ブオーンを倒したリュカたちを、アンディとフローラは笑顔で出迎えた。
「やはり、リュカさんは凄いですね。あんな怪物を倒してしまうとは……ともあれ、避難が無駄になってよかったですよ」
アンディが言う。サラボナの街は見張りの塔こそ破壊されたものの、街本体は被害を免れたからだ。今は近くの山や森に避難していた市民たちが、続々と帰宅している最中である。
「そうですね。本当に、リュカとユーリル君やシンシアちゃんなら、この世界を救えるんじゃないかと信じられますよ」
フローラも言う。
「そうですか? ありがとうございます」
「わー、照れちゃうなー」
シンシアは慎ましく、ユーリルは能天気にフローラの褒め言葉を受け取った。そんな子供たちの頭を撫でながら、リュカはブオーンの体内から出てきた盾を見せた。
ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~
第六十七話 敵地へ
「こんなのが出てきたんですけど……何か知りませんか?」
アンディは盾を受け取り、しばらく考え込んでいたが、ルドマンの書斎に行って何か本を取ってきた。
「これは、ブオーンを封じ込めたルドルフと言う人の日記ですが、どうやらルドルフはブオーンをおびき寄せる囮に、その盾を使ったようですね」
魔族にとって、こうした強い魔力を持った武具が人間の手に渡ることは、邪魔以外の何者でもない。だから、ブオーンはこの盾におびき寄せられたのだろう。本当は破壊したかったが、それが出来ず飲み込む事で人間の手に渡らないようにしたのかもしれない。
「名前は光の盾、とあります。異世界の勇者が使った盾とも、真の王者が使う盾とも言われているとか……ヘンリーさんなら使えるかもしれません。持って行って下さい」
アンディの言葉に、リュカは頭を下げた。
「ありがとう、アンディさん。あなたに盾を貰うのは二回目ですね」
一回目はもちろん天空の盾の事である。
「なに、僕が盾を持っていても、宝の持ち腐れですよ。使える人が使った方が世のため人のためです」
アンディはそう言って微笑んだ。
ブオーンを倒したリュカたちはグランバニアへ戻り、数日間ゆっくりと休養を取り、さらに武器や防具を調えた。天空城からは時々ザイルがやってきて、出来上がったばかりの武具を置いていった。ゾンビキラーにドラゴンキラー、悪魔の爪といった強力な武器や、魔法の鎧、炎の鎧といった防具類。どれも甲乙付けがたい性能を持った品物ばかりである。
それらを仲間たちに分配し、十分に準備を調えたと確信した所で、リュカは仲間たちを城の裏庭に集めた。
「これから、光の教団の本拠地……大神殿に乗り込もうと思います」
仲間たちを前に、リュカは緊張した口調で言った。
「ゲマの言う事を信じるなら……ヘンリーは大神殿に運ばれているはずなの。でも、わたしがあそこに行きたいのは、それだけじゃないの」
リュカは言葉を続ける。
「わたしは、あの大神殿で十年を過ごしました。たくさんの人が理不尽に奴隷にされて……つまらない理由で言いがかりをつけられて殺されたり、酷い目に合わされたり……わたしも一度、ひどく鞭で打たれて、もうダメだって思った事があるの」
仲間たちはじっとリュカの言葉を聞いていた。
「そんな時、二人の人が助けてくれました。一人はみんなも知ってるヘンリー。わたしの一番好きな人。もう一人は、ヨシュアさん。この人は教団の兵士だったけど、教団のやり方に疑問を持って、わたしたちが逃げ出す手伝いをしてくれたの。今も、ヨシュアさんはたぶん教団にいると思う。中から教団を変えて行きたいって、そう言っていたから」
リュカはヨシュアの言葉と顔を思い浮かべた。鞭でできた傷の痛みで朦朧とする意識の中ではあったが、決意を秘めた横顔だけは、今も印象に残っていた。
「ううん……二人だけじゃない。他にもわたしを助けてくれた人はいっぱいいた。文字とか、いろんな勉強を教えてくれた人。子供のわたしたちをかばって、たくさん仕事を引き受けてくれた大人の人……わたしは、その人たちに恩返しできてない。逃げる事ができて、あそこの実情を知っている数少ない一人として、わたしはその人たちを助けたい。だから……」
リュカは頭を下げた。
「みんな、協力してください」
真っ先に反応したのはピエールだった。
「お任せください、リュカ様。このピエール、剣にかけてリュカ様の願いに応えます」
続けてユーリルとシンシア。
「行こう、お母さん! お父さんを助けるんだ!」
「お父様だけでなく、多くの人たちを助けるために」
続けて、サンチョとビアンカ。
「姫様、姫様が来いと言うなら、例え地獄の底までもこのサンチョ、お供仕ります」
「私の可愛い妹分を可愛がってくれたお礼、しなければ気がすまないわよ」
マーリンとシーザーが言う。
「それほどの敵地、ワシの魔法抜きではどうにもならんだろうて」
「おいらの吐息で、みんなまとめて相手してやるよ!」
オークス・メッキーコンビも闘志を漲らせた。
「マーサ様救出の第一歩として、この槍に物を言わせましょうぞ」
「援護なら任せてもらいますよ」
悪魔三人衆もやる気満々だった。
「このアンクル、シンシア様とご母堂様に勝利を捧げましょう!」
「サーラめにお任せくださいませ」
「ボクの魔法でみーんなやっつけてやるよ!」
ちょっと出遅れたが、ピピンとプックルも力強く応えた。プックルは猛々しく吼え、ピピンは新品の吹雪の剣をすらりと抜いて騎士の誓いを立てた。
「邪悪の巣窟、この剣にかけても一掃して見せます」
喋れないブラウン、スラリン、ホイミン、ジュエル、ロッキー、ゴレムスもそれぞれの仕草で戦い抜く事を誓った。リュカは一人一人の目を見てお礼を言った。
「ありがとう、みんな……それじゃ、行きましょう!」
リュカは天空のベルを鳴らした。待つ事数分で、空の向こうに羽ばたく影が見えたかと思うと、凄まじい速度でグランバニア上空を飛び越え、数度旋回してスピードを殺すと、裏庭に降りてきた。
「呼んだか、リュカよ。乗り込む覚悟は決まったようだな」
マスタードラゴンの言葉に、リュカは頷いた。
「はい。もう恐れるものはありません」
この力強い仲間たちと一緒なら、どんな危険も突破できる。リュカはそう確信していた。
「良かろう。リュカと子供たちは我が背に乗るが良い。他の仲間たちは、馬車に乗れば掴んで運んでいこう」
マスタードラゴンは明るい声で言うと、尻尾を階段のようにリュカの前に垂らした。
「ありがとうございます。では、失礼して」
リュカを含め、人間の仲間たちとスラリンは背中に乗り、他の仲間たちはある者は馬車に乗り込み、あるものは地上で待機して、大神殿突入後に馬車内の旅の扉を使う、と分担した。準備が整った所で、リュカは言った。
「ではお願いします、マスタードラゴン様」
「心得た。しっかり掴まっているのだぞ」
そう言うと、マスタードラゴンは翼の一打ちでふわりと身体を浮き上がらせた。その風に顔をしかめつつ、見送りのオジロンが手を振った。
「リュカよ、無事に戻ってくるのだぞ! 皆がお前たち夫婦の、家族の、揃った姿を見たいと願っているのだからな!」
「はい!」
リュカはオジロンに答え、マスタードラゴンは翼を羽ばたかせて遙か西方のセントベレスへ向けて飛び立った。
魔法の絨毯やトロッコも速かったが、マスタードラゴンの速さはそれ以上だった。そして、高かった。地上の景色が見る間に遠ざかり、チゾットのある峻険な山脈すらも遙かな眼下になり、そしてあっという間に海に飛び出した。
「すごい……幾つもの大陸が同時に見えます」
シンシアが言う。背後にはグランバニア。その北のエルヘブンの大陸が見え、目を前方にやれば、セントベレスのある中央大陸に、その北のラインハットや南のテルパドールすら見えた。
「世界を一望、とはこう言う事を言うんですね……こんなに綺麗な世界を、邪悪な魔王の手に収めさせるなんてできない」
リュカが言うと、マスタードラゴンが笑顔で言った。
「うむ。その気持ちを忘れるなよ、リュカ。人の生まれ故郷は自分の村や国と言うだけではない。この世界そのものなのだ。その事を知っていれば、人間同士で争う事も無くなっていくだろう」
「はい。ユーリル、シンシア、二人ともよく見ておきなさい。あなたたちが生まれた世界を」
リュカは頷き、二人の子供にそう話しかける。ユーリルもシンシアも、黙って母の言う事を聞きながら、世界の美しさに目を奪われていた。
マスタードラゴンは素晴らしい速度で、船なら二ヶ月、魔法の絨毯でも一日以上かかるであろう距離を、僅か一刻で飛び越え、大神殿のすぐ傍まで来ていた。こうして見ると、大神殿の荘厳としか言いようのない佇まいがよくわかる。
鏡のように磨かれた白大理石の壁と、黒大理石の床。屋根は燃えるような赤い瓦で葺かれ、窓は高価なステンドグラスをふんだんに使って、何かの神話をモチーフにしたような絵が描かれている。
そして、本来草木も生えないようなこの高さの山頂に、木々や花が植えられ、噴水まで作られて、天上の庭と言うべき美しい庭園まで整備されていた。
邪悪な……邪悪そのものの者たちによって作られた偽の楽園であるにもかかわらず、いや、だからこそ、大神殿は美しかった。しかし、リュカはグレートフォール山の山頂台地を思い出していた。人の手が加えられていない、自然そのものの美。そう、それを知っているからわかる。この不自然な美を。どこか歪んだ姿を。
「ん……気付かれたかな」
マスタードラゴンが言う。中庭に数匹の魔物が出てきて、マスタードラゴンを指差して何か叫んでいるようだった。
「通報されるとまずいですね。何とか倒せませんか」
サンチョが言う。ここから魔法なり飛び道具で攻撃しようと言う考えだったが、マスタードラゴンはそれを自分への提案だと思ったようだった。
「ふむ、良かろう。お前たちを降ろす前にあれは引き受けよう」
そう言うと、マスタードラゴンは速度を上げて大神殿に向けて突進するや、口をかっと開くとそこから凄まじい閃光を発射した。神竜ならではの特技――閃光の吐息。ベギラゴンを超える熱量を持った純白の閃光が庭を一舐めするや、魔物たちは跡形もなく消えうせていた。燃えるとか言うレベルを遙かに超えて、一瞬で蒸発してしまったのだ。
「……凄い」
リュカが言うと、マスタードラゴンは振り向いて言った。
「今のうちに降りるぞ。準備するが良い。私はお前たちを降ろした後は、この近くで待機していよう」
リュカは頷いた。マスタードラゴンはまず両足で持っていた馬車を中庭に下ろし、続いてその横に着地する。尻尾を滑り降りるようにリュカたちが中庭に降り立つと、マスタードラゴンは羽ばたいて浮き上がった。
「ではな。武運を祈っておるぞ!」
そう言って、眼下の雲海に消えていくマスタードラゴン。さて、神様であるマスタードラゴンは何に祈るのだろう……と一瞬リュカは思ったが、そんな事を気にしている場合ではない。
「それじゃ、みんな行きましょう」
まだ閃光の吐息の熱が燻る中庭を横断し、リュカは本殿への扉を開いた。屋根があり、資材が置かれていないので一瞬戸惑うが、将来集会場になるはずだった大広間の周りを一周する回廊の一部だと気が付く。となると、この向こうが集会場か、と思った時、微かに声が聞こえてきた。
「……何か聞こえる?」
ユーリルも気付いたらしい。リュカは集会場に通じる扉を開けた。その途端、はっきりと声が聞こえてきた。
「であるからして、我らが救世主ミルドラース様の復活は近いと、教祖イブール様は予言されたのである! 約束の時は近い。ミルドラース様をお迎えし、この地上に永遠の平穏をもたらすその日のために、皆励まねばならぬ!」
静まり返る聴衆を前に、狂気じみた表情で説法をする中年の男。それはどうでもいい。リュカの目は、その背後の石像に釘付けになっていた。
全身傷つき、それでも満足げな笑みを浮かべ、何かに手を差し伸べたポーズで立つ、凛々しい青年の像。決して見間違える事のない、最愛の人の姿が、そこにあった。
(続く)
-あとがき-
ブオーンから奪取したのは光の盾でした。原作だと隠しダンジョンの宝なんですが、今回は隠しダンジョンは扱わないので、こういう形で。
さて、いよいよ大神殿編突入です。次回はあの人の再登場。