「ヘンリー……!」
石像と化している夫を見てリュカが言うと、壇上の説法をしていた男は、それに気付いたようだった。
「……なんだ、お前たちは。まだ生きている目をしているところを見ると、信者どもではないようだな」
それに答えようとして、リュカは気付いた。そこにいる聴衆たちは、一様に無表情で生気がなく、まるで魂の無い人形のようだった。
ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~
第六十八話 男たちの意地
「この人たちは……」
だが、リュカにも見覚えがある人が、その中には混じっていた。かつて地下で奴隷として苦しい暮らしを共に過ごした人たち。大神殿を作り上げた彼らは、約束どおり信者になれたのか。だが、この様子では……
「洗脳されて……いえ、魂を抜かれている? あなたがこれをしたの……?」
リュカの言葉に怒りが混じる。邪気を見分ける力の応用で、リュカは人々の生気や魂をも見ることが出来るようになっていた。その力から、リュカは信者たちが魂を抜かれ、ただ生きているだけの虚ろな人形に成り果てている事を悟った。
「ふ、いかにも。教祖イブール様の右腕、大神官ラマダとは我の事よ。そうか、お前たちはゲマを倒した天空の勇者と、その一族だな?」
男――ラマダはリュカの横に立つユーリルの姿を見て言った。
「そうだ。ボクは勇者ユーリル。お父さんを返してもらう!」
ユーリルは怯まず、ラマダの顔をまっすぐ見返して堂々と名乗りをあげた。すると、ラマダは哄笑した。
「ふあはははは、可愛い勇者様だ。だが、お前の父を返すわけにはいかん。この像は御神体として実に役立ってくれているからな!」
確かに、石像と化しても、笑顔で困難に立ち向かうが如きヘンリーの石像には威厳とカリスマすら感じられる。信仰の対象となってもおかしくない。しかし、その説明はもちろんリュカたちの怒りに火をつける……いや、既に怒りは燃え上がっており、油を注ぐに十分だった。
「これ以上、ヘンリーを辱めさせはしない……返してもらいます」
リュカがドラゴンの杖を構えると、ラマダは笑顔を消して凶悪な面相を浮かべた。
「愚か者め。ゲマが敗れたとは言え、我が教団にはまだ我をはじめ、多くの戦力が残っている。そこに乗り込んでくるとは、まさに飛んで火にいる夏の虫よ」
そう言うと、ラマダはさっと手を左右に動かした。それに答えるように、信者たちが左右に割れて、リュカたちとラマダの間に空間が出来る。
「お前たちを殺し、ミルドラース様への生贄としてくれようぞ。出でよ、リンガー!」
その声に応じ、一体の金色の鱗を持つ竜戦士――シュプリンガーが聖壇の影から出てくる。それに多くの教団兵が付き従っていた。
「気をつけた方が良い。あやつ、相当な強者です」
ピエールが言う。そのシュプリンガーは手に禍々しい雰囲気を漂わせる必殺の槍、デーモンスピアを携え、それを隙無く構えていた。見るからに達人とわかる。
「リンガーよ、我が教団に仇なす天空の勇者とその一族だ。そやつらを討ち取れ」
リンガーと呼ばれたシュプリンガーはじっとリュカたちを見つめ、首を傾げた。
「天空の勇者と、その一族だと?」
リュカは頷いた。
「ええ。教団は父の仇。夫を攫った憎い相手。邪魔をすると言うなら、容赦はしません」
「そうか」
シュプリンガーは槍を構え……目にも留まらぬ凄まじい刺突を放った。
背後のラマダに。
「ぐぶあっ!?」
ラマダが胸板を貫かれ、口から血を吐き散らす。次の瞬間、周囲の教団兵たちも一斉に槍や剣を繰り出し、ラマダを滅多切りに切り刻んだ。
唐突な事態に唖然とするリュカたち。一方、唖然と言うか呆然としていたのは、ラマダも同じだった。ズタズタにされ血の海に倒れながら、ラマダは言った。
「き、貴様……裏切ったのか……改造を受けても、なお恨みを残したか……」
リンガーは指を立ててちちち、と左右に振った。
「魔物にしてしまえば言う事を聞かせられる、と思ったその傲慢さを、あの世とやらで悔いるのだな」
そう言うと、リンガーはラマダの首を刎ねた。途端に、周囲の信者たちの目に光が戻ってきた。
「こ、ここは!?」
「俺たちは何をしていたんだ!?」
とは言え、魂を抜かれていた間の記憶はなかったようで、信者たちは戸惑いながら辺りを見回す。すると、リンガーは配下の兵士たちに指示を出した。
「かねてからの手はずどおり、彼らを脱出させる。説明や誘導は頼むぞ。私は他に用事がある」
「はっ、隊長!」
兵士たちはリンガーに敬礼すると、信者たちを落ち着かせようと駆け出していく。そして、リンガーはゆったりとリュカの前まで歩いてくると、ニヤリと笑った。
「久しいな、リュカ。こうしてまた会えて嬉しい」
「え?」
リュカはキョトンとした。シュプリンガーに知り合いなどいないはずだが。
「ふむ、やはりこの姿ではわからないか。では、名乗ればわかるかな。私だ。ヨシュアだよ」
リンガーの言葉に、リュカは一瞬戸惑い、そして大声を上げた。
「ええええ!? よ、ヨシュアさん!?」
彼女の知っているヨシュアは、人間だったはずだ。リンガー=ヨシュアは笑顔のまま事情を説明し始めた。
「いささか反抗が過ぎてな。洗脳がてらこんな浅ましい姿に改造されてしまったのだ。もっとも、洗脳の方は効かなかったがね」
そう言って、ヨシュアはリュカの肩に手を置いた。
「ヘンリーの石像をラマダが運び込んで来た時から、必ずリュカ、君は来ると思っていた。待っていたぞ」
リュカは笑顔を浮かべた。
「確かに、ヨシュアさんなんですね。姿はどうあれ、生きていてくれて、嬉しいです……」
ヨシュアは手を振った。
「待て。君はヘンリーと結婚したのだろう? 夫の前で、他の男に笑顔を見せるものではないよ。早く元に戻してやると良い」
「ええ! シンシア!!」
リュカが呼ぶと、妖精の剣からストロスの杖に持ち替えていたシンシアが、笑顔で頷いた。
「はい、お母様!」
シンシアは聖壇に駆け上ると、ヘンリーに向けて杖を掲げた。
「ここに芽吹け、生命の力」
シンシアがそう唱えると、杖から眩しい光のような生命力が迸り、ヘンリーの身体を包み込んだ。その光の中で、ヘンリーの身体に生命の色が宿っていく。
「……お?」
光が消えた時、ヘンリーは自分の現状が理解できないらしく、自分の身体を見回して首を傾げた。
「ここは何処だ? オレはどうなったんだ?」
そう言うヘンリーに、ユーリルが駆け寄ろうとするが、その首を掴んでシンシアが止めた。
「ダメですよ、お兄様」
「ぐえ! な、何するんだよシンシア!」
抗議する兄に、シンシアはウインクで答えた。
「お父様に一番会いたかった人に、順番は譲らないと」
その一番会いたかった人、リュカは生命を取り戻したヘンリーを見て、涙を流しながら駆け寄り、抱きついた。
「ヘンリー! 会いたかった!!」
「え、リュカ……いってえええぇぇぇぇ!!」
抱きつかれたヘンリーの激痛を訴える声に、リュカは慌てて離れた。
「あ、ご、ごめんなさい! 傷とかちゃんと癒えてなかったのよね……ベホマ!」
リュカは謝ると、ヘンリーに全回復の魔法をかける。
「おお……これは気持ち良いな。リュカ、何時の間にベホマなんて覚えたんだ?」
リュカはそれに答えず、まずヘンリーに抱き付き直した。
「ヘンリー……夢じゃないのね。またあなたに会えて、本当に良かった……」
「ん? あ、ああ……リュカ、元に戻れたのか。そうか。良かった」
ヘンリーは愛する妻を抱き返した。しばらく二人は互いのぬくもりを確かめ合い、そしてようやくヘンリーは聞いた。
「一体何があったんだ? ここはデモンズタワーじゃないようだが」
「……大神殿よ。わたしたちが強制労働をさせられていた」
リュカは答えた。そして、これまでのことを話し始めた。ユーリルとシンシアも、ようやく父に甘えることが出来た。
「そうか、オレが石になっている間にそんなに時間が……済まなかったな、お前たち」
ヘンリーは子供たちがサンチョとビアンカに連れられ、世界中を旅して石にされた両親を元に戻す方法を捜し歩いた、その旅の話を聞かされ、子供たちの頭を撫でた。
「いいえ、お父様……私たちはそんな事は苦労だなんて思っていません」
頭を撫でられながら、幸せそうにシンシアが言う。
「そうだよ! ずっと、お父さんとお話したり、一緒に遊んだりしたかったんだもん! 全然辛くなんてなかったよ!!」
今度はユーリル。その子供たちの言葉は、逆にヘンリーにとっては辛かったようだった。
「そうか……わかった。旅が終わったら、いっぱい遊ぼう。話もしよう。みんなで、母さんも含めて思い出をどんどん作ろう。な?」
「「はい!」」
声を揃えて返事をする子供たちを、ヘンリーはしっかり抱きしめ、そしてまずサンチョとビアンカに声をかけた。
「二人ともありがとう。この子達を代わりに育ててくれて。オレが育てたんじゃあ、とんでもないワガママっ子に育ててしまったかもしれない」
サンチョとビアンカは微笑んだ。
「あー、なんとなく想像つくわ」
「いやいや。そんな事はないでしょう」
続けて、ヘンリーはヨシュアと握手をした。
「あんたのおかげで、今のオレたちがある。本当にありがとう。そんな姿になってまで頑張ってくれた事に、本当に敬意を表するよ」
ヨシュアは竜の顔に笑みを浮かべる。
「お前たちの苦労に比べれば、何ほどの事も無いさ」
そして、ヘンリーは仲間たちにもそれぞれ声をかけていった。
「ふん、八年間眠っていた分、これからはしっかり働けよ」
仲間たちを代表して、相変わらず憎まれ口を叩くピエール。だが、その声は嬉しそうだ。
「ははは、まぁせいぜい残ってる敵を相手に鬱憤晴らしをするさ。まずは教祖の奴を一発ブン殴らなきゃ、気がおさまらねぇ」
ヘンリーはそう言うと、ヨシュアを見た。
「うむ、道案内は任せろ」
ヨシュアは頷いた。リュカとヘンリーは顔を見合わせ、お互いに覚悟と決意を確認すると、味方を鼓舞すべく声を上げた。
「行こう、教祖のところへ!」
「教団のもたらす悲劇を終わりにしましょう!」
おおう、と歓声が湧き、一行は大神殿の地下区画に向けて突入していった。
(続く)
-あとがき-
ヘンリー復活の巻。そして、生きていたヨシュア。姿はシュプリンガーですが……
マリアを殺してしまったので、ヨシュアのほうは生かしておこうと決めていたのですが、こういう形にしたのは人間のままだとピピンとキャラが被りそうだから(酷)。
このままではナンなので、ヨシュアにも幸せな未来をあげられればなぁと思います。