そうやってロープによる垂直降下を何度か繰り返し、リュカたちは例のドラゴン像、その頭の部分に降り立った。まるで生きているような見事な像だが、少し気になる部分がある。目の部分が空洞になっているのだ。何かがそこに填まっていたかのような感じで、もしそうだとしたら、手のひらに乗るくらいの大きさの球体だろう。
ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~
第六十四話 宿敵との決着
「ん? ここ、少し傷が入ってるわね……ナイフか何かで抉ったみたい」
ビアンカがその事に気づく。
「ドラゴン像で、宝玉が入っていたようなくぼみ……まさか、ドラゴンオーブ?」
リュカはその事を心配した。光の教団が待ち伏せをしていた以上、この塔にも既に教団の手の者が入り込んでいるはずで、もしかしたら、とっくにオーブを奪取して逃げた後かもしれない。しかし、ビアンカは首を横に振った。
「目の部分なんだから、一対で目の形の何かが入ってたんじゃないかしら? まだ塔の中を全部見たわけでもないし、もう少し先に行って見ましょう」
リュカは頷いて、像の角にロープを引っ掛けた。そして一階に辿り着いた時、上からは見えなかったところに人が倒れている事に気付いた。リュカは急いでそこに駆け寄った。
「もしもし! 大丈夫ですか!?」
リュカは倒れていた人を抱き起こした。それは神官らしい中年の男性で、腹部を剣で貫かれて、おびただしい血を流していた。もう助かりそうも無い。
「う……ま、魔族が乱入してきて……竜の目を……ぐふっ!」
そこまで言って、男性は大量の血を吐くと、がっくりと首を落し事切れた。駆け寄ってきた仲間たちが、男性の姿を見て黙祷を捧げる。その時だった。
「ほっほっほ、思ったより来るのが早かったですねぇ」
嘲笑するような声が聞こえた。リュカにとって、それは決して忘れられない声だった。リュカは神官の手を組み、目を閉じてやると、怒りに燃えた光を孕んだ視線で、声の主を睨みつけた。
「どれほど罪無き人を傷つければ気が済むの、ゲマ……!」
声の主……ゲマは十九年前と変わらない、男とも女ともつかない怪しげな美貌を邪悪な笑みに歪め、リュカを見つめていた。隣にはゴンズも立っている。
「ゲマ……では、こやつがパパス様の……!」
「おじいちゃんの仇……!」
サンチョとユーリルがそれぞれ武器を手にする。プックルは普段は優しげな瞳に凍るような殺気をたたえ、何時でも飛びかかれる姿勢になる。そんな殺気を柳に風と受け流し、ゲマは笑った。
「リュカ、でしたね。まさかあなたと、一緒に逃げた彼が天空の勇者の親となり、私たちの最大の最大の脅威になろうとは……知っていれば、あの時殺しておくべきでしたね」
リュカはそんな挑発めいた言葉には答えず、静かに言葉をつむいだ。
「一つだけ聞いて良いかしら? ヘンリーを連れ去ったのは……ゲマ、あなたなの?」
ゲマは首を横に振った。
「私ではありませんよ。同僚です。良い趣味とは思えませんねぇ」
リュカは頷いた。
「そう……なら、もうあなたには聞く事は何も無いわ。あなたを倒し、父様の仇を討たせてもらいます……!」
そう言って、鋼の鞭を構えるリュカ。ゲマはニヤリと笑い、手に死神の鎌を具現化させる。
「あなたも、あなたの父親、パパスのように私の手で灰にして差し上げましょう。美しいでしょうね。あなたの命が燃え尽きる炎は……!」
きっとリュカの目が釣りあがった。
「父様の名前を、お前が口にするな!」
普段の彼女からは考えられない、荒々しい口調で叫ぶと、リュカは鋼の鞭を振るった。まともに当たれば鉄の鎧すら砕く一撃は、しかし空振りに終わる。すばやく回避したゲマは、嘲笑うように空中に幾つもの火球を生み出す。
「その程度の攻撃! 私に通じると思ったか!!」
そう叫ぶや、ゲマがメラミを連発してくる。その前に立ちはだかったのはユーリルだった。
「マホステ!」
ユーリルが呪文を唱えると、湧き上がった紫色の霧が、人間を簡単に灰にするほどの威力を持つ火球を消し去った。
「!」
ゲマが驚いた表情になる。一方、リュカを襲おうと突進したゴンズは、立ちはだかったビアンカに止められていた。振り下ろした剛剣を、ビアンカが炎の爪で受け止めたのを見て、ゴンズが驚きの表情を浮かべる。
「ほほう、やるな、女……!」
ビアンカがふっと笑ってみせる。
「あの娘の仇討ちは邪魔させない。踊ってもらうわよ、魔族さん」
そう言うと同時に、ビアンカは鋭い回し蹴りをゴンズの胴体に撃ち込んだ。それだけでは回転は止まらず、さらに一回転して左のバックハンド・ブロウを顎へ、さらに回転してローリング・ソバットをこめかみに、と三連撃を加える。手ごたえありの三発だったが、ゴンズは首をコキン、と鳴らしてニヤリと笑った。
「効かんな!」
ビアンカも、想定済みと言うように笑ってみせる。
「その程度で倒れるとは思ってないわ。お楽しみはこれからよ」
すると、バトルアックスを構えたサンチョがすっと横に立った。
「そのお楽しみ、混ぜてもらいましょうか」
ビアンカは不思議そうに言った。
「サンチョさん、向こうのゲマだっけ? と戦わないの?」
最愛の主を討った憎き相手。サンチョが戦いたくないわけが無い。しかし、サンチョは静かに言った。
「私の未来は、貴女と共にあります。ビアンカさん」
そして、にやりと笑う。
「それに、惚れた女性にかっこつけて見せる機会なんて、そうそうないですからね。お付き合いさせてくださいよ」
ビアンカは言葉を発さず、笑顔で答えると、ゴンズに飛び掛った。サンチョも遅れて続く。二人の戦いはこれからが本番だった。
一方、ゲマはリュカ、ユーリル、シンシア、プックルの猛攻を余裕たっぷりで凌いでいた。
ユーリルの剣技は子供離れした、既に達人の域に限りなく近づいたレベルにある。シンシアの魔法も同じ。この二人が組んで戦えば、恐らく今のリュカよりも確実に強い。
プックルも普通のキラーパンサーとは数段隔絶した実力の持ち主であり、並みの人間には目で捉えることすらできないであろう、高速のステップとフットワークで獲物に襲い掛かる。だが。
ゲマには通じない。ただでさえ肉体的に人間を超える魔族の中でも、ゲマは指折りの実力者なのだ。将来はともかく、今のユーリル、シンシアの攻撃は届かない。リュカは魔法使いとしては卓越しているが、戦士としてはさほどではない。まだシンシアの方が望みがありそうだ。
ゲマは魔法攻撃こそユーリルのマホステで無力化されていたが、鎌による攻撃も十分強烈だった。既にユーリルとリュカは致命的でこそ無いが、ある程度ダメージを受けている。このまま攻撃を受け続けたら、まず間違いなく死人が出るだろう。
そう分析していたのは、プックルだった。もちろん、彼はだいぶ頭がいいとは言え、獣であり論理的に分析をしていたわけではない。野生の勘で、このまま戦っていたのでは勝てないと判断したのだ。
だからこそ……この攻撃が奇襲となる。プックルはそう考えていた。なぜなら、そんな芸当が出来るキラーパンサーは、この世に自分しかおらず……ゲマも、こんな攻撃を食らうとは想像していないだろう。
プックルはタイミングを見計らい、あえてリュカ、ユーリル、シンシアの攻撃を妨害するような動きでゲマに襲い掛かった。
「プックル!?」
彼の動きに、リュカが抗議するような声を上げる。ゲマはにまりと唇をつり上げた。
「愚かな獣。お前一匹で、私に勝てるとでも思ったのですか?」
ああ、思っているさ。
プックルはその意思を込めて一声吼えると、全身の力を解放した。その瞬間、プックルの赤いたてがみが一斉に逆立ち、空気に焦げ臭い匂いが混じった。
「こ、これは!?」
プックルの喉を掻き切ろうと鎌を振り上げたゲマが、異変に気付き声を上げる。その時、プックルは吼えた。かつて、目の前で主の父を殺し、主に一生癒えない心の傷を刻み込んだ、不届きな魔族……ゲマに向かい、ただ一つの意識をぶつけた。
くたばれ――!
その意識は稲妻と化し、プックルの全身から雷光が放たれた。青白い光がゲマの鎌を直撃し、凄まじい衝撃がゲマの全身を貫いた。
「くうあああぁぁぁぁぁっっ!?」
さしものゲマも、光と同じ速さの電光を回避する事は出来なかった。全身からぶすぶすと黒い煙を上げ、それまでの神速の回避を失ったゲマに、ユーリルとシンシアが左右から襲い掛かった。
「たあっ!」
「やあっ!」
ユーリルの天空の剣、シンシアの妖精の剣が続けざまにゲマの身体を貫く。子供たちも直後のゲマの反撃で吹っ飛ばされたが、弱っているゲマの攻撃は、子供たちにかすり傷程度のダメージしか与えられなかった。
「く、お、おのれ、おのれええぇぇぇぇっ!! お前たち、よくも私を、こんな目に!!」
身体に刺さったままの天空の剣と妖精の剣のもたらす激痛に、それでもゲマが耐えてリュカに向き直るが、リュカはその時、プックルの頭を撫でていた。
「ありがとう、プックル。あなたのおかげで、父様の仇を討てるわ」
気にするな、と言うようにプックルがにゃあ、と鳴く。彼にとっても、ゲマは主を十年も酷い目に合わせた許すべからざる仇敵なのだ。
プックルに感謝したリュカは、すっと両手をかかげ、それをクロスさせる。既に次の攻撃の体制を整えていたのだ。彼女は静かな口調でゲマに言った。
「とうとう、父様の仇が討てる……それをどんなに夢に見た事か。でも、いざそれが実現するとなると、さほど嬉しくもないわ」
リュカの手に、強力な風の魔力が集中する。それをよろよろとしているゲマにぴったり狙いをつけ、リュカは言葉を続けた。
「きっと、あなたを倒す程度の事は、もう大きな目標ではないから」
ゲマが目をむいた。
「私を……その程度だと言うのか!?」
リュカは頷いた。
「ヘンリーを、母様を助ける事。光の教団を倒す事。あなたはその通過点でしかない。だから……消えなさい、ゲマ!」
リュカは魔力を解き放った。
「グランドクロス!」
聖なる紋章、十字の形をした巨大な真空の刃が飛び、回避する力をもはや持たないゲマに襲い掛かった。
「馬鹿な! この私が……ぐわああぁぁぁぁ!!」
聖なる十字に切り裂かれたゲマは壁に叩きつけられ、まるで磔にされるように壁に縫い付けられた。その身体が灰となって崩壊して行く。にもかかわらず、ゲマは笑った。
「ふ、ふふふふ……」
リュカは崩れていくゲマを見て尋ねた。
「何がおかしいの?」
「褒めているのですよ……私を倒したあなたたちを。ですが、そう。あなたの言うとおり、私に勝った事は『その程度』の事に過ぎません」
ゲマはニヤリと笑った。
「今勝ったとて……我らが王、ミルドラース様が目覚めれば、全ては泡沫と消えるのです……一足先に、地獄であなたたちが落ちてくるのを待っていますよ! ほーっほっほっほっ……」
そう言い残して、ゲマの身体は完全に崩壊した。からん、と音がして、床に何かが転がる。目のような模様が入った、不思議な宝玉が二つ。
「これが、竜の目?」
リュカがそれを拾い上げて振り返ると、ビアンカ、サンチョとゴンズの戦いにも決着がついていた。ビアンカがゴンズの心臓を炎の爪で貫き、サンチョの振り下ろしたバトルアックスが、ゴンズの身体を唐竹割りに叩き割って葬り去っていた。
「そっちも終わったようね」
「姫様、お見事でした。パパス様もあの世で喜んでおいででしょう」
ビアンカとサンチョの言葉に、リュカは頷いた。
「うん……父様、見ていましたか?」
リュカは言葉の後半で天を見上げた。パパスの死に関わった魔族たちは、全員討ち滅ぼした。仇を討った。だが、さっき自分に言い聞かせたように、この程度の事で喜んでばかりはいられない。
「さっきの竜の像に登ってみましょう。きっと、これで道は開けるはず」
リュカは竜の目を握り締めた。
-あとがき-
ゲマとゴンズを倒しました。今回のMVPはプックルです。今まであまり見せ場を作ってやれなかったので……
あとはサンチョ。こんなのサンチョじゃない! と言うツッコミは受け付けません。