微妙な形の差異で左右を見分け、巨竜の像に目をはめ込んでいく。左右両方を収めると、その目がきらりと輝き、光線が迸った。
「きゃっ!?」
リュカは身を捻って光線をかわした。その光線が巨竜像の向かい側の壁にあたると、その壁がまるで幻だったように消滅し、奥へ続く入り口が現れる。同時に光線も止まった。
「どうなってるんだろう……壁の向こうは外のはずなのに」
シンシアが不思議そうに首を捻る。
「わからないけど、ともかく行ってみましょう」
リュカはそう言って、ロープの端を手に持った。
ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~
第六十五話 神なる竜
竜の目から発射された光線によって開けられた入り口の奥には、塔自体よりも広い空間が広がっていた。魔法的に作られた空間なのだろう。壁などもいまいち距離感がつかめない。十メートル先にも見えるし、百キロ向こうにも見える。
だが、壁の事を気にする必要は無かった。部屋の恐らく中央部に大きな台座があり、そこには右手に杖、左手にオーブを持った女性の石像が置いてあった。
「あれがドラゴンオーブかな? プサンさんの言っていた」
「状況的に間違いないでしょうねぇ」
リュカの言葉にビアンカは答え、石像の傍に歩いていく。全員が後に続き、石造を囲むようにして立った。正面に立ったリュカは、石造を見て首を傾げた。
「……わたし?」
石像の女性は、どことなくリュカに似ていた。そして気がついたのだが、石像が持っている杖と、着ている服は像の一部ではなく、本物の杖と服だった。どちらもドラゴンの姿を象ったもので、さしずめ「ドラゴンの杖」「ドラゴンローブ」と言うべき装備だろう。
ともかく、まずはドラゴンオーブを手に入れるのが先決と、リュカはオーブに手を伸ばし、取り上げようと触れた。その瞬間だった。
「竜の使命を受けし者よ……」
石像が喋った。驚いて手を引っ込めるリュカ。石像はかまわず言葉を続けた。
「竜の使命を受けし者よ、汝に神竜の力を託す。宝珠を竜の化身に返すべし。竜の力宿りし武具をまとい、神竜に与えられし使命を果たすべし」
石像はそう言うと、まるで煙が薄れるように消え、そして残された装備は一瞬輝きを放った。
「!?」
眩しさに目が眩み、全員が目をつぶる。しかし、その眩しさの影響が消えた時、最初にそれに気付いたのはユーリルだった。
「お母さん、その格好!」
「えっ!?」
リュカは自分の姿を見て、そして驚いた。先ほどまで石像が装備していたはずのドラゴンの杖とドラゴンローブを、何時の間にか自分が身に着けていたのである。オーブも左手にあった。
「先ほどの石像のようですな……神々しいですぞ、姫様」
サンチョも眩しいものを見るような目で、リュカの姿を見つめる。
「さっきの石像は、竜の使命が……とか言ってましたね。お母様が神に選ばれて、使命を負う人になったと言うことでしょうか」
シンシアが分析する。我が子ながら、時々凄い事を言うなぁ、とリュカは思った。
「良くはわからないけど……ともかく、急いで天空城にもどりましょう。みんなも心配だわ」
リュカは言った。そう、数千数万の敵に包囲されたままの天空城がどうなったのか気になる。リュカたちはオーブが安置されていた部屋を出た。すると、入り口はすっと消え去って、再び元の壁に戻った。もう入る事はできないらしい。そんな事には構わず、リュカたちは外に出て、天空の城を見て驚いた。
そこには、無事に屹立している天空城の姿があり、周りを囲んでいた魔物や教団兵の大軍は、何処にも姿が見えなかった。一応警戒しつつ正門に行くと、そこを守っていたアンクルが出迎えてくれた。
「ご母堂、お帰りなされませ! ご安堵ください。仲間たちは皆無事ですぞ!」
見ると、疲れた様子ながら、サーラやミニモンも無事だし、アンクルの大声を聞きつけてか、ピピンやピエール、オークス、メッキー、それにスラリンたちも出てきた。
「みんな、大丈夫そうね! 敵はどうしたの?」
リュカが声をかけると、ピエールが一礼して報告した。
「城への突入を許さず、片端から撃退してやりましたとも。まぁ、途中で……一刻ほど前ですかな、その辺りで勝ち目が無いと悟ったのか、逃げていきましたが……」
一刻前と言うと、リュカたちがゲマを倒した頃だ。ボスを失って、教団の軍は戦意を喪失し逃走したのだろう。それにしても、その間圧倒的な大軍を全て押し返したとは……
「お疲れさま、みんな。本当に良く頑張ったわね」
リュカは心からの敬意と感謝を込めて、仲間たちを労った。
そこへ、城の扉が開いて、プサンとユージスが出てきた。
「みなさん、良く城を守り抜いてくれました。感謝します……そして、リュカはドラゴンオーブを手に入れてきてくれたようですね?」
「あ、はい。ここに」
リュカは左手に持っていたドラゴンオーブを掲げて見せた。
「これで間違いないんですよね?」
プサンはええ、と頷いてリュカの手からドラゴンオーブを受け取った。そして、辺りを見回した。
「皆さん、ちょっと下がっていてもらえますか? 危ないですから」
「え?」
リュカは戸惑いつつも、皆を下がらせた。プサンの飄々とした顔に、本気の色を見て取ったのだ。
「ありがとうございます……では参りますよ。ふんっ……おお、力が漲って来る……!!」
プサンがオーブを両手に持って目を閉じると、オーブはまるで心臓が脈打つように光を明滅させ始め、プサンの身体もそれに同調するように光り始めた。
「こ、これは!?」
誰かが上げる戸惑いの声。プサンとオーブの放つ光はますます強くなり、その光の中で、プサンの身体が見る見る変わって行く。身体が巨大化し、金と真珠を混ぜたような色の鱗がその身体を覆い始める。背中からは翼が現れ、頭から角が生え、その姿は見る間に神々しいとしか表現しようの無い、美しい巨竜へと変貌を遂げた。
「やはり、あなたはマスタードラゴン様……!」
ユージスが感極まった声を上げる。
「マスタードラゴン? あの竜の神様の?」
リュカが言うと、プサン……マスタードラゴンは重々しく頷いた。
「その通りだ、宿命の聖母リュクレツィア、そしてその一族の者たちよ。私はこの世の全てを見守る者、マスタードラゴン。ユージスよ、長年苦労をかけたな」
「い、いいえ! ありがたきお言葉にございます!」
ユージスは平伏し、リュカたちも自然と威厳に押され、マスタードラゴンの前に跪いていた。
「よいよい、そう硬くならずとも良い。ともあれ、こうして私が真の姿を取り戻したからには、もはや魔族の好きにはさせまいぞ」
そう言って笑うマスタードラゴンに、リュカは尋ねた。
「でも、何故人の姿を?」
その問いに、マスタードラゴンは懐かしげな目を遠くの空に向けた。
「うむ……魔族との戦いで、この城が水底に沈んだ事は聞いていよう? 私は城を復活させるべく人の世界に交わったが、そのために竜の力をあのボブルの塔に封じ込めて行ったのだ。力がありすぎては、人間の世界には溶け込めぬからな」
そうしてゴールドオーブを捜し歩く事幾年月。一度は減退させた魔族の勢力が再び盛り返してきた事を悟ったマスタードラゴンは、近いうちに天空の勇者が再来する事をも予感し、一時城に帰る事にしたのだという。
「平和なうちは良かったが、力を封じ込めたこの身体では、戦う事もできず、魔物たちを倒して旅を続けるのにも限界があったからな。問題は、天空人の多くが眠ったままだったという事だが……私が目覚めた以上、皆起きてこよう」
マスタードラゴンがそう言った途端に、辺りでざわざわと声が聞こえ始めた。さっきまで時を止めて眠っていた天空人たちが、一斉に目覚めたらしい。やがて、城内から続々と天空人たちが出て来はじめた。
「おお、天空の城が……再び天に昇っている!」
「ああ、あれはマスタードラゴン様! お帰りになったのですね!!」
そう言いながら、天空人たちはマスタードラゴンを囲むように平伏する。マスタードラゴンは満足げに頷くと、言葉を発した。
「皆の者、長年待たせて済まなかったな。こうして天空の城が復活したのも、ここにいる新たなる天空の勇者ユーリル、そしてその母親リュカたちの功績である。我らは彼らの恩に報い、再び世界を脅かそうとしている魔族たちを討たねばならぬ」
はは、と天空人たちが畏まった。マスタードラゴンは一人の天空人に命じ、何かを持ってこさせると、リュカに渡してきた。小さな鈴が三つついた、楽器のようなものだった。
「マスタードラゴン様、これは?」
リュカが聞くと、マスタードラゴンは答えた。
「それは天空のベル。それを振れば、どのような遠くにいても、私の耳に届く。その時は必ずや私が自らそなたの元に参じ、この翼を貸そう……つまり、私を乗り物として使役する許可を、そなたに与えようと言うことだ」
リュカは驚いた。まさか、神であるマスタードラゴンが、自分たちの乗り物代わりになってくれるとは……だが、確かにマスタードラゴンなら、今は行く事ができないセントベレスの大神殿にも行く事ができるだろう。
「光栄です、マスタードラゴン様。その時が来たら、ご助力をお願いいたします」
リュカが頭を下げると、マスタードラゴンは豪快に笑った。
「わっはっは、気にする事はないぞ、リュカよ。私はそなたの事が気に入ったのだ。そなたらを乗せるくらいは何とも無いぞ」
リュカは再度頭を下げ、そしてセントベレスの山を見た。雲を貫く頂上に、今も多くの人が捕らわれ、そして助けを求めている。おそらく、石像にされたヘンリーも……
「さっそく行くか?」
翼を広げかけたマスタードラゴンに、リュカは首を横に振った。
「いいえ。その前に一度グランバニアに戻り、準備を整えてきます。大神殿に乗り込めば、これまで以上の厳しい戦いとなるのは確実ですから」
マスタードラゴンは頷いた。
「うむ。それが良かろう」
するとその時、何か騒動が起きるのが、城の下のほうで聞こえた。
「ん? 何事だ?」
マスタードラゴンが言うと、天空人数人が様子を見に行きます、と答えて下に降りて行き、数分後、ぐるぐる巻きにされた人物を引っ立てて現れた。
「マスタードラゴン様、賊が侵入していました! 鍛冶場の貴重な素材を勝手に使って、何かをしていたようです!」
天空人に縛られたその人物……ザイルは怒鳴った。
「馬鹿野郎! 人の仕事の邪魔するな!! おい、プサンのオッサンも何か言ってくれよ……あれ? プサンは何処だ?」
「とぼけるな! この城にプサンなどと言う奴はおらんわ!」
その光景を見て、マスタードラゴンは頭をかいた。
「……説明するのを忘れていたな」
それを聞いて、リュカたちはずっこけそうになった。そういえばトロッコでぐるぐる回っていたし、意外とこの竜神様はドジな所があるのかもしれない。
結局、ザイルは解放されたが、その前の数日間での彼の仕事は見事なもので、神秘の鎧やミラーシールドと言った強力な防具を作り上げていた。それらを含め、一度持ち物を整理するためにも、リュカたちはグランバニアに戻る事に決めた。
ところが、グランバニアに戻ったリュカたちを出迎えたオジロンは、何か深刻そうな表情だった。
「おお、戻ったか、リュカ」
「はい、叔父様。顔色が良くありませんが、どうかしたのですか?」
リュカが聞くと、オジロンは手紙を取り出した。
「西の大陸で変事が起きたのだ。巨大な魔物が出現し、町や村を襲いながら、サラボナへ向けて進軍しているらしい。これはさっきサラボナから届いたばかりの急報だ」
リュカもさっと顔色を変えた。
「まさか、魔族たちが言う魔王が……?」
オジロンは首を横に振った。
「わからぬ。とりあえず、今急いで兵を集めている所だが、リュカよ、お前たちは先にサラボナへ向かってもらえまいか? 確か友人がいただろう?」
リュカは頷いた。
「はい。急いでまいります」
「済まぬ。疲れているだろうから、無理はするなよ」
リュカは頷いて、皆を呼び集めた。
「……と言う事で、今から急いでサラボナに行きます。まだ余力があります、と言う人は手を挙げて?」
リュカが言うと、真っ先に手を挙げたのはアンクルだった。
「先ほどの雑魚どもでは、いささか暴れ足りないと思っておりました! ワシは同行いたしましょう!」
悪魔としても割と年配らしいと言うアンクルだが、実に意気軒昂である。リュカは苦笑してアンクルの同行を認めた。他に手を挙げたのはブラウンとメッキー、人間ではビアンカだった。
「私はホイミンのお陰で、あまり回復魔法を使わずに済みました。参りましょう」
メッキーが言う。ビアンカはブラウンと共に体力をアピールした。
「私もこの子も、体力には自信ありよ。付き合うわ」
ブラウンがうんうんと頷く。リュカたちは他の仲間たちを見て、声をかけた。
「じゃあ、このメンバーで先に行きます。みんなは回復次第追ってきて」
「了解」
ピエールが代表して頷く。リュカは再びルーラを唱えた。
(続く)
-あとがき-
マスタードラゴン復活、で大神殿に乗り込む前に、回収し忘れたイベントをやりましょう、と言うことで次回はブオーン戦です。