「お、間に合ったか。もう出たのではと焦ったぞ」
ホッとしたように言うオジロン。
「叔父様、おはようございます。お見送りに来てくださって、ありがとうございます」
リュカが頭を下げると、オジロンは笑った。
「うむ。まぁ、そう堅くなるな……それより、わしからの餞別を受け取ってもらえんか?」
「餞別?」
リュカが聞き返すと、オジロンの横に控えていた兵士が、抱えていた宝箱を開いた。中に入っていたのは、金糸で絢爛たる装飾が施された、それでいて悪趣味ではない真紅のマントだった。
ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~
第五十六話 母の故郷と血脈の秘密
「これは……」
サンチョが感嘆の溜息をつく。見事な出来栄えのマントはさぞかし由来のあるものと見受けられた。
「探検隊がアルカパの北、封印の洞窟と呼ばれる地から持ち帰った品でな、王者のマントと言うそうだ。おそらくヘンリー殿ならばこれを着こなせよう」
リュカは頷いて、宝箱を受け取った。
「ありがとうございます、叔父様。必ずヘンリーに渡します」
うむ、とオジロンは頷き、その宝箱を持っていた兵士を紹介した。
「この者はピピンと言い、そのマントを持ち帰った探検隊の一員だった。まだ若いが、なかなかの腕前があり、近衛兵団に取り立てたばかりだ。軍の代表として連れて行ってやれ」
その言葉を受けてピピンが進み出た。
「ピピンと申します、殿下。念願叶い、兵士になる事が出来ました。まだ未熟者ではありますが、精一杯努めさせていただきます」
その、まだ少年といっても良い顔に、リュカは見覚えがあった。
「そういえば、あなたはこの子達の御披露目式の時に、兵士になってこの子達を守りたい、と言ってくれた子ね?」
それを聞いて、ピピンは満面の笑顔を浮かべた。
「はい! 覚えていただいたとは、このピピン、何よりも光栄です!」
リュカにとっては数日前の出来事だが、ピピンにとっては八年越しの夢だったのだろう。その誠実そうな顔立ちに、リュカは安心して子供たちの守りを任せられる青年だと感じた。
「よろしくね、ピピン」
「はっ!」
敬礼するピピン。これで、人間の仲間は五人。魔物たちを含めると、総勢二十名の大パーティーだ。父と、あるいはヘンリーと二人で旅をしていた頃を思うと、自分の周りも随分賑やかになったと、リュカは感慨深いものがあった。
「それでは参りましょうか、姫様。まずはどちらへ?」
サンチョの出立を促す声に、リュカは答えた。
「エルヘブンへ。母様の故郷を見たいし、それにお祖母様にはぜひお目にかかって、お話を聞かないと」
ビアンカが頷いた。
「そう言うと思ってたわ。シンシア、お願い」
「え?」
リュカは何故シンシアに? と娘の顔を見た。すると、シンシアは手を合わせて軽く精神統一し、呪文を唱えた。
「ルーラ!」
次の瞬間、虹色の輝きと共に、一行はその場から掻き消えていた。残されたオジロンは苦笑する。
「やれやれ、せわしない事だ。まぁ、兄上と違って、何時でも帰ってきてくれるのが良い事だな」
一瞬のうちに景色は一変し、リュカはグランバニアからエルヘブンへ移動していた。彼女は驚いて娘の顔を見た。
「シンシア、ルーラが使えたの!?」
「はい、メッキーさんが使っているのを、見よう見まねで覚えました」
シンシアは何でも無い事のように答えたが、リュカにとっては驚きである。
「はぁ……わたしも父様からは魔法の才能を褒められたけど、シンシアのほうが上かもしれないわ」
えへへ、とシンシアははにかんだ。実際、彼女はメラ、ギラ、イオの各系統の魔法を中心に、補助魔法まで含めた広い範囲の魔法を多数習得しており、グランバニアではその早熟の天才振りが話題になっていたりする。
さて、エルヘブンは、いろいろな国や街を旅してきたリュカの目から見ても、奇妙な街だった。平野の真ん中に忽然と出現した、巨大な台形の山。その斜面に沿って家が立ち並び、階段が巡らされている。
「不思議な街ね……ん?」
全景を見回していて、リュカは気付いた。山と思っていたが、良く見るとそれは山ではなく、巨大な木の切り株なのだ。
「まさか、これは世界樹!?」
叫ぶリュカに答える声があった。
「その通りです」
リュカははっとなってその声の方向を見た。街の入り口に、ヘンリーとはまた違う木の葉のような濃い緑色の髪をした老女が立っていた。リュカは直感的に、その人が誰なのかを知った。
「あなたが……私のお祖母様?」
その問いかけに、老女は首を縦に振った。
「その通りです、マーサの娘リュクレツィアよ……私はグランマーズ。あなたの祖母です」
グランマーズは名乗ると、静かに歩いてきて、リュカを抱擁した。
「一目でわかりましたよ。その目といい顔立ちと言い、マーサに瓜二つですもの。エルヘブンへお帰りなさい、私の孫リュカ」
その暖かい言葉と抱擁に、リュカは初めて来た町とは思えない安らぎを感じた。
世界中の切り株の頂上に、長老の館でもある「祈りの塔」があった。そこの客間に案内され、お茶が出たところでグランマーズが言った。
「かつて、私たちエルヘブンの民は世界樹を守る、と言う使命を偉大なる神マスタードラゴンより与えられたエルフでした」
世界樹……その名の通り世界を支える一本の巨大な樹である。膨大な生命力を持つその木の葉は、どんな深い傷をも癒す霊力を持ち、千年に一度咲く花に至っては、死人すら蘇らせたと言われている。
そして、エルフは植物と関係の深い妖精であり、人間とはもちろん魔物とも会話が出来る能力を持っていた。エルフたちは世界中の傍に村をつくり、世界樹の世話をして暮らしてきた。
「それで、わたしは妖精が見えたんですね……」
リュカは幼い頃の冒険を思い出した。リュカにもエルフの血が流れているのなら、ベラの姿が見えたのも納得である。グランマーズは頷いて話を続けた。
「ですが……闇の力が強まり、天空のお城は消え果て、世界樹も弱って、ついには枯れて倒れてしまいました……街の北にある湖を見ましたか? あれが世界樹が倒れた時に、大地に開けた大穴の跡です」
それだけではなく、世界樹が倒れた衝撃は大地を割り、大陸の形を変えて、世界はかつて天空の勇者が旅をした頃とは似ても似つかぬ姿に変貌を遂げた。
「世界樹を守れなかった私たちは、その天罰が下ったのか、次第に力を弱めていきました。どんな魔物とも話が出来たエルフの力は弱くなり、最後に残った強い力の持ち主が、あなたの母であり、私の娘でもあるマーサなのです」
グランマーズ自身、長老とは言えその力はリュカと大して変わらず、他の住民たちともなれば、エルフだった事すらわからぬほど人間に近づいてしまっている。しかし、マーサの力は桁違いだった。先祖がえりをしたとしか思えないほどの霊力を持ち、魔王級の実力を持つ魔物たちすら従えたと言う。
「母様は、それほどまでに……」
リュカが言うと、グランマーズは寂しそうな目をした。
「あの子は、私たちエルヘブンの民の希望でした……ですが、その事があの子にとっては重荷だったのかもしれませんね。パパス殿がマーサを連れて出奔した時はパパス殿を恨み、マーサに怒りましたが、今となっては後悔ばかりが残ります」
グランマーズはそう言うと、そっと涙を拭き、そして決然たる表情を取り戻した。
「リュカ、あなたが今後旅を続けるなら、天空界を蘇らせる必要があるでしょう。かつて天にあり、世界の全てを見守っていた天空城の失墜……それが、今世界を襲う様々な災いの元凶の一つ。天空界が復活すれば、私達も魔族の侵攻に立ち向かう事ができるでしょう」
そう言うと、グランマーズは手をパンパンと叩いた。それを聞きつけて、隣の部屋から従者が出てくる。その腕には、大きな筒状の包みが抱えられていた。リュカは尋ねた。
「お祖母様、それは?」
「これは、エルヘブンの至宝の一つ、魔法の絨毯です」
グランマーズは答えた。
「天空の勇者よりも古き時代、偉大な魔法都市カルベローナで作られた、空を飛ぶ不思議な絨毯。これがあれば、今まで船では行けなかった土地にも行く事ができるでしょう」
それを聞いて、サンチョが手を打った。
「そういえば、セントベレスがある中央大陸は、岩礁や荒波のために探検隊を送る事ができませんでした。それがあれば……」
グランマーズは頷いた。
「中央大陸はもっとも天界と魔界に近い地と言われた場所。かつて天空に届いたと言う巨塔や、天空とも繋がりのあった街ゴットサイドの遺跡などが眠っています。そこに行けば、何らかの手がかりが得られるかもしれませんね」
リュカははい、と頷いた。これで当面の目的地は決まった。中央大陸の探索である。
「その前に、ラインハットとテルパドールに回らないと……」
ヘンリーの血の秘密や、テルパドールの天空の兜は、今後の冒険と戦いに必須のものとなるだろう。リュカはグランマーズに礼を言い、ルーラでラインハットへ飛んだ。
十年振りに会うラインハット王デールは、かつて気弱な少年だった事が嘘だったかのように、威厳ある青年王に成長を遂げていた。
(デール陛下、貫禄が出たなぁ……)
思わず感心するリュカ。何しろ、今のデールは二十四歳の堂々たる青年で、八年間石化していたリュカは、二児の母とは言え、肉体的にはまだ十八歳の少女のまま。デールの方が大人びて見えるのも無理はない。
久々に訪れたリュカと久闊を叙した後、デールは切り出した。
「兄上の事は、お国の使者より聞いております。そこで、私も国の歴史について調べさせました」
デールはそう言うと、学者に命じて書庫から一冊の本を持ってこさせた。
「これは、我が王家の祖先について記した秘本です。この内容は絶対の秘密ですが、リュカさんであれば話は別。お見せしましょう。ただし、口外は決してなさらないでください」
リュカは頷いた。
「もちろん、誰にも話しません。明かしてくださった事を感謝します」
そう答え、リュカは秘本を開き、読み進めるうちに、その意外な内容に驚きを隠せなかった。
かつて、ラインハットはブランカと言う別の国だった。そのブランカの王城から北の山奥、誰も訪れる事がないはずの土地に、天空の勇者の隠れ里があったという。
その里の存在を察知した魔王デスピサロは、自ら一軍を率いて里を攻め滅ぼした。しかし、勇者は難を逃れて旅立ち、やがて導かれし者たちを集め、魔王デスピサロを討ち果たした。
戦いの後、勇者は滅ぼされた里に帰り、そこを幼馴染みの女性と共に復興させた。そして、誰も知られぬその地で、密かに勇者の血が受け継がれて行った。
それから百年後、ブランカが魔族の残党によって攻められた時、勇者の子孫が義勇軍を率いてブランカに加勢し、それを撃退した。当時のブランカ王は勇者の子孫を褒め称え、ラインハットの名を与え、貴族に序した。貴族となった勇者の一族はブランカでも有数の名門となり、王家と通婚を重ね、やがて王家が弱体化し断絶すると、国を継承しラインハット王国を築いた。しかし、代々の王は勇者の血を狙ってくる者たちから身を守るため、王家が勇者の子孫である事を秘密とした――
「こんな歴史があったのですか……」
そこまで読んだところで顔を上げ、リュカが言うと、デールは本を引き取ってページを閉じた。
「本来は、代々の王に口伝で継承されてきた秘密だそうです。私や兄上の時は、父上が病に倒れ、この秘密を口伝する暇がありませんでした。ですから、兄上はこの事を知らなかったのでしょう」
「そう言うことですか……すると、デール陛下も勇者の血を?」
デールは頷いた。
「ええ。ただ、私は母が外国の生まれですが、兄上の生母は王家の傍流に当たる貴族の出で、兄上の方が勇者の血が濃いのです。私は凡人ですが、兄上があれだけ強いのも、そのせいかもしれませんね」
そう答えた後、デールは思いがけない事を言った。
「そういえば、何代か前に、ラインハットの姫がグランバニアの王子に嫁いだ、と言う事があったそうです。ですから、リュカさんも僅かではありますが、天空の勇者の血を受け継いでいることになります。ユーリル君が本当に勇者の力に覚醒しているとすれば……天空の血の濃さと、リュカさんのエルヘブンの血が持つ不思議な力の相乗効果によるものかもしれませんね」
リュカは、話が難しくて飽きてしまったのか、途中から寝てしまった我が子たちを見た。その表情に宿る、子供たちへの慈愛に満ちた表情に、デールは思った。
(勇者の母たる人。宿命を背負った人……宿命の聖母と言うべきか)
後にこの時代を語る時、勇者の母リュクレツィア・メル・ケル・グランバニアに冠して呼ばれる称号……「宿命の聖母」が生まれた瞬間だった。
(続く)
-あとがき-
エルヘブンの設定はPS版寄りオリジナル。IVの世界樹とエルヘブンが両方盆地の中にあることから思いつきました。
ヘンリー=勇者の子孫と言う設定は、以前も書いたようにどっちも緑髪な事からの連想です。