雪の女王の居城は、妖精の村からそれほど遠くない土地にあった。と言うより、この妖精界自体がそれほど広いわけではない。レヌール地方よりやや広いくらいだろうか?
ともあれ順調に目指す場所に辿り着いたリュカたちだったが、そこで足が止まった。雪の女王の居城の入り口は、巨大な扉で固く閉ざされていたのだ。
「よいしょ……ダメですね。びくともしません」
「ここを突破しないと、中に入れないのに……」
リュカとベラは顔を見合わせた。ただでさえ非力なエルフのベラと、同年代の子供よりは強いとは言え、やはり女の子のリュカではこの扉を力任せに開ける、と言うわけには行かない。パパスを連れて来ても難しいだろう。
「うーん……何か違う方法を考えるしかないわね」
そう言うベラに対し、リュカは扉の一点を指差した。
「ここに合う鍵があれば、中に入れますよね?」
ベラは頷いた。
「確かに。でも、鍵がないと……しょうがない。村の鍛冶屋に合鍵が作れないか聞いてみましょう」
「わかりました。一度村に戻りましょう」
リュカたちは仕方なく引き返した。
ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~
第七話 雪の女王
しかし、村の鍛冶屋は言下に合鍵作りは無理と言い切った。
「合鍵? 元の鍵か、錠前そのものが無いと作れないよ」
「そうですか……」
リュカがうなだれると、鍛冶屋はいや待てよ、と手を打った。
「先代の鍛冶屋なら、できるかもしれん。あの人は盗賊の鍵開けの技法を作って、女王様に追放刑を食らったからな……」
「あ、なるほど。ガイルさんがいましたね」
納得するベラにリュカは尋ねた。
「ガイルさん、って?」
「あ、ごめんね。ガイルさんは前に村の鍛冶屋をしていたドワーフで、簡単な鍵なら何でも開けられる錠前破りの技術を作った人なの。本人は別にそれを悪用する気はなかったんだけど、ポワン様のお母様……つまり、前の女王様はとても厳しいお方で、ガイルさんを追放してしまったのよ」
なるほど、と頷くリュカ。しかし。
「でもなぁ、ガイルさんは追放を恨みに思っているかもしれんぞ。教えを乞いに行ってうんというかどうか……」
鍛冶屋が水を差すような事を言う。
「でも、一応話を聞きに行ってみましょう。その人はどこに住んでいるんですか?」
リュカの質問に、鍛冶屋はガイルの住む洞窟への道を教えてくれた。一行は再び雪の積もる外の世界に踏み出していった。
目指す洞窟はすぐに見つかった。中には魔物が生息していたが、鉄の杖とプックルの爪、ベラのギラの呪文で軽くなぎ倒して先へ進むと、いかにも人の住んでいそうな部屋に作り直された場所があった。
「すみません、ガイルさん、ドワーフのガイルさんはおられますか?」
ベラが呼びかけると、部屋の中から声がした。
「客人とは珍しい。どうぞお入りなさい」
どうやら、友好的な雰囲気である。リュカとベラは笑顔を浮かべると、招きに応じて中に入った。
「おや、これは珍しい。人間のお客さんとはのう。狭苦しいところじゃが寛いでくだされ」
ドワーフのガイルはリュカを見て人好きのする笑顔を浮かべた。ドワーフと言うと頑固一徹職人魂、という印象を受けるが、少なくともガイルはあまり頑固そうには見えない。
「して、何用かな?」
用向きを聞いてきたガイルに、リュカとベラは事情を説明した。最初はふんふん、と聞いていたガイルの表情が、次第に険しくなってきた。
「と言う事で、盗賊の技法を教えていただけませんか?」
言うリュカに、ガイルは突然頭を下げた。
「済まぬ。どうやら、わしの不始末でとんだ迷惑をかけたようじゃ」
「え? それは一体?」
いきなり謝罪されて戸惑うベラに、ガイルは事情を話し始めた。
「実は、ワシにはザイルと言う孫がおるのじゃが……ある日こやつが訪ねてきて、技法を教えてくれと言うてきての。何の気なしに教えたんじゃが、となるとあやつ以外にフルートを盗める者はおらん」
「えっ?」
まだ良く事情を飲み込めない二人に、ガイルは言った。
「恥ずかしい話じゃが、自分の技術がどんな危険なものか、考えもせずに作ってしまったワシは馬鹿者じゃ。先代の女王様がお怒りになった理由も良くわかる。しかし、ワシは一時期先代様を逆恨みしておってのう……ザイルの奴に、その頃の気持ちを話してしまった事がある。おそらく、ザイルが勘違いして仕返しの為にフルートを盗んだんじゃろ。もちろん、雪の女王に煽られた面もあるんじゃろうが」
「なるほど、そういう事でしたか」
ベラが納得すると、ガイルは話を続けた。
「仮に先代様に恨みがあっても、ポワン様にまでそれを引き継ぐなど愚かな事。もうワシは誰も恨んではおらん……仕方が無い」
ガイルは立ち上がると、壁に立てかけてあった斧と盾を取り上げた。
「孫の不始末はワシの不始末。かくなるうえは、ワシもそなたらに同行しよう。雪の女王の居城の扉は、ワシがしっかり開けてやるわい」
「ありがとうございます、ガイルさん」
リュカが笑顔で礼を言うと、ガイルは礼には及ばんよ、と言いながら武装を整えた。
「では参ろうかの」
しっかり戦士らしい姿になったガイルを仲間に加え、一行は雪の女王の城に引き返した。玄関に辿り着くと、ガイルは錠前をコンコンと叩き、針金を差し込んで手応えを確かめ始めた。
「ふん、これなら簡単じゃな。ここをこう、と」
ガイルが指を動かすと、数秒で鍵は外れた。その鮮やかな手つきに感心するリュカとベラ。
「凄い!」
「お見事なものですね」
少女二人の賛辞にも、ガイルは首を横に振った。
「そうでもない。こんな人生裏街道を行く者の手業なんぞ、覚えておっても冷たい目で見られるだけじゃ。だからワシはお前たちには教えたくなかったのじゃよ」
ガイルはそう言って斧を抱えなおし、扉を開けた。中はツルツルに凍っていて歩きにくそうだったが、ガイルは問答無用で床を斧で砕いた。
「ふんっ! よし、この上を歩いてきなさい」
「はい、ガイルさん」
ガイルが床を砕き、ザラザラになって歩きやすくなった上を進み、一行は城の奥へ進んでいった。もちろん魔物は出てきたが、ガイルが片っ端から斧で真っ二つにしてしまう。その戦士としての実力は、パパス並みかもしれない。
「凄い……ガイルさんが来てくれてよかった」
リュカが感心し、ベラが同意したところで、一行は三階に上った。そして、彼と出会った。
「なんだ、お前たちは……って、ガイルじいちゃん!?」
声を上ずらせるのは、件の問題児ザイルだった。思わぬ祖父の登場に腰が引けている。ガイルは目を吊り上げると、孫に歩み寄って鉄拳制裁を食らわした。
「この馬鹿孫がぁ!」
「ぶへっ!?」
カエルが潰れるような声を上げて倒れるザイル。
「ワシはポワン様を恨んだりはしとらん! それを勘違いして、こんな迷惑をかけおって……」
くどくどと説教を始めるガイル。しかし。
「ガイルさん……ザイル君聞いてませんよ」
リュカは言った。ザイルは白目をむいていて、明らかに気絶していた。
「む、なんじゃこの程度で……根性も身体も鍛え直しじゃな」
ガイルは不満そうに口を閉じた。
「ま、まぁ、ともかく……どうやら後ろの宝箱がフルートの入ったものかしら? 調べてみましょう」
そう言ってベラが進み出たその時だった。
「ふふふ、フルートを盗んできただけで、その子は用済みです。後は私が相手をしてあげましょう」
「はっ!?」
怪しげな声が聞こえ、リュカは慌ててその声の主の方を見た。そこには、何時の間にか美しい、しかし青白い肌で健康そうには見えない女性が立っていた。
「あなたが雪の女王?」
リュカの質問に、女性は凄惨な笑みで答えた。
「いかにも。この世で最も美しいのは雪と氷。それによって白く彩られた世界……邪魔をするなら、お前たちから氷の中に閉じ込めてあげましょう……ヒャダルコ!」
雪の女王はいきなり強力な氷の呪文を放ってきた。刃のように鋭い氷を含んだ突風が吹きつけてくる。
「何の! これしき!!」
ガイルはリュカとベラを守るように立ちはだかり、一身に氷の呪文を受け止めた。
「が、ガイルさん!」
全身に氷の刃が突き刺さり、流れ出る血すら凍りついた壮絶なガイルの有様に、思わず悲鳴を上げるリュカ。
「ワシのことは心配するな、お嬢ちゃん! それよりあやつを倒すんじゃ!」
そんな状況でも、ガイルは大声で怒鳴るように言う。リュカ、ベラ、プックルは顔を見合わせて頷くと、一斉に雪の女王に飛び掛った。
「ギラ!」
ベラの差し出した手のひらから、帯状の炎が吹きだして雪の女王を襲う。
「くっ!」
流石に熱には弱いらしく、短く苦痛の声を上げる女王。そこへ左右からリュカとプックルが襲い掛かった。
「やあっ!」
リュカの鉄の杖が女王の身体を覆う氷のドレスを砕き、プックルが爪で亀裂を作った。
「小癪な!」
女王はもはや美しい女性の姿をしておらず、顔を醜悪に歪めると、手から氷の爪を作り出して二人と一匹に切りかかった。
「くっ……ホイミ!」
「ホイミっ!」
ベラが自分の傷を、リュカがプックルの傷を癒し、戦いを続行するが、なかなか決定打を得られない。均衡を打ち破ったのはガイルの一撃だった。
「ぬおおぉぉぉっっ!」
凍っていたガイルが無理やり身体を動かし、斧を投げつける。それは狙い過たず女王を直撃し、氷のドレスを大きく砕いた。
「ぐうわっ!」
女王が苦悶する。
「ベラさん、タイミングを合わせてギラの呪文を!」
「わかったわ、リュカ!」
チャンスと見たリュカは呪文を唱え、ベラと同時に女王に向けて放った。
「バギ!」「ギラ!」
真空の刃を含む小さな竜巻はギラの炎を巻き込み、一気に女王の身体を飲み込んだ。砕けたドレスの隙間からも炎が吹き込み、女王は断末魔の叫びをあげた。
「な、なんだこれは……熱い! 私の体が……溶け……ぎゃあああああ!」
その悲鳴を最後に、女王の身体は炎の中に消え、後には湯気を立てる水溜りだけが残ったが、それもたちまち凍結して、女王の姿は影も残らなかった。
(つづく)
-あとがき-
ザイル祖父のガイル参戦と言う展開にしてみました。女の子二人+プックルではどう見ても非力ですし。
甘やかされているように見えるリュカですが、良いんです。可愛いは正義です。