サラボナに着いてみると、街は騒然とした雰囲気に包まれ、人々が持てるだけの荷物を持って街道を避難していた。リュカたちは急いでルドマン邸に向かい、来意を告げるとすぐに中へ通された。
ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~
第六十六話 伝説の魔物
「リュカさん! 来てくれたんですか!」
中では結婚式以来十年ぶりに会うアンディが、久々に武装に身を固めた姿で待っていた。隣にはフローラも控えている。
「リュカ、あなたが行方不明になったと聞いて随分心配したけど……無事だったのね」
フローラも細腕にモーニングスターなどを持って、戦いの装いをしていた。リュカはそれぞれ二人と抱擁しあった。
「うん、お陰様で無事よ。ヘンリーはまだ行方不明だけど……状況は?」
リュカが聞くと、アンディはサラボナ周辺の地図を取り出した。
「ビアンカさんの故郷の山奥の村は無事ですが、この×印がつけてある町や村は、ブオーンに襲われて壊滅状態です」
「ブオーン? それがその魔物の名前なの?」
リュカが聞くと、アンディが答えるより速く、アンクルが驚きの声を上げていた。
「ブオーン? あのブオーンか! 人間に封じ込められてもう百年以上経つはずだが」
リュカはアンクルに説明を求めた。
「知っているの? アンクル」
「は。我ら悪魔族の中でも、強者として知られた奴です。頭は悪いですが、力だけなら魔王並みでしょう。百五十年ほど前、人間の計略に引っかかって、封印されたと聞いておりますが」
すると、アンディが後を続けた。
「その、ブオーンを封じ込めた人間が、ルドマンさんの祖先に当たるルドルフ、と言う人物なんですよ」
言い伝えによると、ルドルフは暴れるブオーンを退治するため、トルネコが行商に使ったと言う先祖伝来の鉄の金庫にお札を貼り、罠を仕掛けた。それは、なぞなぞを出して、答えられなかった相手をお札を貼った容器に封じ込める、という強力な魔法を使ったもので、ルドルフは見事それを使って、ブオーンの捕獲に成功したのだ。
「ただ、お札の効力が百五十年しか効かない、という欠点があったそうで……それをルドマンさんがたまたま読んだ先祖の日記で知った時には、もうブオーンは暴れだした後でした」
責任を感じたルドマンは、今被害を受けた町や村の救援のために出かけているが、ブオーンのほうはそれを知ってか知らずか、サラボナ目掛けて進撃中と言うことだそうである。
「とりあえず、リュカさんが来てくれれば百人力です。今は街の人々の避難を進めさせていますが、戦いになったら力を貸してください」
「うん、わかった。確か、隣の見張りの塔があったわよね? そこで待機してるわ」
リュカは頷き、アンディと握手を交わした。その後、彼は再び避難指揮のために出て行く。てきぱきと使用人や部下に指示を出すさまは、大商家の若旦那の域を超えた堂々たる大物ぶりである。
「アンディさん、立派になったね」
リュカがフローラに言うと、フローラはちょっと膨れた顔をした。
「まぁ、リュカったら……アンディは何時でも頼りがいのある殿方ですよ?」
「そう言う意味で言ったんじゃないんだけど」
リュカは頭を掻いた。その時だった。
「魔物だー! 山のようにでかい奴だ!! こっちへ来るぞ!!」
見張り台の兵士からと思しき大声が聞こえ、騒がしかった街がさらに騒然となる。
「もう来たの!? じゃあ、フローラ、わたしたちはそのブオーンと言う魔物をなんとか足止めするわ。アンディさんによろしくね!」
「はい、気をつけて、リュカ!」
その声に送られて、リュカはルドマン邸を飛び出す。すると、街を囲む塀の向こうに、牛のような巨大な顔が見えた。思わず唖然とするリュカ。山のように、と言うのは大げさでも、間違いなく三~四階建ての建物くらいの身長があるだろう。
「間違いない、ブオーンだ。くくく、腕が鳴るわい」
その状況でも、アンクルはにやりと笑って見せるが、顔に冷や汗が浮いている所を見ると、味方を鼓舞するための強がりが半分だろう。それでも強がれるだけの精神力を持つ彼の存在はありがたい。
「驚いたわねぇ……切った突いたでどうにかできる相手なのかしら」
ビアンカが呆れたように言う。剣や槍でなくても、イオナズンやメラゾーマを撃ち込んだ所で、あの巨体に何処まで通用するのか。リュカのグランドクロスですら、あの怪物にはそよ風のようなものかもしれない。
すると、メッキーが言った。
「巨人を倒すには、頭を潰すのが一番でしょう。塔に行きましょう。高さだけでも同じにして、奴の頭を徹底的に叩けば、勝機が見えるかもしれません」
数多くの魔法を使いこなし、知恵にも優れたメッキーの助言は、この際一番ありがたいものだったかもしれない。
「メッキーの言う通りね。戦う前から飲まれてたんじゃ……光の教団や魔王となんて戦えないわ」
リュカは勇気を取り戻す。それに、このドラゴンの杖があれば……かなり良い勝負が出来るかもしれない。仲間たちがおうと返事をし、リュカたちは塔に駆け上った。そこでは見張りの兵士たちが、一生懸命矢をブオーンに射掛けていたが……
「相手が大きいからって焦っちゃダメよ! ぜんぜん届いてないわ!!」
ビアンカが注意する。相手があまりにも巨大なので、すぐ近くに見えているが、まだ矢が届くような距離ではないのだ。ビアンカは相手をひきつけるため、炎の爪に気合を込めた。
「はあっ!」
爪から放たれた火球が、矢よりも速く飛んでブオーンの頭部を直撃する。すると、それまで街を踏み潰そうと進んでいたそいつは、初めて見張りの塔の敵に気付いたらしく、方向を変えて向かってきた。
「よし、今だ、皆の者、矢を射かけい!」
アンクルが号令すると、一部の兵士が矢を放ち始めた。しかし、恐怖が勝ったのか、一人が矢を捨てて逃げ出した。
「うわぁ! あんなのに勝てるか!!」
すると、恐怖が伝染したのか、兵士たちが一斉に逃げ始める。アンクルは激怒した。
「こら! 貴様らそれでも戦人か!! 恥を知れ恥を!!」
それをメッキーが宥めた。
「無理もありませんよ、アンクル殿。私だって逃げたいですからね」
「むぅ」
不満げなアンクル。その横で、着々と仕事をしていたのはブラウンである。据え置き型の巨大な弩……バリスタを台座から外し、巨大なボウガンのように構えると、投槍ほどもある矢を発射。それは狙いを過たず、ブオーンの頭に突き刺さった。
「すごい、ブラウン!」
リュカは、自分では両手でも持てないようなビッグボウガンを軽々と扱って見せたブラウンの腕力を大いに褒めた。ブラウンはウィンクで答えると、黙々と次の矢を装填し始める。
「よおし、わしも負けてはおれんぞ。くらえい!」
アンクルは得意のベギラゴンをブオーンの頭を狙って叩き込む。続けざまに頭に打撃を受けたブオーンは遠目にも怒り狂っているらしく、雄叫びを上げて突進してきた。塔に体当たりする気らしい。もしあの巨体が直撃したら、この塔はひとたまりも無いだろう。
「リュカ、まずいわよ! 何とか足を止めないと!」
叫ぶビアンカに、リュカはうなずいてドラゴンの杖を構えた。
「その力を示せ、竜の杖よ! 焼き尽くせ!!」
リュカが叫ぶと、杖のドラゴンの口がくわっと開き、そこから灼熱の炎が噴出した。鉄も溶けそうな超高熱の炎の濁流が、真正面からブオーンの顔面を包み込む。
「――――――――!!」
ブオーンが絶叫する。流石の怪物も、この攻撃は堪えたようだった。炎から逃げ出そうと向きを変えるが、リュカはそれを許さず杖をブオーンにピッタリと向け続ける。顔が炎に覆われて呼吸が出来ないためか、次第にブオーンの動きが鈍ってきた。
「凄い、リュカ! その調子よ!!」
ビアンカが応援する。確かに、そのまま後数分炎を噴射できれば、ブオーンを窒息死に追い込めたかもしれなかった。しかし。
「う……チャージしてあった魔力が……」
リュカは限界を悟った。ドラゴンの杖の輝きが次第に失せ、炎の激流が細くなっていき、ついには消えた。ブオーンの生命力が炎の威力を、杖の魔力を上回ったのだ。焼け焦げた頭部を振り、目を開けたブオーンは息を吸い込むと、再び塔に突進してきた。
「ご母堂、さっきの炎は使えぬのですか!?」
叫ぶアンクルに、リュカは首を横に振った。
「もう少し待たないとダメ! 何とか別の方法で……」
それに応え、ビアンカが火球を、ブラウンが矢を放ち、ブオーンにダメージを与えるが、ドラゴンの杖の火炎には及ばない。アンクルがベギラゴンをもう一度撃つより速く、ブオーンは見張りの塔に匹敵するその巨体を叩きつけてきた。
「きゃあっ!」
「ぬおう!」
塔が激震し、何かが壊れる音があちこちから響いてくる。屋上も傾き、塔のどこか重要な構造物が致命的な損傷を受けた事が、リュカたちにもわかった。傾きが次第に大きくなり、塔が一気に崩れ始める。
「きゃあああぁぁぁ!!」
リュカは身体が宙に投げ出されるのを感じた。横をビアンカも落ちていく。まさかこんな所で……と無念の思いがこみ上げてきた時、瓦礫を撥ね飛ばすようにして、アンクルの巨体が現れた。
「ご母堂、ビアンカ殿、しっかり掴まりなされい!!」
アンクルはその豪腕で必死にリュカとビアンカを抱え、崩れ落ちる塔から飛びだしたが、すぐに着地を余儀なくされた。無数の岩に乱打された彼の身体は、酷く傷ついていた。
「ありがとう、アンクル……! 今回復するね!!」
手を伸ばそうとするリュカに、アンクルは首を横に振った。
「ワシの事は構わんでください。それより奴を……!」
アンクルが指差す方向では、目障りな塔を始末したブオーンが、サラボナの街を蹂躙しようとしていた。メッキーにぶら下がったブラウンが、空中から矢を射掛けているが、阻止に至らない。
「ごめん……後で回復に来るから!」
そう言って、リュカはビアンカと共にブオーンを追いかけようとした。が、その時。
「――――――――!!」
ブオーンが突然動きを止め、苦痛の叫びを上げた。リュカは見た。ブオーンの目に刺さっている、金色の光り輝く……
「雷神の槍!? と言うことは……」
リュカはサラボナの街に目をやった。そこに立っていたのは、もちろんオークスだった。さらには……
「みんな!」
ビアンカが喜声を上げる。回復を終えて飛んできたユーリルとシンシア。そしてプックル以下の仲間たち。ユーリルは天空の剣を抜くと、それを高く天に掲げて呪文を唱えた。
「ラーイデイーン!!」
次の瞬間、天空から一条の雷光が下り、ブオーンの目に突き刺さった雷神の槍を直撃した。勇者の秘呪文、ライデイン。その威力に活性化された雷神の槍も稲妻を放ち、ブオーンの体内に灼熱の高圧電流を容赦なく叩き込んだ。
よろめくブオーン。さらに、シンシアが手を高く掲げ、彼女自身の身体より大きな火球を作り出した。
「メラゾーマー!!」
飛んだ火球がやはりブオーンの顔に炸裂し、頭部を轟々と燃え上がらせる。よろめいたブオーンが、サラボナの街から追い立てられるように離れた。その足取りはふらつき、かなり弱っている。今こそとどめを刺す好機。リュカは両手に真空の魔力を集中させ、必殺の一撃を放った。
「グランドクロス!」
交差する真空の刃が、見えない大剣のように巨大な魔物の首を撥ね飛ばした。流石の怪物も、もはや生きていられる道理は無く、大地震のような地響きを立てて、地面に倒れ伏した。その直前、切り落とされた首から、何か煌くものが放物線を描いて放り出されるのを、リュカは見た。
「やった!」
「勝ったわ!!」
喜ぶ仲間たちの前で、リュカはその放り出された何かに歩み寄った。それは、マスタードラゴンの鱗の色に似た、黄金と真珠を混ぜ合わせたような輝きを放つ、一枚の盾。天空の盾に勝るとも劣らない力を秘めているであろう逸品だった。
「あの魔物、こんなものを飲み込んでいたの……?」
リュカはそう呟きながらも、盾の輝きから目を離せなかった。
(続く)
-あとがき-
ブオーンのエピソードを入れてみました。相変わらずルドマンは出ません(笑)。
ブオーンが何を吐き出したかは、次回をお楽しみに。