洞窟に全員が入ったところで、ユージスはマグマの杖をまた使い、洞窟の入り口を閉鎖した。その間にリュカたちはランタンやたいまつを準備し、辺りを照らし出す。すると、そこには鈍く光る鉄のレールが走っていた。
「お母さん、これ何だろう?」
ユーリルが好奇心を剥き出しにして聞くが、その時リュカは忌まわしい思い出を呼び起こされていた。そう、リュカはこれと同じものを、奴隷だった頃に見た事があったのだ。
ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~
第五十九話 謎の男プサン
「これは、トロッコと言うものだ」
押し黙るリュカの代わりに答えたのは、ユージスだった。
「このレールの上に台車を走らせて、掘った土や石を外に運び出すのだ。さっき、湖の端から入り口まで渡ってきたが、あの砂州はこれで運んだ土砂で出来たんだろうな」
「???」
ユーリルは良くわからない、と言う表情だったが、シンシアは理解したらしい。
「素晴らしい仕掛けですね。台車はどうやって走っているのですか? 魔法?」
「動力は魔法を使うな。しかし、このトロッコは随分長く使われていないようだ。仲間は、もう掘るのをやめてしまったのだろうか……?」
ユージスが答える。そう言えば、トロッコのレールはところどころ錆が浮いていて、少しみすぼらしい。しかし、子供たちには興味を引くものだったようで、まだユージスに質問を浴びせていた。
一方、ビアンカやサンチョは、リュカの沈黙の意味に気付いたらしい。
「リュカ……大丈夫?」
「姫様、どうかしたのですか?」
リュカは首を振った。
「ううん。大丈夫……ただ、ちょっと昔を思い出しただけ」
奴隷時代、トロッコは大神殿の建設にも活用されていた。地下深くから切り出した石や土砂を運び出していたのだ。安全など全く考えていない乗り物だったから、奴隷がたまに撥ね飛ばされて死んだり、重傷を負ったりすることもあったから、轟音を上げて走り回るトロッコは、多くの奴隷たちにとって恐怖の対象だった。
そう言う記憶を、細かく説明したわけではない。しかし、ビアンカもサンチョも、リュカがこれを何処で見たのか、なんとなく悟りはしたようだった。
「……大丈夫よ、リュカ。このトロッコは悪いものではないわ」
ビアンカはリュカを背後から抱きしめ、優しく諭すように言う。リュカは目を閉じ、ビアンカの言葉と体温を感じ取る事で、落ち着きを取り戻した。
「うん、大丈夫……もう大丈夫よ、ビアンカお姉さん」
リュカは目を開き、ユージスと共に先に進んでいった子供たちを追って歩き始めた。それを見て、ビアンカとサンチョは顔を見合わせて笑った。
「ありがとう、ビアンカさん。姫様の不安を取ってくださって」
サンチョが言うと、ビアンカはいいのよ、と手を振って答えた。
「例え先に結婚してて、子供が出来てても、リュカは私の妹ですもの。姉として妹を助けるのは当然よ」
そう言ってから、ビアンカは溜息をついた。
「それにしても、リュカはやっぱりまだ若いわねー。肌もすべすべで、身体も張りがあるし。あの娘が石になっている間の八年間で、私の方だけ年取っちゃったからなぁ……」
やはりビアンカも女性で、若さは気になるようだ。八年前、彼女とリュカの年齢差は二歳だったが、今は実質十歳。差が付いてしまった事に対する焦りはある。しかし、サンチョは言った。
「私は気にしませんがねぇ。若さだけが女性の価値じゃありませんよ。ビアンカさんにはビアンカさんの素晴らしさがあるし、私はそこが好きなんですから」
婚約者の言葉に、ビアンカは笑顔で頷いた。
「ありがとう、サンチョさん。あなたのそう言う優しさが好きよ」
仲間たちの手前、それ以上の行為……キス等はしなかったが、この二人はこの二人で、間違いなく愛を深めあっていた。それを見て、オークスが相棒のメッキーに言う。
「人間とはいいものだな。マーサ様は、我々も人間になれると言っていたが……リュカ様がマーサ様を助け出す事ができたら、我々も人間を目指そうか」
「そうだな、魔物の私たちにも、夢を見る権利はあるさ。マーサ様とリュカ様は、その希望を我らに与えてくださる存在だ。守らねばな」
二人の会話に、仲間たちが大きく頷く。人々の愛情は、彼らに間違いなくよい影響を与えていた。
洞窟の奥に進むと、最初は一本道だったのが、次第に分岐が増えてきた。別にここは鉱山ではないが、やはり堅い掘りにくい地盤よりも、柔らかい所を選んで掘り進んだ結果、そうなったらしい。それにしても、一体どれだけの人数で掘ったのか、と思わせる大洞窟である。その事をリュカがユージスに聞いてみると、彼は顎に手を当てた。
「そうだな……ここを掘ると言ったのは一人だけだよ。だが、彼はゴーレムやストーンマンと言った、擬似魔法生命を作って手伝わせていたんじゃないかな。そう、あんな感じで」
「え?」
ユージスが指差した方向に、ストーンマンが十数体、座り込むような形で置いてあった。ゴーレムと同種の魔法生命体だが、より固い石で作ってあり、力も強い。そして、リュカたちが近づいてきたのに気付いたのか、それらは目を光らせてゆっくりと立ち上がり始めた。
「う、動いた!」
ピピンが言うと、それに反応したか、ストーンマンの大群はリュカたちのほうに向かってきた。
「あの、ユージスさん、あれ、襲ってくるって事は無いですよね?」
サンチョがユージスに聞くと、ユージスは首を縦に振った。
「そりゃもちろん……作ったのは私の同族だからな」
人間に危害を加えるような作りになっているはずがない、とユージスは太鼓判を押そうとしたのだが。
「危ない!」
ストーンマンが一瞬前までユージスがいたところに、腕を振り下ろしていた。ズシン、と言う轟音が洞窟を揺るがす。もしリュカが服の裾を持って引っ張らなかったら、ユージスはストーンマンの豪腕で殴られ、潰れたトマトのようになっていただろう。
「な、どうなってるんだ!?」
驚くユージスにシンシアが言った。
「このストーンマン、放って置かれてる間に邪気に取り憑かれてます!」
それを裏付けるように、ストーンマンの目はゴレムスの青い、優しささえ感じさせる目とは異なり、爛々と真っ赤に輝き、破壊本能を暴走させている事がわかった。咄嗟に動いたのはサンチョとピピンである。
「せいや!」
「はあっ!」
二人の槍が、先頭のストーンマンに直撃する。しかし。
「か、堅い!」
「くっ、手が痺れて……!」
慌てて退く二人。並みの魔物なら今の一撃で急所を貫かれていただろうが、ストーンマンの堅い石の身体には通用しなかった。ならばとシンシアとピエールが魔法を叩き込む。
「イオラ!」
「イオラっ!」
ストーンマンの群れが爆炎に包み込まれたが、彼らは軽く身体を揺るがせただけで、気にした様子も無く迫ってくる。これはまずいとリュカは判断した。
「みんな、逃げよう!」
一体や二体なら余裕で倒せるだろうが、十数体と言うのは相手が悪すぎる。リュカたちは回れ右して逃げ出したが、ストーンマンも鈍重な外見によらず、ドシドシと音を立てて追ってきた。
追いかけっこを演じる事しばし。ふと、サンチョは前方に数両編成のトロッコが止まっているのに気がついた。都合の良いことに、一台は板台車で馬車も載せられそうだ。彼は叫んだ。
「皆さん、あれに乗って逃げましょう!」
そして、自ら先頭車両に飛び乗り、ユージスを引っ張り挙げた。それを見て、ビアンカが続き、ユーリルとシンシアも飛び乗った。
「お母さん、早く!」
「う、うん」
少し躊躇いがあったが、リュカは子供たちと同じトロッコに乗り込んだ。ピピンが先導して馬車を板台車に載せ、すばやく車止めをかます。その間、ブラウン、ピエールとオークスが殿に立って、ストーンマンの進撃を食い止めた。
「OKだ! 早く乗って!!」
ピピンの作業終了の合図を受けて、ピエールが牽制のイオラをストーンマンの群れに撃ち込むと、三匹は急いでトロッコに乗り込んだ。その間にユージスがサンチョに操作方法を教えていた。
「そのレバーを押し込め!」
「こうですな!?」
サンチョが先頭車両についていたレバーを進行方向に倒すと、トロッコはがくん、と言う振動と共に動き出した。最初は生まれたてのスライム並みに遅かったが、一度スピードが乗り始めると、たちまち馬よりも速くなり、ストーンマンの群れを大きく引き離した。
「ほほう! これはなかなか楽しいですな!!」
操縦を担当するサンチョはノリノリでレバーを引いたり押したりしているが、馬車が落ちないようにしているピピンはかなり青ざめた顔をしていた。リュカはと言うと、スピード自体は魔法の絨毯よりも遅い程度だと感覚的にはわかったものの、周りが洞窟なせいで、体感スピードはかなり上であり、怖く感じられた。子供たちをぎゅっと抱きしめ、カーブで投げ出されないように身体に力を入れる。
しかし、母の心子知らずで、子供たちは大喜びだった。
「すごーい!」
「はやーい!」
歓声と共に、トロッコは洞窟の奥へ奥へと進んでいく。そのうち、広い空間が出現した。掘ったものではなく、自然の空洞にぶつかった後らしい。あちこちに試行錯誤した後の坑道があり、それらをレールが繋いでいる。真ん中には、今リュカたちが来たものを含め、全てのレールに通じる環状線があり……
その上を、一台のトロッコが高速で周回していた。
「!!」
全員が硬直する。サンチョは慌ててブレーキをかけ、車輪とレールの間に火花が散った。急速に速度が衰えていくが……間に合わずに、リュカたちのトロッコは周回中のそれと正面衝突した。
「あーれーっ!!」
そんな間抜けな声と共に、リュカたちの頭上をトロッコが吹っ飛んでいく。リュカたちのトロッコの方が重かったので、相手のトロッコだけが吹き飛ばされたようだが……どうやら誰かが乗っていたらしい。
「た、大変!」
ようやく止まったトロッコから、リュカは慌てて飛び降りると、吹き飛んだトロッコに駆け寄った。そばに中年の男性が目を回しながら倒れている。幸い、大怪我はないようだが、念のためリュカは回復呪文を使った。
「ベホマ!」
眩しいほどの回復の光が相手を包み込み、男性は目を開いた。
「う、うーむ……はっ、こ、ここは!?」
キョロキョロと辺りを見回す様は、悪人には見えない。邪気も感じられない。どうやら普通の人のようなので、リュカは笑顔で声をかけた。
「あなたはトロッコでぐるぐると一箇所を回ってたみたいですよ。そこにわたしたちのトロッコがぶつかってしまったみたいで……ごめんなさい」
そう言う頃には、停車したトロッコから、皆が飛び降りて回りに集まっていた。男性は頭を掻きながら立ち上がった。
「そう言う事でしたか。いやいや、礼を言わせてもらいますよ。ポイントを切り替えていなかったもので、トロッコから降りられず二十年ほど、あそこを回っていたものですから」
一瞬、場に沈黙が落ちた。何か聞き捨てならない言葉を聞いたような気がする。二十年……? その訝しげな雰囲気をものともせず、男性は自己紹介した。
「おっと、申し遅れました。私は天空人のプサンと申します。この洞窟を通れば天空城に行ける、との事でここまで来たのですが……あなた方は?」
「わたしはリュカ。こちらはわたしの子供と仲間たちです」
リュカは自己紹介を返しつつ、プサンを見た。明らかに一般人とは違う雰囲気のユージスと異なり、プサンはどう見ても地上人のようだ。格好もカジノのディーラーのような服装で、威厳も何もない。そのリュカの内心を代弁するように、ユージスが進み出た。
「何者だ? お主は。天空人にプサンなどと言う名前の者はいなかったぞ」
すると、プサンはおお、と懐かしそうな声を上げた。
「ユージス、ユージスじゃありませんか。マグマ使いの。いやぁ懐かしい」
ユージスが酢を飲んだような表情になった。知らない相手が自分を知っている事にショックを受けたらしい。
「……な、何者だ、お主」
「だから、天空人のプサンですよ。まぁ、そのうち思い出します」
プサンはそう言うと、ズボンの埃を払った。
「ユージスがいるとなると、あなた方も天空城へ行くようですね……どうやら、宿命の子もいるようだ」
プサンは柔和な目でユーリルを見つめた。一見してユーリルが勇者だと見抜く辺り、やはり只者ではないらしい。疑わしい面がないではないが、リュカはプサンと同行することにした。
「ええ。プサンさんも一緒に行きますか?」
「構いませんか? いやぁ、助かります」
プサンがわっはっは、と気楽そうに笑う。リュカは仲間たちを見た。
「いいよね? プサンさんは悪い人じゃなさそうだし」
「構いませんよ」
「ボクはいいと思うよ」
「私もお母様に賛成です」
「いいんじゃない?」
「殿下のご判断に従います」
サンチョ、ユーリル、シンシア、ビアンカ、ピピンは文句無く賛同した。この五人はリュカの人を見る目に絶対の信頼を置いている。
「ワシは構わんぞ」
「リュカ様の御心どおりに」
「俺は異存ない」
「私も」
喋れる仲間のマーリン、ピエール、オークス、メッキーにも文句は無かった。ちなみにシーザーは城で待機中である。問題はユージスだった。彼だけはプサンを胡散臭げな目で見ていたが、最終的には頷いた。
「まぁ、良かろう……しかし、怪しげな真似はするなよ?」
ユージスが釘を刺すと、プサンはもちろんですとも、と鷹揚に笑った。
(続く)
-あとがき-
プサン登場。まぁ、今となってはみんなこの人の正体を知ってるわけですが……
怪しいですよね、ほんと。