ラインハットで一泊したリュカたちは、今度はテルパドールへ飛んだ。オジロンに親書を書いてもらい、また以前来た時とは違って、リュカ自身グランバニア王女の身分証明を持っての訪問で、問題なくアイシス女王との謁見は認められた。
そのアイシスは、以前にも謁見した地下庭園でリュカたちを待っていたが、ユーリルを見るなり顔色を変えた。
「その子は……!? すみませんが、謁見は後です。急いで天空の兜の元へ!!」
アイシスに連れられ、再びリュカはあの四角錐の建物……天空の兜を納めた場所へやってきた。以前と変わらず、天空の兜は台座の上で鮮やかな輝きを放っていた。
ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~
第五十七話 謎の大陸へ
「リュカ姫、その子はあなたのお子さんなのですか?」
そこで、ようやく落ち着いたのか、アイシスはリュカに声をかけてきた。
「はい、ユーリルと言います。こちらは妹のシンシア。二人とも、女王陛下にご挨拶なさい」
リュカが言うと、まずシンシアがスカートの裾をつまんで、優雅に一礼した。
「シンシアです、女王陛下。お会いできて光栄です」
一方、ユーリルは元気一杯フランクに挨拶した。
「こんにちわ、ボクはユーリルです!」
それを聞いて、シンシアが溜息をつく。
「お兄様、もう少しお行儀良くしないと……」
リュカも同感だった。ユーリルはサンチョとビアンカが鍛えただけあって、武術の方は相当な腕だし、魔法もかなり使いこなせるのだが、礼儀はちゃんと身に着いていないようだ。もっとも、アイシスもそんな事を気にするほど、器の狭い人ではなかった。
「ユーリル、元気のいい子ですね。では、あの兜をかぶってみてください」
「これ?」
ユーリルは天空の兜に駆け寄ると、軽々と持ち上げて頭に載せた。
「うーん、ちょっと大きいや」
彼がそういった途端、不思議な事が起きた。天空の兜はすっと小さくなり、ユーリルにピッタリのサイズになったのだ。
「やはり……とうとう現れたのですね。天空の勇者が……」
アイシスは感に堪えない、と言う口調で言った。
場所を地下庭園に移し、リュカは自分たちに流れる天空の血について、アイシスに事情を話した。デールからは他言無用と言われてはいたが、アイシスなら絶対に信用が置ける。
「そう言う事でしたか。九年前、あなた達が来た時に何かを感じたのは、あなた達が天空の血を引き、勇者の両親となる、という運命があったからだったのですね」
アイシスは頷いた。それに、その当時既にリュカはユーリルとシンシアを身篭っていたから、なおさら反応が強かったのだろう。彼女は言葉を続けた。
「間違いなく、ユーリルは天空の勇者、その再来でしょう。我が王家にも、天空の勇者の名前はユーリルであったと、そう伝わっていますし」
「え、そうなんですか?」
リュカは驚いた。確か、ヘンリーはユーリルもシンシアもラインハット王家の遠い祖先だと言っていた。
「シンシアは、ユーリルの幼馴染みにしてその妻となった女性の名前です。私の祖先……マーニャとミネアの二人はそう書き残していました」
アイシスはそう保証した。
「そうですか……ヘンリーは知っていたのかな」
デールの言う事が正しければ、仮にヘンリーがユーリルとシンシアの名を知っていたとしても、勇者とその妻の名であるとは知らなかったのかもしれない。いずれにせよ、ヘンリーはなんとも相応しい名前を二人の子供につけたのだ。
「ボクは勇者様と同じ名前なのかー」
ユーリルは素直に目を輝かせていたが、シンシアはちょっと複雑そうだった。
「お兄様の奥様の名前……」
嫌ではないのだろうが、素直に喜んで良いかどうかわからないのだろう。リュカはシンシアの頭を撫でた。
「素敵な名前よ、シンシア。自信を持って大丈夫」
リュカがそう言うと、ようやくシンシアは笑顔を見せた。
「はい、お母様」
その様子を見ていたアイシスは微笑み、リュカに言った。
「ともかく、天空の兜はユーリルに……本来の所有者にお返ししましょう。我が国も、光の教団に対しては、今後厳しく対処するようにします」
「よろしくお願いします、女王陛下」
リュカとアイシスは堅く握手を交わした。
会談が終わり、リュカたちは城の外に出た。待っていたビアンカとサンチョが、ユーリルの頭に嵌まっている天空の兜を見て、顔を輝かせる。
「これが天空の兜ですか……まるで王子様のために誂えられたようだ」
サンチョは感動の色を隠せない表情だ。これで鎧以外の天空の装備はそろった事になる。
「すごくよく似合ってるわよ、ユーリル」
ビアンカが言うと、ユーリルは二パッと笑って見せた。
「ありがと、ビアンカママ」
そこで、さて、と前置きしてサンチョが話題を切り替えた。
「次はどちらへ参りますか? 姫様」
もちろん、リュカには腹案があった。馬車の脇に控えているゴレムスに声をかける。
「ゴレムス、魔法の絨毯を用意して」
こくん、と頷いて、ゴレムスは馬車の中に丸めて入れてあった魔法の絨毯を取り出した。馬車とその随員が一度に乗っても大丈夫、と言う巨大な絨毯も、ゴレムスにかかれば簡単に広げられる。
「ここは中央大陸に近いわ。探しに行ってみましょう、天空世界への手がかりを」
「承知しました」
サンチョは頷き、馬車の手綱を引いて絨毯に乗り込んだ。続いてリュカたちも絨毯の上に乗ると、リュカはグランマーズから聞いた絨毯を飛ばすための呪文を唱えた。
すると、絨毯は上に何も乗っていないかのような、ふわりとした動きで宙に浮き上がった。
「うわっ、本当に浮いてるよ、お母さん!」
「これは不思議な!」
ユーリルとサンチョが騒ぐ。絨毯は建物の二階ほどの高さまでで浮上を止めた。これ以上は高く浮かないらしい。しかし、砂丘や海を越えるには十分だ。
「それじゃあ、中央大陸まで飛ぶわ。だれか地図を出して、現在地をお願い」
リュカが言うと、早速ピエールが地図を出して馬車の中から出てきた。
「現在地がここですから……北東やや東よりに進んでください」
「ん、わかった」
リュカは頭の中で絨毯で行きたい方向を念じた。すすと、絨毯はそろそろとスピードを上げ、やがて馬車が全力疾走したときに数倍する速度で飛び始めた。
「わ……結構速い!」
リュカは思いがけない速さにびっくりした。いろいろな乗り物に乗ったことがある彼女も、この速度は未体験。横を砂丘の端やところどころにある要塞のような大岩がかすめて行くと、かなり怖いものがある。
一方、子供たちははしゃいでいた。
「すごーい! はやいー!」
「楽しいー!!」
無邪気に絨毯の先頭で叫ぶユーリルとシンシアを見ていると、そう言うところは歳相応に子供だな、とリュカは思った。
一時間ほどで絨毯はテルパドールの砂漠を越え、海に出た。進路を北に変えて、波の上を滑るようにして飛ぶ事数時間。前方に陸地の影が見えた。
「あれが中央大陸……」
リュカは息を呑んだ。世界中の大陸からほぼ等距離にあり、地図上でも真ん中に描かれる事からそう呼ばれるこの大陸は、しかし人跡未踏の秘境としても知られている。かつては小さな島で、天空の勇者と導かれし者たちが、気球によって冒険の終盤に訪れた。天空への塔と、地底奥深くの魔界に通じる大迷宮。二つの異界への通路があり、彼らの旅路の中でも、とりわけ苦しい戦いが行われた場所のひとつである。
世界樹の倒壊後、地殻変動によって島はセントベレス山が聳え立つ大陸と化したが、依然として危険な魔境である事に変わりは無い。わかっているのは大陸の輪郭程度で、海岸線をどこまで行っても岩礁や切り立った断崖が上陸を阻むため、足を踏み入れた者はほとんどいないのだ。
接近してみると、今も海岸線はちょっとした城の城壁ほどもある断崖になっていて、絨毯では乗り越えられない高さのため、リュカは海岸線に沿って絨毯を飛ばした。やがて日が傾く頃、次第に断崖は低くなり始め、とうとう絨毯でも越えられそうな高さになったが、海岸線のすぐ傍まで森が迫っているため、リュカは内陸へ行けそうなところを探して、なおも絨毯を海岸線に沿って飛ばした。
そして、ほぼ日が沈んだ時、とうとう森が切れ、砂浜に沿って広い平地が現れた。沖合いに岩礁が無ければ、街を作っても発展させられそうな土地だった。
「今日はいったんここで降りて、キャンプをしよう」
リュカはそう言って、絨毯を静かに砂浜に着地させた。流石に夜間の飛行は危険だし、長時間風に当たり続けて疲れていた。
「では、私たちはテントの用意をします」
サンチョとピピンが砂浜に手際よくキャンプの用意を整え、ビアンカが火を起こして夕食の準備に取り掛かる。その間に仲間たちは四方に散り、魔物の襲撃を警戒した。プックルをはじめ、彼らの五感は夜の闇の中でもそれほど妨げられない。
パンとあぶった干し肉だけと言う簡素な食事を済ませると、リュカは子供たちを寝かしつけ、自分は仲間たちと一緒に交代で仮眠をとった。並みの野生生物はともかく、魔物は別に火など恐れないため、警戒は必要なのだ。
夜の闇の中、潮騒に混じって遠くでギャアギャアと言う獣の鳴き声が聞こえ、リュカと一緒に番をしているピピンは、その度にすばやくそちらに槍を向け、警戒の姿勢をとった。一見緊張しているようにも見えるが、意外とその顔は落ち着いている。仕えるべき王家の人々と一緒と言う事で、気合が入っているのだろう。
「ピピン、ちょっと警戒しすぎじゃないかな?」
もっと楽にしていいよ、と言うリュカに、ピピンは恥ずかしげに頭をかいた。
「いや、申し訳ありません。こっちにすぐ襲い掛かってくる、と言うものでもないんでしょうが、近衛兵としては、やはり殿下の前ではだらけた姿は見せられません」
リュカはその生真面目さに苦笑した。
「わたしはそんなにうるさく言うつもりは無いから、大丈夫。見張りと言っても多少は力を抜いてないと、疲れちゃうよ?」
重ねて楽にするように言うと、ピピンはではお言葉に甘えて、と槍を立てて楽な姿勢をとった。
「それでも、我ら近衛兵としては、先代のパパス王様や姫様が、サンチョ殿だけを連れて旅に出た事に、忸怩たる思いがある事は、どうかお知りください。我々は王族の方々を守るのがその役目。どうか、もっと我らをお頼りください」
リュカはピピンの真剣な口調に頷いた。今回も、自分たちが石になっている間、グランバニアの人々は協力して世界中を探索し、エルヘブンや王者のマントなどを持ち帰ったのだ。リュカたちだけでは、それらが簡単に見つけられたかどうかは怪しい。それでも……
「でも、皆を危険に晒して、何のお返しも出来ないのは……ちょっと辛いかな」
リュカが言うと、ピピンは怒ったような口調になった。
「何を仰いますか。我らグランバニアの民にとっては、姫様の旅を助ける事は、大いなる名誉ですよ。多少の危険など気にもしません。それに、姫様の旅が無事成った暁には、世界の平和が保たれるのです。これほどのお返しはありません」
その言葉に、リュカは胸を突かれた。身分を隠して育ったことで、庶民的な感覚が強く、自分が王族であると言う自覚の不足しているリュカにとって、王族のする事に庶民は期待しているのだ、と言う指摘は新鮮なものだった。自分のする事が、ピピンをはじめとする人々の幸せに通じると、そう自信があるのなら、助力を請う事を恥じる事などないのだ。
「……ごめんね、ピピン。わたしはまだちょっと自覚が足りないみたい。これからも傍で助けてね?」
リュカの言葉に、ピピンは真っ赤になった。
「いえ! こちらこそ臣下の分際で出過ぎた事を申しました。申し訳ありません!」
謝らなくて良いのに、と宥めるリュカ。こうして、夜は更けていった。
(続く)
-あとがき-
ピピンのキャラ掘り下げの巻。会話システムの付いたリメイク版では割とお気楽なキャラみたいですが、SFC時代からのイメージでは真面目なお兄さんです。