翌朝、リュカが仮眠を取っていると、飛び込んできたビアンカの声に目が覚めた。
「リュカ! 起きて! 大変よ!!」
「ん……? どうしたんですか、ビアンカお姉さん」
リュカが目を擦りながら起こすと、とにかく見て、とビアンカに強引にテントの外に連れ出された。
「ほら、あれ!」
ビアンカが指差す方向を見ると、キャンプしていた草原を囲む森の向こうに、巨大な建物の先端部分が見えていた。神殿を積み重ねたようなそれは……
ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~
第五十八話 天空の塔での出会い
「天空の塔!」
リュカは叫んだ。昨日はもう真っ暗だったので、塔があることに気がつかなかったのだ。
「ええ、間違いないわ。急いで行ってみましょう」
ビアンカの言葉に従い、一行はすぐにキャンプを片付け、森の奥、塔のあるほうへ向けて出発した。昼前には塔の傍に近づいたのだが、しかし……
「……これは酷い。もうただの廃墟ですな」
サンチョが言う。かつて山よりも高く、雲の上にまで伸びていたという天空の塔だが、今はデモンズタワーと比較してもさほど高いとはいえない。何が起きたのかは不明だが、途中で折れてしまったらしく、その残骸が塔を中心に四方に飛び散っていた。入り口の階段はまだ何とか残っているが、何時崩れるかわからないほど朽ちてしまっている。
「それでも行くしかないわ。ちょっと怖いけど」
リュカは言った。幸い、塔の中に邪気は感じられない。こんな何時崩れるかわからない塔をねぐらにするような魔物はいないのだろう。万が一に備え、リュカ以外では二人の子供に、身の軽いビアンカと、空を飛べるメッキーとホイミンと言うパーティ構成で突入隊を組み、そろそろと階段を登り始めた。
崩壊しているとは言え、残っている部分だけでも、天空の塔は「荘厳」と言うに相応しい建物だった。三本の巨大な柱を正三角形に立て、それを台座として無数の神殿を積み重ねたような外見を持っている。かつて勇者が登った頃は、どれほどの威容だったのだろうか。
しかし、中は見る影も無く荒れ果てていた。柱が折れ、天井が抜けていたりする。床のくぼみには吹き込んだ雨水が溜まり、澱んだ緑色になっていた。魔物はいないが、水溜りから湧いた虫や住み着いたヤモリらしき影が壁を伝っていくのが見えたりする。
「酷いわねぇ……掃除したくなっちゃうわ」
ビアンカが言うと、シンシアがユーリルをつついた。
「お兄様も、少しは部屋を掃除しないと、こうなりますよ?」
「いくらなんでも、ここまで酷くはないよ!?」
ユーリルが言い返す。そんな会話をしつつ、一行は塔を登っていった。予想通り魔物の襲撃は無く、落ちた階段や天井に行く手を阻まれつつも、なんとか上へ進む事ができた。
登り始めて半日、そろそろ日暮れが近づく頃、一行は現在行ける最高点らしい部分に到達した。ここで塔が折れたらしく、それ自体一つの塔に近い太さを持つ三本の主柱がことごとく折れ、無残な断面を晒している。部屋の天井も崩落に巻き込まれ、空が見渡せた。ここ中央大陸ではセントベレスにぶつかる風のために、ほぼ一年中曇り空が続き、ほとんど青空が見渡せない。この日も、空は一面の雲で覆われていた。
「何も手がかりは無し、か……」
ビアンカが少しガッカリした口調で言う。
「この近くに、かつて勇者が訪れたゴットサイドの街も、遺跡になって眠っていると聞きます。そっちをあたってみては?」
メッキーが言った。もっとも、この噂を確かめた人はいない。伝説にそう言う街が出てくるから、今は遺跡になっているのではないか、と思われているだけだ。
しかし、その時だった。
「お母さん、こっちに人が!」
ユーリルの声が聞こえた。リュカたちは顔を見合わせ、急いでその方向へ走った。ユーリルとシンシアが手招きする場所に着くと、柱にもたれるように、男とも女とも着かない中性的な美貌を持つ人物が立っていた。
「像……ではないようね」
その人物は目を閉じ、身動き一つしない。しかし、リュカが触れた瞬間、その人物の体が淡い光に包まれた。
「!?」
驚いて飛び退る一行。ビアンカとメッキーは戦う姿勢を見せる。しかし、その光は数秒で消え、その人物は目を開けた。
「むぅ……とうとう同胞が来たか……?」
声からするに、男性らしい。彼は辺りを見回し、リュカたちに気付いた。
「……そなたたちは? 私が目覚めたと言う事は、どうやらそなたたちも天空人の血筋を引いているようだが……どう見ても地上人だな」
そこで、リュカは挨拶をした。
「わたしはリュカと言います。僅かではありますが、天空人の血を引いています。こちらはわたしの子供と仲間たち」
「これは申し遅れた。私はユージス。天空人だ……」
ユージスと名乗った天空人は、リュカたちを一人一人確認して、ユーリルに目を留めた瞬間、驚きに目を見開いた。
「この子は……天空の装備を身に着けているということは、まさか天空の勇者!?」
一行は塔の上でこの日の夜を迎えた。辺りの瓦礫から燃える物を集めて火を焚き、それを囲んで話が始まった。
「なるほど。勇者の血筋は健在であったか……これで少しは希望が持てるというものだ」
ユージスはリュカの家族たちの存在を喜んだ。そして、リュカたちもユージスに尋ねたいことがあった。
「ユージスさん、この塔は何故崩れてしまったのですか? エルヘブンでは天空の城が落ちたと言う話も聞きましたが」
そうリュカに問われ、ユージスは昔の事を語り始めた。
「あれは、三百年ほど昔の出来事だ。当時、魔族が一時的に勢力を盛り返し、我々天空界に戦いを挑んできた事があったのだ……」
天空の勇者に魔王デスピサロと地獄の帝王エスタークと言う巨頭たちを討たれ、魔族の勢力は大きく減退した。しかし、新たな魔王が現れ、まずは邪魔な天空界を攻め滅ぼそうとした。
「仮に、魔族が人間界と戦うのであれば、新たな勇者がその時現れただろう。だが、魔王は人間界には目もくれず、天空界を滅ぼす事に専念したのだ」
ユージスは言った。天空界の助力さえなければ、人間界など何時でも滅ぼせる。魔王はそう割り切って、天空界へ攻撃を加えてきた。デスピサロの遺産であった魔神像をデモンズタワーに作り変え、天空城に激しい砲撃を浴びせてきたのである。
「我々天空人は、肉体的にはさほど強くは無い。魔族の攻撃で多くの犠牲者を出し、ついにマスタードラゴン様ご自身が、魔王と自ら戦うと決断し、出陣された。私も、その時選ばれて共に出陣した一人だった」
マスタードラゴンと魔王は激しい戦いを演じ、その凄まじい戦いは天地を裂き、大地の形を変えるほどだったという。
「勝ったのはマスタードラゴン様であった。魔王は地獄に封じ込められたが……天空城もデモンズタワーの攻撃に耐え切れず、天より落ちて湖に沈んでしまったのだ……」
ユージスは無念極まりない、と言う口調で言った。
「以来、マスタードラゴン様と生き残った我々天空人は、天空の城を蘇らせる方法を探して、世界に散った。何かあった場合、この塔に集合すると言う約束で。私はどうしても方法を見つけられず、仲間と合流しようと、ここで五十年ほど、時を止めて眠っていたのだ」
ユージスの事情に、リュカたちは溜息をつく。
「そんな戦いがあったなんて……マーリンさんから、少し事情は聞いていましたが」
リュカが言うと、ユージスは感慨深そうに言った。
「そうだろうな。エルヘブンの民以外で、この戦いを知っている者は、人間にはほとんどいないだろう」
ユージスはそう言うと、リュカの顔を見た。
「湖の傍で、落ちた天空の城に何とか辿り着こうと、地面を掘り返していた仲間がいた。もしかしたら、今もまだいるかもしれない。私をそこに連れて行ってくれないか?」
「それは構いませんが……ここは良いんですか?」
また仲間が来るかもしれない、という質問に、ユージスは首を横に振った。
「長い間待っていても、誰も来なかったのだ。私以外はまだ諦めていないのだろう……だから、私ももう一度やってみたいんだ」
リュカは頷いた。
「わかりました。よろしくお願いしますね、ユージスさん」
「ああ、こちらこそよろしく」
ユージスは頭を下げた。
こうして、彼を仲間に加えたリュカたちは翌日塔を降り、いったんグランバニアへ戻った後、魔法の絨毯でエルヘブンの南を目指した。未だ灰色のガスに覆われた、不気味なデモンズタワーの横を通り過ぎる時、リュカの胸は僅かに痛んだ。今彼がそこにいない事を知ってはいても、やはり謝罪の言葉が胸を過ぎった。
(ヘンリー……ごめんね。きっと、助けに行くから。だから、待っていて……)
デモンズタワーはあっという間に視界の外に去っていったが、リュカはじっとその方向を見つめ続けていた。
しかし、海を渡り、天空城が沈んでいる湖に近づく頃には、リュカはもう前だけを見つめていた。やがて、中心部に向けて半島の突き出した、大きな湖が見えてきた。
この湖は特に名前はついていないが、近くに街はなく、澄んだ水を満々と湛えた美しい湖だった。岸辺にたって見おろすと、確かに深い水底に、建物のような直線的な影が揺らめくのが見えた。
「……おお……懐かしい」
ユージスには見えているらしく、揺らめく影を見て涙を流している。そこへビアンカが尋ねた。
「それで、仲間は何処に?」
相手が天空人でも、敬語付きなどで喋らない所が、ビアンカらしいところである。ユージスは涙を拭いた。
「失礼、少し感極まって……仲間がいるはずなのはこっちだ」
ユージスに案内されて、一行は湖畔を歩く。行き着いた先は半島部の先端だった。少し広くなっていて、元々は島だったのが、砂州で湖岸と繋がったような感じの地形だった。中心部にごつごつした岩山があるだけで、地下への入り口らしきものは見当たらない。
「ユージスさん、ここで良いんですか?」
リュカが聞くと、ユージスは頷いて、ゆったりした上衣の中から一本の杖を取り出した。赤黒い岩を削りだしたような外見で、天空人が持つにはややゴツイ作りである。
「魔物が進入してこないように、普段は閉じてあったはずだ。少し揺れるので気をつけてくれ」
そう言うと、ユージスは杖を振りかぶった。
「大地の精よ、わが呼びかけに応えたまえ。大地の血脈の力もて、道を切り開かん!」
ユージスがそう呪文を唱えると同時に、大地が僅かに揺れ始めた。その揺れ方は、リュカやマーリンには身に覚えのあるものだった。
「こ、この揺れ方は……」
「まさか噴火!?」
二人が言うと同時に、小さな丘程度の岩山が、いきなり爆発した。噴煙があがり、飛び散った岩と火山灰がざあっと音を立てて湖面を叩く。一瞬大惨事を覚悟したリュカたちだったが、意外にもそれだけでまた何事もなく、辺りは静まり返った。
「心配ない。これはマグマの杖。一時的に周囲の大地の精霊力を操る杖だ。見たまえ」
ユージスが杖を仕舞って指差す方向には、さっきまでの岩山がざっくりと裂け、その奥に通じる巨大な洞窟が広がっていた。
「なるほど……でもびっくりするじゃないですか。次は、もっと早く教えてください」
リュカが言うと、ユージスは頭を掻いた。
「申し訳ない。ともかく、これで奥へ進めるはずだ。行こう」
その言葉に応え、リュカたちは洞窟の奥へと踏み込んで行った。
-あとがき-
天空の城が落ちた理由について、思い切り捏造しました。
いや、だって原作のは情けなさ過ぎるじゃないですか……マスタードラゴンが人間になって遊んでいる間に、修理し忘れてた床からゴールドオーブが落っこちたとか。
いくらなんでもあれは無いですよ……