絶叫した。見ると、ガスが当たったところから身体が灰色に染まり、身動きが取れなくなっていく。身体が石になっていく。石化が進行していく部分に激痛と冷たい感覚が同時に走り、意識が遠のく。
「へ、ヘンリー……ユーリル、シンシア……!!」
家族の名を呼び、流れ落ちる涙さえも石となり、リュカは悲嘆の表情を浮かべた美しい石像と化して、その場に硬直した。
見ると、ヘンリーもやはり足元から石化が始まっていた。だが、その進行速度はリュカよりは遥かに遅い。
「くっ、リュカ……リュカっ!!」
床に張り付いたようになった足を、無理矢理動かしてヘンリーは妻の元へ進む。彼は胸元に暖かみを感じ、一瞬そっちを見る。かつて、マリエルから貰った命の石の欠片。それが懸命に瞬き、ヘンリーを襲う石化の呪いに抵抗しているのだ。
「リュカ様! ヘンリー!!」
ピエールが救いに飛び込もうとして、乗騎のスライムが突然悲鳴を上げ、主の意思に反して飛びのく。その緑色のぷにぷにした身体の一部が、硬質な石に変化していた。ヘンリーは怒鳴った。
「お前たち、逃げろ! このガスは強力な呪いそのものだ! オレはもう少し保つから、何とかリュカを運び出す! 急げ!!」
リレミトさえ使えれば即座に脱出できるが、今も結界は健在だ。ヘンリーに言われてもどうしていいかわからない仲間たちの元にも、ガスが迫る。スラリンの着ているスライムの服、その裾にガスが触れ、布が石に変わる。それを見てマーリンが叫んだ。
「逃げるぞ、お前たち! この状況を知らせ、助けを呼ぶんじゃ! 今のワシらにはどうしようもない!!」
それを聞いて、ピエールが振り向く。
「老師! あなたと言う人は!!」
怒りの声。尊敬すべき人々を見捨てて逃げるのか、という声無き非難に、しかしマーリンはその痩せた老躯のどこにそんな気迫が眠っているのか、というような怒声を放った。
「ならば、一緒に石になるか! そんな事をしてなんになる!! お前の忠義は、その程度のものか!!!」
ぐ、とピエールは詰まった。わかっているのだ、彼にも、ここで一緒に石になってしまっては、どうにもならないと言う事は。ピエールは一瞬だけだまり、ヘンリーのほうを向いた。
「必ず……リュカ様を連れて帰れよ。でなければ許さんからな!!」
そう言うと、ピエールはなおもとどまろうとするスラリンとプックルの身体を掴み、無理矢理引きずるように階段を駆け上がっていく。その間にも、ヘンリーはじわじわと石化する身体を無理矢理に動かし、リュカの元へ近づいていく。一歩、また一歩……
だが、後数歩と言うところで、ついに限界が来た。命の石のペンダントが砕け散り、破片すら残さず消滅する。同時に、石化が一気に進行し始めた。
「ぐわあっ! ちくしょう、こんな所で……!!」
身体が石になっていく激痛の中、ヘンリーは最後に動かせる右手を、リュカに伸ばした。
「せめて、お前だけでも子供たちの所へ……!」
軽く指がリュカに触れる。その指も既に石だ。残された最期の意志力で、ヘンリーは叫んだ。
「バシルーラ!」
石像と化したリュカが、虹色の光の中に消える。それを見届け、ヘンリーは満足げな笑みを浮かべたまま、物言わぬ石像と化した。
その頃、グランバニア城ではデモンズタワーに攻め込む部隊の編成が終わり、出陣に向けて忙しく人々が走り回る中、リュカたちの部屋で、サンチョとビアンカが子供たちを抱いていた。
「姫様とヘンリー殿は無事だろうか……」
ユーリルを抱いて心配そうに言うサンチョに、シンシアを抱いたビアンカが、自分も打ち消しきれない不安を抱えつつ、励ますように言う。
「サンチョさん、大丈夫よ。きっとリュカは大丈夫。私達が……誰よりも私達が、あの子達の強さを知ってるもの。きっと帰ってくる」
「そう、ですな……!」
サンチョがそう言って無理にでも笑顔を浮かべたとき、突然それまで眠っていたユーリルとシンシアが、火がついたように泣き出した。
「ユーリル、シンシア!?」
驚くビアンカ。一方、サンチョも何かに心臓を掴まれた様な不安感を覚え、泣きじゃくるユーリルを抱く腕に力を込めた。
(まさか、姫様の、ヘンリー殿の身に何か?)
そう思った瞬間、突然部屋の中に虹色の光が出現した。
「!?」
驚く二人の前で、虹色の光は人影を残して消滅する。また魔族の襲撃か、と警戒した二人は、そこに現れたものをみて、余りのことに放心状態となった。
「リュ……カ……? そんな! リュカ、リュカぁっ!! いやああぁぁぁぁ!!」
「何と言うことだ……姫様……! 私は……また大事な方を守れなかったのか!!」
子供たちの泣き声、ビアンカの嘆き、サンチョの憤り。その声を聞きながら、石像と化したリュカは何も言う事はなく、その場に立ち尽くしていた。
(続く)
-あとがき-
青年期前半、これにて終わりです。リュカは石化はしましたが、子供たちの元へ帰りました。これで、残された人たちの間にも明確な目標が出来るはず。
次回より、青年期後編です。