「では、参りましょう……よっと」
プサンはレールの切り替えポイントの一つに歩み寄ると、それをガチャリと切り替えた。
「ここを切り替え忘れたばかりに、二十年間回り通しだったんですよねぇ……はっはっは。ですが、これで先へ進めるはずです」
それを聞いてリュカは尋ねた。
「プサンさんは、どれが正解のルートかご存知なんですか?」
「ええ。天空城の独特の雰囲気が伝わってきますからね。あの横穴が正解のルートです」
プサンは頷いて、一つの横穴を指差す。切り替えたポイントからのレールはそこに通じていた。
「そうですか……じゃあ、みんなトロッコに乗って」
リュカがそう促し、全員がトロッコに乗り込もうとした時だった。
突然、ゴゴゴゴゴゴゴ、と言う地鳴りがして、リュカたちが来た穴からストーンマンの群れが現れた。
ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~
第六十話 湖底の天空城
「うわっ、追ってきた!」
「しつこい人たちですね」
ユーリルとシンシアが言う。しかし、次の瞬間天真爛漫な子供たち二人でさえ、顔を青ざめさせる光景が目に入った。ストーンマンの手に爆弾岩が握られている。足元にも爆弾岩がゴロゴロと転がっていた。ストーンマンはゆっくりと投擲の姿勢をとった。
「な、なんで爆弾岩があんなに!?」
蒼白になるビアンカに、プサンがのんびりと言った。
「発破代わりじゃないですかねぇ」
「のんきに言ってる場合じゃないですよ! サンチョ、急いで!」
「は、はいーっ!!」
サンチョが急いでトロッコを発車させる。同時にストーンマンが爆弾岩を投げ始めた。動き出したばかりのトロッコの直後に落ちた爆弾岩が大爆発を起こし、レールを吹き飛ばす。間一髪だ。しかし、後から後から爆弾岩は飛んでくる。爆発が噴き上げる土砂と岩の欠片を浴びながら、トロッコは走った。しかし、スピードが乗る前に頭上を飛び越えた爆弾岩が前方で大爆発した。トロッコの路盤がすり鉢状に抉られ、レールがまくれ上がる。
「うわあ! ブレーキが間に合わない!!」
「きゃーっ!!」
一行の悲鳴を乗せて、トロッコが宙を舞う……が、どんな奇跡が起きたのか、トロッコはそのまま前方のまだ無事なレールの上に着地。数回バウンドしたものの、脱線する事も無く走り続けた。
「う、うそ……!」
あまりの事に、ビアンカが飛び越えたばかりの爆心地を振り返る。しかし。
「あれ、これ別のレール?」
リュカが言った。そう、トロッコは隣のレールに飛び移っていたのである。正解のルートではなく、その隣のルートへ。その横穴の入り口には立て札があり、こう書いてあった。
「危険。立ち入り禁止」
リュカは叫んだ。
「サンチョさん、ブレーキブレーキーっ!!」
「りょ、了解!」
サンチョはそう言ってレバーを引き……次の瞬間、それはバキンと音を立てて折れた。さっきの衝突や大ジャンプで、レバーが損傷していたらしい。
「ぬわーっ!?」
目の玉が飛び出るほど驚くサンチョ。一方、他の仲間たちもパニック状態だ。
「サンチョ殿ーっ!?」
「何だこの展開はー!!」
「やり直しを要求するっ!!」
仲間たちが真っ青な顔で叫ぶ中、今度はもっと青ざめる事が起きた。馬車の幌を貫いて、爆弾岩が直接落ちてきたのだ。
「どわああああ!!」
「ぎゃーっ! もうダメだー!!」
「ぴきー!!」
たちまち阿鼻叫喚の巷と化す馬車内。リュカは咄嗟にエルヘブンで買ってきたばかりの鋼の鞭を手にした。
「お願い、爆発しないで……!!」
そう祈りつつ、リュカは鋼の鞭を振り抜く。先端の分銅が今にもメガンテを唱えようとしていた爆弾岩の纏った邪気を砕き散らし、爆弾岩はごろりと転がって意識を失ったようだった。
「やったね、お母さん!」
「流石はお母様!」
ユーリルとシンシアが、緊張のあまりズルズルと座り込むリュカに抱きつく。その間に、トップスピードに乗ったトロッコは横穴に入った。その直後、横穴の周りで何度か爆発が起こり天井が崩落を始めた。そう、まるでトロッコの後を追うように。
「ちょっ……」
「ど、どこまでピンチが続くのー!?」
絶句するビアンカと、思わず叫ぶリュカ。後ろからは落盤。前は行き先不明。そして乗っているのは制御不能と化したトロッコ。まさに絶体絶命のピンチである。
「こうなったら、運を天に任せるしかないですね」
この状況で、慌てず騒がすのんきに言うプサン。大物なのか、状況がわかってないのか、いずれにせよその態度は皆をますますヒートアップさせた。
「そんな事言ってる場合か……っ!?」
しかし、ピエールが怒鳴ろうとして舌を噛んだので、誰も何も言えなかった。その間にも暴走するトロッコはますます速度を増し、揺れも激しくなって、誰も立つ事も喋る事もできない。たいまつやランタンの火も風圧で消えてしまったので、辺りは真っ暗で、トロッコが登っているのか、下っているのか、それとも落ちているのか、誰にもわからなくなってきた。
一体どれだけ走ったのか、誰にもわからなかったが、ふと気付くと、周囲が明るくなってきていた。
(……この光は?)
リュカは身を起こし、光が射し込んでいるらしい前方を見たが、そこに見えたのは……
「……水!?」
少し先で線路が切れ、その先に大きな水溜りがあって、そこから光が洞内に射し込んでいたのだ。警告の声を発する暇も無く、次の瞬間、激しい衝撃と共にトロッコは水中に突っ込んでいた。リュカの意識はそこで途絶えた。
頬に当たる水の感触で、リュカは目を覚ました。
「う……ここは……」
上半身を起こし、ぶるぶると頭を振って、意識をはっきりさせようとする。目を開けると、青い、淡い光が頭上から降り注いでいた。見上げると、半球状の水のドームのようなものが、リュカが今いる場所を覆っていた。はるか頭上に水面があり、そこから日の光が射し込んでいる。そして、二本の大きな塔を持つ城。
「天空の……お城……?」
リュカはそこまで言って、自分が何故ここに来たのかを思い出した。辺りを見回すと、階段の下で馬車が横倒しになっていて、その横で馬が困ったような表情で立っていた。どうやら怪我は無いらしい。
その回りに、仲間たちが意識を失った状態で転がっていて、リュカの回りには人間の仲間たちが、まだ意識を失った状態で倒れていた。リュカはユーリルとシンシアから起こしにかかった。
数分後、全員が目を覚ましたところで、リュカはユージスに尋ねた。
「ユージスさん、ここが天空城なんですか?」
リュカの質問に、ユージスは喜びの涙を流しつつ頷いた。
「ああ、間違いない……! まさか無事に到着できるとは」
しかし、その喜びの表情もすぐに曇る。デモンズタワーの砲撃と、その後の墜落によって、城はあちこちが破損していた。壁には大きな穴があき、塔も上の方がごっそりと崩れている。床は分厚い苔で覆われ、ここに落ちてからの長い年月を感じさせた。天空の塔と比較しても、この城の荒れ方は遜色が無かった。
「これは酷いな……ともかく、残った者たちがどうなったか、確かめなくては」
ユージスが言った時、階段の上のほうから声がした。
「いえいえ、その必要はありませんよ」
全員が見上げると、そこにいたのはプサンだった。いち早く意識を取り戻したのか、それとも意識を保ったままこの城に辿り着いたのか……どっちかはわからないが、先に城内を見て回っていたらしい。
「この城の天空人たちは、皆時を止めて眠っていました。城を再び蘇らせる事ができれば、彼らも目を覚ますでしょう。あの洞窟を掘っていたユースフも、玉座の間で眠っていましたよ」
それを聞いて、ユージスはますます不審そうな表情になった。
「ユースフの事も知っているのか……? わからん。あの男は一体なんだ」
その声が聞こえたのか聞こえてないのか、プサンは気にした様子も無く手招きをした。
「それより、城が墜落した理由がわかりました。皆さん、こちらへ来てください」
それを聞いて、一行はプサンの後に続いて城の中へ入っていった。正面の扉を入って玉座の間に向かい、そこから階段を降りて行くと、二つの台座が据えられた部屋に到着した。向かって右の台座には、銀色の輝きを放つ宝珠が据えられていた。しかし、部屋の左側は大穴が開き、むちゃくちゃに壊れていて、台座自体半壊して傾いていた。
「ここは、天空の城の動力源とも言うべき、二つの宝珠の安置室です。どうやら、かつての魔族との戦いでこの部屋も被弾し、金の宝珠……ゴールドオーブのほうが地上に落下してしまったようですね。それで、城が支えきれなくなり墜落したのでしょう」
それを聞いて、リュカとビアンカはあっと声を上げ、お互いの顔を見た。ゴールドオーブと言えば、まさか……
「ん? 何かご存知なのですか?」
顔を上げるプサンに、リュカとビアンカは幼い時のレヌール城での冒険の事を話した。すると、プサンは興奮した表情で叫んだ。
「それは紛れも無くゴールドオーブです! それで、今オーブは何処に?」
リュカは首を横に振った。
「わからないんです。わたしはそれから少し後、魔族に捕まって奴隷にされていたのですが、その時の持ち物はそれっきり……」
その答えに、プサンの表情は曇った。
「ふむ……とりあえず、オーブの気を追跡してみましょう。まだ魔族が持っているなら、取り返す方法もあるかもしれません」
そう言って、プサンは目を閉じ、意識を集中させた。しかし、しばらくしてその表情に初めて憤怒の色が浮かんだ。
「何と言う事を! 魔族め、オーブを壊しおったか!!」
その怒声は部屋の空気をびりびりと震わせ、プックルの雄叫びの様にその場の者達を竦ませた……が、すぐにプサンは我に返った。
「はっ? こ、これは失礼。つい興奮してしまいました」
プサンは場を和ませようと愛想笑いを浮かべたが、すぐに難しい表情に戻った。
「困った事に、リュカさん、あなたを捕らえた魔族は、オーブを破壊してしまっていました。これでは、この城を復活させる事はできません」
「ゲマが……? そうですか」
リュカも眉をひそめる。恐らくヘンリーを連れ去った相手でもあるだろうゲマ。つくづく憎い相手だ。すると、ユージスが口を開いた。
「しかし、あれは妖精族の作ったもの。再び妖精族に頼めば、同じものが出来るのではないか?」
プサンは頷いた。
「私も同じ事を考えていました。そこでリュカさん」
「あ、はい。なんですか?」
プサンの呼びかけに顔を上げたリュカに、プサンは聞いてきた。
「あなたは、子供の頃に妖精界へ行ったそうですね。あなた自身も、祖先を辿れば妖精のようですが……もう一度、妖精界へ行く事はできませんか? 妖精の女王に事情を話し、新しいゴールドオーブを手に入れてきて欲しいのです」
「もう一度、ですか」
リュカは考え込んだ。もう、妖精の世界へ行ったのは十八年も前の事だ。それに、妖精界へはベラに連れて行ってもらったのだし、自分では行き方がわからない……
「あ」
そこまで思い出したところで、リュカは気がついた。ひょっとしたら、再び妖精界へ行く手段があるかもしれないことに。
「……出来るかもしれません。わかりました。やってみます」
リュカの答えに、プサンは喜色を浮かべた。
「おお、やってくれますか! では、私はそれまでここで台座の修復をしていましょう。ユージス、手伝ってくれますね?」
「ん? う、うむ……と言うことで、私もここに残る。よろしく頼んだぞ」
話を振られたユージスは頷いた。リュカは首を縦に振ると、手がかりのある場所にを思い浮かべ、ルーラの呪文を唱えた。
(続く)
-あとがき-
今回はジェットコースターの如くピンチの連発。本当はこのダンジョンにはストーンマンも爆弾岩も出てこないんですが、演出という事で見逃してください。
次回は過去へ行く話の始まりです。