「でも、今日はこの街で一休みしましょう。母様のことは気になるけど、無理はできないわ」
しばらくして、リュカが言った。ここまで強力な魔物と過酷な自然の猛威にさらされ、全員が疲れ切っていた。
ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~
第七十四話 機械と導師
「そうだな……しかし、明日以降もあの山へ行くのに相当苦労しそうだ」
ヘンリーはそう言ってエビルマウンテンを見た。街の中は適温に保たれ、風も制御されているのかそよ風程度だが、一歩街の外に出れば、再び気まぐれな悪天候が襲い掛かってくるだろう。
「魔物が襲ってくるのはしょうがないとしても、天気だけでもどうにかなれば良いんだけど」
リュカが言う。今は街の外は大雨だ、と思っていたら、見る間に雹に変わり、かと思うと猛烈に暑くなったのか、地面が乾燥して砂嵐が発生したりしている。
それでも、リュカたちはエビルマウンテンに行かねばならないのだが……かなり憂鬱だ。そう思った時、人々の波を掻き分けて、一体の魔物が出現した。
「ワタシにお任せくだサイ」
そう言うその魔物は、ここへ来るまでも散々猛威を振るった恐怖の戦闘機械……キラーマシーンだった。かなりボディがぼろぼろに壊れている所を見ると、さっきの戦闘で破壊したうちの一体らしい。まさか仲間になるような魔物とは思わなかったし、戦闘後も動かなかったので放置してきたのだが……
「あなた、話せるの?」
リュカが聞くと、キラーマシーンはこくりと頷いた。
「ハイ。再起動に些カ手間取りまシタ。ワタシの機体名はロビンと申しマす。戦闘のダメージでユーザ登録が初期化されたタメ、アナタ様がマスターとして再登録されマシた」
言ってる事は良くわからないが、どうやら仲間になってくれるらしい。
「えーっと……よろしく、で良いのかな? ロビン」
リュカが手を差し出すと、ロビンは右手に握っていた隼の剣を地面に突き刺し、リュカの手を握った。
「はい、ヨロシくお願イしまス、マスター」
握手しながら、リュカは改めてロビンの武装に目をやった。右手に隼の剣、左手にビッグボウガン……強いはずである。
「ところで、さっきのお任せってどういう意味なの?」
どうやら害がないと安心したのか、ビアンカが聞いてきた。ロビンは自分の頭(?)の部分をコツコツと叩いた。
「ワタシには魔界の天気ヲ予測スるシステムが搭載サれてイまス。マスターたちガ快適な進軍を出来るヨウにサポートいたしまス」
これも、完全には意味が分からなかったが、何となく意味を掴んだのはマーリンだった。
「要するに、雲気読みか」
雲気と言うのは、天気や気象と言う意味の古い言葉である。マーリンはリュカのほうを向いた。
「こやつの言っている事が確かなら、少しは進むのも楽になるかもしれん。ガタが来ている部分は、今夜ワシが修理しておこう」
何しろ機械なので、回復魔法が効くかどうか分からない。そこでマーリンはロビンを修理すると言い出したのだが、リュカは心配だった。
「大丈夫なの?」
見るからに複雑な機械だけに、直ったと思いきや大暴走、とか修理中に大爆発、とかのトラブルを起こされたら困る。しかし、マーリンは自信たっぷりだった。
「まぁ、任せておけ」
マーリンによると、魔力で動く仕掛け、と言う点では旅の扉などと同じ知識で応用が利くのだという。本当かな? と思いつつ、リュカは結局マーリンに任せる事にした。
翌朝、目覚めて宿から出てきたリュカたちを出迎えたのは、綺麗に修復されたロビンと、その横で毛布をかぶって眠るマーリンだった。
「ほ、本当に直ってる!?」
驚愕する一同の声に目が覚めたのか、マーリンが起き上がった。
「何じゃ、騒々しい」
そう言って目をこするマーリンに、ユーリルとシンシアが尊敬のまなざしを向けた。
「すごい、マーリンさん!」
「本当に修理できたんですね!」
さすがに、何の邪気もない子供たちの褒め言葉は、マーリンにとっても嬉しいらしい。目を細めて二人を見ながら、マーリンは立ち上がった。
「うむ。中の機械はほぼ無事じゃったからな。外装は余っていた魔法の鎧を潰して張り替えた! これで防御力も原型より向上したはずじゃ」
マーリンがそう言ってロビンのボディを叩くと、カメラアイに赤い光が点った。
「ありガトうございマす、マーリン様。おかげでワタシは大変ニ絶好調デす」
ロビンがそう言って機体を動かすと、背面のダクトから熱気が排出され、陽炎のようなものが機体を覆った。なるほど、出力は有り余っているらしい。
「つくづく大したもんだな、爺さん」
ヘンリーが感心しきった表情で言うと、マーリンは胸を張った。
「うむ。とは言え、もうワシにはこれくらいしか出来ぬゆえな」
マーリンは少し寂しそうな表情になった。
「今では、魔法使いとしては、もうシンシアの方が実力が上じゃろうし、サーラやミニモン、アンクル殿は魔術でもワシと互角で、武術にも長けておる。もはや、ワシは第一線でやれるような実力でも年齢でもない」
「マーリン、そんな……」
リュカは慰めるように言おうとしたが、マーリンに遮られた。
「良いんじゃ。ワシの事はワシが一番よく知っておる。じゃが、馬車もそうだし、このロビンのことでも、知識や技術と言う面でなら、ワシもまだお前さんたちに貢献できる」
そう言って、マーリンはロビンのボディを再び叩いた。
「じゃから、ワシの衰えた部分を補って、リュカたちを助けてやってくれ。頼むぞ、ロビン」
「了解でス、マーリン様」
ロビンはそう言うと、センサーアンテナを伸ばし、しばし目を明滅させた。そして。
「……あト二時間は晴レが続きソウです。出発しマすカ?」
ロビンが天気予測システムを働かせて言う。リュカは頷くと皆のほうを向いた。
「行けるよね? 準備はいい?」
まずヘンリーが頷いた。
「ああ。いつでも準備できてるぜ」
続けてユーリルとシンシアも手を振り上げた。
「バッチリだよ!」
「私もです、お母様」
サンチョ、ビアンカも力強く返事をした。
「お任せください、姫様」
「お姉さんがみんな張り倒しちゃうわよ」
続いてピエール、ピピン、ヨシュア。
「ただ一言お命じください。進め! と」
「近衛の代表として、殿下たちに道を開きます!」
「何時でもいいぞ。これは私の戦いでもある」
オークス、メッキーコンビもやる気十分だ。
「マーサ様を救うためなら」
「火の中水の中だろうと進んで見せます!」
さらに、悪魔三人衆。
「ボクに任せてよ、母上様!」
「このサーラ、全力を尽くしまする」
「大船に乗った気でおりなされ、シンシア様、ご母堂!」
そして、言葉を話せない仲間たちを代弁するシーザー。抑えきれない闘志を炎として吐息に含ませ、彼は言った。
「おいらたち全員、どこまでもご主人様についていくよ。なぁみんな」
プックル、スラリン、ブラウン、ホイミン、ジュエル、ゴレムス、ロッキーが頷く。それに応えてリュカはマーリンの方を向いた。
「そう、みんなで。わたしたちは全員で戦い抜いて、勝って、母様を連れて帰るの。みんなでよ。だから、マーリン。寂しい事を言わないで」
マーリンは黙ってリュカの言葉を聞いていたが、ふっと笑った。
「ワシとした事が、いささか弱気になっていたようじゃ。わかった。もう迷わん。共に行こう」
その目は決意に満ちていた。リュカは改めてマーリンに頷き、背後を振り返った。何かを待っている仲間たちに、リュカは言った。
「みんな、行こう!」
「おおうっ!!」
街を揺るがすような、仲間たちの叫び。そして、町の人々の期待の声を背に、一行はジャハンナを後にした。
ロビンの天気予測システムは十分に機能を発揮し、リュカたちは順調に旅を続けた。晴れの時を選んで歩き、雨や吹雪などの悪天候は森や岩陰に潜んでやり過ごす。おかげで、自然環境による消耗を最低限にして魔物たちと戦うことができた。
ジャハンナのある迷宮のような山地を抜け、北の海峡を渡って進むと、土地はますます荒れたものになってきた。流れる水は大半が紫色に濁り、近づく事すらためらわれるような異臭を放つ毒水。そんなものを吸って成長している植物はどれも凶悪極まりない肉食植物だ。リュカたちは改めて、アクシスが聖なる水差しを貸してくれたことに感謝した。この水差し、不思議な事にいくら飲んでも中身がなくならないのだ。
そうしてロビンと水差しの力を借りて荒野を進むこと三日。ついに、リュカたちは目的地にたどり着いた。そこには巨大なエビルマウンテンが「お前たちごときに何ができる」と言わんばかりに、圧倒的で威圧的な山容で聳え立っている。
「傍で見ると、想像以上に凄い山ですな……」
サンチョが言う。どうやらこの山も火山であるらしく、山腹を溶岩が流れ下ってきているのが見えた。ただ、死の火山ほどの活発な噴火をしているわけではないらしく、地鳴りや爆発音は聞こえてこない。
ただ、山自体が恐ろしく巨大だ。加えて、おそらくは魔王の城の一部なのだろう。至る所に城砦があり、それを結ぶように道が伸びている。それ以外の山腹は、険しい斜面と溶岩のために通る事ができない。
まさに難攻不落の大要塞……と言う外見に、仲間たちも言葉を失い気味だ。しかし、リュカは言い切った。
「こんなの……怖くないわ」
全員の視線がリュカに集まる。それに応えるように、リュカは山全体を見渡した。
「大魔王は……ミルドラースは、自分は神をも超えた存在だと、そう言っていたわね。でも、本当にそうなら、こんなに自分の城を厳重にしたりはしないわ」
城と言うよりは宮殿で、守りを重視した構造ではない天空城を思い出しながら、リュカは言葉を続けた。
「怖いのよ、大魔王も。わたしたちが攻めてくるのを恐れているの。だから、こんな所に閉じこもっているのよ」
「そうだな」
ヘンリーが妻の言葉に頷いた。
「そんな引きこもり野郎を恐れる必要なんかないさ。とっととぶっ飛ばして帰ろうぜ」
リュカとヘンリー、この旅を引っ張ってきた二人の平静な言葉に、浮き足立っていた仲間たちもまた落ち着きを取り戻す。それを感じ取りながら、リュカとヘンリーは視線で言葉を交わしていた。
――強がりね?
――お前もな。
それは、長年人生を共に歩んできた二人だからこそできる、無言の会話。自分の、そして相手の為すべきことを知り、それを自然に助け合って行える域に達した、確かな絆を得た証。
無二のパートナーを得て、これからも共に生きるために……今最後の戦いを始める。そして勝つ。決意を秘めて、二人は魔の山に最初の一歩を踏み入れて行った。
(続く)
-あとがき-
ロビンが最後の仲間モンスターとなります。喋り方がめんどくさいです(笑)。
マーリン(魔法使い)はだいたい途中で二軍落ちしてしまうことが多いのですが、それを逆手にこんな話を付けてみました。
個人的にはイオナズンかメラゾーマくらい使えてもいいと思います……