ゴールドオーブを持ち帰ったリュカを、プサンは笑顔で迎えた。
「おお、これはまさしくゴールドオーブ! 良くやってくれました、リュカ。さっそく城の浮上準備に取り掛かりましょう……と言っても、これを台座に置くだけなんですけどね」
そう言うプサンは、ユージスと共に破壊された台座の修理を終えていた。その上にゴールドオーブを安置すると、シルバーオーブと共鳴したのか、二つのオーブは強い輝きを放ち始めた。
「これで大丈夫なんですか?」
リュカがプサンに聞くと、彼は頷き、目を閉じて何やら呪文を唱え始めた。何語かわからない、不思議な呪文だ。
「古代語……いや、龍神語?」
マーリンが首を捻る。彼も知らない言語のようだ。やがて、プサンは呪文を唱え終わった。
「さぁ、蘇れ! 天空の城よ!!」
最後に彼がそう叫ぶと、城が鳴動を始めた。
ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~
第六十三話 天空界復活
しばらく城は小さな地震が起こり続けているかのように震えていたが、やがてその振動が止んだかと思うと、リュカたちは少し身体が重くなったような感覚がした。
「どうやら、浮上を開始したようです。上に上がってみましょう」
プサンの言葉に従い、一行は玉座の間に上ってみた。すると、窓の外に驚くべき光景が見えた。
巨大な城が、少しずつ陽光射し込む水面に向けて浮き上がっているのだ。やがて塔の部分が水面を割り、窓の外を滝のように水が流れていく。それが修まると、既に城は完全に空中にあり、加速度をつけて天空へ向かっていた。湖が、山が、どんどん小さくなっていく。
「す、凄い!」
「こんな高い所から、地上を見下ろした人は、今の世界にはほとんどいないでしょうなぁ」
ビアンカとサンチョが感心する中、やがて城の浮上速度はゆっくりになっていき、完全に静止した。周囲の一番高い山の、だいたい二倍くらいの高さの所を浮遊している。
「ふむ……もっと高く上がれるはずですが、城のあちこちが損傷している今は仕方がありませんね」
プサンは言うと、リュカに頭を下げた。
「ありがとう、リュカ。おかげでこうして天空城は復活できました。残念な事に、セントベレスよりはまだ低いですが……」
リュカはその言葉に、思わずセントベレスの方角を見ていた。流石にこの高さまで来ると視界が広がり、水平線の向こうに微かに中央大陸の東岸、そして巨大な塔のようなセントベレスの影が見えた。
「セントベレスに乗り込むには、もう一押し必要ですね……リュカ、もう一つお願いを聞いてもらえますか?」
「あっ……はい、なんですか?」
セントベレスに気を取られていたリュカは、驚いて振り向いた。
「これから、私はこの城をボブルの塔と呼ばれる場所に向かわせます。そこにドラゴンオーブと言う秘宝がありますので、それを取ってきて欲しいのです」
プサンが依頼内容を話すと、ユージスが驚いた表情でプサンを見た。
「ボブルの塔やドラゴンオーブを知っているのか!? お前は……いや、あなたは……」
そのユージスの言葉に、プサンは笑顔で答えた。
「たぶん、あなたの思っている通りだと思いますよ、ユージス」
すると、ユージスはいきなり畏まった表情になり、プサンに頭を下げた。
「そうですか……重ね重ねのご無礼、どうかご容赦を」
「おっと、その先は言わなくて結構。私は気にしていませんからね」
プサンはユージスの言葉を打ち切らせ、リュカに向き直った。
「で、どうでしょう? お願いできますか?」
リュカはその問いに頷いた。
「ええ、こうなったら、とことんお付き合いしましょう」
「感謝します……ところで、あなたは新顔ですね?」
プサンが目をやったのはザイルだった。
「ああ、ドワーフの鍛冶屋ザイルだ。こいつらに武器や防具を作ってやろうと思って付いて来たのさ」
ザイルが答えると、プサンはそれは心強い、と笑顔を浮かべた。
「ドワーフの鍛冶屋は、神にも迫る第一級の腕の持ち主ですからね。ザイル君といいましたね。この城の右奥に、鍛冶場があります。ミスリルやブルーメタル、アダマンタイトと言った希少な材料もありますので、鍛冶場共々好きに使って構いませんよ」
「マジか!? そりゃ腕が鳴るぜ!!」
ザイルはプサンの言葉に小躍りし、さっそく道具を抱えて鍛冶場の方へ走っていった。
「さて、ボブルの塔に向かいますか」
プサンは再び目を閉じて何かを念じた。天空城の回りに雲が発生し、城はその雲に乗るようにしてゆっくり進み始めた。
船では数ヶ月の距離を、天空城はわずか三日ほどで飛び越え、テルパドールの西にある小さな大陸の上空に差し掛かっていた。不自然なほど海岸線を切り立った山に囲まれ、上陸不能のその土地に、巨大な塔が立っている。先端を水平に切り欠いた円錐形をしており、外周部の壁を螺旋を描くようにして階段が巡っている。
「あれがボブルの塔ですか?」
リュカの質問にプサンは頷いた。
「ええ。地上の扉は閉じていますが、屋上から入れるはずです。これをお持ちなさい」
そう言ってプサンが渡してきたのは、フック付きのロープだった。取り付け具があれば、これを垂らして壁を垂直に降りる事もできるだろう。
「わかりました。では、適当な所に城を降ろしていただけますか?」
リュカがロープを受け取って答えると、プサンは城を降下させ始めた。数分で降下を終えた天空城は、塔から少し離れた小さな砂漠にふわりと着地する。
「これでよし。では、頼みましたよ、リュカ」
プサンの言葉にリュカが何かを答えようとした時、ユージスが泡を食った様子で玉座の間に飛び込んできた。
「大変です! 魔物をまじえた大軍が、この城に向かっています!!」
その言葉に、リュカたちは驚いてその方向を見た。すると、何処に隠れていたのか、槍を持った兵隊や竜戦士、ソルジャーブル等の魔物たちが、剣を振りかざして城に向かってくるのが見えた。彼らが掲げる旗印は……
「光の教団!」
リュカが叫んだ。プサンは玉座の間にとって返し、城を浮上させようとする。しかし……
「浮上機能が働かない!? くっ、罠に嵌まってしまったようですね!」
トロッコでも慌てなかったプサンが、珍しく焦慮に駆られた口調で言った。結界か何かで城の機能を押さえ込まれてしまったのだ。
「光の教団め、この城が蘇ったと知って、先手を打ってきたか……仕方がありません。迎え撃ちましょう。守っている間にリュカ、あなたは塔に向かってください」
プサンの続けての言葉に、リュカは疑問を呈した。
「みんなで城を守ったほうがいいのでは?」
敵は大軍だが、こちらの仲間たちも一騎当千、万夫不当の強者ばかり。全員を集めれば、城を守りきる事はできそうだが……
「いいえ。敵の狙いはこの城を陥とす事もでしょうが、ドラゴンオーブも狙いのはず。あれを奪われたら万事窮すです。最悪城が陥ちても、ドラゴンオーブがあれば逆転は可能です」
プサンはそう言い切った。リュカは頷くと、仲間たちの顔を見回した。
「じゃあ、塔には最低限の人数で行きましょう。わたしとユーリル、シンシアの他には……ビアンカお姉さん、サンチョさんとプックル、お願い」
「わかった!」
「はい、お母様!」
ユーリルとシンシアが元気良く返事をし、プックルは普段のにゃあ、ではなく喉をグルルルル、と唸らせて返事をする。ビアンカとサンチョも頷いた。
「お姉さんに任せなさい!」
「承知しました。ピピン、ピエール殿と防戦の指揮を取れ」
「はっ!」
ピピンが敬礼した。すると、馬車の中から声がした。
「ここはおいらの出番だな!」
「ご母堂、我らにも任せられい!」
シーザーとアンクル、続いてミニモンとサーラが出てきた。吐息の攻撃と攻撃呪文の達人。いずれも城の守りを頑強に固めるにはうってつけの強者たちだ。
「シンシア様はご存知ですが、我らの力、まだご母堂様には見せておりませんでした。一つ、我ら悪魔三人衆の実力、とくとご覧下され! 参るぞ、ミニモン、サーラ!」
「了解!」
「承知!」
アンクルたちは翼をはためかせて天空城の正門前に降り立つと、豪快な雄叫びにも似た口上を述べた。
「我が名はアンクル! グランバニアの聖母子を主と仰ぐ魔将なり! 雑魚どもよ、この城を攻めると言うなら、我らが魔力を馳走しようぞ、遠慮なく味わうが良い!!」
次の瞬間、アンクルがベギラゴン、ミニモンがイオナズン、サーラがメラゾーマを放った。地獄の業火が先頭切って進んできた一個大隊ほどのランスアーミーを一撃で爆砕した。
「へっへ、おいらも負けちゃいられないぜ! 覚えたての必殺技をくらいなよ!」
その背後に立ったシーザーが、冷たく輝く吐息を吐き出す。ソルジャーブルとケンタラウスの混成部隊が真っ向から酷烈な極寒の吐息を浴び、一瞬で白い氷像の群れと化した。
それだけの被害を受けても、光の教団の大軍は怯むことなく迫ってくる。その前にザイル作の奇跡の剣を受け取ったピエールとピピンが、白兵戦専門のブラウン、ゴレムスを引き連れて立ちはだかる。
「ふ……今日の我が剣は飢えているぞ。命が惜しく無い者からかかってくるが良い!」
ピエールはそう言うと、かかってきた竜戦士の首を一撃で刎ねる。ピピンは教科書どおりの槍捌きでゾンビナイトたちを数合と交える事を許さず突き倒し、ブラウンが、やはりザイルに作ってもらった魔神の金槌を振り回して、片っ端から相手をホームラン。ゴレムスは素手だが、剛力に任せて手足を振り回すだけでたちまち屍の山を築いた。
別の門では、オークスとメッキーが互いに背中を預け、息の合った戦いぶりを見せる。マーリンとジュエルがそれぞれ得手の攻撃呪文を連打し、教団の魔物たちを次々に葬り去る。スラリンは伝令となって走り回り、ホイミンはベホマズンを連発して、味方の消耗を抑えていく。
そして、特筆すべきは、たった一匹で数百の兵を足止めする、脅威の強者だった。彼が微動だにせず、ただ一睨みするだけで、多くの敵が手出しすら出来ず息を呑む。
その名はロッキー。トロッコ洞窟で馬車に飛び込んできた爆弾岩だった。
戦闘開始前に城を抜け出したリュカたちは、相手の監視の目をすり抜ける事に成功し、ボブルの塔に辿り着いていた。振り向くと、城の周囲は雲霞の如き大軍に包囲され、そのところどころで爆発や火柱が立ち上り、あるいは吹雪が起きているかと思えば、何かが飛び散るのが見えた。
「姫様、心配めさるな。残った者たちは必ず城を守り抜きますよ」
サンチョの言葉に、リュカは頷いた。
「そうね。みんなを信じなきゃ……わたしたちも行こう!」
おう、と返事をして、一行はまず螺旋階段を駆け上がった。屋上に着くと、そこにはかなり大きな開口部があり、どうやら一階からずっと吹き抜けになっているらしい。中を覗き込むと、巨大な石像らしきものが見えた。
「あれは……ドラゴンの像?」
リュカが言うと、ビアンカが身を乗り出して、炎の爪から火の玉を発射した。その光が下に落ちて像を照らし出す。確かに巨大なドラゴンだった。
「凄いわねぇ。あんなのどうやってこの塔に入れたのかしら?」
のんきな事を言うビアンカに、シンシアが苦笑気味にツッコミを入れる。
「あの像を作ってから、塔を建てたんだと思いますよ、ビアンカ様」
「あ、そうか」
笑い声が起きる。そこでビアンカは言った。
「さて、軽く緊張もほぐれた所で行きますか」
それを聞いて、リュカはビアンカらしい気遣いだと懐かしい気持ちになった。子供の頃、一緒にレヌール城を探検した時、やっぱり冗談で場を和ませるのがビアンカの役目だった。そこでリュカは言った。
「サンチョさん、殿お願いします。プックルはロープが掴めないので、先に降ろしますね」
プックルが情けなさそうににゃあ、と鳴く。とりあえず、彼の身体にロープを結び、フックを屋上の床に打ち込んだ金具に引っ掛けて、慎重に降ろしていく。
プックルが床に着いた所で、まずリュカ、次にシンシアが下に降り、プックルのロープを解いてやる。それが済むと、ビアンカが降り始めた。そこでリュカはビアンカが降りてくるのをじっと見た。彼女が下に降りてきたところで、リュカは耳打ちするように聞いた。
「……黒?」
ビアンカはばっと自分のスカートを押さえ……もう手遅れなのだが……リュカを睨んだ。
「子供の頃の仕返しを今するなんて、性格悪いわよ、リュカ」
「そう言うつもりでもなかったんだけど……そんな下着、何処で見つけたの?」
ビアンカの咎める声にリュカが答えると、ビアンカはまだサンチョとユーリルが降りてきていない事を確認して、そっと耳打ちした。
「お城の階段の下の倉庫よ。まだあったから、ヘンリー君が帰ってきたら使ってみたら?」
リュカは顔を赤くして、それでも頷いた。
「うん……考えておく」
(続く)
-あとがき-
リュカさん一行無双。特にロッキー(爆)。
あと、アンクルはなんか妙に書きやすいキャラです。新顔なのに……
次回は父の仇との最終決戦です。