一瞬の白昼夢にも似た体験の後、リュカはサンチョにお酒を預けようと家に入った。すると、彼も台所で探し物をしていた。
「あれ……まな板が無いな。どこへ行ったんだ……おや、お嬢様」
「ただいま、サンチョさん。おつかいのお酒、買って来ました」
リュカがサンチョに酒瓶を見せると、サンチョは嬉しそうな表情になった。
「おお、ありがとうございます。お嬢様」
リュカはグランバニアと言うのがどこか知らないのだが、このお酒を見ると、父親もサンチョも、懐かしそうな表情になる。二人にとっては思い出深い場所なのだろう。
すると、その声を聞きつけたのか、階上からパパスが降りてきた。
「おお、帰ってきたか、リュカ。ご苦労だった」
パパスはリュカの頭を撫で、お駄賃のゴールドをリュカの手に握らせた。
「今日は、父さんは上で調べ物をしている。リュカも洞窟に入るとか、危ない真似をしては駄目だぞ」
「はい、父様」
リュカの返事を聞き、パパスは満足そうに二階に上がっていく。ここ二ヶ月ほど、パパスは家で調べ物をしたり、洞窟の中に小舟で入って行ったりと言うことを繰り返している。リュカは一度剣術の稽古をつけて欲しいと思っていたが、なかなか暇が無かった。
「お、あったあった。何でまな板が戸棚の中にあるんだ?」
サンチョが再び家事に戻るのを見て、リュカはそっと地下室に降りて行った。はたして、さっきの少女は樽に腰掛けた姿勢で待っていた。
ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~
第六話 妖精の国へ
「あ、来てくれたのね。ありがとう」
少女は樽から降りてぺこりと頭を下げた。
「私はエルフのベラ。あなたは?」
「リュカです。エルフ……?」
リュカはベラと名乗った少女を見た。年の頃は自分よりやや上で、ビアンカと同じくらいか、もう少し上かもしれない。木の葉のような緑色の髪の毛や、先のとがった耳は、確かに人間とは違う特徴ではある。
「ええ。妖精の世界から来たのよ」
ベラは頷くと、リュカの手を握った。
「実は、私たちの世界が大変なの。このままでは、あなたたち人間の世界にも大きな災いが来るわ……それで、人間の世界に助けを求めてきたのだけど、人間には私の姿が見えないらしくて、気づいてもらおうといろいろイタズラもしたんだけど、どうしても気づいてもらえなくて……そんな時に、あなたが現れたわけ」
「は、はい」
早口で話すベラに、リュカはちょっと押されぎみだ。
「ともかく、一度ポワン様に会ってくれる? お願い、リュカ」
「え? そ、それは……えっ?」
お願いと言いつつ、ベラは何やら呪文のようなものを唱えた。その瞬間、二人と一匹は眩しい光に包まれ、リュカは意識が遠くなるのを感じたのだった。
「……リュカ、リュカ!」
ベラの声でリュカは意識を取り戻した。
「ベラ……さん? え? ここはどこ?」
リュカは目をあけて驚いた。さっきまで家の地下室にいたはずなのに、何時の間にか外に出ていたのだ。
いや、ただ外に出ていたのではない。そこは見知らぬ土地だった。深い森に囲まれた池、その中央の小島の上にベラとリュカ、プックルは立っていた。
「……さ、寒い!」
思わず身体が震える。見れば地面には厚く雪が積もり、池の氷は分厚く凍り付いていて、上が歩けそうなくらいだ。
「ここは、私たちが住む妖精の村。あれがポワン様のお屋敷よ」
ベラが指差す方向には、巨大な木が立っていた。ただの木でない事は、窓があったり根っこが綺麗な階段状になっている事でわかる。確かに大きな家に見えなくも無い。
「ともかく、一度ポワン様に会って、話を聞いて」
「あ、あの、ベラさん。そもそもポワン様って誰……きゃっ!」
かなり強引にベラに引っ張られ、リュカは凍った池を渡ってポワンの屋敷に連れ込まれた。階段を何度か登ってたどり着いた先は、木の中とは思えないほど明るく、暖かな大広間だった。
「ポワン様、お言い付け通り、人間の戦士を探してまいりました」
「まぁ、とてもかわいらしい戦士様ね」
鈴を転がすような声がした。リュカはその声の主を見て、声を失った。
それは、ベラと同じエルフ族のようだが、もっと大人のエルフで、しかも美しい女性だった。さっき家の前で会った女性も美しかったが、このエルフは水準自体が違っていた。彼女自身が光り輝いているのかと錯覚するほどだ。その美しいエルフは穏やかな笑顔を浮かべて、リュカに話しかけてきた。
「はじめまして、リュカ。私はエルフの女王で、ポワンと申します。どうやら、ベラに強引に連れてこられたようでごめんなさい。そう言う所を直すようにと、いつも言ってあるのですが」
「あの、ポワン様……それはその」
ダメ出しをされて言い訳しようとするベラを片手を上げて制するポワン。
「言い訳は後で聞きます。ともかく、私はあなたにお願いがあって、こうして来ていただきました。私たちの話を聞いていただけますか?」
「あ、はい……」
リュカは頷いた。どうやら、ポワンはちゃんと事情を話してくれそうだ。
「妖精は、世界に季節をもたらす役目を持っています。私たちエルフは春の担い手。ですが、この世界に春をもたらすために必要な神器、春風のフルートを奪われてしまったのです」
「春風のフルート?」
聞き返したリュカにポワンは頷いた。
「ええ。はるか昔、私たちが神様から授かった大事なフルートです。おそらく、雪の女王の仕業でしょう」
「雪の女王?」
また聞き返すリュカ。ポワンは丁寧に説明を続ける。
「雪の女王は冬を司る妖精で、本来はこの季節に私たちに季節を引き継ぐはずなのですが、普段から季節は冬だけでいい、全て凍った世界こそ美しい、と言うようなお方でした。それで、私たちの宝を盗んで、この世界を全て冬にしようとしているのでしょう」
「それは、迷惑なお話ですね」
リュカは言った。春が来ないために、サンタローズでは寒いだけでなく、農作業が出来ずに困っている。このままでは今年は大凶作だ、と嘆く村人がパパスのところに相談しに来たのを見てもいた。
「ですが、私たちエルフには戦う力はありません。身を守るのが精一杯。雪の女王からフルートを取り返す事ができないのです。それで、人間の戦士を探すために、そのベラを遣わせたというわけです。リュカ、どうか私たちのお願いを聞いていただけますか? 雪の女王からフルートを取り返して欲しいのです」
リュカはちょっと考えたが、サンタローズの村人たちの事を考えると、自分でできる事なら手伝ってあげたい。リュカは頷いた。
「はい、ポワン様。わたしで良ければ」
その答えに、ポワンは明るい笑顔になった。
「そうですか、やってくれますか! ありがとう、リュカ。心から感謝します」
ポワンはそう言うと玉座から立ち上がり、傍に控えていたエルフに手を差し伸べた。そのエルフはポワンに長い棒のようなものを差し出した。
「これはこの村の鍛冶屋が作った、鉄の杖です。あなたのブーメランでは、この先戦いが少し厳しいでしょう。これをお持ちなさい」
ポワンはリュカに鉄の杖を差し出した。
「はい、ありがとうございます! ポワン様」
リュカは鉄の杖を受け取った。ずっしりした質感は、これまでとは違う本格的な武器と感じられる。試しに構えてみると、重過ぎず軽過ぎず、手に馴染む。
その主の凛々しい姿に、プックルがにゃあ、と褒め称えるように声を上げた。それを見て、あるエルフが強張った声を上げた。
「そ、それは地獄の殺し屋、キラーパンサー!?」
「なに、あの忌むべき魔獣の!?」
ざわり、と動揺が場に広がり、敵意と隔意の混じった視線がリュカの連れに注がれた。リュカは思わずプックルを庇ってその視線に立ちはだかった。
「プックルは悪い子じゃありません! わたしに懐いているし、言う事もちゃんと聞きます!」
それを聞いて、ポワンは頷いた。
「わかっています。そのキラーパンサーの子に、邪悪さは感じられません」
ポワンはしゃがみこみ、プックルの頭を撫でた。一瞬警戒したプックルだが、ポワンの隔意のない気持ちを感じ取ったのか、ごろごろと喉を鳴らして、その愛撫を受け入れた。
「良い子ですね。ご褒美にこれをあげましょう」
ポワンは首飾りを外し、プックルの首にかけた。
「これはエルフのお守り。きっとあなたを守ってくれる事でしょう」
ポワンの言葉に、プックルが頭を垂れて礼を言うような姿勢を見せた。それを見て、エルフたちはまだ顔を見合わせてはいたものの、どうやらプックルが危険な存在ではない、と言う事を信じたようだった。
「さて……ベラ、あなたもリュカに同行し、この妖精界を案内してあげなさい」
「はい、ポワン様!」
ポワンはお辞儀をして、リュカによろしくね、と笑いかけた。
「お願いします、ベラさん」
リュカはベラに微笑み返して握手をし、さっそく雪の女王の居城に向けて出発した。
-あとがき-
武器が鉄の杖に代わりました。でも、原作で鉄の杖を使った人ってあまりいないような気がします。
少なくとも私はブーメラン→チェーンクロスにダイレクト移行でしたね。