リュカが石から元に戻った、と言う報せは国中に広がり、久々の親子の対面を思って涙した国民も多かったが、同時に彼らは悟っていた。まだ見つからない夫を探して、再びリュカが旅に赴くであろう、と。
ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~
第五十五話 新たなる旅立ち、前夜
オジロンもその一人だった。
「やはり、旅立ってしまうのか?」
そう問いかけるオジロンは、八年の間に威厳を増したようにリュカには思えた。宰相の死や、親族の裏切りが応えたのかもしれない。
「はい、叔父様。ご心配をおかけして申し訳ありませんが……」
リュカが言うと、オジロンはよいよい、と手を挙げて謝罪は無用である事を伝えた。
「家族が揃う事、それに勝る幸せは無い。ヘンリー殿を探したいと言うリュカの思いはもっともであろう。よろしい。旅立ちの許可を与えよう……だが、気をつけて行くのだぞ」
もう、家族を失うのはこりごりだからな、と付け加えるオジロン。リュカは頭を下げ、はいと言った。
「そういえば、お前の師匠と言う人がこの国に引っ越してきてな。今はお前の仲間たちと共に、サンチョの家だったところに住んでいる。会いに行ってやれ」
「お師匠様が?」
リュカの師匠と言えば、オラクルベリーのザナック老人だろう。リュカはオジロンに挨拶をすると、城の裏手に急いだ。すると、かつてボロ家のサンチョ邸があった場所に、大きな出城と言っても良い規模の建物が新設されていた。
「……これがお師匠様の……?」
リュカは半信半疑ながらドアをノックすると、中からイナッツが出てきた。相変わらずバニー姿で、あまり歳を取ったようにも見えない。初めて会ってから十年近く経つはずなのだが……
「リュカさん! 石化が解けたというのは本当だったのね」
笑顔でリュカの帰還を喜ぶイナッツに、リュカも笑顔で聞く。
「お久しぶりです、イナッツさん。お師匠様は?」
「もちろん、無駄に元気ですよ。中へどうぞ」
イナッツに案内されて奥へ進むと、ザナックはマーリンとモンスターチェスで対戦中だった。
「ほれ、これでスライムナイトをここに置いてチェックメイト」
「ぐわー! 魔物使いのワシがこのゲームで五連敗じゃと!? も、もう一回勝負じゃ!!」
どうやらマーリンが戦績で圧倒しているらしい。イナッツは苦笑しつつ声をかけた。
「お師匠様、見苦しいですよ。それよりリュカさんがいらしてますよ」
その声に、老人二人は相好を崩して立ち上がった。
「おお、リュカ殿! 久しぶりじゃ! もう身体の方は良いのか?」
マーリンの言葉に、リュカは笑顔で頷く。
「ええ。マーリンさんも元気そうで」
その挨拶の間に、声を聞きつけたのか、ぞろぞろと仲間たちが奥から出てきた。甘えん坊のスラリンとプックルが真っ先に寄って来て、リュカに甘える。その頭を撫でてやっていると、懐かしい顔ぶれも健在だった。ブラウン、ピエール、ホイミン、ジュエル、それにデモンズタワーのオークスとメッキー。喋れる三匹……ピエール、オークス、メッキーはそれぞれ跪いたり頭を下げたりして、主の帰還を祝った。
「無事のご帰還、お待ちしておりました。何時でもお下知を」
と騎士らしくピエール。
「我ら一同、貴女様のために働く準備は出来ております」
「マーサ様とヘンリー殿救出のため、全力を尽くしましょうぞ」
オークスとメッキーのコンビも言う。頼もしい仲間たちにリュカがこれからもよろしくね、と答えると、ザナック老人が言った。
「久しいな。こやつらのために、建物を増設して待っておったぞ」
リュカも頭を下げた。
「お久しぶりです、お師匠様。でも、何故この国へ?」
問われてザナックは答えた。
「このご時勢じゃからな。日々魔物が凶悪になり、もはやワシの力では御する事もできんし、そもそもカジノで遊ぼうと言う余裕のある者も少なくなった。オラクルベリーのカジノも、もはや開店休業よ。そこで、ワシはお前さんの手助けをしようと思って、ここまで来たんじゃ」
師匠の温かい言葉に、リュカは感動した。
「ありがとうございます、お師匠様……」
「なに、構わぬよ。それより、新顔に挨拶してやれ。お前の娘が仲間にした者たちが多いが、手練れ揃いじゃぞ」
ザナックが指した方向にいたのは、リュカの知らない仲間たちだった。石の巨人は、ヘンリーを探してくれたゴーレムだろう。ゴレムスと言う名前らしい。さらに、三匹の悪魔がそれぞれ前に進み出て自己紹介した。
「マスターの母上様ですね。私はメッサーラのサーラ。何なりとお申し付けください」
山羊頭の悪魔がそう言う。続いて、フォークを持った小悪魔が言った。
「ボクはミニデーモンのミニモン! よろしくね、母上様」
そして、一同の中で特に雄大な体格を持つ、下半身が山羊の悪魔が堂々と言った。
「我はアンクルホーンのアンクル。御母堂、何時でもワシを呼んでくだされい!」
ミニモンは愛嬌があるが、サーラとアンクル、ゴレムスはいずれ劣らぬ強者のようだ。こんな魔物たちを仲間にしたシンシアの才能には驚かされる。
そして、リュカの知らない魔物はもう一匹。金色の、馬より二周りは大きなドラゴンがいた。神々しいほどの外見で、いかにも強そうだ。
「このドラゴンは?」
リュカが聞くと、ドラゴンが威厳ある外見に似合わぬ、子供っぽい口調で言った。
「そりゃないぜ、ご主人様。おいらだよ、コドランだよ」
「……ええっ!?」
リュカは驚きのあまり硬直した。
「……酷いなぁ。おいらだって成長するんだぜ? まぁ、まだ大人には程遠いけどさ」
コドランが傷ついたように言ったので、リュカは慌てて首を横に振った。
「あ、そうじゃないの。コドラン、喋れたんだなあって思って」
「そっちかよ! まだ赤ん坊みたいなモンだったんだ。喋れる訳ないだろ……まぁいいや。今のおいらはグレイトドラゴン……なりかけだけどね。名前もシーザーって変えたんで、よろしくな!」
コドラン改めシーザーがそう言って、器用にサムズアップぽい事をしてみせる。しかし、仲間たちには不評だった。
「シーザーか……何時聞いても思うが、似合わんなぁ」
「まだコドランでいいんじゃないか?」
「ぴきー」
「お前ら灼熱の炎吐くぞ」
「まだ吐けないくせに」
悪態をついたりしてはいるが、本気ではなくじゃれあいのようだ。リュカは微笑ましげに見ていたが、ふと気になって仲間たちの数を数えてみる。スラリン、ブラウン、ピエール、ホイミン、マーリン、プックル、ジュエル、オークス、メッキー、サーラ、ミニモン、アンクル、ゴレムス、シーザー。十四匹。これでは馬車に載せ切れない。ただでさえ、ゴレムス、アンクル、シーザーなど馬車本体より大きいのだ。
誰を連れて行ったものか、と悩むリュカに、マーリンが言った。
「リュカ殿、今誰を連れて行くかお悩み中かな」
「え? そうだけど……良くわかったね」
リュカが頷くと、マーリンはフフフ、と怪しい笑みを浮かべた。
「そんな事もあろうかと、ワシとルラフェンのベネット殿で協力し合い、馬車を改造したのじゃ! 見てくだされ」
そう言って、マーリンはリュカを馬車の所へ連れて行った。すると、八年前は一頭立てだった馬車は、二匹の馬で引っ張る二頭立てに変わっていた。荷台もかなり大型化している。
「すごい、大きくなってる……けど、これでも皆は連れて行けないよね?」
リュカが言うと、マーリンはチッチッと指を振った。
「外見だけではこの凄さはわかりませんぞ。中を見てくだされ」
促され、リュカは馬車の荷台に上がってみて、思わずポカーンとなった。荷台の中央に旅の扉がついていたのだ。
「これぞ、ワシとベネット殿の苦心の作! 旅の扉つき馬車じゃ。この城と繋がっておるゆえ、我らはもちろん、人間の仲間も待機している中から呼び出せますぞ。いかがですかな」
リュカはマーリンの方を振り向いて、感に堪えない、と言う表情で言った。
「凄すぎて言葉が出ないよ……マーリンさんとベネットさんは天才ね」
いやいや、とマーリンは首を横に振った。
「他にも、デモンズタワーの火を吐くドラゴン像を据えつけて、幌をミスリルで作り直し、無敵の移動要塞馬車にする案もあったんじゃが……資金が尽きてしもうた」
「いや、それは自重しようよ」
その日は結局子供たちや親族、仲間たちとの再会で終わり、リュカはその晩、二人の子供たちと同じベッドで眠った。二人とも八歳の割にはしっかりした子供だったが、やはり母親に甘える時は歳相応で、リュカの腕や身体にしっかり抱きついて離れなかった。
「お母さん……」
「お母様……」
寝言でも自分を呼ぶ子供たちの頭を、リュカは撫でる。
(ユーリル、シンシア。ごめんね、寂しい思いをさせて。でも、明日からはずっと一緒。わたしは二人を絶対に離さない)
それにしても、探し求めても手がかり一つ得られなかった天空の勇者が、まさか我が子だとは思わなかった。ジャミが言うには、ヘンリーは天空の勇者の子孫らしいが……
(一度、ラインハットに話を聞きに行く方がいいかも。でも、その前にエルヘブンね)
リュカは明日からの旅で、何処に行くかを考えつつ、目を閉じた。
翌日、リュカがユーリルとシンシアを連れて城門に出てくると、既に馬車が引き出され、サンチョとビアンカが待っていた。
「遅いわよ、リュカ」
冗談交じりの笑顔で言うビアンカに、リュカは笑顔で答えた。
「ごめんね、ビアンカお姉さん。この子達と一緒だと寝心地が良くて」
子供は体温が高いので、ベッドの中は温かくて気持ちが良かったのだ。すると、ユーリルとシンシアも言った。
「お母さんと一緒に寝たの初めてだったけど、すごくよく眠れたよ!」
「私も、安心して眠れました」
ビアンカはそっかー、と頷いた。
「私も早く子供欲しいな」
ビアンカの言葉にちょっと赤くなるサンチョ。リュカがそれを見て笑っていると、オジロンがやってきた。
(続く)
-あとがき-
旅再開に届かなかった……次回こそはです。
新しい仲間は悪魔三人衆のサーラ、ミニモン、アンクル。アンクルは武将っぽいキャラになってますね。
あと、コドラン→シーザーは小説版で印象に残ってた設定なので流用しました。非常に納得行く成長ぶりだと思います。